今日は朝からどんよりとした曇り空。
お昼頃には雨が降り始め、1日中、ひんやりとして肌寒い1日でした。
ちなみに今日の作業は先日はぎ合わせておいた天盤の鉋がけです。
作業的には体力勝負の肉体労働ですから、今日の涼しさはありがたかったです。
大物家具を作る事はたまにしか無い当工房では、鉋での天板削りは珍しい作業だったりします。
注文家具を作る木工房では比較的ありふれた作業なんですがね。
テーブルなんかほとんど作る機会のない僕のところではレアな行程です。
写真では久々に取り出した手鉋で平面の削り出しをしているところです。
僕はそんなに手工具の扱いが得意な方では無いですが、今日の鉋の調子はまずまず。
お世辞にも素晴らしい手つきだ!とか、職人的なスピードある作業だ!とは言えない自分ですが、思いのほかスムーズに作業を終える事ができました。
かつて何枚かのテーブルを削ったことのある自分ですが、さすがに久々の作業、鉋がけが無事スムーズに終了した時は内心ほっとした事を白状しておきます(苦笑)。
最近、とーんとやることのなくなった鉋がけの作業ですが、こうして久しぶりにやっても、意外と扱えるものですね。
人はこういうのを見ると
「体が覚えているんだね」
とかおっしゃるんですが。
僕の意見はちょっと違ったりします。
かつて、僕はたくみ塾での修行時代には、同期の中では1〜2を争うくらい鉋の練習をしていたと思います。
そりゃもう、朝1番に工房に行ったら刃物の研ぎの練習をしていて、まだたいして使ってもいない刃物をしょっちゅう研ぐもんだから、使ってもいないのに無駄に刃物をチビさせていたものです。
実習が終わったら終わったで、工房に転がっていた適当な板を削ってみては、あーでもないこーでもないと、切れない鉋とにらめっこしていました。ひたむきな若者(?)だった当時二十歳の自分です。
だから、自分の同期達の中では、よっぽど手鉋の練習はたくさんやっていたと、その点だけは自負があったりします。
でもね、
実際に鉋を扱わせてみたら、多分同期の中でも1〜2番目に鉋の扱いがヘタクソだったんです。
これもちょっとしたトラウマな事実だったりします。
遠慮とか謙遜とか、そんなのじゃなくって、どうしょうもなくヘタクソナンバーワンだったんです。
当時はただめったやたらガムシャラに、練習したら体が覚えるだろう、時間をかければうまくできるようになるだろう〜って、そんな考え方で鉋の練習をしていたんです。
かける時間は人一倍、だけど頭の中はすっからかん。
それが当時の自分だったと思います。
だから、自信を持ってこれは言えます。
「体は覚えちゃいないんだ」
ってコト。もし覚えているとしても、「ダメ」な使い方が体に染みついちゃってるでしょうね…
あれからもう、かなりの時間もたって、今は鉋の扱い方、道具の仕込みに対する取組み方も少しは変わってきました。
で、自分なりに導き出した自分流の鉋の扱いのコツ。
それは、ただ、1つ1つ丁寧に作業をする。それだけ。
鉋の刃物を研ぐ時はこまめに砥石の平面を確認し、刃先の形が平面になるよう、これまたこまめにチェックを繰り返す。
下端の調整も基本通り、横着しないで丁寧に1つ1つ正確な平面、調整を心がけながらあせらず作業する。それだけ。
たまにしかやらない研ぎや下端調整を、あてにならない「体の感覚」なんかを頼りにしてやると、結果は滅茶苦茶になっちゃいます。
あれから長い時間をかけて、僕なりに導き出した鉋の扱い方の結論。
だから、たまにしかやらない鉋の作業は、ちょっと慎重すぎるかな?というくらい丁寧に1つ1つを確認しながら進めて作業をします。
結果的には、トータルで見た場合、その方が作業は早く、キレイに、確実に進みます。
その証拠に、がむしゃらに鉋の練習をしていた修行時代よりも、今の方が多少、鉋の扱いはマシになっている気がします。
以前はどんだけダメだったんか…と言えば身も蓋もありませんがね。
職人にあるまじき、ちょっと情けないお話だったりしますが、自分のできる事、できない事がわかってきた分、あの頃よりマシな作り手になってるかな…?と思います。
ガムシャラに練習していても、うまくいかない。
そんな時は、基本に戻って、ちょっと考えながらやると、意外にすんなりできるものです。
体が覚えるほどの熟練が無くても、自分なりのやり方を知っていれば、扱いの難しい道具も、必要最低限にはどうにか使えます。
(そりゃあ熟練して使えるのが1番なんですがね)