今日びのエレベーターには、大概その中程に車椅子利用者用のボタンが設置されている。私の利用する自宅の最寄駅、地下鉄本駒込駅も例外ではない。標準なそれよりもやや低い位置、ちょうど私の腰くらいのあたりの高さにあるので、健常者の私も少ない挙動で扱えるため、わりとこっちの方を使う頻度が高い。乗ろうとするのに入口付近が気が利かなかったりすると、奥からそっと「開」ボタンを押したりして。気に入らないのが押そうとするのを、先んじて点灯させてみたりして。「神の見えざる手」とはこういうことだと、思い浮かべながら経済学部を卒業するとこんなんなっちゃう。こんなんとは何だ。
別段忙しくもないので、運ばれながらふと思う。…標準ボタン位置を下げりゃいいだけでは?函の中はまだしも、外のボタンなんざそう離れず同じボタンが上下に2つ貼りつけられている。1つ低いところに置いておけば、身障者健常者を問わず賄うでしょうに。これがバリアフリーですよ。
理不尽の影には大抵役所が控えている。昭和57年度「建設省(現:国土交通省)昇降機設置安全基準」によると、扉の開閉制御ボタン位置を床から100〜140cmの高さと定めてある。そして、公共施設のバリアフリー化がさけばれるようになり、平成13年に厚生労働省からバリアフリー推進化策として、身障者用制御盤が義務付けられ、その高さが床から85cmと定義された。どちらも現在、なお効力は続いているために、その結果として奇妙な「2つ並び」といった現状を生み出している。タテ割行政が15cmの壁を越えられない形、といって良いだろう。

…迂闊な大学生がネットでこーいうことを適当に引用してレポートをまとめると、卒業できずにこんなんなっちゃう。まるっきりのウソっぱちなので信用することなきように。けどまあ、あながちそんなとこだろう。大体合ってりゃ大体それらしけりゃそれで良い。
というくらい、役所が嫌いである。何もかもがめんどくさい。めんどくささがなくなれば、どんな手続きだってしてあげるのに。国民年金だって、納付率を上げたけりゃ制度を簡単にすれば良いだけだろうと思う。めんどーにするからには、きっと誰かが得をしている。ほんじゃ仕方ない。
そんなだから、住民票取り行くなんてことになったらよほどの覚悟を決めてしまい、早起きをした。ここまで長い前置きは久しぶりだ、と思う。電車に揺られて役場のある街へ。三文判と実印は忘れない。自営業者だから常にカバンに忍ばせてはあるが。2時間くらい待たされて、ようやく番が回ってきたら「印紙貼ってませんね」なんつってふりだしに戻るかたらい回し。書類だって不備は承知。今日1日のスケジュールは決まったようなものだ。
ところがどっこいしょ、ウチから歩いて2分ばかりの
図書館で、300円払って免許見せたらできちゃった。お見それしました。ってか、そんなもんだよな。
杞憂は麗らかなりし午後に弊害をもたらし、どうやら2時間ばかり事務所で舟を漕いでいたらしい。腕を組み、口を真一文字に結んだ様をそう形容するのは適切な気がしないが、おかげで快活を取り戻し歯を磨きたくなった。もうちょいしたら帰るか。暇な時は暇にできてるものだ。
写真はブルボン「感動の名車コレクション」。シリーズ名からしてツッコミどころ満載ではあるが、何とも云えぬビミョーなスタイル。117は“ブサイカ”の宝庫かもしれない。