鎌倉名越切通し散策&薪能081008  

鎌倉名越切通し散策&薪能

2008.10.08
昨日はあしたば仲間10月企画、鎌倉名越切通し散策鎌倉宮薪能観賞に行ってきました。

前日まで低気圧の影響で雨の確率が非常に高く心配でしたが、一日中雨に当たらず散策が出来た事と、当日12:30まで薪能中止にするか否かの決定を待たねばならなかったがその心配もなく、無事薪能観賞することが出来ました。

今年は第50回鎌倉薪能という節目の催しで、を初めて見る機会で鎌倉宮薪能観賞が出来た事は幸運でした。

古都鎌倉
“古都鎌倉の寺院・神社ほか”で日本の世界遺産(文化遺産)暫定リストに掲載している地域であり、(社)鎌倉市観光協会主催の鎌倉宮薪能の熱の入れようも感じとれました。


■鎌倉名越切通し散策&薪能観賞スケジュール
   平成20年10月8日(水)
    9:55 JR横須賀線逗子駅 改札口前集合
   10:01 京急バス逗子駅前No.6乗場 
         亀ヶ岡団地循環行きに乗車

    逗子駅⇒京急バスにて10分⇒法性寺バス停
    →5分→法性寺→5分→お猿畠の大切岸
    →10分→名越切通し→30分→安国論寺
    →3分→妙法寺30分→釈迦堂口切通し
    →20分→大御堂橋
          (途中、景色の良いところにて昼食)
   15:00ごろ 大御堂橋に到着、鎌倉散策を終了

   薪能を見ない方は、大御堂橋よりJR鎌倉駅まで
   徒歩にて20分程度。



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法性寺(ほうしょうじ)(1)山門

文応元(1260)年8月27日、松葉ヶ谷の法難の際、日蓮聖人名越の尾根づたいに避難された。
そのとき三匹白猿が聖人を案内し、現在の法性寺方面(逗子市久木)へと進んだという伝承が残る白猿伝説の寺。


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法性寺(2)
法性寺山門を潜り抜け法性寺の境内を通り名越切通しへ向かってスタートした。


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法性寺(3)岩窟


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法性寺(4)奥の院


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法性寺(5)
法性寺山王大権現から見下ろした逗子の町並み


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名越切通し(1)説明板


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名越切通し(2)
当時鎌倉から三浦半島へ連絡する唯一の陸路であった。
今回は三浦半島から鎌倉へ入るルートで歩く。

鎌倉防衛戦の拠点として名高い「大切岸」(おおきりぎし)と「平場」を交互に組み合わせた構造が約1km続く(現在工事中で歩行禁止のところもある)。
切通しは狭く曲がりくねった道が数百メートル続き、切り通しを抜けると大町へ出る。
 
鎌倉幕府にとって衣笠城を拠点とする三浦一族は大変な脅威であり、対する防衛の最重要拠点であった。


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名越切通し(3)
巨大な岩の上には樹木の根がしっかり蔓延っている。


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名越切通し(4)
この辺は前日降った雨のため山道は水分が多く歩きにくかった。
名越切通しを通り過ぎ大町へ出て、電車沿いに暫く歩くと安国論寺へ着く。


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安国論寺(1)山門
山門から安国論寺境内を撮る。
安国論寺は前にも来ているので、今回は巡礼路を通って富士見台、平和の鐘、南面屈を見に行くため山道を散策した。


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安国論寺(2)富士見台
この日は富士山は見る事が出来なかったが、由比ガ浜、材木座の街並みが良く見えました。


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安国論寺(3)平和の鐘


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安国論寺(4)南面屈
安国論寺の裏山には、日蓮上人が松葉が谷焼き討ちの法難の際、白猿に袖をひかれて避難したと言われる南面窟がある。


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妙法寺
建長五年(1253)日蓮上人が安房より鎌倉に入り、初めて松葉が谷に草庵を結ばれた、日蓮宗最初の場所と言われているお寺です。


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釈迦堂切通し

この切通しは鎌倉の外の地域とを結ぶ切通しではないため鎌倉七切通し(七口)には数えられてはいない。
鎌倉時代の面影を良く伝えてくれる切通しであり、切通しとい言うより洞門の様である。


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鎌倉宮薪能チケット


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鎌倉宮薪能(1)
会場16:00、開演17:00〜20:30でしたが、16:30頃着くと既に来場者が続々と入ってきた。


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鎌倉宮薪能(2)

開演15分前にはほとんどの来場者が着席していた。
一番奥の左側で立って挨拶している方を入れて左へ数えて4番目白い和服を来ている方が、何故か?立会人として参席している、女優の秋吉久美子です。
デジカメなので良く写っていないが確認できますか?


