今日は議会運営委員会と全員協議会があり、すでに新聞等で報道されている篠田市長の再選出馬に関する正式表明、5区区名問題、セコムへの対応問題などを報告。
その後文教経済常任委員会が開かれ、プールの安全対策についてと、学校預かり金問題について報告。まずはプールの問題について。
■学校プール:20校に不備発覚
当初新潟市は、学校関係のプールについて、すべて問題なしと報告していましたが、排水口の「蓋の堅固な固定」と「排水防止金具」の二重構造のうち、「蓋」はOKでも「防止金具」の不備が合併周辺市町村を中心に20校ありました。
旧新潟市分はほぼ問題なかったとはいえ、教育委員会事務局として単なる通知や指示、それに対する通り一遍の報告を鵜呑みにするのでは不十分、と僕も含め多くの議員の指摘がありました。
さて、いろいろ調べてみると、財団法人日本体育施設協会の資料によれば、1965年から2004年までに、吸水口や排水口での事故は59件発生し54人が死亡しているとのことで、旧横越町の悲痛な事故もありました。そして文部科学省は毎年のように注意を喚起する通知を出しています。しかし通知を出しているにもかかわらず事故が頻発するということは、通知だけでは不十分だという証拠であり、本市もそうした問題意識が必要だったはずで、「通知を出した」「指導した」のでOK、では、担当課には申し訳ないけれど、いかにもお役所仕事と言えます。
旧横越町の事件では、当時の責任者の一人が「いろんな通知文書は年間1000枚くらい来る。重要性を見逃した」旨のコメントをマスコミに答えています。
命に関わる問題を、「1000枚の書類」の中に埋もれさせない方策は何か。毎年のように起こっている事故の具体的な様相、被害者の無念、家族の憤りや悲しみや怒りなどにどれだけのリアリティで思いをはせ、その認識を共有できるか−そこが、単なる「書類」としての仕事と、「魂のこもった」行政施策としての仕事との分岐点になるのではないか、と思います。
旧横越町の事件でわが子を失った御両親は、さいたまの事件を受け、「もうあんな事故は最後にしたかったのに、自分たちの努力が足りなかったかもしれない」と愛息子さんの墓前に謝ったとのこと。本当に胸が痛みます。なぜ、被害を受けた人たちが二重三重に心を痛めなければならないのでしょう。「書類」や「通知」「指導」だけではない、人の心を持った「仕事」が必要です。行政のここが問題、これが足りない、とついつい批判型・追求型になってしまっているかもしれない自分自身に対する自戒の念もこめ、「政治」の原点に立ち戻り、真摯に考える必要があると思います。
なお、ネットでいろいろ情報を探すと、吸水口だけでなく吐出口での事故(ポンプの具合によって一瞬陰圧になる場合がある)もあり、さらに、「蓋」についても設計上組み込まれたものと後付のものでは安全性も異なるのではとの指摘があります(さいたま市のものは、どうも後付けのものらしい)。
今回の「安全確認」についても、国や県が求めている項目だけ見て「はい蓋OK、金具OK」だけではなく、そうした視点も加え、そして「心を込めて」、本当の安全を求めてほしいと思います。