本日、総務常任委員会協議会が開催され、引き続きセコムジャスティックによる公金流用問題について担当課から説明があり、傍聴。
委員会で傍聴したことや自分で調べた事、考えた事をあらためて以下まとめます。やっぱりセコムも公社も問題あり、ですね。
1.親会社であるセコムの責任重大
セコムが市に提出した内部調査報告書によれば、問題の要因を基本的に某取締役の責任に帰そうとしているが、このような大掛かりな不正が個人的な企みによっておこなわれたとは到底考えにくい。
また、内部調査報告書を信じたとしても2004年当時内部的には会計士から問題を指摘され、当時の社長(故人)と問題の取締役で対処したとの事であるが、当時の社長はじめ会社として問題を市・公社に報告しておらず、不誠実な態度であり、組織としての責任は重大である。
2.事実上の「丸投げ」「転貸」も問題−追認した公社側の責任も重い
1)「業務委託」という観点で見ると
この駐車場の管理は「土地」を貸して、その目的は駐車場に限定し、さらにその売り上げの一部を公社に納入させており、「土地貸借」とは言うものの事実上の「業務委託」とも言える。そこで、まず契約上の「土地貸借」から離れて、実質的な「業務委託」の観点から問題を見てみる。
まず、「セコム」が契約主体なのに、実質的な業務は「セコムジャスティック」がおこなっており、それを公社側も「確認書」という形で追認している。
しかしたとえ子会社であったとしても、契約の当事者が他の会社に事実上の丸投げをすることはきわめて不適正な形態である。
たとえば建設工事などに関しては、建設業法で「一括下請負の禁止」として、この「丸投げ」が法的に禁止されている。また、工事だけでなく、趨勢として業務委託についても同様の契約形態を禁止する流れがあり、自治体でも要綱や条例で明確に謳っているところも少なくない。また、本市もそうした形態を不適切だとする考えに基づき、業務委託の標準様式も定められている。
ちなみにこの「丸投げ」が禁止されたり問題視されるのは、契約当事者の責任が放棄されやすいこと(今回のさいたまのプール事故を見れば明らか)、契約相手として選んだ発注側の期待を裏切ること等の問題だけでなく、元請と下請けとの間に、元請側による「ピンはね」のような金額が発生し(実際、セコム本社は手数料と称して何もしないで子会社ジャスティックから年間500万円程度をふんだくっている)、結果として発注者側からすれば無駄な出費となり、また下請側はピンはねされた限られた額の中で利益を生み出そうとするため品質の悪化や労働条件の悪化につながる恐れが出てくるからである。
2)「土地貸借」の観点から
また、契約書通り「土地貸借」という観点からも問題も見てみる。これも業務委託の「丸投げ」に通ずる問題となるが、セコムが借りてまるごとセコムジャスティックが管理していることから、これは土地を「転貸し」しているという状態となる。この「転貸」自体、問題であり一般に契約上も禁止されている。たとえばアパートを借りてそれを別の人に貸すことは普通、契約上禁止事項となる。
ところが、今回のセコムの内部報告書を見ると、セコムからジャスティック社に「転貸」されたとの認識が示されている。そしてこの「転貸」により、ジャスティックからすれば、親会社を介しているので市(公社)と直接契約しているわけではないので、売り上げは「公金」ではなくあくまで「ジャスティック社固有の売り上げ」という認識で扱われ、そのことが過少申告をしてもかまわないというところまで心理的障壁を下げる要因になったと解釈できる内容が明らかになっている。
3)つまり
こうした点からも、事実上の「丸投げ」もしくは「転貸」が、このような不正行為の重要な要因・温床もしくは目的意識的な手段となったとも言える。セコムからジャスティックへ「業務の一部を委託」するとは言うものの、ここで見たように、実態を見れば明らかな「丸投げ」「転貸」としか言えないものであり、それを事実上「確認書」という形でそれを安易に追認した公社側の責任も重いと言える。
3.公社の「武士の商法」?
言い方は悪いが、「駐車場が儲かっているようだから売り上げの上前をはねよう」という安易な考え?に基づく契約方法自体、このような不正を招く要因となったのではないか。考えれば、そういう不正が起こりうることは、(今だから言えるのかもしれないが)想定範囲であり、契約システムの中にそれを防止する仕組みをつくるのが当然ではないか。
毎日膨大な量の売り上げシートなどをチェックする作業は確かに大変である。しかし、少なくとも売り上げの生資料の添付を義務付けるなどすれば、不正行為防止の障壁にはなっただろう。また、売り上げを基礎とした契約がなされているとすれば、サンプル調査など試みるのは当然と言える。こういうことを無しで済ませてきたやり方も武士の商法と言わざるを得ない。
4.可能性のレベルでしかないが、あらたな疑惑も不自然ではない
また、セコム(ジャスティック)が上記のような方法で不正をおこなったこと、しかも生資料との突合により簡単に不正がわかるような形でなされたということは、こちらに確証は無いものの、「こうしても大丈夫」と思わせる、当時の市・公社のトップクラスの「暗黙の了解」があったからなのではないか、という疑いが生じても不自然ではないのではないか。