歓声の中へ
野球、サッカー等を中心にした総合スポーツコラムです。
一切の無断転載を固くお断りいたします。
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2007/9/30
「お知らせ」
サッカー
フットサルFリーグ、歴史的開幕戦のゲームレポートです。
http://m.ohmynews.co.jp/news/20070928/15538
このシリーズでペスカトーレのフットサルが好きになった私は、第2戦の町田―花巻戦も見に行きました。そのレポートは明日にでも。
最近更新が遅くて申し訳ありません。忙しいのと金がないので(笑)観戦もままならない状態です。塾業界はこの時期大忙し。その割には儲からないのがこの業界の因果な所です(^_^;)
投稿者: 生田正博
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2007/9/21
「【アメフト】川崎の変貌」
球技
「川崎球場」と聞くと、オールドファンは一様に懐かしいものを感じるのではないか。川崎駅から徒歩10分という抜群のアクセス、狭くてヤジが選手に直接届く構造、土地がなくライトスタンドの内部にそびえる旧式の照明塔、薄汚いスタンドとトイレ・・・だがこの小さなスタジアムは、かつては大洋の、そしてロッテのホームスタジアムだった。だからここで巨人戦も、オールスターも行われたのだ。だが特筆すべきは、やはりあの「10.19」だろう――。
この「旧・川崎球場」が竣工したのは1952年、だが開幕戦は大洋戦ではなく東急−大映戦だった。当時の川崎球場は市民球場としての色彩が強く、大洋が本拠地としたのは55年からである(それまで大洋は下関を本拠地としていた。ちなみに私はこの旧・下関球場にも高校野球の試合を見に再三訪れたことがある)。以来、横浜スタジアムが完成し、大洋が移転する78年まで、川崎ではセ・リーグの公式戦が行われたのである。
78年、突如大洋が横浜に去り「空き家」となった川崎であったが、当時本拠地を失って「ジプシー」と言われていたロッテが入れ替わりに「入居」、この年のシーズンからはロッテの本拠地となった。だが、もともと当時のパ・リーグは人気がなかった上、もともと東京の球団だったロッテが試合をしてもスタンドは閑古鳥の巣。さらに当時すでに老朽化が進んでいたこともあり、観客動員は低迷を続けた。だがそれでも、そこで行われているのはあくまでもプロの公式戦。そしてその頂点とも言うべき試合が、88年10月19日のいわゆる「10.19」である。
この日、この地で行われたロッテ−近鉄のWヘッダーの主役は、地元ロッテではなくヴィジターの近鉄だった。なぜなら、この2試合に近鉄が連勝すれば、逆転優勝が決まる状況だったからである。第1試合、3−3の同点で迎えた9回表2死2塁から近鉄の梨田がタイムリー。4−3で勝った近鉄がシーズン最終戦の第2試合に逆転優勝をかけることとなった。そして第2試合、4−3とリードした近鉄だったが、8回裏にロッテ高沢の同点ホームランを浴びてしまう。懸命に勝ち越しを狙った近鉄だったが、9回裏のロッテ有藤監督の9分間の抗議も響き、結局延長10回4−4の引き分け。優勝は西武にころがりこんだ。しかし近鉄はこの悔しさを忘れず、翌年優勝している。
思えば、あの日が川崎球場にとって最初で最後で最大の盛り上がりを経験した日かもしれない。その後は相変わらず観客動員の低迷が続き、ついに91年のシーズン終了と共にロッテは千幕張に移転。川崎はアマチュア用の球場としての晩年を迎える。そして老朽化に耐えられず2000年3月に閉鎖。市民球場に始まり、市民球場に終わった川崎球場は、半世紀の歴史の幕を閉じた。
そして翌01年5月、川崎は本当の市民グラウンドとして再オープンした。スタンドは撤去され、約2700人収容の芝生席に。照明塔は6基のうち半分の3基が残った。グラウンドは人工芝で、マウンドもなくなった。もはやプロはおろか社会人の試合にも使うことはできず、軟式専用となったわけだが、代わりにアメフトやフットサルには持って来いである。
そして今年、先日のアメフトW杯の会場となった川崎はさらに再改装された。両ファウルグラウンドにはアメフトのタッチライン沿いに仮設スタンドが設けられ、小規模だが電光掲示板が設置された。よく見ると4つのベースとマウンド付近は人工芝がはがせるようになっており、かろうじて野球にも使えるのだが、この細長いフィールドで野球をするのはかなり無理がありそうだ。川崎はほとんどフットボール専用の球技場と化したのである。
17日。私は川崎を数年ぶりに訪れ、フットボールの関東大学リーグを観戦した。閉鎖・リニューアルされてからは初めてである。そのあまりの変貌ぶりに驚くほかなかったのだが、これも時の流れ。川崎は、生き残るために生まれ変わったと見るべきかもなのかもしれない。
PS:その試合だが、第一試合はパスの専修対ランの日体大。ところが日体のランは
炸裂するも、専修のパスはまるで機能せず、3−30で大敗。第2試合では連覇を、
いや今年こそライスボウル制覇を狙う法政が2部上がりの武蔵工大を一蹴。スピードが
他のチームとは全然違う。もちろん技術的にもしっかりしており、格の違いを見せ付けた
形になった。だが、私の心は時として試合を離れ、旧・川崎球場時代の回想と時の流れに
思いを馳せ、感慨に浸っていたのである。
川崎球場
投稿者: 生田正博
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2007/9/15
「そのパスだ!」
球技
ラグビーW杯、対フィジー戦のゲームレポートです。
残念なことにTV観戦ですが(^_^;)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070914/15080
投稿者: 生田正博
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2007/9/13
「相撲とバスケ」
スポーツ
両協会とも似たような問題点をかかえていると思います。
詳しくはこちらをお読みください。
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070913/15044
PS:最近「あちら」ばかりですみません。
重要な問題はなるべく多くの人に読んでもらいたいので・・・
投稿者: 生田正博
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2007/9/11
「ハンドボール」
球技
先日豊田で行われたオリンピック北京大会予選のゲームレポートです。
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070910/14918
投稿者: 生田正博
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