約束を護る
1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
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2009/5/28
「水の道」
未来創造
水の道
21・5・28
今朝のメッセージの映像には、三水篇に行の旁の「氵行」の文字が現れた。そして、其の文字が大きく書かれた旗が、黒板に張られた教室に、20人程が座る机が並べられており、1番後方には、其れを守護する様に2つの机が有り、其の左側の机には「丹治史彦」の名が有り、右側の机には「礒邉自適」の名が有った。
今朝のメッセージは、愈々、未来に向けての勉強会が始まる事を、告げて来ているのではないだろうか。そして、私と、丹治史彦氏が、其れを後ろから支えるとの事なのかも知れない。確かに、私は右脳人間の様だし、丹治史彦氏は出版会社の代表であるので、左脳が優秀である事は間違いが無い。
天界の動きが明確に成って来たのは、昨日の夕方、偶然に自適塾の事務所に、6名の関係者が集まり、私が昨年から準備していた「屋久島総合開発会議」を立ち上げる事が、決定したからではないだろうか。事務所は、昨年の11月20日に亡く成った「日吉眞夫氏」が創設した、「生命の島」の建物内で、事務局を息子さんである「日吉眞臣君(24歳)」が引き受けてくれる事に成り、牽引者役を「小林竜也君(39歳)」が引き受ける事に成った。
「生命の島・樹林」
http://www8.ocn.ne.jp/~seimei39/
「小林竜也・三茸堂」
http://www5.synapse.ne.jp/sankeidou/
そして、早速今日の昼、「丹治史彦氏」と溝口勝さんの娘さんである「俊子さん」との、初めて会談が小林竜也君の世話で行なわれる事に成っている。
其れ等の事が要因と成って、神霊界・天界が動き、今朝のメッセージと成って、現れて来たのではないだろうか。
今朝のメッセージで、学問の旗印が「氵行」であったのは「水の道」が1番大事であるとの理・ことだろう。其れは、「水・川 = 生命・いのち」との「理・ことわり・事割り」であろう。考えて見れば、水の循環が無い惑星には、生命は存在しない。其れは、水が体液となり、ミネラルを循環させる事で、生命の身体や、各器官や、骨格が生じ、其の水の流体作用で、時間・トキなるモノが生じているからである。
だから、「生命・いのち」と「時間・とき」は、「水・みず・身素」の存在で生じている理・ことに成るのである。
其れは、私が考え出した理ではなく、7000年前のシュメール文化で、既に概念化されている理である。其れが、シュメールの文化の「十六菊花紋」のマークであるのだ。其のマークは、島根半島に渡って来た渡来系の人間に拠って、日本の蝦夷・えみしに伝えられ、「十六島・ウップルイ」と呼ばれる地名とも成っている。「ウップルイ」とはアイヌ語の意味では「我が水(海)の道」の意味であり、「ルイ」は多いの意味だから「島・ルイ」は、「類・るい」であり、「縞・しま」で「多い柄・模様」の意味に成る。
そして、其の侭日本語で表記すれば「宇っ振るい」と成り、「千早振る」の言葉と連動する事に成るのである。其れは、人間の思考を支えるモノで、「仕分け」の1つの方法・手段であるのだろう。
「十六島・ウップルイ」
http://star.ap.teacup.com/2007313/11.html
其れに、「氵行」の漢字の組み合わせを其のまま読めば、「水の道・ウォーターロード」であり、「鍵十字」のマークの意味に成る。何故かと謂うと、「氵・スイ・三水篇」は「水・川」の流れの象形であり、「行・ギョウ」は道路の「交差点・十字路」の象形であるからだ。
「鍵十字」をウィキペディア辞典で検索すると、次の様に載っている。
・・・卍(まんじ)または卐とは、サンスクリット語で(スヴァスティカ)または Śrīvatsa (シュリーヴァトゥサ)と呼ばれヒンドゥー教や仏教で用いられる、吉祥の印である。
左卍と右卐があり、日本では左卍が多く用いられている。英語の swastika やフランス語の svastika もこのサンスクリット語から来たものであり、かつては洋の東西を問わず幸運のシンボルとして用いられていた。日本では、寺院の象徴として地図記号にも使用されている。
最も古い卍は、新石器時代のインドで見られる。一方、ハインリッヒ・シュリーマンはトロイの遺跡の中で卍を発見し、卍を古代のインド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルと見なした。これが直接、ヨーロッパの卐となり、十字架の一表現となった。
ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は和の元といわれ、右旋回の卐は、力の元といわれる。
