彼女を見送った帰り。
そのまま自宅で一人になりたくなくて、目に付いた茶房の扉を開けた。
テーブルが二つと、沢山の茶缶の並んだこの店。
自然に足が向いていたが、そういえば、以前彼女と来た事があったのかも知れない…。
喪服のままの私を、店員は「いらっしゃいませ」と微笑みながら一番奥の席へ案内してくれた。
「お茶に詳しくないので、お任せします…」
「…はい。入ったばかりの杉林渓がありますので、そちらをお煎れしますね」
「すみません。じゃあ、二人分煎れていただけますか…」
なぜ、そんなことをポツリと言ってしまったのだろう。
店員は、わかりましたとテーブルを離れた。
その店員がカウンターの向こうへ行ってしまうと、ふっと記憶が蘇ってきた。
確かに彼女とこの店に来た事がある…。
春先で、彼女が緑茶を買って行きたいからと、慣れた風に扉を開けて、いつものスキップをするような軽い足取りで入って行った、あのお店だ。
一緒に店内に入ったはずだが、覚えているのは店先の彼女の足取りと、楽しげに鳴いていた小さな鳥が居たことだけだ。
「おまたせしました」
そういって、店員がテーブルに運んできたのは、大き目の湯飲みが二つ。
目の前の湯飲みを両手で包むようにしながら、向かいの席の前に置かれた器から立ち上る湯気を見ていた。
不思議な感じ。
まるでちょっと席を外した彼女を待っているような気もする。
軽く…、ほんの少しだけお茶に口をつける。
香が優しく鼻先を通り過ぎていった。
ああ、置いていかれちゃったな…と、急に寂しくなってしまった。
後輩である彼女が、自分より先に旅立って行くなんて思ってもみなかった。
思ってもみなかったけど、現実は容赦がない。
ちょっとだけ、涙が出そうになり、あわてて上を向いてごまかす。
すると、湯飲みから立ち上った香が、直接鼻を刺激した。
その香が、ほんのちょっとだけ気持ちを前向きにさせてくれた。
こうやって、何度か寂しくなり、辛くなり、でも、何かに励まされたり、救われたりしながら、私は先に進んで行くのだろうな、と漠然と思った。
慣れない真珠のイヤリングが耳を痛くした。
そっと外し、テーブルの上に置いて、その光を眺める。
痛みをも、いつの日かこんなに綺麗な結晶にしてみたい。
今は店の奥にいるらしい、あの小鳥が、やはり楽しげに鳴いた。

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