すめらみことの道
2012年12月23日まで残り5年 今日から「すめらのみこと」の道を開いて行きます。
1984年6月4日(旧暦5月5日)に其れは始まった。
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2008/11/11
「事示しで人々が動き出す」
政(まつりごと)
事示しで人々が動き出す
20・11・11
今朝のメッセージの映像は、横書きに何かの「テーマ・題」が書かれて縦に澤山並んでいた。其の文字を、私が矢印で指定して上の方に上げると、神の世界に転写される様子が映し出されて来た。
そして、次に紫色を基調とした色で、様々な人の姿がコマ送りに映し出されて来た。そして、10月18日の日付が示されて来た。
今朝の映像の意味は、私が是から行なうべき事を決めて神界に送り込めば、其れに従い神霊界か、人間界が、動き出すとの事ではないだろうか。其の動きに10月18日が関係有るとの事だろうか。太陽暦では既に11月なので、来年の事か、旧暦の日付であろうか。旧暦なら、今日は10月14日なので、残り4日有る事に成り私は其の日は屋久島に帰っている事に成る。
今日は、11時11分11秒に宮崎県五ヶ瀬町の祇園神社で、10名程にて正式参拝が行われた。私達は、9時頃、山都町の「そよ風パーク」を出発して、五ヶ瀬町の祇園神社に向った。そして、下関から参加した松山悦子さんが、神社の鳥居を潜り、公孫樹の木の下で神社の説明版の前に立って居ると、突然後ろに立っている公孫樹の木だけに風が吹き下りて来て、黄色の葉がザーと音を立てて舞い落ちて来た。其れは、風が吹き下りたと云うより、龍が降ったと云った方が、当て嵌まる現象であった。其の、瞬間的な現象は30秒程続き、後は何も無かった様に静かに成った。
祇園神社の祭神は「素戔鳴尊」である。そして、中国から日本に公孫樹の木を持ち込んだのは素戔鳴尊である。其の事を考えると、今日起きた現象は、其の素戔鳴尊の御魂が、自分の存在を知らせて来たものだったのではないだろうか。
私達は暫らく休んで、後から参加する人達を待ち、11時に社務所から拝殿の方に向った。そして、今日の事を聞いて大分から参加した4名と、本田母娘と、小田原君の知り合いの夫婦が加わり、計14名で正式参拝を済ませた。其の後、社務所での直合が始まり自己紹介等が行われた。そして2時頃、私達は本田順子さんに案内されて、祇園山の反対側に有る「天津神社」に向った。
すると、其の天津神社は旧暦10月14日が、1年に1回有る大祭の日で今日が其の日だったのである。どうやら、其の事で、私は太陽暦の11月11日ではなく、旧暦10月14日に五ヶ瀬町に呼ばれたのだと感じた。
私達は、道路に有る公民館の前に車を止めて、天津神社の有る坂道を登って行った。すると、私の左手や、右足に強烈なカモ(神の電気信号)が来て、暫らく歩く事が出来なく成った。其れは、此の神社には、神霊が確かに存在する事を証明している。大祭は、9日が日曜日なので、其れに合わせて既に済まされていたので他人は誰も無く、小田原君が祝詞を上げてお参りを済ませた。そして帰り道に、村の公民館に陳列されている4億3千年前のクサリ状珊瑚を見学してから、再び神社の社務所に帰った。
そして、松山さん一行や小田原君と別れて、私は本田亮輔氏の待つ馬見原のレストランに、順子さんの案内で高橋伸氏と向った。其処には、スズメ蜂料理と暖かい猪鍋が待っていた。暫らくすると、祇園神社の氏子総代の曽我部夫婦と、五ヶ瀬キャンプ場で子供の野外活動を担当している砥上氏が遣って来て、6名で10時半まで話し、其れから本田夫婦の案内で、阿蘇山の中腹に在る温泉付き別荘に泊まる事と成って、今日1日の行程が無事に終った。
平成20年11月11日
礒 邉 自 適
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投稿者: 礒 邉 自 適
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