再訪:アメリカのStanding
一年半ぶりに、Montereyを訪れるチャンスが得られ、これがこの地を訪れる最後となる可能性もないわけではないので、ぜひとも 海岸脇の公園で毎週日曜の12:00-14:00に行われているというPeace gathering, vigilに参加しようと思っていた。それが2/12である。
<美しい海岸、この海岸に接する公園でVigilが行われる>
日本からは虹色のPEACE-Flagを持参してきている。勿論、彼らのプラカードやバナーはあるけれども、自分でも多少なりとも日本で広めるのに関わったPEACE-FlagをもってのStandingが許されるものならやりたかったのだ。
主催グループの主張と会うかどうかはわからなかったので、あくまでも希望ではあったが。
どこでもそうなのだが、最初に一歩踏み出すのはそれなりの決心がいる。 この日も気息を整えるというか、心を定めるために、まず海岸の砂浜を波止場まで歩いていって、また戻ってくるということをした。そして定刻少し過ぎに公園について遠くから眺めてみれば、上下逆にした米国国旗が3本掲げられ始めていた。準備しているのは前回言葉を交わした黒人の退役軍人の人である。 後ろから見ながら逡巡して二度三度を行きつ戻りつした挙句、思い切って近寄って声をかけた。
<準備しているのが見えた>
”日本からの訪問者です。参加してもいいですか”** と聞き OKをもらって虹色の大きなPEACE-flagをもって車道に面した歩道に立った。何と言っても3年前にこの地でTVを見て、多少なりとも平和の運動に関わるきっかけを作ってくれた思い出の地である。
そこでStandingしているということに感慨深いものがあり、しっかり1時間立とうと思っていた。
この日は最初は私をいれて四人、あとで女性が加わって五人となった。彼らは通常プラカードと上下を逆さにした国旗をもっている。 これは”international Distress"の意味で、世界がアメリカのせいで苦しんでいるということを象徴している。
ブッシュに反対するということや、パレスチナの占領に反対などの政治的主張をはっきり掲げるべきだという意見で逆さの国旗を掲げているわけだが、その強い主張には賛同できないでこのStandingには参加してこないグループもあるという。 ただMonterey全体では
http://www.peacemonterey.org/pages/calendar.htm
が大きく活動している。
この毎日曜日のこのStanding運動は3年間続いているという。
プラカードはブッシュは現代のヒトラーだとして、ブッシュ弾劾をストレートに主張している。この日はそれに虹色のPEACE 旗が加わったので遠くからも良く見えるらしく、サポートしてクラクションを鳴らしていく車も多かった。
”いつもより、サポートする車が多いね、カラフルな旗のせいだ”と、となりに立つジョンは嬉しそうだ。彼は第二次大戦のVeteranである。
Veteranは”ベテラン”とそのまま日本語になっているが英語で言う時は”退役軍人”の意味合いがつよい。 ここに立っていたのはもう1人Bobというシカゴ生れのイタリア二世でベトナム戦争のVeteran、最初に言葉を交わした黒人(名前を聞くのを忘れてしまった)の彼は朝鮮戦争のVeteranである。 つまり退役の軍人たちがブッシュの戦争政策に反対し、立っているのだ。
さてそのジョンは数学者で占領の時には東京湾へ来たという。綺麗な湾だったという。彼の娘婿は日本人のやはり数学者でUC-Berkleyで教えているそうだ。
もともと歩行者の少ない米国ではVigilやStandingは人に見せるというより、車道を走る車に対して行うものらしい。
そして通り過ぎる車は賛同する場合にはクラクションを連続して鳴らし、窓から手を出して親指を立てて応援のサインを送ってくれる。不賛成なら、怒鳴るか、車を止めて議論することもあるようだ。 クラクションが頻繁に聞こえていればサポーターも多いという訳だ。
<ジョンとボブ、ボブは足が悪いのでこのベンチに座って意思表示をしている>
この日は虹の大きな旗のおかげでサポートが多く、皆も喜んでいるのが良くわかって、Bobはしきりに”どこで手に入るのだ”と聞いてくる。
”これはイタリアから取り寄せた。オリジナルはPACEと書いてあって ・・・”とおしゃべりが続いた。
会話しながら、このとき ”ああ、この旗はこの地に置いていこう”と決心したのだった。
”なんにもできない自分が、この地で平和の活動をしている人たちの役に立てるとすれば、逆さの国旗と虹の旗がなびいて人々の注目をひける状況を作ることぐらいだ”と思ったのだ。 なんといったって思い出の地、平和の事を考えるきっかけを作ってくれた地に何か残してくることが出来ればと・・・。
黒人の彼(二回もあっているのに名前を聞いていない!)のところにいきしばらく話す。 彼は言う、”今までずいぶん密かに写真をとられたよ。 我々は覚悟しているがね。 今、声を上げなくていつ挙げるのだいう訳だが、君は得なことはなにもないかもしれない、用心しろよ”
”そうだね、実は入国できるかどうか不安だったのだけどうまく入れたんだよ・・・”
あっというまに1時間が過ぎ、私のStandingは終わりとなった。
Bobに
”この旗を置いていくよ” 、
”また取りに戻ってくるのだろう。何時にくるんだい?”
”いいや、プレゼントだ。GIFTだよ”
”おお、ありがとう”
”もういかなくちゃいけない、また来ますよ、皆さん さよなら”
皆と握手をしてその場を静かに離れた。
彼らはこれからもう一時間Standingを続けるのだ。
この日まで晴れの日も雨の日も、私と一緒にデモにスタンデイングに参加してきたPEACEの旗は、Montereyに安住の地を見つけた。また再開したいものである。
# 2004/8の様子は
http://green.ap.teacup.com/kysei/197.html
**
” I'm a vistor from Japan, and pacifist doing the similar activity in Tokyo. May i join you?”
”Of course ,Yes. Please use any of these"
”I have this flag, if acceptable i'd like to bring this"
"Need a pole?"
"No, I can manage"