中国には仏典を通して伝わり、音訳で「室利靺蹉」、意訳で「吉祥喜旋」、「吉祥海雲」などと漢訳された。鳩摩羅什や玄奘はこれを「徳」で訳したが、北魏の菩提流支は十地経論のなかで「萬」(万)と訳している。武則天の長寿2年(693年)、「卍」を「萬」と読むことが定められた。吉祥万徳の集まる所の意味である。これにより卍が漢字として使われることにもなったが、熟語(卍巴・卍果など)は少ない。この卍あるいは卐が変化した字が「万」である。日本語でいう「まんじ」とは「万字」である。・・・
─引用終了─
其れに、何故5月13日に「天・神の両手」が地上に降りて来て、14日には今は亡き「溝口勝さん」が出て来たかを考えると、「勝・ショウ」は「舟+両手+力」の組み合わせで、字義は「舟を 川の流れに逆らって 両手で押し上げて行く力」で、「川の流れに勝」との意味である。
そして「溝・コウ」の漢字は「水+冓」の組み合わせで、音符の冓は組み合わせるの意味。人工的に網の目のように組み合わせた水路の意味を表わす。 と 漢語林には載っている。
其の意味からすると、14日のメッセージの映像で、何故、病院のベッドに寝て居た「溝口勝」が起き上がって正座をし、私に深々と頭を下げたのか考えると、「生命のネットワーク」の構築と、新しい未来社会を完成させる事を、私に願った事に成る。其れは、今朝のメッセージの「氵行」は、上記した「・・ヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は和の元といわれ、右旋回の卐は、力の元といわれる。・・」に関係が有り、「仏陀の願い」と「卍は 和の元」の意味合いを、示して来ているのかも知れない。
其の様に考えると、彌勒の世で1番大事なコトは、水の存在を人間が理解する事が、最大のテーマであると言う事に成る。其れは、是から2000年間は、宇宙が「水瓶座・アクエリアス」の時代に入ると謂われている事と、辻褄が合って来ることになる。
其の様に考えると、本日、水銀を治める部族の名である「丹治氏」と、水のネットワークの入り口を意味する姓の「溝口さん」が出会う事は、神儀・かみはかりと言うか、必然の事であるとも考えられるのである。
是からの作業は、「氵行・卍のマーク」の意味を理解して、学びを深めて行く事である。其れは、老子の謂う「水に学ぶ」との訓えにも適っているし、7000年来の文明を理解する事にも繋がるし、現在最大のテーマと成っている地球環境問題にも、積極的に関わる事にも成るのである。
釈迦牟尼佛の言葉には、「此の世界は 全て因縁で出来上がっている」と有る。其の意味を考えると、其の「因縁」の言葉の意味こそ「水に因る溝・ネットワーク」と訳しても、間違いではないのではないだろうか。だからこそ、日本の神社には「御手洗水・みてらい」が設置されており、「結び・縁」を表わす「注連縄・しめなわ」が張られるのではないだろうか。
「シュメール文化」は、紀元5000年前に発生したものであり、シュメールは「スメール」であり、「葦の生える地を 治める者」の意味が有り、其れは日本に伝わって来て「すめらのみこと・天皇」の名の「スメラ」として残されている。其の概念は、下記に引用した「キエンギ・Ki-en-gi、(君主たちの地)の意」と同じである。
・・・シュメール人自身は自らを「黒い頭の人々」(saa-gi-ga)と呼び、その土地を「キエンギ」(Ki-en-gi、「君主たちの地」の意)と呼んでいた。アッカド語の「シュメール」はおそらくこの名前を方言で表したものであろう。彼らが「カンガ」あるいは「キエンガ」と自称する言語学的グループの異称のままであった。
シュメールの言語、文化、おそらく外見は周囲のセム系の民族とは異なっていた。しかしシュメールの男子像を見る限り大きく彫りの深い目、高い鼻、巻き毛で髭が多いなどセム系と変わりないような容貌した像もあるので未だ謎である。シュメール人は広範に征服民か移住民であると信じられている。しかしそのような移住がいつ行われたのか、またシュメール人の地理的な起源がどこなのかを正確に決定することは難しい。・・・
─引用終了─ ウィキペディア辞典
私は、今日の三名の会談で、溝口勝さんの娘さんが「母親・マザー」の役割を引き受けてくださるものと信じている。其れが決れば、新しい村造りが順調に進む事に成り、私も此の役割から開放され、普通の人間に還る事ができるのかも知れない。
だとすれば、「公・大宅・おおやけ」の「しんがり・殿」と成り、老子の謂う「我に三宝有り」の訓えを、実行できる事に成るのである。
愈々、私は若い人達に全てを委ねて、老境に至る道・タオを、歩き出さなければ成らないのかも知れない。
平成21年5月28日
礒邉自適
投稿者: 礒邉自適
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