約束を護る
1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
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2012/2/16
「本当の禊ぎ祓い」
未来創造
本当の禊ぎ祓い
24・2・16
今朝のメッセージの映像は、私が、屋久島の安房の町から、紫陽花のマークの絵を画いてくれた奥野君を案内して、実家の方に向かって居ると、実家の方から古い時代の蒸気機関車が走って来て、安房川の川べりに下って行った。そして、其の後には、2両の客車が走って来たが、其の客車は下り道なので、連結されていなくて、自力で走っていた。
其の列車が通り過ぎてから、昔し、安房川の寄場である渡しに、山から切り出して来た材木を運搬する道路の、側に有る、私の畑に立ち寄ると、もう1人男性が居て、畑に植えた果樹の苗木の手入れをしていた。そして、其の畑から、私の実家の裏山である明星岳を見上げると、樹木が伐採された後に、新しい広葉樹の赤い若葉が、勢い良く茂っているのが見えた。
次の映像には、1昨日のメッセージの映像に現れた、両目に瞳の無い女性に両目が付いている姿が現れた。其れは、昨日の映像に現れた少女が、育った事を意味しているのかも知れない。
今朝は朝起きて、洗面を済ませてPCの前に座ると「貴方はいずれ王に成る」との言葉が有ったので、女神のブログを開くと続きの言葉が告げられて来た。
「貴方は いづれ 王に成る
其の予備軍として 多くの霊留・ひとを 育てて来ました
だからと言って 他の誰かが 王に 成れるわけではありません
何故なら 他の人々は 自分の意識が 抜けないからです
王とは 全く 自分の自己意識を 使っては 成らない人のことなのです
ですから 王に成りたい人が 王に 成れるわけではないのです
其の 理・ことが 一番大事だから
プログラムが 長く 伸びてしまっているのです・・続く
「貴方はいづれ王に成る」
http://moon.ap.teacup.com/20060103/415.html
其の女神の言葉からすると、間もなく、私に与えられていた模索も終わるのかも知れない。何故かと言うと、今朝の私の意識は、私が生まれた実家に帰ろうとしているからである。
今朝の映像には、私が若い時に畑に果樹の苗木を植えたりしていた事や、小学校の時に裏山の明星岳の樹木が伐採されて、山膚が見えていた部分に、杉の人工林ではなく、広葉樹が勢い良く繁茂している場面が映し出されて来た。其れに、中学校に通う頃には、屋久杉を伐り出して運ぶトロッコ列車が走っていたのである。
其れ等の映像は、私が育った環境の描写であり、私の意識は、其れ等の景観の中で組み上がって来ているのである。其れは、私に目が有って築かれた意識であると言うか、潜在意識の土台と成っている物である。
今朝の映像では、私が「風 麦東 陶・ふうれんとう」のマークとしている紫陽花の花の絵を画いてくれた奥野氏が、私が実家に帰る道すがら、後に付いて来て居た。其れは「奥野・おくの」との名前の意味が、私の意識の奥を意味しているのかも知れないが、私が故郷に27年振りに還るのに、手土産と言うか、故郷に錦を飾る旗が「風 麦東 陶」である事を意味しているのかも知れない。
其の様に考えると、今朝の女神の言葉である「貴方はいずれ王に成る」との意味も理解できる様な気がする。
今朝のメッセージには、池田会長が来世で女の子に生まれ変わり、女の修行をする事が映し出されて来た。其れは、私の最初の妻が屋久島の創価学会の島長の娘であり、私も創価学会員に成る事で日蓮聖人に縁が出来て、此の世界に入る事に成った。日蓮の教えは、釈迦の訓えである法華経に帰依すれば、天照大神、八幡大菩薩を始め、諸天善神が皆加護に付くと言うモノである。
私には、其れが現実として4311体もの「神霊の思頼・みたまのふゆ」が起きたのである。
しかし、池田大作名誉会長自身には、其れが起きていないのである。其の原因は、釈迦の訓えに反して大きな教団を創って、カルマ・業を強くしているからであろう。其の池田大作のカルマに拠って、多くの家庭が犠牲に成り、自殺者などを生み出して来たのである。だから池田大作氏は、釈迦の訓えに反して、国家内国家を作って自分のエゴと言うか、男の願望は最大限に満足させたが、老子の謂う「雄の立場を知った上で 雌の立場に身を置く」の意味は理解していないので、もう一度女性に生まれ変わって、修行をやり直さなければ成らないと言う事なのであろう。
