約束を護る
1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
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2009/2/24
「「みづから」の本当の意味」
未来創造
「みづから」の本当の意味
21・2・24
昨夜は、午前2時前まで事務所でPCに向かって仕事をし、其れから宿舎に帰ってシャワーを浴びてベッドに横に成って暫らくすると、私の身体を跨ぐ様にして女神の霊体が侵入するのが判った。何者の霊魂かと想っていると、五色に輝く、宝石で出来た様な花束らしき物が、脳内に浮かんで来た。私の意識は其れを見せられて、大事なコトが成就(じょうじゅ)した事を感じとった。其れは、昨日のメッセージの、七方焼きの器の続きに成っているのではないだろうか。
そして一眠りすると、今度は昨日の続きの様に、三段に積み上げられている何かの1番上が開いて、何かの働きが機能を始めた。其れは、文字として打ち出され、長い文章と成って来た。其れは、新時代の人間の価値観と言うか、新しく始まる御世の情報と言える様なモノなのであろう。
其の文章が下って行くと、次の映像が現れた。其れは、地中を横に走っている、水の流れる通路の様な、長いトンネルが白く現れたのである。其の、長いトンネルの様な物の壁は、白い磁器の肌の様にツルツルでねっとりした感じであった。
私の意識は、其のトンネルの様な通路が、何処に繋がっているのかと想うと、行き成り赤い色の中に飛び込んで、其れは太陽のマグマの中である事が判った。そして其れを理解すると、私の意識と言うか、肉体までもが、赤く燃え上がって、燃え尽きてしまう映像に包まれた。其れは、火の浄化と謂えるモノ・現象である。
何故、地下水脈の様なトンネルを抜けると、太陽のマグマの様な世界に飛び込んで、自分が浄化されるのであろうか。本来なら、佛教の世界で地下に有るのは地獄である。
処が今朝の場面は、業に因って無間地獄に落ちるのではなく、自分の業が全て焼き尽くされて浄化される場面なのである。其れは、佛教の訓えとは反対である。
今朝の、私の意識体験を自分なりに解釈すると、天国や地獄と言う様な世界は、物の世界に有るのではなく、人間の思念が情報と成って、あらゆる物に依り憑くと言うか、記憶されると言う事である。其れは、物質の世界は新品のDVD盤の様に、純粋無垢であるが、其のDVD盤に人間の思念が情報として記憶されると言う事である。
其の記憶装置として、古代人が利用していたのが花崗岩である。花崗岩には、記憶装置としての「雲母・マイカ・きらら」が含まれており、其の記憶は「石英」に拠って発信されているのである。其の情報が、人間の額に有る「松果体(第三の目、シリコン-珪素の結晶体)」とチャンネルしているのである。
其の理・ことを考えると、今朝現れた白い壁のトンネルは「シリコン・珪素・ヌカ(額)」の周波数のトンネルと謂うか、通路であった事に成る。
しかし、何故、今朝は、其のトンネルが水の世界に繋がっているのではなく、太陽のマグマの中に通じていたのであろうか。其の理由を考えると、太陽は水素ヘリウムの核反応で燃えている物である。そして水も、太陽と同じ水素と、酸素の化合物であり、水素と酸素も本来は爆発して燃える物である。
だから良く考えて見れば、我々の此の肉体は、本来燃える物が、水の御陰で冷却されて、安定していることになるのだ。
其の理を良く考えると、水のトンネルを抜ければ其処に太陽のマグマの世界が在り、人間の肉体も燃えて物質は消え、其れに記憶されていた「因縁・情報」が消え去るのは、当然の理・ことと謂えるのである。其れに、地球自体が内部はマグマであり、50億年遡れば、太陽と同じ物質で始まった兄弟の物質が存在するのである。我々が此の地上で生活出来ているのは、其の下からと上からのマグマ熱に拠ってである。
そして其の熱に拠って、水が凍りつくでもなく、沸騰するでもなく、安定しているからこそ、地球には生命が存在するのである。そして、水は摂氏37度が1番安定するらしいのである。1ccの氷が、水と成るには80カロリーの熱エネルギーが必要であるらしい。そして温かく成る程、スムーズに流体として動き、37度を越えると膨張して蒸発が進むので、不安定と成り、100度を超えると気体と成って気化してしまうのである。
だから、水の摂氏37度の温度が、生命活動の0度の指数と成っているのだ。
