数年前、οззの鎖骨がバラバラになり、無血(むけつ)で治療するために骨が硬化するまでの4週間程、自宅でほぼ寝たきりの生活を余儀なくされた、補助をしてくれるはずの相棒にも見捨てられ、治療のために後輩が毎日、接骨院に送り迎えをしてくれた。トイレに行くのもスリル満点の冒険である、ケッつまずいてコケたりしたらまた、“バラバラ”にResetである。
寝返りも出来ず天井を見続ける毎日、そういう時はどうしてもNegativeになる。
治らなかったらどうしよう…とか、仕事ができず経済的な不安…、考えだしたらキリがない…。
身心ともに疲れて、見るからにマイッているようにみえたのであろう、接骨院の先生が
「こういう時は日頃考えないことをじっくり考えるチャンスだぞ」
その一言でちょっぴり楽になった、なるほどね、たまには“退屈”を味わうのもわるくないか…。
おそらく現代人は退屈を嫌がり仕事や遊びに精をだす、隙間のないスケジュールを組み、それを見て充実した日常だと思い込んでいるのではないか。
ヒトが物事を深く考えたり、自分自身と向き合えるのは退屈した時だ、近年、インターネットや携帯電話などの普及により退屈をあじわうのは難しい時代だ。
大怪我をしてもおかしくないコトを好きでやっていても、大怪我をしたくてbmxやっている人間はいるはずがない!!
逆にbmxをやっていたからこそ、“退屈”を手にいれるコトが出来たのだ。
日頃の、仕事ができる、遊ぶコトができる、そのありがたさを知るとてもよい機会だと考えるべきである。
○よ、噛み締めろ↓↓↓
