28日は、東京で「みどりの会議」の再出発を相談する会議。
国会議員だった中村敦夫さんを擁していた「みどりの会議」は政治団体としては解散し、しかし参院選で得られた90万票の支持と全国的な市民派の政治ネットワークを残し発展させるため「みどりのテーブル(仮)」として再出発することになっています。
コーディネータは20代、30代の若者たちと、そして彼らと「中年」世代との橋渡し役として、40代の僕も加えて全国5人がその任についています。責任重大です。
新幹線は長岡−越後湯沢間が止まったままのため、28日朝、湯沢まで車で行くことにして、早起きして新潟インターチェンジから高速道に乗り込み、高速ですっ飛ばしていました。
ほどなく、「ダダダダ」とエンジンから異音と煙が!ガン、となにか金属片が道路に落ちるような音?も・・。
新潟の次のインターで降りようとしたのですが、料金所手前数十メートル手前でプスプス・・。止まってしまいました。
致命的な故障と、すぐわかりました。友人に助けに来てもらい、JAFに連絡してようやく出ることができ、御世話になっている自動車屋さん(新潟市亀貝の武田自動車さん!親切で良心的です)に救助に来ていただき、「どこかへ急いでいる途中だったんでしょう」と気を利かせてもらって代車を持ってきてくれて、車を預かってもらって一路東京へ。
あとでわかったことですが、愛車はエンジンに穴があいてしまったとの事・・。涙・・。でも走行距離15万キロに及ぼうとするオンボロ車で、最近あちこちガタが来ていたので、ちょうど引退時・・。
新幹線が普通に動いていればこんなことには・・これもある意味「地震災害」だ!などと勝手なことを思いながら会場へ向かいました。
会議には全国から40名弱が参加、欠席のところも含めて各地の状況が報告され、コーディネータの提案が検討されました。
その結果、
○「みどりのテーブル」のネットワークの目的は、様々な選挙活動、各地での政治活動を通じて日本において「緑の党」を誕生させ、国政に登場することを目指す。
○個人単位の参加とし、会費を集め、Webやメーリングリストを開設し、各地域での活動をベースにして、情報や意見の交流を図る。
○2/11-13の「
アジア太平洋みどりの京都会議」にかかわり、その最終日に「みどりのテーブル」を正式発足させ、各方面へ連携を呼びかけていく。
○今回の会議を設定するためのコーディネータに若干名を増強し、今後に向けた暫定運営委員会とする。東京に事務局を設ける。
など(当日の合意事項を元に、編集)が決まりました。
ヨーロッパなどで旧来の「企業」VS「労働者」を超える新しい市民的政治潮流である「緑」勢力が「環境」や「社会的公正」を掲げて一定の政治的位置をしめています。2001年にはオーストラリアで世界の緑の政治潮流の連合の結成大会も開催され、日本からも仲間達が参加し、僕はその準備にも関わりました。
上記の「京都会議」は、この国際ネットワークのアジア・太平洋地域版の結成集会となり、各国から多くの参加が予定され、戦乱の続くイラクからも代表がやってきます。さらにちょうど2/16には京都議定書が発効することになっており、環境NGOなどとも連携を深めています。
日本でこの新しい政治潮流が国政に登場するのはまだまだ困難な道のりが続くと思われますが、できましたら、是非皆さんもご協力ください!