2008/3/25
等身大の情報選択
20・3・25
今朝の様子では、確かに神霊界の様子が変化して来ている様である。其れは、昨日、紫色の情報の流れの川に、釣り針を数多く下げた事に関係が有るのだろう。
其れは、精霊や神の情報・メッセージを受け取る事から、自分が森羅万象の流れに釣り針を無数に下げて、直接に情報を釣り上げる事を意味している。
其れは、既に私の意識が、過去に生きた者達の希望や情報を受け取って、其れに従って行動する事から、自分自身が、森羅万象の川の流れから、情報を汲み取って行動する事に、舞台が変化している事を示唆しているものである。其れは、私が24年前に受けた4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が終った事を意味し、是からは、私自身が、自分の意識で自由に情報を選択・チョイスして、行動しなければ成らないと言うことである。
今朝、私が釣り針に引っ掛けた情報は、私が果樹園の樹木に、農薬の水溶液を動力噴霧器で散布して居ると、木の枝に下がっている蜂の巣に農薬が掛かり、蜂が死んでしまう映像が映されて来た。次には、5月23日の日付けが現れた。其れから、女性の意識が現れ、自分に必要な情報を選び始めた。其の女性の意識は、アルファベットの小文字で表され、複数の意識体が在る事が解かった。そして最後に、「等身大」との言葉が脳裏に浮かんで来た。
「等身大」の言葉を、PCで検索すると、1)人の身長と同じ大きさであること。2)現実的で身近に感じられること。と、載っている。今朝現れた「等身大」の意味は、2の「現実的で身近に感じられること。」の方であろう。其の言葉から、私が理解出来る事は、是からは、神のお告げとして皆に話すのではなく、自分の体験や考えに基づいて、話をしろとの事ではないだろうか。
其れだと、自分の考えとして、言葉を放つ事に成るので、是までとは違い、自分の発する言葉に、責任と義務が伴う事と成る。そうであれば、是までの様な文章も書けなく成るであろう。
そして、話す内容が「等身大・現実的で身近に感じられること。」だから、抽象的な事や、雲を掴む様な話は、出来ないと言う事にも成る。
其れがどう言う意味であるのかは、未だ能く実感を持てない。今朝の幾つかの場面は、其のヒントに成る物を、私の潜在意識が、森羅万象の流れから釣り上げたものではないだろうか。
5月23日の日付けで、私が思い出すのは1999年5月23日の日付けである。其の日は、埼玉県上福岡市に住む佐々木将人氏が、靖国神社に勤めている息子に、自分の跡目を譲る儀式が行なった日である。其の儀式に参加する為に、出雲から東京に出かける朝、ドイツ語で「ルーヴェン-デス」との言葉が告げられて来て、其の意味を調べると「風上に向かって 正確に 船首を向ける。」との意味であった。其れに、其の事を書いた2003年2月14日には、私の母親と既に亡く成っている弟が霊夢に現れ、「伝承」の事がテーマに成っているメッセージを受け取っている。其れは、1999年5月23日のメッセージの内容が、父親が息子に跡目を譲る儀式であった事とダブッテいる。
「き」2003・2・14 http://star.ap.teacup.com/170606/246.html
「記」2003・2・14 http://star.ap.teacup.com/170606/245.html
今朝の映像で、情報を選んでいる女性の意識の名が、アルファベットの小文字で記されていたのは、「母音」を意味しており、大文字の「Father・ファザー」の「父・神父・ゴッド」と対比するモノで、女神を意味していたのではないだろうか。其れは、私の潜在意識に巣くっていて、情報を選択しているモノが「女神」である事を意味している。
その様に考えれば、女王蜂が中心と成って子孫・DNAを伝えている蜂の生態が、関係が有ると言う事になる。何故、今朝のビジョンに、其の蜂の巣に農薬が掛かり、蜂が死んでしまう映像が映されて来たのだろうか。其れは、人類が自然に対して公害を出し、生命圏を犯している事を、示唆しているのかもしれない。其れは、私の潜在意識に住む女神が、地球全体の生命の源に繋がっている事を、示して来ているのではないだろうか。
其の事を考えると、人間の男性は、天に対して意識を持つ事は出来るが、地球全体の生命には無頓着であるとの事に成る。だから、直ぐ戦争を始めたり、平気で環境を破壊したり出来るのであろう。
今朝のビジョンは、私の潜在意識が万物の霊長として、未来に向かう情報を選択・チョイスして居た事に成るのだろう。其れは、イエスの言葉が「天の父よ」と言っている事とは対象的で、神は女神が元であり、地球其の物が、神の住いである理・ことになり、「ネイティブアメリカン・Native American」が地球環境を「母なる大地」と呼ぶ事や、日本人が女性の役割を「畑」に例えるのと、同じ気持ちである事に成る。其れに、現在使われているギリシャ神話の大地の女神「ガイア」の名も、同じ概念から生まれた物であろう。
其れ等の事柄を中心に考えて行けば、自ずから、考えは「等身大」に成って来るのではないだろうか。現実的にも、私の周りの動きは、村造りや、学びの場の建設に向かって動き出して来ている。だからこそ、私が神のお告げだとして、物事を云うのではなく、自分の考えとして、言葉を発する必要があるとの事ではないだろうか。其れは、役所に通用する言葉を使うとの事でもある。
其れが、神の意識に適った方向に向かう為には、男性の性格である花粉・種蒔きの行動や、高い建造物(リンガー)を立てるのではなく、身近な環境や、畑を護って行かなければ成らないのだ。そして、其の答えは、自分の身体の中に潜在意識として存在する、雌のプログラムに在るのである。其れが、釈迦牟尼佛の謂う、自分の中に内在する「ホトケ・生命」であり、老子の謂う「雌の立場に身を置く」との意味であろう。
其れ等の元・源は、36億年前から永遠に繋がっている「DNA・絡む陰陽の蛇」の存在なのである。其れが「タオ・道」のシンボルと成り、現在まで伝えられているのだ。
今朝のビジョンは、霊界からのメッセージではなく、自分の「生命・いのち」自体が、現状を、森羅万象の中から選択・チョイスしたのであろう。だからこそ、古代から「蛇・エラブ・選ぶ」の言葉が使用され続けているのだ。
平成20年3月25日
礒 邉 自 適
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