2006/10/20
僕は木工家具作りをしばらくした後、一時、引越し屋で働いていました。毎日毎日、違うお宅を訪問し、さまざまな家具を運ぶのが引越し屋です。ヘタに家具作りをするよりか、よほど現在の家具事情、住宅事情が見えてくる仕事でした。
この引越し時代の経験が、僕にとっての「木工観」に大きな影響を与えました。まあ、この辺の話題はまた別の時にしましょう。引越しの一般的な仕事は「運搬」です。しかし、裏方的な仕事として「家具の処分」という仕事も引越し業務の一部にあるのです。
引越しを機会に家具を処分する〜。コレはよくある話しです。引越し屋では処分費用をもらって、これらの廃棄家具を引き取ります。引越し屋は引き取った家具を産廃業者に渡して、処理を完了するわけです。
ちなみに産廃業者の引き取り料金は、処分品の体積、つまり立米単価になります。引越し屋では、この処分代を削減するためにタンスなどの箱物家具から、イスなどの脚物まで、全てバラバラに分解してから、廃品引取りのパッカーに廃品を押し込みます。
引越しをやっていると、ほぼ毎日、この廃品が出ます。多い時は4tトラックパンパンの家具を分解します。まあ、分解というと聞こえは良いですが、トラックの荷台から家具を叩き落し、地面に叩きつけバラバラにぶち壊すわけです。別にいい子ぶるわけではありませんが、かつて作る側であった僕には、最後まで気持のよくない作業でした(みんなはストレス解消に楽しんでいましたがね)。
タンス、イス、机、etc…多分100をゆうに超える家具を叩き壊していく中で、印象に残るほど、分解できなかった木工家具。それはネジどめで作られた板組みの馬鹿でかいゲタ箱のような棚でした。多分作られてから20〜30年以上は経っている色あせ様でしたが、接合がまさに一体になったような堅牢さで、トラックのゲートから何度もカドから地面に叩きつけ、やっとの事で分解しました。
この叩き壊し時代、たとえほぞ組みであっても簡単に壊れてしまう家具も見れば、ネジ組みでも、本当に頑丈な家具もたくさん見ました。
もう取り壊し寸前の旧家などの引越しをすると、戦前からあったような、昔ながらの水屋ダンス(食器棚)を見るような事も何度かありました。昔の職人が丁寧に作った作品なのでしょうが、大抵は長い年月のうちにほぞはやせてガタガタになり、裏板は割れたり、木の収縮でゆがみ、隙間だらけでした。
これは材料の木の乾燥などもあるのでしょうが、思っている以上に木はやせ、歪みます。例に挙げた水屋ダンスはほぞとほぞ穴の隙間がゆうに1ミリ前後はあいていたのです。
家具工房時代でも、メンテナンスに持ち込まれた作ってから20年ほど経過した、分厚い無垢板のテーブルが、そり止めの蟻残(ありざん)がやせ、天板がグニャグニャに歪んでしまっているのも見たことがあります。
生活の中で使われてきた木工家具を日々見て来た引越し時代でしたが、それまで「理論」として聞いて来た「伝統技術優位的」な木工の話しはあまりに現実と違っていました。
僕のこの体験は、ある意味、木工の奥の深さを垣間見たのかもしれません。しかし、僕の実感としては、「伝統技術」=「最も優れた木工」という理論は崩れました。
僕は、どこまでこの話しを突き詰めても、あくまで世界中にある全ての家具を見たわけではありませんから「ほぞ組みはダメ」とか「ネジ木工は万能だ!」という結論は出ないと思っています。
ただ、一部の作り手の言うよう、「ほぞによる仕口加工は、全てにおいて優れた工法である!」とか、「ネジを使うなんて、木をダメにしたモノ作りだ!」なんていうのは誤りだと思います。ほぞ組みだってダメなのはダメでしたからね…
僕ら作り手は、自分が使う材料、工法の長所・短所・特徴をしっかりと理解した上で、必要な技術や道具でモノ作りに取り組み、この点をしっかりと使い手(お客様)に伝えることが大切だと思います。少なくとも、僕は木工で「ネジ」を使うのは有効な手段の一つだと思っています(使い方はもちろん大事ですよ!)。
(ふぅ…小難しい話しは苦手ですね…しかも敵を作りそうなテーマだし…。でも、ネジ1本使うにしても、その「意味」を説明できないと、自分の「こだわりのモノ作り」の部分を正当視できなくなっちゃうんですよね…)
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