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鎌倉宮薪能(3)

素謡(すうたい)・翁(金春流)
の略式演奏の一つ。
囃子がなく、舞う事もなく、座ったまま謡曲一番をうたうこと。
★女優の秋吉久美子はこちらの写真の方が判るかな?



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鎌倉宮薪能(4)
正副奉行による火入れ式を執り行ない、全奉行による僉議(せんぎ)が始まった。
舞台の後ろには薪能を守るための僧兵が立ってずらりと囲んでいる。


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鎌倉宮薪能(5)

能・羽衣(観世流)
羽衣を隠されて困った天女が、を披露することで羽衣を返してもらい、天に飛び返って行くという単純な話である。

あらすじ:
三保の松原で猟師白龍が松にかかった羽衣を見つけ、持ち帰ろうとしたところ、持ち主の天女が現れ、羽衣を返してもらう代わりにを披露して天に帰っていきます。天女の無垢な心に接して、疑い深い自分を恥じる白龍です。


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鎌倉宮薪能(6)
観客席(本日入場者1,400人)には、あしたば仲間達が写っています。
皆さん、見えますか?


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鎌倉宮薪能(7)

狂言・地蔵舞(大蔵流)
あらすじ:
旅の僧はそこいらの家で泊めてもらおうと思うが、「よその人を泊めちゃダメ!」という高札が立っていた。
ま、見なかったことにして、とある家に行くが、やっぱり泊めてもらえない。
それなら、とだけ預ける。夜になって主人が人影に気づく。
「笠の下は私の場所だもんね〜」と開き直った僧に、主人も折れて酒を勧める……。
旅の僧主人の問答(やりとり)が面白い。
最後は酒盛りになりを披露する。

狂言は話し言葉も聞き取りやすく意味もわかり、面白かった。


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鎌倉宮薪能(8)

能・土蜘(金春流)前半

あらすじ:
病床にあった源頼光の元へ、侍女の胡蝶が典薬頭からの薬を持って見舞いに来る。胡蝶は心細くなっている頼光を励まして退場する。

そのあとそこへ誰とも分からない怪僧が現れ、古歌を詠じるや、頼光に蜘蛛の糸を投げかける。
頼光が枕元の太刀を抜いて斬りかかると、その怪僧は姿を消す。


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鎌倉宮薪能(9)
能・土蜘(金春流)後半

あらすじ:
掛け付けて来た独武者頼光は一部始終を語る。
武装した独武者は流れた血を追って、古塚に行き当たる。それを数人の従者とともに崩していると、塚の内より土蜘蛛の精が現れる。土蜘蛛の精は蜘蛛の糸を投げかけ独武者たちを苦しめる([舞働])が、独武者はついに斬り伏せを落としてへ帰る。
主役(シテ)がぱーっと糸を従者(ツレ)や脇役(ワキ)に向かって投げかける『土蜘蛛』は能の中で最も派手な演出の1つだった。 残念ながらストーリーが良く判らずシャッターチャンスを失してしまった。


【あしたば仲間10月企画】
鎌倉名越切通し散策では鎌倉七切通しの中で唯一残っていたルートがこの名越切通しでした。
これで私は鎌倉七切通しの全てに足跡を残すことが出来ました。
この切通しは細く曲がりくねっていて切通しの上には敵の侵入を防ぐため味方の台場があり自然要塞のようでした。 

【鎌倉宮薪能観賞】
散策が終わった後の鎌倉宮薪能観賞は、初めて体験することになった。
初めて観賞したためか、ストーリー、あらすじも判らず、話している言葉も聞きとれず全く意味がわからなかった。

後でインターネットで調べてみると
の特徴は中でも重要なのは「死者」が能の中心となっているという点である。
「死者の世界からものを見る」という根本的な構造で出来ており、においては多くの場合、亡霊神仙といった超自然的な存在が主役(シテ)であり、常に生身の人間である脇役(ワキ)が彼らの話を聞き出すという構造を持っている・・・と記されていた。

が表現する美的性質として知られる概念に「幽玄」があるとも記されている。
主役(シテ)はほとんど動かず、皆の話している言葉も聞きとれず、意味もわからないし、いずれにしても、私の趣味には程遠いが、一度は観てみたいと思っていたので良い勉強になりました。

              青葉の百姓 2008.10.09記



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