「これは、なんていうお茶なんですか?」
「お飲みになってみられますか?」
そう返事があり、窓辺の椅子を勧められた。
お茶を飲むつもりは無かったのだが、テーブルに置かれた小さな器が可愛らしかったので、テーブルにぶつからないように注意しながらそっと座った。
左手の窓からは少し坂になった通りが見える。
入り口に置かれた小さな鳥かごの中から澄んだ鳴き声が聞こえた。
仕事先からの帰り道に聞こえた小さな鳥の鳴き声。
声のする先を探すと、この小さな中国茶の店だった。
入り口が開いていたのでそのまま中に入ったのだ。
ひと頃のブームで知っているお茶もあるが、壁に並べられた茶缶の名前は、ほとんどが読めないものだった。
「このお茶は、ロンジンと言って緑茶です。もう少ししたら、茶葉が沈みますので飲まれて下さい」
そっとテーブルに出されたのは、ガラスの器。
よくみると、茶葉の半分はもう沈んでいる。
器の中のお湯は徐々に色づいているが、葉の全部は沈みそうにない…。
蓋をとって、そっと一口飲んでみる。
ちょっとした渋み、それから甘み、その後は口の中にすっきりとした清涼感。
とても不思議な味のお茶だ。
「もし、茶葉が邪魔になるようでしたら、こうやって蓋で向こうへ押しやるようにして飲まれて下さい」
そういわれたので、今度は葉をそっと向こうへ押しやり、少し多めに口に含んでみる。
「甘いですねぇ。日本のお茶よりも甘いし、甘いのにすっきりしてる感じ…」
お皿に乗ったドライフルーツをテーブルへ持ってきた店員さんにそういうと、彼女は笑ってこういった。
「私は緑茶が苦手でしたの。最近は自分なりに美味しいと思う煎れ方が分かってきたんですけどね。お茶との付き合いは、なかなか難しくて。また、それが楽しいんですけどね」
その話にちょっと笑いながら、残りのお茶を少し急いで飲んだ。
「すみません。私仕事の途中なので戻らないといけないんです…。またきますので。えっと、おいくらですか?」
昼下がりの暖かな日差し。さわやかなお茶の香り。
ここで、ゆっくりお茶を飲みたいのはやまやまだけど、社会人としてはそういうわけにも行かないので、慌しいが店を出ることにした。
「少しお待ち下さい」
そういって、奥のカウンターへ行った彼女は、小さな冊子と名刺を持って戻ってきて、手渡しながらこう言った。
「ここでは、はじめての方から御代はいただいてませんの。お茶の説明や営業時間はこちらに書いてありますので、またゆっくりいらしてください」
受け取りながら、ちょっとあっけにとられていると、「ちょっと待ってて下さいね」と言ってまた奥のカウンターの方へ戻っていった。
そして、少し大きめの茶色の封筒を持ってきて「会社に戻られるなら、これ使って下さい」と言った。
その気遣いが嬉しかった。
「それじゃあ、また…」
と小さく言って、戸をくぐると、またあの鳥が小さく鳴いていた。
「また来てね」と言ってくれているようで、ちょっと嬉しくなった。
メニューは見あたらなかったけど、ランチとかあるのかなぁ。
ここくらいまでだったらお昼食べにこられるけど…、やっぱりゆっくりお茶飲みたいから休みの日がいいかなぁ。
そんなことを考えながら足早に会社への道をたどり、すっかりまた行く気でいる自分がちょっとおかしかった。
まずは、営業時間のチェックからだな、と、封筒を持っている手に少しだけ力をいれた。

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