久家恒衛自彊術大師範(当時92歳)と35年前の私の写真です。大師範は東京都北区上中里の次女(美和様)の嫁ぎ先である広瀬様宅に住んで居られました。これは近くのお寺の境内で写された写真です。
広瀬美和様は本年3月28日に満90歳になられます。1971年の夏に私が初めて御宅を訪問しましてから37年も経ち、月日の迅い流れに感慨無量です。師範の御長男・故久家謙吉大師範は大阪に居を構えて居られました。いま大阪で自彊術を指導なさっておられる御子息の一宇様とは、年に何回か自彊術の会合で御会いする機会がありまして、父子三代の方々との御付き合いに不思議な縁を感じています。
久家恒衛氏は明治14年福岡県の山村で生まれられました。志を抱いて上京され、当時の早稲田実業に入学されました。現在も東京に残る都電荒川線(当時は市電)で通学なさったそうです。途中の雑司ヶ谷の鬼子毋神境内で、串団子や本当の”すずめ焼”を召し上がった昔話を私にして下さったことがあります。早稲田大学卒業と同時に東京日々新聞(現在の毎日新聞社)に入社されました。そのご紆余曲折ありまして結核に罹り、当時評判の高かった手技療術師「中井房五郎」氏の治療を受けられました。数回の治療の後「貴方の病は癒えました。私の施術は高額でもありますから、此の先は私が考案した体操をおやりなさい」と仰ったそうです。
大正8年6月より東京巣鴨の自彊術道場へ通い始められました。後には一家をあげて道場近くへ移転されました。
巣鴨道場は時の事業家「十文字大元氏」が無料で解放されていました。十文字大元氏は高邁な精神の持ち主で、久家先生は大元氏を非常に尊敬されて居られました。家族ぐるみの深い親交がおありだったそうです。
巣鴨道場で自彊術を習われた明治生まれの方々は多く、私が教えを受けました阿部愛治大師範(97歳ご逝去)も熱心な信奉者の一人でした。
久家先生は毎朝4時過ぎに起床、5時から中井房五郎氏と十文字大元氏の御戒名と般若心経を唱え、そのあと座禅を組み、書き物をし、毎朝7時から自彊術をされていました。
図らずも私は、久家恒衛大師範の晩年の唯一の愛弟子となり、先生のお陰で明治生まれの尊敬に値する多くの自彊術愛好者に逢う機会に恵まれ、そのうえ諸氏の薫陶を受ける事が出来た幸運を、日に日に強く感じています。
つづく