今日(11/8)お昼近く、これを書いている間にも、ここ新潟市でも感じる、何度も強い揺れがありました。ズンと響いて家がゆさゆさしばらく揺れています。さすがに何度来ても緊張と恐怖を感じます。もう2週間以上にもなるのに、いったいいつまで続くのか・・。
さて、報告です。4日にはボランティア志望の学生を伴い、小千谷市へ。学生さんは総合体育館脇に設置されているセンターに数日間泊り込む予定で、「がんばってね」と声をかけて別れ、僕は支援物資を再び長谷川市議のお宅へ。
↓小千谷市消防署前で。写真では車体の文字が見えないけど、わが新潟市の消防車です。
川口や十日町へも行って様子を見てきました。先日は入れなかったところも入れるようになっていて、川口の山間部の集落ではも道路や山の斜面がズタズタになっていました。
↓小千谷市街地から離れた道路。センターラインから手前半分が陥没。ガードレールは宙づりになっている。
↓川口の山間部部落の神社。鳥居が落下したまま。
十日町の商店街もあちこち壁が崩れていたり大変な状況でした。途中和菓子屋さんに立ち寄って買い物をしながら様子をうかがいました。しょっちゅう余震が来るとのことで、下水がまだ充分復活しておらず、トイレの消毒用に用意してある水が、余震の度にあふれてあたり一面水浸しになってしまって大変よ、とおっしゃっておられました。
7日には仲間と共に小千谷市岩沢部落へ。独居老人宅に知人たちが先に行っており、合流。電気が昨日ようやく復旧。水道がまだですがこの辺は湧き水が出るところがあって助かっているとの事。
倒れた家具の整理などを手伝いました。家を出て独立した息子さんが昔使っていた部屋も皆で片付けていたところ、ベッドの下からちょっとHなビデオなども見つかって、「いろんなものが出て来るねえ」とおばあちゃんも笑っていました。
その後近くの農地で農作業の手伝い。冬に向けてネットの整理や、いもなどの収穫。
畑近くで昼食を取っているとき、また「ズン」と地響きのような余震。このあたりではしょっちゅうとのこと。
途中、小千谷市片貝に寄り、歯学部時代の同級生宅に寄り、同級生一同からのお見舞金を御家族にお渡ししました。休日だったのですが、本人は市の保健センターで検診や診療に当たっているとのこと。御苦労様です。
また、小千谷から十日町方向へ行く途中の山斜面にある町の家並は軒並み「要注意」「危険」の貼り紙が貼ってあり、家に入れない状態。まだまだ復旧に向けては大変だなと実感します。
全壊で最大100万円の補助金が出るそうですが、この状況の中では焼け石に水という感じもします。なんとか特別支援策はできないのか、と強く思っています。