すめらみことの道
2012年12月23日まで残り5年 今日から「すめらのみこと」の道を開いて行きます。
1984年6月4日(旧暦5月5日)に其れは始まった。
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2008/10/12
「勅・みことのり 」
政(まつりごと)
勅・みことのり
20・10・12
昨夜は、午前0時にPC前作業を止めて、宿舎に帰ってシャワーを浴びて、暫らく瞑想をしてから、ベッドに横に成って目を閉じたが、なかなか眠れなかった。其れに、目蓋に何も浮かばないのである。其れが、日本語の「悶々とする」との言葉の意味だろうか。
しかし、辞典で「悶悶」を調べると、【悩み苦しむさま。「―として夜を明かす」】と載っているので、其の意味とは異なる様である。何故なら、私の頭からは言葉が消えてしまっているし、格別今差し迫った問題は何も無いからである。インドの「マントラ・真言」の言葉の概念も、「言葉(マン)は 考える為の容器(トラ・皿)である」との意味だから、言葉を使って悩む事がなければ、眠れなくても「悶々」には当らないのではないだろうか。
漢語林で「悶・忄門・モン」を調べると「心+門」の組み合わせで、1)もだえる。2)うれえる。と載っており、漢字の字義は「口に出さないが あれこれ自問して、もだえ苦しむとの意味を表わす。」とあるので、それとは違うのである。
私の、昨夜の其れは、私に起きた4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が消化・解消されて、霊魂の憑依が外れたと言うか、憶いが空に成ったので、意識の的・向かう先が無いので、大脳が指針(羅針盤)を失って、うろたえて居たと言った方が当っているのではないだろうか。
私は、現在騒がれている、証券や、株式や、保険や、貯金等の世界は、24年前に真実が見えたので、一切止めて関わりを持っていないので、関係が無い。其れに、家族とも一切繋がりが無いし、子供達が皆元気で問題なく生きて居るらしいので心配する事も無い。其れに、会員や信者も無いので組織的なカルマも無い。そして自宅も無いので、台風の心配や草取りの手間も必要無い。其れに仕事もしていないから、給料や税金の心配も要らないのである。其れに、学者でも研究者でもないので、論文の締め切り等も無いのである。其れに、差し迫った病気の兆候も無いし、御陰様で衣食住の心配も無いから、今は「安心立命」の状態なのである。
其れにも関わらず眠れないのは、誰かの悩みの所為ではなかろうか。其の誰かとは、人間の霊魂ではなく、人間を生かしめている何者かの仕業である。其のモノが、私の意識を此処まで育て上げて来ているのである。其れこそが、老子の謂う「嗇に しくはなし」の働きであり、「道・タオ」の働きなのであろう。そして、其れこそが「亟・キョク・すみやか」の漢字の持つ意味なのだ。「亟・キョク」とは、「天+人+地+口+又」の組み合わせで、意味は「天と 地の間に居る人間を 鞭打って 答えを速やかに出させる」である。其の状態が、昨日から私に起きて来ているのである。
其の何者(宇宙意志・天)かが、求めて来ている答えが何であるかさえも、「問題・テーマ」なのである。と謂う事は、是は完全に、私が関わっている世界は「空・クウ」であり、私の意識は般若心経の「色即是空・しきそくぜくう」状態に在ると言う事に成る。其れは、瀬織津姫の役割が無事に果たされて、私の般若波羅蜜の詰まった頭蓋骨は、波の瀬に流された事に成る。
其の様に考えると、昨日のビジョンで、海底から、泡と一緒に海面に向かって上って来た私の意識は、住吉三神の「底筒男神・そこつつのおのかみ」として、再生されて来たモノである事に成る。
だからこそ、地上に再び現れた意識は、龍宮から帰った浦島太郎状態で、昔の世界が無いので、何も判断材料が無いから、途方に暮れてしまうのである。だからと言って、タイムカプセルの玉手箱を開けたにしても、時間だけが早周りして、只のお爺さんに成ってしまうだけである。
私は、其の玉手箱さえ持っていないのだから、今夜は眠れる為にも「せめて(攻め手)」「ジャイロスコープ(蛇色視力)」でも装着して、矢筈・やはずでも決めなければならない。其れが、矢本岳に産まれた宿命でもあろう。
