川崎市立日本民家園(3)
関東の村・神奈川の村ゾーン
2008.6.13
昨日は天気も良いし、20数年ぶりに生田緑地へ行き、川崎市立日本民家園の中へ入り散策してきました。
入場料大人500円のところ65歳以上は半額の300円でした。
※古民家の説明は川崎市立日本民家園ホームページやパンフレットからお借りしました。
(国)は国指定重要文化財
(県)は神奈川県指定重要文化財
(市)は川崎市重要歴史記念物
(重民)は国指定重要有形民俗文化財

作田家看板(国)

作田家(国)
千葉県山武郡九十九里町
九十九里浜の地引き網漁の網元の家。棟を別にする分棟型民家。棟と棟との間には大きな丸太を2つに割って作った雨樋が設けられている。居間の梁は松の曲材を巧みに組み合わせている。17世紀後期。

沖永良部島の高倉看板(市)

沖永良部島の高倉(市)
鹿児島県大島郡和泊町
太い4本柱の上部に穀物を収納する場所を設け、ネズミ等の進入を防ぐようにしている。19世紀後期。

広瀬家看板(県)

広瀬家看板(県)
山梨県塩山市上萩原
切妻屋根で、軒が低く、壁の多い閉鎖的な甲州民家。土間には鳥居柱と呼ばれる2本の柱が立ち、居間には板床を張らない土座形式の住まいが特色である。17世紀後期。

大田家看板(国)

大田家看板(国)
茨城県笠間市片庭
作田家住宅とは異なった形の分棟型民家。土間部分を釜屋と呼び、ここには馬屋も設けられている。釜屋ではカマドの火を使っての炊事の他に農作業も行われた。17世紀後期。

北村家看板(国)

北村家(国)
神奈川県秦野市堀山下
解体移築の際、その材木から貞享4年(1687年)の墨書年号が発見された貴重な民家。正面の格子窓、居間部分の押板や竹すのこ床など古い特色を持つわりには、開放的民家である。17世紀後期、貞享4年(1687年)。

古民家?

清宮家看板(県)

清宮家(県)
神奈川県川崎市多摩区登戸
家の正面を除き三方が土壁で塞がれ、また格子窓が土間と床上境にも設けられているという極めて閉鎖的な民家。土間上部の小屋梁には、曲材を巧みに用いて組まれている。17世紀後期。

棟持柱の小屋(市)

棟持柱の小屋(市)
薪や堆肥用の農家の付属物。 堀立柱が特色。 大正13年ころ(1924)

伊藤家看板(国)

伊藤家(国)
神奈川県川崎市麻生区金程
入り母屋造りの農家。正面の格子窓をシシマドと呼び、狼や猪などの獣を防ぐためのものだといわれている。居間の竹すのこ床、1間ごとに立つ柱など古い形を持っている。18世紀前期。

蚕影山祠堂看板(市)

蚕影山祠堂(市)
神奈川県川崎市麻生区岡上
養蚕の豊作を祈り、その神様を祭るお堂。内部の宮殿の両側面には養蚕の神様である金色姫の苦悩の物語、獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されている。文久3年(1863年)。

岩澤家看板(県)

岩澤家(県)
神奈川県愛甲郡清川村
土壁と板壁を併用した愛甲地方の上層農家。間取りは3つの部屋で構成する広間型、正面と側面につく格子窓、押板を有するなど、古い様式をとどめている。17世紀後期。

旧堀越の舞台(重民)説明板

旧堀越の舞台側から見た観客席

旧堀越の舞台(重民)

旧堀越の舞台内部

伝統工芸館

菅の船頭小屋(市)
(撮り忘れのため民家園HPからお借りしました)
神奈川県川崎市多摩区菅
多摩川の渡し場にあって、船頭が客待ち・休憩・川の見張りなどに使用した小屋。小屋が移動できるよう、四隅の柱には丸太を通し担ぐための鉄の輪が取り付けられている。昭和4年。

工藤家(国)
(撮り忘れのため民家園HPからお借りしました)
岩手県紫波郡紫波町
旧南部領に分布する曲がり屋。主屋に対して曲がった部分は馬屋となる。床上は上座敷だけが畳敷きで他は全て板の間、天井は全て吹き抜けで、いわば建物全体が1室となる。18世紀中期。

奥の門入口
遠くに見えるのは菅原家(県)
山形県東田川郡朝日村
出羽三山の麓から移築した妻入り農家。屋根の途中にハッポウと呼ぶ曲線の美しい高窓を有している。豪雪地帯の建物らしく内部へ直接に入れないように入り口にアマヤを設けている。18世紀後期。

奥の池

川崎市立日本民家園、奥の門看板
民家園を出ると民家園の周囲が
多摩丘陵の一角に位置する川崎市内
最大の緑の宝庫と言われる
生田緑地になっている。
そのあと
生田緑地を隈なく散策することになるが、それは別に編集することにします。
青葉の百姓 2008.6.14記

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