2008/12/25  23:31

少年たちはなぜ人を殺すのか  読書

少年たちはなぜ人を殺すのか (文春新書 632) (文春新書)
 「少年たちはなぜ人を殺すのか」 キャロル・アン・デイヴィス著,浜野アキオ訳(文春新書)

 英米の少年による殺人13例を取り上げ,後半にその類型の分析などを行っている。著者は,ノンフィクション作家。普段は,あまりこの手の犯罪実録物風の本は読まないのだけれど,それだけじゃない雰囲気があったので読むことにしました。

 各犯行は,凶悪で驚きます。犯行が発覚した時の社会的反響も大きかったのだろうと想像がつきます。しかし,その裏側には虐待などの背景が存在するというのが著者のスタンスで,刑事記録などをもとにそのあたりの事実を丁寧に拾っています。

 何となく,児童虐待というと子供がかわいそうだからやめましょうという感じで落ち着いてしまうんですが,それだけではなく虐待の結果,その家庭の中(虐待の連鎖の問題も含め)を超え,外の社会にまで大きく影響を与えるということが分かり,衝撃的です。

 言ってみれば,児童虐待の持つ社会的な影響とでもいうべきでしょうか。確かに,こういう一見理解不能な犯行がなされる背景として,その生育歴や生育環境を取り上げると理解はできます。

 こういう見方をすると,短絡的に「だからといってこんなことが許されていいはずがない」という反応が返ってくることが多いのですが,それで責任の軽減をすべきかどうかという議論とは別に,行為の意味を知るということはやっぱり重要だろうと思います。

 著者の「虐待は殺人を正当化する理由にはならないが,殺人を犯す理由にはなる」(113頁)との指摘は重要だろうと思います。

2008/12/19  0:57

恋愛指南−アルス・アマトリア−  読書

恋愛指南―アルス・アマトリア (岩波文庫)
 「恋愛指南−アルス・アマトリア−」 オウィディウス著,沓掛良彦訳(岩波文庫)。

 「変身物語」で有名なオウィディウス(プブリウス・オウィディウス・ナソ 紀元前43年−紀元17年頃)の作品。文字通り恋愛の教則本と思って読むと肩すかしを食らう(もちろん,参考にするのもありでしょうが,大変なことになりそうです)。
 本書に散りばめられたパロディーは,本を読む楽しみを味わわせてくれます。固い頭を解きほぐすのに相応しい一冊ですね。

 第1巻では,理想の彼女を得るまでを,第2巻は,彼女との関係を維持する方法を,第3巻では,女性向けに書かれています。 
 
 説教節といっていい,ヘシオドスの「仕事と日」の文体を真似た文章なんかを見ると,替え歌で笑いを取る芸人に近い,いい意味での不真面目さを感じる。なんてバカバカしいんだと思いながら読める楽しみ。

 男は流行を追うな,清潔感をモットーに日焼けもしろと呼びかけるあたりは,ふむふむと読むかもしれませんが,さらに進んで,歯くそをためるな,鼻毛を残すな,臭い息を吐くななんていうあたりまで行くと,やっぱり笑いが洩れますよね。
 享楽的ではあるものの,女性の行動を縛るなという助言など,なるほどと思わされる部分も多いですし,単なるエロオヤジだなと思う部分もあり,時代の古さを感じさせないのはやはりこの時代の特徴。

 引用される神話も興味深いです。プロクリスとケファロスの悲劇なんかは,胸を打ちます(夫が息抜きをしていた丘のふもとで,そよぐ風を讃えたことを女の名を呼んでいる,浮気だと妻に勘違いされ,妻がその現場をおさえるために草むらの中に隠れ潜む。しかし,近づいた妻を獣に間違え,弓を放ち射ってしまう)。

 オウィディウスの自由奔放な筆捌きにニヤリとしたい向きにはお勧めです。

2008/12/10  0:58

哀歌  読書

 「哀歌」(旧約聖書)

 第1〜第5の歌までで構成された短い書。
 神によって滅ぼされたイスラエルについて,歌う。イスラエルを擬人化して,運命の悲しみを歌うという感じ。滅びに対する怒りや恨み言ではなく,悲しみの美学的なものが表現されているのが特徴か。

 たとえば,「打つ者に頬を向けよ 十分に懲らしめを味わえ。」(第3の歌)なんていう言葉が躍る。

 「終りの時が近づき,わたしたちの日は満ちる。まさに,終りの時が来たのだ。」(第4の歌)
 宿命を受け入れる悲しみがありますね。

2008/12/9  0:23

子どもが育つ条件−家族心理学から考える  読書

子どもが育つ条件―家族心理学から考える (岩波新書)
 「子どもが育つ条件−家族心理学から考える」 柏木惠子著(岩波新書)。

 著者は発達心理学,家族心理学の研究者。育児を取り巻く心理の分析という感じで,個人的には非常に参考になった。これから子どもを持とうと考えている人や子育て中の人,特に男性には益するところが多いと思う。