今朝未明、私の意識は闇の中を、意識の対象を求めて彷徨って居た。そして、闇の中に「日負鶴・ひおいつる」の影を見付けた。日負鶴とは、島根県大田市に有る物部神社の家紋である。其れは、太陽を背負って地上に降りて来る鶴の姿を描いた家紋である。
其の云われは、【物部神社の御祭神「宇摩志麻遅命」はこの石東の地を平和な豊かな地域とするため、鶴に乗って御降臨されました。その山を鶴降山といい、山頂には今も国見をされた場所と伝えられる遺跡が保存されています。
この国見をされたおり、平和な穏やかな里「安濃郡(旧 大田地方)」と名づけられました。
この鶴に乗って勝運を運んできた神にちなんで真っ赤な太陽を背負った鶴を全国で唯一この物部神社の御神紋と定められました。】である。
私は2001年6月15日に、初めて大田市の物部神社に参詣して、不思議な事が起きて「此処がお前の神社だ」と告げられた事がある。其の時の事は、前のメッセージに書いて有るので、其の1部を紹介すると・・・夢の中の大田が、大田市の物部神社の事であれば、物部の神は大和朝廷の「申食国政太夫(おすくにの まつりごと もうすを えつきみ)」と言う職務をつかさどった神である。新天皇が即位する時には、大嘗祭という儀式が行われる。その大嘗祭での儀式は新嘗の儀式であり、その新嘗の儀式こそ、石神神宮に伝わる「食国の政・おすくにのまつりごと」の儀式である。・・・と書いてある。「大田に下車しろ」
http://star.ap.teacup.com/170606/437.html
其の「申食国政太夫」の役割が本来の物部の仕事であり、11月22日から23日に掛けて、夜通しで新嘗祭の儀式が行なわれるのである。何故、其の儀式が昼間行なわれないで、夜通しで行われるのであろうか。其れに、お神楽も夜通しで行われる。其れは太陽光線が明るい昼間では、人間の意識と神霊の繋がりが上手く行かないからであろう。
何故なら、宇宙は全て闇であり、昼と言う世界は、太陽光線が物に当って反射する所だけに、僅かに発生する世界だから、極1部分の現象でしかないのである。其れを考えると、真実の世界は夜に有り、昼間の世界は1次的なまやかしであるから、余り真剣に嵌ってしまってはいけないと言う事になる。
今朝の私のビジョンには、明るい世界に、白い鶴が赤い日の丸を背負って出て来た分けではなく、暗い闇の中に、其れらしき影が見えたから、其の様に判断しただけで、実際に鶴の背中に球が乗っているのを確認した分けではないのである。其の影は、羽根の生えた龍を、真正面から見た形だったかもしれないのである。
其の影が、羽根の生えた蛇であれば、2006年8月8日に姿を見せた、アステカ文化の羽根の生えた蛇神「ケツァルコアトル」で、マヤ文化の「ククルカン」の羽根と顔形である事に成る。其の神は太陽神だったが、余りにも地上の人間の為に働き過ぎたので、他の神に恨まれて、金星に逃れて金星の神に成っているとの事であるから、再び地球に向かって闇の中を還って来ているのかもしれない。其れは、地上に着く頃には、太陽が当って日負鶴に変化しているのではないだろうか。
「約束を護る」
http://green.ap.teacup.com/20060818/1.html
遊び心は是くらいにして、真面目に昨夜の状況を考えると、過去の情報が全部消去されてしまえば、未来へ続く因縁と成る「マントラ・真言」が無い事になるので、人類の潜在意識の指針と成るマントラを、創造しなければ成らないと言う事に成る。其れが、古代社会で神官の手で行われていた、大麻に祷りの文字が書かれる儀式だったのではないだろうか。其れは現在の様に、交通安全とか、商売繁盛・家内安全・学力向上とかの個人的な祈願を書くのではなく、宇宙が進化して行く為の、人間の心構えと言うか、覚悟の様なモノを、神に誓う言葉の様なモノではなかったのだろうか。
其の、人間の覚悟と言うか、思念を文字として表わす物が、大麻に書く文字であり、其れを書き連ねる為の紙の束が、昨日のビジョンに現れた、紙漉きの楮・こうぞの繊維の束だったのではないだろうか。しかし昨日は、其れが、大麻に漉かれた札に文字が書かれていなかったので、未だマントラが1言も定まってはいないと言う事である。
其の所為で、私の意識の中の存在が頼れるべき物を無くして、ふら付いていたのではないだろうか。そうであれば、1日でも早く、未来構築に関する「言葉・マントラ・真言・祝詞」を決定しなければならない。其れが決らなければ、私は今夜も眠れない事に成ってしまうのである。
