「あの…、花粉症に効くお茶ってありますか?」
「…何か飲まれてみられますか?」
質問の答えに少し困ったように言った店員は、窓辺の椅子を勧めた。
ここは自宅のすぐ近くにある中国茶の店。
前々からお店があることだけは知っていたが、一度も立ち寄ったことはなかった。
春先の埃っぽい風を感じながら、今年も花粉症の時期がやってくるなと憂鬱になっていたところに、同じように花粉症に悩んでいる同僚から「中国茶が効く」という話を聞いて、この店へやってきた。
「お飲みになるのはご本人さまですか?」
目の前のテーブルにいろいろな道具を並べながら、さっきの店員が聞いてきた。
「はい…、去年あたりから特に調子が悪くて。同僚に中国茶がいいよと言われたもので…」
「そうですか。その方はお茶の名前は言われてましたか?」
そう聞かれて、思い出そうと記憶を探ってみたが、お茶の名前を思い出せなかった。
「すみません、聞いたとは思うんですけど…」
そういうと、彼女は少しだけ笑いながら、お皿に乗せたいくつかのお茶をテーブルへ持ってきた。
「お茶を扱っている店なので、病気に効きますよといったお茶の売り方は出来ないのですが、うちにいらっしゃるお客様は、この凍頂烏龍茶や甜茶、菊花茶を買っていかれますよ」
「あ、確かトウチョウって言ってた気がします…」
そう答えると、彼女はやかんのお湯を急須に注いで
「では、こちらの凍頂烏龍茶をお煎れしますね」
と言った。
小さな急須から目の前の小さな茶杯にお茶が注がれるまで大した時間はかからなかった。
湯気とともに、とてもふんわりとしたやわらかい香りが漂ってくる。
飲んでみると、その漂っていた香りの何倍もの香りが、すっと鼻に抜けていった。
飲んだ後の口の中は、さっぱりとしてすがすがしい気がした。
「わ。美味しい…」
味の予想は、今まで飲んだ烏龍茶と同じような苦さだったのだが、それは全くの間違いだった。
すぐに二杯目のお茶が茶杯に注がれる。
「ハーブティはお好きですか?」
「いいえ、あまり強い香りや味が得意ではないので…」
「では、菊花茶はやめて、次は甜茶をお煎れしましょうか?」
そういって、すぐにでも準備が始まりそうだったので、あわてて
「実は甜茶も甘いのであまり得意ではないんです…、去年知り合いに、効くからって貰ったんですけど、長く続かなくて…」
少し後ろ暗い気持ちになったので、聞かれていないことまで話してしまっていた。
彼女はまた急須にお湯を注ぎ始め、こう話してくれた。
「凍頂烏龍茶は台湾の凍頂山の周辺で出来るお茶の総称なので、ほかの地区で同じお茶を作っても名前が違ってるんですよ。栽培する場所で少しずつ味は違うんですけど、お茶の成分としてはほとんど変わらないはずですので、少しずついろいろ試されてみたらいかがかしら?名前が有名になったので凍頂烏龍茶を買われる方が多いですけどね」
勧められるままに、もう5杯目のお茶を飲んでいた。
こんなに美味しいお茶ならずっと続けられるかな…と思い始めていたところに、そういう話を聞いたので、お店の壁に並べられた茶缶の文字を目で追ってみる。
確かに「○○山茶」と書かれたものがいくつもある。
茶缶に書かれた文字から、「トウチョウ」が「凍頂」と書くのだと分かった。
「よろしければ、少し葉の崩れたお茶があるので、お持ちになってください。試されてから買われた方がよろしいでしょう?」
その店で飲んだお茶の代金も受け取ってもらえないまま、店を後にした。
片手には、お茶のリストや小さな袋に入れられたお茶の入った紙袋を持たされていた。
ほんの数10メートル離れた自宅に向かいながら、同僚の
「花粉症に一番効くのは、お茶を飲む心の余裕かな…」
という言葉を思い出し、いつか家に招待して、あのお店でゆっくりお茶を楽しめたらいいなと思い始めていた。
それは、花粉の飛ばない雨の日がいいだろう。

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