其の事を考えると、36・5度の体温を持つ人間の肉体は、水の流体としての性質に拠って、かたち創られている事に成る。其の原理を考えると、人間の思考が、自分の存在を「自ら・みづから」と表現するのは、実に正しいと謂うか、理に適っていると言う事に成るのである。しかし、水が在っての生命体だから、科学が進んだ西洋の価値観では、重さのsも、量のkℓも、立法m3も 温度の ℃も、水が基本とされているのだろう。
何故古代人は、自分の存在が水に拠って出来ていて(水から)、思考は太陽光線に拠る視覚で組み上がり(天照界)、身体は月の動きに拠って生理が整い(月読界)、海の中で生命のクサリ(海原・スサノオ)が繋がり始めた事を、理解して居たのであろうか。
其れは、人間も文字や言葉に汚染される事なく、純粋無垢に生きて居れば、他の野生動物の様に、身体の五感に拠って取り込む情報を、DNAのシステムが日々脳に映し出して、何をどう判断したら良いかを、絶えず把握できる理・ことを意味している。其の生命システムが、人類を含む地球生命を此処まで進化させて来たのである。
今朝のメッセージで、私自身が考えたことは、25年前に私の身体に起きた出来事が、現在・いまは、私の思考の中で起きていて、其の理・ことを認識出来る事である。そして、冷静に其れを観察する事が出来るからこそ、見せられた事を文字化できるのである。
25年前は、毎日不思議な事が起きるので、私の意識は其の現象と謂うか、体験を、客観的に第三者の意識として、記憶する事に精一杯で、何がどう成っているのかの、状況分析は不可能であったのである。
私が、25年間のこころの旅で理解した理・ことは、水の流れが流体として、地球の全生命を創出していると謂うことである。そして、其の生命の営みが、其のままトキの流れであり、其の生命の記憶が「エネルギー体・情報」として龍体と成り、時間の球を抱えて宇宙を駆け巡っているのである。
我々人間は、其の龍体である情報エネルギーを、神の働きとして捉えて来たのである。其の証拠が「神」の漢字であり、日本語の「みなもと」の言葉である。
今回、何故1999年に事が起きずに、9年間も事象の切り替えが遅れているかと謂うと、過去に8回失敗した存在・サムシンググレートが、今回の9回目が、此の地球で行われる最後のチャンスなので用心深く成っているからである。
其の最後のチャンスである「次元上昇・アセンション」が、今回巧く運ぶ為には、我々人類自体が、進んで「未来世界・御世」を創造しなければ成らないのである。
神は手足を持たないので、人間が現実を動かさなければ、付いて来れないと言うか、協力体制が図れないと謂う事である。其れは、未来創造こそが、神の唯一の仕事だからである。私は、其の神の働きの最前線に立たされているのである。其の役割が、25年前に神に告げられた「事象の特異点」の言葉と、「新しい神の座標軸」との言葉の意味なのである。
たった其れだけの為に・・・、たった是だけの為に・・・、私は、此の時間帯に、此の現象世界に身を置いているのである。其の働きが可能と成るのは、中国の「老少」との言葉の概念であり、日本語の「みどりご」の言葉を純粋に理解できる心境を、保ち続ける霊宿・ひとで在らなければ成らないのである。
其れは、老子の謂う「愚人」の言葉の裏返しでもある。段々と、老子の謂う「タオ・道」の世界が、身近に成って来ている様である。
今朝の映像で打ち出されて行った文章は、私の直接の意識ではなく、私の脳のデータベースを使って、「神・龍体自体」が、宇宙の未来創造の為に必要な情報を、人間の脳が理解出来る言葉にして、水のタイムトンネルに流し込み始めたのであろう。そして、其の理・ことわりを理解した者が座れるのが、黄金の龍が守護と成っている中国の紫禁城の皇帝の座であるのだ。
そして、其の情報に接触する為には、日本の伝統である水に拠る「禊ぎ祓い」の儀式を通過して、釈迦牟尼佛や、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の様に成り、イエスキリストの謂う「永遠の命」の世界に入らなければ成らないのである。其れが「水から」の言葉の意味や、漢字の「自分」の意味を理解する事なのである。
平成21年2月24日
礒 邉 自 適
投稿者: 礒 邉 自 適
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