銀座線に沿って歩く
まず、話は京橋二丁目から始まる。ま、いつものパターンには違いがない。この辺は今はなんだか落ち着かない。なにがって東京駅に二つ大きなタワーを建てる工事が進んでいるだけではなくて、明治屋とメルシャンの間にあった千代田生命のビルを解体中。その廃材撤去のためにダンプカーがブックセンター横から入ってくるので、落ち着いて歩いていられる雰囲気じゃない。その千代田生命ビルの東京駅側にあった古いビルはとっくに壊されて今は駐車場になっていて、元の千代田生命ビル跡と多分一緒に森ビルかなんかが大規模開発するらしい。その今は駐車場になっているところの東京駅よりの角も今は新しいビルの建築工事中である。
いわずと知れた京橋2-2-2の「京すし」名物の昼の丼は今日は「いなだと鮪」にしてもらった。みんなでハーフ丼と呼んでいる奴だけれども、「こりゃ本当はダブル丼っていった方が良いんじゃないのかなぁ」と蘊蓄を傾けてしまった。
八重洲2丁目の「井上八重洲ビル」である。ちょっと前までは一階に「プロント」が入っていて店先をウッドボードにしてオープン・カフェ風になっていた。プロントが店終いしたなぁと思ってしばらく経ち、気がつくともうビルの中には誰も入っていなくて途端に寂れたビルになってしまうのである。多分解体されちゃうんだろうが、この壁面の模様はなんとも不思議な雰囲気である。このぼっちは何を意味していたのだろうか。
しばらく歩いて日本橋の高島屋さんにやってきた。向かい側は新装なった丸善である。この高島屋の想いでといえば、ここの一階にかつて交通公社といった時代のJTBが店を構えていた。新婚旅行に米国の知り合いを訪ね、そのついでに(どっちがついでかわからんのだけれど)スキーをしようと思った。そう、シーズンはまさにクリスマス・ホリデー。かつて米国で冬のオリンピックが開かれたスコー・バレーに行ってみたかった。ところが今では考えられないことだけれども、当時の交通公社高島屋店にはこのスキー場を知っている人がいなかった。そりゃいなくても不思議はないが、あそこでは調べてもわからなかったのである。そんなことで店を変えるあてもなく、そこでいわれたのはHeavenly Valleyはどうですか、というものだった。今度はこっちが知らない。行ってわかったのは、カリフォルニアとネバダの境にあるLake Tahoeの南のはずれにあるリゾートで、ホテルがあるのはネバダだから博打場となっている。スキー場はカリフォルニアにある。この年は雪不足で大変だったのだけれども、その割には結構滑っていた。ここで知り合ったオレゴンから来ていた(オレゴンの方が雪があっただろうに)オキーフさん一家には後日羽田であった。South Lake Tahoeはもう一度行っても良いと思う。
そんなわけでとにかく高島屋日本橋店である。
これがその高島屋日本橋店の正面玄関の片隅に置いてある聖霊。どんないわれがあるのだろうか。
小泉という「自民党をぶっ壊す」と行って票を集め、実はこの国を無駄に悪くした(そういう意味では確実に日本をぶっ壊してくれたのだが)おっさんがいたのだが、あの人はこの日本橋の上にかかっている高速道路を取り外して明るい日本橋にしようといっていたけれど、案の定いつものように云うだけでそれで終わった。
その先にはかつては泣く子も黙り、「カラーテレビも三越で買うとさすがに色が良いねぇ」と云う家族がいたというくらいのデパート、三越がある。今でも、ここのデパ地下にはあの「辯松」の弁当だって買うことができる。お芝居にお出かけの節は是非「辯松」であるべきでしょうねぇ。このライオンは一体いつからこんなところに置かれているんだろうか。このライオンにいたずらをされるようになったら、いよいよ東京も、日本も終わりだ、なんて考えている人がいるんだろうか。
多分かつてこんなサインがデパートの入り口にも書いてあったんでせうねぇ。そんなレトロなフォントを使って今の表示を造るのは結構手間と金がかかりますが、こうしたお店がやってくれないとやれる人がいないでしょう。そんな地域での役割というものもあるものだから、無理をしなくてはならないのですねぇ。
丁度この時は三越では「グレース・ケリー展」なるものを催しているところだった。私はほとんど記憶がないのだけれども、今の70歳前後の人たちはまさにこの元女優、元モナコ王妃に胸を躍らせた世代だろう。ということは三越はその辺の世代をターゲットにしているということなのだろうか。


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