約束を護る
1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
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生駒越え »
2009/7/1
「一字一句違えてはならない」
未来創造
一字一句違えてはならない
21・7・1
今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージに出て来た、「神が目を通す文章」に関係が有り、其の文章には「一字一句」間違いが有っては成らない理・ことが、示されて来た。
昨日の文章には、次の様に書いた。
・・・更に場面が変わって、縦に移動する紙に横書きの文章が次々に書かれて、下の方に流れる場面が現れた。そして、其の文章の向きが、下から上に持ち上がって行く方向に変わり、神が其の文章に目を通しているかの様であった。
其の映像の意味は、人間がパソコンで打ち出す文章が、祝詞の形で、神の存在に通じるとの理・ことを、示唆しているモノの様である。
其れは、人間の誰かが起草文を表わせば、其れに神が目を通し、其の願いが適えられるとの事なのかも知れない。其れが、本来の祝詞の意味なのではないだろうか。
其の様に考えて、今朝のメッセージの映像を逆の順番に考えると、人間側の意識(願い・起草文・祝詞)に拠って、宇宙を創出せしめている物の電子の構成が、変化すると言うか、影響を与える事が出来るとの理・ことなのではないのだろうか。そして其れが、宇宙のシステムの鍵か、物差しに成るとの事なのかも知れない。
そして「生駒越え」とは、2669年前に、大阪から生駒山を越えて、奈良に攻め上がった神武の兄弟の行為を、示唆しているのではないだろうか。
其の様に考えると、新しい目的を立てて、奈良に向う必要が有ると言う事に成る。・・・
其の、「生駒山」の山並みの続きには「葛城山」が有り、其の葛城山には「一言主命・ひとことぬしのみこと」の伝説が有る。若しかしたら今朝のメッセージは、其の「一言主の大神」に関係が有るのかも知れない。
「一言主と、雄略天皇」
古事記によると、雄略天皇が百官をつれて葛城山に登幸された時、向こうの山の尾から、一人の男が天皇と同じ服装をし、その従者も百官と同様な行列をしてくる一行に会われた。天皇はこれをご覧になって倭の国には吾をおいて王は無いのに如何なる無礼であるとお叱りになった。するとその男は天皇と同一の語を以って答えた。そこ天皇は怒って百官をして弓に矢を差させると、またその男は同一の行動をとらしめた。そこで天皇は名を告げよといったら 「吾は悪事も一言、善事も一言で伝え離つ神、葛木の一言主の大神なり」と答えた。そうすると天皇は 我が大神は宇都志意美とは知らなかった と申して大御刀や百官の弓矢及び衣服などを献上して礼拝した。すると一言主大神は喜んでこれを受け、天皇を長谷山口の朝倉宮までお送りした。
「日本書記」では天皇は、葛木山で、天皇に良く似た貴人に会われた。天皇は、これは神であるとお知りになり何処の公ぞと問われると長人は 現人の神なり。まづ王の諱を名乗れ。しかる後云わんと。天王は 朕は幼武尊也と云われると長人は僕は一言主神也と申した。それから一匹の鹿を譲会い乍ら共に狩を楽しまれたが神のお言葉は恭しく仙人の如くであった。夕方に神は天王を久目川まで見送られた。この時 庶民は皆 有徳天皇ともうした。ここには雄略天王と一言主大神をお祀りされています。
(御所市史より) ─引用終了─
其れとも、葛城山の「事代主神」に関係が有るのだろうか。
「事代主神」名前の「コトシロ」は「言知る」の意で、託宣を司る神である。言とも事とも書くのは、古代において言(言葉)と事(出来事)とを区別していなかったためである。
大国主の子とされているが、元々は出雲ではなく大和の神とされ、国譲り神話の中で出雲の神とされるようになったとされる。元々は葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ、託宣の神の格も持つようになった。このため、葛城王朝において事代主は重要な地位を占めており、現在でも宮中の御巫八神の一つになっている。葛城には、事代主を祀る鴨都波神社(奈良県御所市)があり、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のような全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の名前の由来となっている。・・・
─引用終了─
今朝のメッセージの映像は、私の意識が、昔の服装である白い服を来た男性と、立ったまま細長い筒の中にどんな文章を入れるかに付いて、長い間話しをして居て、決った事を其の筒の中に入れて、何処かに送る事に成った。
そして、私の意識は明るいトンネルの様な中を高速で移動していた。其れは、対向線の有る、冬季のアイス競技のボブスレーのコースの様な物で、其のトンネル内を高速で通過して行き、着いた所がJRの宮崎行きの駅のホームである事が理解された。
何故、一字一句間違いの無い「言葉・文章」を持って、宮崎に向わなければ成らないのであろうか。
今朝事務所に出て来てPCを開くと、麻生総理大臣が、宮崎県知事である東国原英夫知事を「地方分権改革担当大臣」に任命するとのニュースが載っている。今朝のメッセージは、其の事に関係が有り、東国原英夫知事に意見書でも送れとの事であろうか。
