「ここよ。とても美味しいお茶があるの。一度一緒に来てみたかったんだ…」
そういったのは、同期のかおる。
もう10年同じ会社で働いているが、仕事以外で普段一緒に行動するなんてほとんどなかった。
「いらっしゃいませ。…君山銀針届いてますよ」
店員のそんな言葉にうなずくと、かおるは慣れた風にカウンターへ向かった。
目の前に置かれたのは、すっとのびたラインのキレイなシャンパングラスが二つ。
確かここは、中国茶の店だと聞いた気がするのだけど…。
かおると私は同期で同じ会社に入ったが、部署が同じだったの最初の2年だけだった。
その後違う課に異動したかおるとは、時々合同の仕事はするものの、ずっと一緒というようなベッタリな関係ではなかった。
ただ、お互いの失恋や新しい恋愛は必ず報告しあった、表面じゃなくすこしだけ深い部分で繋がっている変わった友情のようなものを共有していた。
入社10年目にして初の異動をすることになった私を、寿退社することになったかおるが「壮行会」と誘ったのは、もしかするとこのまま二度と会わないかも知れない別れの予感があるのかも知れなかった。
結婚相手を知ってはいるが、うちの会社にはめずらしく、結婚を機に退社する理由を私はまだ聞かされていない。
シャンパングラスにすっとお湯が注がれる。
グラスから透ける、春の日差しが綺麗で少し見とれてしまった。
「このお茶は君山銀針。ちょっと珍しいお茶なんだ…」
かおるは二つのグラスに、さらさらっとお茶の葉を流し込む。
そして、ゆっくりとまたグラスにお湯が足される。
「見てて。この茶葉…。とても綺麗なんだよ…」
かおるは半ばヒトリゴトのように私そっとそういった。
かおるの言うとおり、茶葉は浮かんだり沈んだりしながら、春の日差しを反射するグラスの中を楽しげに泳いでいる。
「…アメリカに行くの。彼の仕事の関係でどうしても今月中に行かなくちゃならなくて。私、彼について行きたいから、仕事も辞めるの」
私が聞こうと思っていた問いは、かおるから先に答えが出された。
こんなところが潔いかおるが私は好きだ。
「そうか。寂しくなるね」
すっとグラスを持ち上げて、乾杯の方向に掲げてみた。
かおるはにっこりと笑って優雅にグラスを持ち上げる。
チリン。
笑顔でグラスを合わせて、そのお茶を喉に流し込む。
軽い味わいだけど、鼻を通り抜けるしっかりとした香が、かおるの芯の強さを思い出させる。
グラスを置くと、店員が静かにお湯を足し店の奥に帰って言った。
視線だけは、グラスの茶葉に置きながら、「寂しくなるね」ともう一度そっとつぶやいてみた。
かおるは黙っていたが、多分何か言うと泣きそうな気持ちを我慢していたのだと思う。
かおるが成田を飛び立ったのはそれから2週間後だった。
結局あの日以来まともに話をすることもないまま私たちは別れた。
でも、私たちは知っている。
グラスの中で踊る茶葉のように、傍目には美しくても、本人には激動の人生があることを。
でも、きらめくグラスの中で、私たちはお互いを理解しあった同じ世界の人間であることを。
だからきっと、くるりと回って、またいつか重なり合う人生の中に生きている。

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