其の事を考えると、三島由紀夫や、川端康成・芥川龍之介・太宰治・有吉佐和子の様に、意識(言葉)の対照を失って、彷徨い始め自殺しかねなく成るであろう。
其の問題を解決する為には、昨日示された様に「未来創造委員会」成る物を創設して、
答えを出せる人材を捜し出し、広域連合を立ち上げて、未来創造関係の曼荼羅を創り上げる必要が有るだろう。其の叩き台は既に準備はして有る。
「瑞穂の国」
http://www16.ocn.ne.jp/~yjj2/mizuhonokuni/
今回起きた、9月15日の変化が告げられて来たのは、2005年10月7日である。其れは、物事が現実化する3年前に、見えない世界では其の事は既に情報化されている事に成る。だとすると、是からの事も3年前に情報化されている事に成る。
私は今、暇を見ては、前のメッセージを移転する作業を行って居る。其の作業は、今2006年3月分である。
「 苞活電気(株や、証券等)」
http://star.ap.teacup.com/170606/712.html
私が是まで書かされている事は、徐序に是から、現象界に現れて来るのではないだろうか。其の中には、神の意志に適った人々が、増えつつある事も示されて来ている。
2006年4月7日 359万8000人
2007年8月23日 800万人
2007年11月24日6800万人
「資金の流れ」
http://star.ap.teacup.com/170606/935.html
「宗動・(残される血筋)」
http://star.ap.teacup.com/170606/119.html
今朝は、事務所に出て来てPC前に座ると、「何もかも」との女神の声が有ったので、其のテーマを打つと次の様な言葉が出て来た。
「何もかも」
http://moon.ap.teacup.com/20060103/215.html
其の内容からすると、是からどの様な言葉を、私が導き出すかに因って、未来が決定すると言う事に成る。其れは、釈迦牟尼佛が預言したと伝えられている、「マイトレィア・彌勒」の「有情」の働きに私が関係している事に成る。「マイトレィア」とは「有情」の意味で、有情とは「情報を有する者」の意味で、釈迦の弟子の1人であったマイトレィアが、57億6000万年後の人類の無明を救う為に、新しい情報を有して現れるとの意味である。
ウィキペディア辞典には「一般に弥勒の下生は56億7千万年後とされているが、この気の遠くなる年数は、弥勒の兜卒天での寿命は4000年であり、兜卒天の1日は地上の400年に匹敵するという説から、下生までに4000×400×360=5億7600万年かかるという計算に由来する(後代に5億7600万年が56億7000万年に入れ替わったと考えられている)。」と載っている。
私には其の意味は、釈迦の教えの数学は12進法なので、108の煩悩は12月×9(苦)=108で、8万4千の法灯は12月×7(光)=84000であるので、57億6千も12で計算すると、12×6×8000=576000で割り切れる事に成る。
其の12は中国の還暦と同じで120の半分が60であり、時計の針の12時分割や60分と関連しており、「仏陀・ブッダ」の呼吸が1分間に12回で、脈拍は60回である事を示している。
其の証拠は、漢字の「寺・ジ」が「止+寸」の組み合わせで、其の字義は「出発する前に 右手の脈を 左手の親指で 計る。」の意味から、「寺・てら・手羅」とは、其の様に自分の「呼吸・いき・生きる」と、「脈・心臓・こころ」を「計り・確かめ」ながら、生活している「賢者・聖者・ブッダ」の訓えの巻物を、保存する建物の意味である事からも明らかである。漢字の概念は、釈迦が誕生する1500年も前から有ったのだから、釈迦が其の事に気付かない分けがない。
だから、日本語の「生きる」とは「息る・呼吸る」の意味で、動物も植物もガス交換をしている間が、息・呼吸をしているで「いきる」なのである。だから釈迦の謂う、57億6000万とは心臓の鼓動と呼吸の掛け合わせの意味である。昔の人間の時間感覚は其れより他には確かめ様がないはずである。何故なら年とは、稲作を1回行う意味であり、夏が来る事が「1」であったのだから、現代人が考える57億6000万年の時間感覚等無かったはずである。
