體と意識
24・2・10
今朝のメッセージの映像は、私の意識が是までとは違う段階に進み出している事が認識できるモノであった。
其れは、肉体意識と精神意識が別の物であり、中国の漢字の概念が「魂魄・コンパク」と、2文字有る事に関係が有るのかも知れない。
此の問題は、複雑であり、分離が困難を極める事に成りそうだが、私自身が深い興味を覚える世界なので、積極的に取り組んで行きたいと想う。
今朝の映像は、外人の30〜40歳代の男女の姿が現れて、私は其の人達に是まで自分が学んで来た、地質学や考古学の知識を、現場の地層や遺物などを使って説明していた。
其れから、左右に、幾つもの段階に別れている人間の意識が、人間の行動の場面として映し出されて来たが、残念ながら、其れを全部思い出す事は出来ない。
判った事は、左側に「魄・パク」の肉体に関する段階的な世界が映し出され、右側に「魂・コン」に関する精神世界の段階が、映し出されて来たと言う事である。
そして、左側の肉体世界は女性的な意識の世界であり、右側の精神的世界は男性的な意識であると言う事である。
其れは、人間が考え出した神仏の世界では、女性的な世界が「弁財天・サラスヴァティー」の世界であり、右側の男性的な世界はイエスの謂う「天の父」や、神道の「天御中主」や、道案内の働きである「猿田彦」等に関する世界である様な気がする。
人間の意識は肉体に縛られているので、其れを切り離す事が、川や滝で行われる禊ぎ祓いの行なのであろう。そして、其の事に成功したのが、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」や「釈迦牟尼仏陀」や「イエスキリスト」などの男性なのである。
人間の肉体を支える70兆個の細胞には、24個の染色体が有り、男性には24個の染色体の内1個が「Y染色体」であると言う事なので、其の僅か1個のY染色体が、男性意識の本に成っている様な気がする。何故なら、女性で大悟した人間が居ないからである。其の決定的な違いを考えると、今朝の映像で右側に映し出されて来た世界は、女性には理解できないのではないだろうか。
何故なら、其の事を理解できるシステムが、女性の肉体には組み込まれていないからである。
其の理由は、女性・雌の肉体は「遺伝子・DNA」を確実に継続しなければ成らない役割を担っているので、子供を産んで育てて行かなければ成らない。だから、其の情報が狂うと言うか、他の条件・刺激が加わる事を防御しているからである。
しかし、男性が宇宙の真理を悟ると言うか、生命の根源情報を思い出す為には、一度男性の立場を捨てて、其の根元的な雌の立場に立ち返る必要が有るのである。其れが、男性が求める禊ぎ祓いの行動であり、「帰命・ナーム・リリジョン・religi0n」の「祷り」などの帰省本能なのであろう。
「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の意味は「宇宙の真実の本体」との意味であり、其れには三蜜が有り、其の三蜜とは「身・意・口」である。
「身」とは、宇宙に存在する物体全てである。「意」とは、物の存在は情報・縁に因って存在しているので、物体には意識が有るとの事。「口」は言葉の意味で、物体に意識が存在するのであれば、言葉に拠って、宇宙とコミュニケーションが採れる、情報交換が行える。との意味である。
其の意味からすると、今朝のメッセージの映像で左側に現れた、物の世界は、大日如来の「身・からだ」を意味し、其れは、地球の地殻を構成している地層や、是まで何回も創造され、滅びて行った人類の文化遺跡も其の身・からだの流転と言うか、新陳代謝であるのだろう。
そして、其の1部として人間の體・からだも存在するのだ。
今朝は、色々様々な場面の後に私が裸でシャワーを浴びて居ると、入り口のドアの所から姿の見えない男性の声(意識)で、「出掛けるから 白い服を着なさい」と指示された。今朝のメッセージの映像は、其の場面で終わったので、其の後、何処に出掛ける事に成ったのかは判らない。
其の姿の見えない存在は、昨日のメッセージの映像で、私を山岳から下して籠に入れた自然薯を渡した男性意識と同じ存在であり、私を新しい世界に連れ出そうとしているモノ・現象の様である。
其の存在が、何物であるかを考えると、イエスの謂う「天の父」が其れに当たるのかも知れない。そして、妙見宮の祭神である「御祖神・みおやかみ」にも通じるのではないだろうか。其の様に考えると、妙見宮の神霊が守護神であった無庵師匠の存在が気に成って来る。若しかしたら、10年前に此の世を去った無庵師匠は、彼の世でも「至聖先天老祖・しせいせんてんろうそ」と一体と成って、私を導いているのではないだろうか。
しかし、其の「至聖先天老祖」と名付けられた存在は、「タオ・ダルマ」に覚醒した「久遠元初・くおんがんじょ」の意識体であり、代々受け継がれている意識であるが、其の意識は、大日如来の身・からだである物の世界がなければ育たないモノなのである。
今朝の左側の世界には、重なった地層が確認できる洞窟の中に、古い大きな「蝶番・ちょうつがい」が1個有った。其の蝶番は、人間の意識と、物の世界が蝶番の様に繋がっており、切っても切り離せない関係である理・ことを、示して来ているのかも知れない。
其の様に考えると、真言密教の世界で説明されている「身・口・意」の関係も、間違いではないと言う事に成るだろう。
今朝のメッセージの映像では、人間は覚醒する為に、古い社会概念を捨てる、出家して、自分の過去の記憶を消去し、真実の世界に目覚める方法と言うか、段階が物心両面で示されて来た。
しかし、私の存在は、其の世界に関わるのではなく、次の段階に進んで行かなければ成らない様である。
其れは、老子や、釈迦牟尼仏陀や、イエスキリストが体験した事が無い、未知の世界に入って行く事である。其の世界は、人間社会には未だ認識されていない世界なのであろう。其の未知の世界に私が入って行き、新しい価値観と言うか、いのちの創造に成功すれば、人類には輝かしい未来が生まれるとの事なのかも知れない。其れは、「魂魄・コンパク」の新しい蝶番を制作する事に成るのではないだろうか。
其の為にも、自分の「身・口・意」の三蜜を、大事にしなければ成らないのであろう。
平成24年2月10日
礒邉自適

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