 まず,育児不安が子どもを育てることの不安ではなく,育児を負担する親が社会から分断されて育児の負担を一身に負うことに対するストレスの現れでもあることを指摘する。
 確かに恋愛結婚が主流になり,夫婦間の対等が言われるのに子育てについては女性の負担が圧倒的に重い。それまでは共働きで社会進出していたのに,出産を契機に家庭にこもり社会との扉が閉ざされてしまうのでは,ストレスが溜まるのは容易に理解できる。
 ぼくなんかも妻と交替して休みを取った日には,自分の流れる時間だけが他の人と違っていて,なんか休んでいていいのかな的な気持ちになった。
 有職の母親の方が子育て不安が少ないというのもなるほどという感じ。

 バースコントロールが可能となり,子どもの生存可能性が高まった現代社会において,少子化は夫婦の選択の結果。したがって,自分の発達のための時間と子育てによる負担感を天秤にかけた主観的な幸福感をターゲットにした少子化対策でなければ効果はないとの指摘も納得。
 さらに少子化ゆえに子どもにプレッシャーがかかりやすくなっている状況も子どもの育ちに影響している。

 家族関係の変化についての指摘は,ちょっと驚く。年を経るごとに夫は結婚に対する満足度が上がり,逆に妻は不満度が上がるそう。
 これは家庭内の分業による負担の増加によるそうだから,家事や育児に対する男性の関与を上げることは自分の将来にも影響すると肝に銘じよう。終身雇用制の崩れた社会では,尽くすべき対象は妻しかいないということ。

 子どもが生まれ育ってくると,夫婦間の会話がなくなるというパターンがよく見られるけれど,これは話法の違いによるという指摘も納得。子どもの社会性という意味で,多様なアクターの子育てへの関与という視点が重要というのも納得。昨今の子どもを守らなければならないという不安心理の中で,どうやってそういう体験ができるような機会及びその安全性を確保していくかは重要な課題。
 知っている人とだけしかコミュニケーションが取れない子どもばかりが増えていったら,開かれた社会の構築は難しいだろうと思う。

 社会構造が変化しても,メンタルな部分についてはなかなかアップデイトが難しい。そこで,本書なんかを参考にし,男女共同参画社会にふさわしい取組をしてみるという意味では,多くの男性に読んでもらいたいと思う。

2008/12/2  23:25

ルポ 児童虐待  読書

ルポ 児童虐待 (朝日新書)
 「ルポ 児童虐待」 朝日新聞大阪本社編集局(朝日新書)。

 新聞での連載を新書版にまとめたもの。ルポと銘打たれていることからも分かるように,児童虐待の現状とその対応の現場を伝えるという感じの作り。
 第1章では,ある刑事事件(虐待死)を通して虐待の背景にあるものを探り,第2章では虐待の連鎖を,第3章では,児童相談所の現場とその多忙ぶりを,第4章では児童養護施設の子どもたちを,第5章では里親の取組を,第6章では地域との連携ということで学校現場との連携を,第7章では,回復に向けての各種取組を紹介し,巻末に短い座談会が載っている。

 この問題の入門編としては適している。児童虐待の問題というのはかなり根深い問題だと思う。単に虐待親を厳しく罰すれば足りるというものではなく,継続的に取り組む必要がある。また,保護された子どもにしてみれば,その後の一生の生活に影響してくる問題なので,そういう意味でも重たさを持っている。
 しかも,一時的な対応で,はい解決ともいかない。

 正直,目をそらしたくなるような大変な世界だけれど,こういう問題にもっと社会が関心を持っていって知恵を出し合えるようになったらな,と思う。
 男性の場合は,まず子育てへの関与からだろう。関与を始めれば,この国の仕組みにまだまだ改善点があることが(場合によってはありすぎることが),発見されるだろう。
 本当の意味での少子化問題への対応の一環ともいえるだろうと思う。

 結局,個別的なケアがなくては子は育たない。特に問題を抱えるケースではますますそうである。そういう意味では,やっぱり現状のこの分野への予算配分は少ないし,核家族化や子育てに関与できる人的資源の減少という点からするなら社会的にしっかり下支えしていく制度が必要だろうと思う。
 たとえば,一時保育なんかについても,もっと気軽に使えて国が費用を負担するくらいの配慮があってもいいと思う(特段の必要がなく,リフレッシュするために利用するような場合)。

 多くの政治家や官僚自身が現実に子育てに参加するような社会にならない限り,ここいらあたりについての感覚ってなかなか身につかないだろうと思うけれど,いつまでもそんなことは待っていられないよなーと本書を読んで思う。



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