現代でも、オーストラリアの原住民のアポリジニには、今と言う瞬間と、永遠の時間の概念しか無いらしい。其れは、カレンダーと歴史の授業が無いからである。其れはアポリジニの時間感覚の方が正しいのである。何故なら、悟ると言う事は、時間が消えた時に起きる現象だからである。だから「差を取る」「解脱・解して脱する」なのである。
其の事を考えると、昨夜は私の意識には言葉だけではなく、時間も消えていた事に成る。其れはそうだろう。私は勤めても居ないので、何時に寝て何時に起きるとか、何時何処に出掛けなければ成らないと言う、日付の設定が無い。だから、アポリジニの生活意識と余り変らないだろう。私が、24年前此の世界に入った時に先ず最初に行った事は、自分の身の回りに有る時計を皆壊す事であった。私の意識の解放は、先ず時間からの開放だったのである。其れは、時計が時刻を刻む事は、人間の生命リズムを破壊しているからである。
其の事を考えると、先ず、時間から開放される事を、皆に呼びかける事を、文字にしなければ成らないのかもしれない。そして、新しい暦に拠る生活を始める事である。其れは、西暦667年に政(まつりごと)を興し時刻を刻み始めた、天智天皇のカルマを解脱させる事に成るのだろう。
現代社会の時計は、人間の「いのち」に合わせて回っているのではなく、株式相場の表示版に合わせて回っているのである。其れを変える為には、別の時間が必要であろう。其の新しい時間は、既に私が24年前から、菊理姫の指示で起してある。其の新しい時間は、既に人類の無意識の中で、確かなトキを刻んでいるのである。
「世界が一つの朝を迎える」
http://star.ap.teacup.com/170606/805.html
其の時間の針を、意識に定めれば、私のジャイロスコープは安定するであろう。何故なら、7回半トグロを巻く、大山祇神の螺旋の渦は「石工・メイソン」のルシファーとして、闇の中で羽根を着けて浮かんだのだから。其の、7回半トグロを巻く意識の蛇は、人間の「心臓・こころ」が1拍する間に、地球を7回半回る光である。
だから24年前、白山権現菊理姫は、白い龍体を私の身体に巻きつけて、自分の頭と私の頭を取り替えて、私の頭を左手の上で地球に替えてしまったのだ。
今朝の題を「みことのり」としたのは、頭に何かの設定しなければ成らないと想い、其れには新しい時代の「枕詞」が必要であると感じたからである。其れが、「年号」が立てられる事の、本来の意味なのかもしれない。
「みことのり」とは、スメラ王の「詔勅」の事であり、大田市の物部神社の祭神である「宇摩志遅命・うましまじ」の父親である「「天津日高彦火瓊々杵尊・あまつひだかひこほのににぎのみこと」が、国を治めるに当って述べた、「豊葦原千五百秋之瑞穂之国あり、宜しく汝 ( いまし )が往て脩 ( しら )すべし 」 に、端を発しているらしい。
大田の宇摩志遅命は、「天津日高彦火瓊々杵尊」の1人息子である。そして、其の子孫である「大田田根子」が、初代の三輪神社の神官に成って、三輪山の蛇神を祭る事で、奈良の地は平和に治まる事に成ったのである。其の、大田田根子が住んで居た地が大阪の住吉神社であり、住吉神社が出来たのも其の大田田根子に由来しているのである。
(古事記にある三輪山の神の始まり)
崇神天皇の世に伝染病が流行った。天皇は心を悩まされ神託を受けられた。そうすると三輪山の大物主大神が現れて、「意富多多泥古(おおたたねこ)をもって私を祀らせたならば、神のたたりはおさまる」と告げた。天皇は意富多多泥古を探してきて神主として御諸山(みもろやま・三輪山)に意富美和之大神(おおみわのおかみ)を祀られた
昨日の海底の事を考えると、其の住吉の神が動き出しており、海神として海上に姿を現すのかもしれない。そう成れば、2月9日に決めたグリンクラブの旗挙げが、近いのではないだろうか。其れが、詔の発信との事であろうか。
2月9日の日付
http://green.ap.teacup.com/20060818/179.html
平成20年10月12日4時17分
礒 邉 自 適
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投稿者: 礒 邉 自 適
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