行ってきました、日曜の文化村。
飯島 秀昭氏の講演です。
予定から30分遅れ、正味1時間ほどの講演でしたが、分かりやすいシンプルな言葉とユーモアを散りばめたトークで笑いも絶えず、何度も満場の拍手に満ちていました。
しかし何より驚いたのが、全てポルトガル語での講演(司会者との対話形式)だったのですが、まあその話し方の早いこと、早いこと!早口というより、次から次へとドンドン言葉がでてくるのです。小柄な方でしたが、そのパワーたるや、カリスマと称される所以のひとつでしょう。正直、ときについて行くことができませんでした。基本的には自分のヒアリングが未熟なわけですが、今日、同僚の人(もちろん母国語がポルトガル語)も同じことを言っていた、そのくらいのスピードだったのです。といってイケイケでは全くなくどことなくとぼけた感じがまた笑いを誘うのですが、長くなるのでこの辺で。
そんなわけで、あまり正確ではなくかつ自分の思い込みが入っているかとは思いますが、公演内容から印象的だった部分をここに残したいと思います。
コメントにもいただいた、なぜにブラジルだったのか?というのは司会者の方からもまさに同様の質問がありました。要約すると以下のような具合。
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東京・原宿のサロンに勤めていたが、働きづめで3歳になる息子から、「おじさん」と呼ばれ(多忙により、あまりに顔をあわせていなかったため、父親と認識してくれなくなった)、物凄くショックを受けた。そんなおり、矢沢栄吉のコンサートに行って、一度しかない人生、自分の思ったように生きなくてどうする?ともう一人の飯島 秀昭が自分に語りかけてきた。
とにかく海外に行って、自らの腕で流行を作るんだという自分の夢をかなえるため、いろいろな世界の地域を訪ねた(そのとき訪れたニューヨークのソーホーが今のSOHOというネーミングの由来)。そしてちょうどそんなときにブラジルに行っていた元同僚から招待されたというのが、そもそものブラジルに渡るきっかけだった。
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飯島さん、及びブラジルでのヒストリー及びSOHOについては、氏の著書やWEB上にも詳しくありますのでここでは割愛します。
何よりも繰りかえし強調していたのは、日本で学んだ技術とシステム、日本の精神文化が氏のベースに合ったということでした。
以下は、大泉講演ならではのデカセギに対するメッセージ
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・ブラジル人というのは、非常に才能があり、創造性に満ち、例えば日本人と比較してもそれらの点においてはずっと優れている。しかし、足りないものがある。(しばらく溜めた後)それは根底の部分、基礎がない。分かりやすい例でいえば、時間を守ることができない。平気で遅刻をする。基礎がないというのは職業技術の世界だけではなく、それは根底となる原理や秩序というものが欠如しているからだ。
・逆にいえば、あなたたちは日本でそうした根底の部分、すなわち規律や規範、哲学というものを学び、日本にあるよいシステムを勉強して自分のものにしていけば、ブラジルへもどったときに必ず役に立つ。事実、私が今働いているなかで重要な職をまかせているなかには、デカセギ経験がある人が少なくない。
・日本にいるあなたたちが真っ先にやらなければならないこと、それはブラジルを伝えることだ。どのような国なのか、まだまだ多くの日本人は知らない。必ず伝えなさい。
・今ここにあることに感謝すること、それを自分はいつも自らに言い聞かせている。
・そしていつも明るくあること、それが初めの一歩、職場でいつもより少し明るくしているだけで世界が変わってくる。そして自分を信じて。
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デカセギに向けての言葉ですが、ほぼ自分にも当てはまるのでした。
本日は朝食用に味噌汁をつくり、出社は30分も定時より早く、にも関わらず誰もいなくて鍵が開いていなかったので外を掃き、おまけにトイレ掃除もしたという書いていて、お前はなんて単純なのだと呆れるくらいに沁みた講演でした。