宮崎県には「西都原古墳群」が有り、イザナギ・イザナミ両神の古墳と云われている遺跡も有り、澤山の古墳が存在する。若しかしたら「東国原」との苗字も「西都原」と関係が有り、古代豪族に縁が有るのかも知れない。
今朝のメッセージでは、届けなければ成らない大事な文章の中に「畩」の字が含まれており、其の漢字が一番大事である事が示された。そして、山の麓に有る「停留所」が出て来たが、其の「停留所」の文字の「停留」は全然違う文字であり難しい漢字であった。
いま、漢語林で「畩・けさ」の文字を調べると、「畩・けさ」は漢字ではなく国字であり、「畩ケ山・けさがやま」は姓氏。また鹿児島県曽於郡の地名。会意。「田+衣」。田は卍・まんじの図案化したものが一見、田の字に似ているところから、卍を紋にしている、けさの意味を表わす。と載っている。
此の説明だと、昨日のメッセージの映像で最初に現れたL型の鍵が重なった物は、其の卍の「畩・けさ」を意味していたのかも知れない。そして、大事な言葉・文章を運ぶ「通信士・ランナー」の「襷・たすき」には、卍の紋が付いていなければ成らないとの事ではないだろうか。
其の卍に付いては、5月28日に「水の道」の題で文章にして有る。今朝の氷のトンネルは、其の「水の道」が固形の水の形で現されて来たモノ・現象ではないだろうか。
其れに、氷の筒であっても、氷は水の固形物であるから、住吉三神の「中筒男神・底筒男神」に関係が有るのかも知れない。
・・ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は和の元といわれ、右旋回の卐は、力の元といわれる。
中国には仏典を通して伝わり、音訳で「室利靺蹉」、意訳で「吉祥喜旋」、「吉祥海雲」などと漢訳された。鳩摩羅什や玄奘はこれを「徳」で訳したが、北魏の菩提流支は十地経論のなかで「萬」(万)と訳している。武則天の長寿2年(693年)、「卍」を「萬」と読むことが定められた。吉祥万徳の集まる所の意味である。これにより卍が漢字として使われることにもなった。・・・
「水の道」
http://green.ap.teacup.com/20060818/1157.html
其れは、2005年5月18日のメッセージに有った事から、続いている現象世界なのであろう。
・・・今朝のメッセージは、全部の場面が一つの流れとして物語に成っている様である。
先ず、水は、昨日まで続いているサラスヴァティに意味付けされている様に、全ての物質には水素原子が絡んでおり、宇宙の全ての土台は水素に有るので、水は全ての物事の中心に、イメージされて来る。水の存在が、強調されると言う事は、全ての管理が始まるとの事だろう。
「水とホームページ」
http://star.ap.teacup.com/170606/19.html
今朝のメッセージに現れた「停留所」の、停留の文字は全く違う文字で、停は良く覚えていないが、「留・リュウ」は「潔・潛」の様に「氵・三水」さんずい篇であった。そして、右の旁の上には、「比・ヒ」が冠として付いた文字であった。そして、「比」のヒとヒの間には、何か別の文字が有った。
「比・ヒ」の漢字は、2人の人間が並んでいる象形文字で、字義は、並べて比べる。仲間。馴れ馴れしくする。 等の意味がある。
其の「比」の文字の意味を考えると、「郷・キョウ」の漢字が、「二人の人間が 故郷で食卓を囲んで 響き合う」との意味が有るので、其の状況にも重なるし、同じ「水・卍」を共有するとの意味合いも考えられる。
其れだと、今朝の停留所は故郷のバス停の意味に成って来る。そして、昨日のメッセージの映像に有った「二色のL字型、は、2人の足が絡み合っている様にも見えたので、人間の歩みが重なる・同調するとの意味合いが、有ったのかも知れない。
昨日は、岡山のIさんも到着しており、今日は先ほど2人で暫らく話し合った。Iさんのビジョンには、私が前田氏と2人でヘリコプターに乗って居り、Iさんにも「一緒に行くか」と誘ったとの事であり、別のビジョンでは、私と丹治氏が2人居て、其の背景に、恐い顔をした男性神の絵が掛けられていたとの事である。
其れに、三つ葉のクローバーが急にビジョンに現れたので、其れをPCで調べて見たら、キリスト教では、三つ葉のクローバーは「三位一体」を意味していると、載っていたとの事である。
其れ等の事柄を考えると、「みづ・水・卍・弁財天・弥都波能売神・水龍・青龍・大山祇神・海神」の関係性が見えて来るし、日本の伝統である神社の「御手洗水・みてらい」や「禊ぎ祓いの儀式」などの意味も理解されて来る。
今朝の映像に現れた、山の麓に有った「停留所」は、旅を続けて居る者達の、新しき終着駅か、始発駅の意味が有ったのかも知れない。そして、其れ等の人々の合い言葉が「畩・けさ」であり、「襷・たすき」の印しは卍であるとの事なのかも知れない。
そして、其の卍の襷を掛けて走るレースで、次ぎの人に渡すバトンの筒の中の文章には、一字一句間違いが有っては成らないと言う理・ことなのであり、其れが「サラスヴァティ・弁財天」の言葉の世界なのであろう。
平成21年7月1日
礒邉自適
投稿者: 礒邉自適
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