昨年末からのマンション耐震強度偽造問題、ホリエモン逮捕後明らかとなる「虚業」としてのライブドアの実態。
国会ではようやく、それぞれ個別の問題ではなく、小泉首相の「構造改革」「自由化」の中身を問う議論が表面化してきました。
「構造改革」とは、本来、経済「構造」や脆弱な労働実態そのものを根本的に改革し、持続可能で安心できる経済構造を確立することを意味するはずです。小泉・竹中路線は、根本的な改革ではなく、単純な「自由化」以上でも以下でもない、きわめてお粗末な政策です。
首相は国会での質問に答えて「格差社会と言われるが格差自体は悪いわけではない。光があれば当然影ができる」などとほざいいています。しかし、努力が合理的に報われる「光」ではなく、小泉「改革」路線は、実体経済に基づかない「虚像」としての「光」を大量に生み出し、その虚像による乱反射をあたかも「景気回復」だと言っているに過ぎません。
「景気が回復」していながら、なぜ世の中には大量のリストラ・ホームレスがあふれ、そして労働者の給与は下げられ続けているのでしょう。「景気回復」なるものが、実はこれらの切り捨てによって支えられている証拠です。
去る12月議会で、僕はこの「規制緩和・自由化」路線について、地域政策や地域経済の観点から質問し、同僚議員からも好評でした。その後この1ヶ月半ほどの世の中の動きは、まさに僕がこの質問で指摘した問題点がより一層明確になっているとの感を強くしています。
12月の活動日誌には簡単にしか報告していなかったので、ここにあらためて質問で述べた問題意識と立場を掲載しておきたいと思います。
なお、この質問の作成にあたっては、質問の中でも紹介した新潟大学の佐野誠教授が評論家の内橋克人さんと一緒に編纂した「ラテンアメリカは警告する」(出版:新評論、2600円。政務調査費で購入)を大いに参考にさせていただきました。お薦めの本です。
========以下、12月議会一般質問当該項目で示した問題意識・主張部分
■「規制緩和」「自由化」政策と地域社会について
近年、企業の「売上高」がほとんど増えていないにもかかわらず総利益総額が大幅に増額している奇妙な現象を可能にしている最大の要因が、自由化され不安定化した労働市場であることは明らかだ。ひとりあたり給与は年々4万円近くも減り続け、家計部門は痩せ細り、すでに非正規社員の比率は全産業の約35%にも達している。また、大型店規制の緩和などにより、中小企業や地元商店街を取り巻く環境はさらに悪化している。
小泉さんや竹中さんが「経済改革の成果による景気回復」と自画自賛している実態は、貧弱な労働環境や家計を基礎にした、経済指標の数字の上だけの話だ。地域社会や国民経済を完全に自由化市場に任せる「改革」が、持続可能社会への道筋に沿ったものと言えるはずはない。
かつて戦後の困難な状況の中で、経済の発展のために「規制」も含めて政府の介入政策があった。確かにその時期に、その規制や介入自体が肥大化し、そこに政官業の癒着が生じ、これが無駄な公共投資の肥大化と税金の浪費を招き、国や自治体の財政危機の要因ともなってきた。
また、時代遅れとなった規制も確かに少なくない。経済特区などでそれら規制をはずして活性化につながっている事例もある。
しかし、だからと言って規制や介入一般全てを、その中身を問うことなく全て悪だと言って攻撃し、本当の社会構造問題には手をつけないままでは、短期中期的な景気回復があったとしても、実際の経済構造の質は際限なく劣化していくのみだと言わなければならない。
今回大きな問題となっている耐震強度偽装マンション問題も、言うまでもなく、「自由化」「規制緩和」のほころびでもある。「公共性の高い建築確認を民間に開放し、街づくりの根本の建築行政が空洞化している。」とする専門家の指摘もある。
海外に目を転じても、例えば中南米諸国では、すでにIMFの構造調整プログラムが世界の中で最も強く徹底した自由化が重ねられてきた。その結果、投機経済と実体経済の大幅な乖離、通貨・金融危機、雇用の脆弱化と所得格差の拡大など、社会経済は悪化している。こうした中南米の経験は、社会や歴史の違いはあれ、「構造改革」に突き進む日本の未来を警告するものだ、と、外務省の専門研究員としてアルゼンチン大使館に勤務した経験も持つ、若手研究者である地元新潟大学経済学部教授の佐野誠氏も鋭く指摘している。
また、近年、欧米諸国の都市は、共通して大型店の立地を厳しく規制し、その開発を中心市街地に誘導する政策を強化してきた。先進国の中でこれだけ無節操な街づくりが進んでいるのは日本だけだと指摘されている。
こうした点をあらためてふまえ、圧勝した小泉政権によって一層進められている極端な「規制緩和」「自由化」を強化するのではなく、むしろ必要な経済的・社会的規制をかけながら、そこに生じ得る利権・癒着構造など負の側面に対しては市民社会による公正・透明な社会的制御をかけるような政策が必要であるとの立場から、以下伺う。
(以下略)