きょうは娘の通う
小学校の卒業式。といっても娘は5年生で卒業生ではない。3月13日の
中学校の卒業式でも書いたが、
来賓(社会教育委員)としての出席である。
午前10時、
羽織袴姿も凛々しい
担任のK先生の
先導で、
卒業生26名が一人ひとり体育館に入場する。在校生、保護者らは起立して
拍手で迎える。卒業生が席に到着し、一同礼をする。
K教頭の開会のことばで、卒業式が始まった。
国歌斉唱、学事報告に続いて、卒業生一人ひとりが名前を読み上げられ、それぞれに
卒業証書が授与された。
練習で指導されたのだろうか、証書を受け取るとき、
全員証書をやや上に上げて受け取っている。
校長式辞、教育委員会告示(教育長挨拶)に続いて、
来賓祝辞があった。
自治体首長、議会議長のあとは
教師と父母の会会長(PTA会長)の登場だ。筆者も昨年この場で
挨拶をさせて頂いた。
PTA会長の
Kさんが壇上に上がる。挨拶が始まったが、実に落ち着いていて大変わかりやすい内容である。
ユニークでかつ
心に残ったフレーズや挨拶の一部を紹介しよう。それは、人気グループ
「SMAP」とりわけ途中で脱退した
「森且行」を引き合いに出したことである。
SMAPは
1988年に結成されたグループである。
「SMAP」は
「Sports Music Assemble People」の略(名付け親はジャニーズ事務所の社長の
ジャニー喜多川氏)である。
「運動と音楽を融合する人々」を意味する。きょうK会長の挨拶で初めて知った。
森は人気絶頂のさ中、
1996年に突如
脱退を決意したのである。小さいころから憧れていた
「オートレーサー」になりたかったからだ。自分の夢を捨てきれず夢を頑(かたく)なに追い続け、そして立派に
オートレーサーになったのだ。
K会長は、当事、
SMAPが人気絶頂で安定した収入が約束されていたにもかかわらず、安易な道に走らず、自分に厳しく、そして夢に向かって突っ走った
森の
チャレンジ精神を卒業生に訴えたかったのだろう。筆者も
夢とロマンをいつまでも持ち続けて欲しいと願わずにはいられない。
卒業記念品は
「英和辞典」だった。何十年も前になるが、
筆者が卒業したころと同じである。中学校の
「印鑑」といい何十年も続いていることが
不思議でならないが、
伝統が引き継がれていると思えば、悪い気はしないだろう。余談になるが、筆者は
小学校卒業でもらった辞書を高校1年まで使っていた。さすが間に合わないと感じてきて、
高校2年のときやっと
英和辞典を買った記憶がある。
卒業生からも
卒業記念品が贈呈された。今年の贈呈品は卒業生が制作した
「ステンドグラス」である。これは学校に長い間、飾られることになる。
いよいよ本日の
クライマックス。卒業生と在校生の
「呼びかけ」である。昨年も卒業式に出ているが、涙もろい筆者は今年もメガネが曇ってしまった。卒業生、在校生の中にも声が上ずる児童がいた。近所に住む卒業生の
TMさんも自分のセリフのとき、
涙声になっていた。目頭にハンカチを当てている父兄の姿も見える。
「ありがとう」「さようなら さようなら」のことばとともに卒業生が
バトンを渡す。在校生が卒業生のことばをしっかり受け止める。見事な
バトンであった。
やがてピアノの伴奏とともに、
「校歌」、
「仰げば尊し」と続く。そして小学校の卒業式に欠かせないのが、
「大空が迎える朝」である。この歌の
「力合わせ 助け合い 私たちも続く さようなら さようなら 忘れないでね」のあたりではジーンと来て、目頭が熱くなるのは筆者だけではなさそうである。
最後に
6学年委員長の
Sさんが保護者を代表して
謝辞の挨拶をした。卒業生が一人ひとり会場を後にし、11時30分卒業式が無事終了した。
●関連記事
「卒業式」2006.3.23付け
●関連サイト
「SMAP」Wikipedia

卒業証書を受け取る卒業生
卒業生と在校生による呼びかけ
卒業生が贈ったステンドグラスの作品