私は、日蓮の御霊の指示に従って、御本尊である南妙法蓮華経の曼荼羅をビリビリに破り捨てたので、学会員を除名させられており、旅に出て曹洞宗に縁が出来て禅宗の受戒を行い「真悠護法居士」の戒名を受けている。其の、「護法」とは「人の名前に付けるモノではないが」との前置きで、真海和尚が私に付けた物であるが、日蓮の考えにも護法は有る。
・護法善神(ごほうぜんじん)とは、仏法及び仏教徒を守護する天部の神々(天)のこと。護法神(ごほうしん)、あるいは諸天善神(しょてんぜんしん)などともいう。
諸天善神 [編集] 通常、仏教一般では三宝を守護する天部の神々は護法善神、あるいは護法神と呼ばれる。しかし日蓮は、法華経とその行者を守護する天部の神々に対して諸天善神という語を多用した。したがって日蓮宗系の宗派間では、護法善神や護法神よりも諸天善神と呼ばれることが多い。法華経の行者を守護する善神のこと。法華経においてこの諸天善神が法華経の行者を守護することを誓っているとされる。また民衆、国土を守り、福をもたらす宇宙の働きと解釈されている。 ~引用終了~ ウィキペディア辞典
しかし、今朝のメッセージの内容は、其れ等の事よりも、もっとレベルの高いテーマであり、其れ等の、人間が考えた概念と言うか理屈を、人類の意識から削除しなければ成らないと言う事であろう。
一昨日からの映像では、両目に瞳の無い女性に、今朝は両目が付いて、光の存在である男性意識の光体を見ていた。其れは、頭に鏡を着けて太陽の船に乗るイシス女神の「籠目」が、本人に還された事を意味しているのであろう。
其の様に考えると、籠目が、今後地上に下されると言う事は無いと言う事である。
其れに、今朝の愉伽さんのビジョンには、職人の技が完成した事が映し出されて来たとの事である。
其れも、錬金術師の概念が必要無くなった事を意味し、男性は片目の神である「金屋子神・かなやこかみ」に頼らなくても、自分の両目だけで、あらゆる技術開発や、技の熟練が出来るとの事ではないだろうか。
これ等の事は、特別な事ではなく、日本では当たり前の事なのである。天照大神・イシス女神や、鏡や鳥居や高麗獅子等、神社の施設に関する物は、全てユダヤ民族がエジプト脱出の時に持って出た概念であり、日本の国津神である原住民「大山祇神」の概念には無かった物である。
だから、錬金術師や籠目などの概念は最早必要無いのである。
其れに、西洋の薔薇十字の儀式や、悪魔の概念も、黒猫に対する恐れも、最早必要ないのである。全てが、太陽の下に晒され、斉庭・お白洲の概念、水に拠る「禊ぎ祓い」の概念だけが残れば良いのだ。
何故なら、日本では「悪魔・鬼」は善の働きであり、熊野大社で男性を対象として行われる「受け餅・保食神」の儀式の「ストレス試験(ストレステスト・耐性検査)」だけが、残れば良いのである。
何故なら、遺伝子の進化は、男性の染色体Yに拠るものであり、生物のDNAの進化は、雄に与えられたストレスに拠って変化して来たものだからである。
其れ等の真理が判って来た以上、あらゆる宗教の概念は必要ではなく、科学的に、生命の謎が解き明かされれば良いのである。其処に、本来のエネルギー体である龍神の本当の姿が、悪魔ではなく、学びの舎の校長先生として浮かび上がって来るのである。
そして、其の校長先生の働きこそが、「至聖先天老祖・しせいせんてんろうそ」であり、「御祖神・みおやかみ」であり、「君・すめらみこと」なのである。
私は、29年前の3月18日に無庵師匠に見出されて、1年後の3月5日から3ヶ月の修行の末、安房川の岸辺で水の禊ぎ・パプテスマを受け此の世界に入った。そして、君の漢字が意味する王の杖を持たされたのである。
私は、其れが、自分の意志と言うか、好みに合わないので、無庵師匠に「余計なモノを持って来て」と文句を云った。すると、無庵師匠は「私が持って来たのではなく 貴方が自分の役目に目覚めただけだ」と応えた。
其の問答も、本日で終わったのかも知れない。
平成24年2月16日
礒邉自適
投稿者: 礒邉自適
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