昭和20年・1945年の今日、連合国軍の米兵約8千名が、ジープで東京へ進駐を開始した。8月28日から始まった連合軍の日本本土進駐は、その後空から、海から大量の人員と物資をもって行われた。2日後にはマッカーサーが来日、9月2日には東京湾上に浮かぶアメリカ軍艦ミズーリ号甲板で降伏文書の調印式が行われた。
9月6日には、帝国議会臨時会議は、「天皇及び日本政府の国家統治の権限は、連合国最高司令官としての貴官に従属する。貴官は、貴官の使命を実行するため、貴官が適当と認めるところに従って貴官の権限を行使する。われらと日本人との関係は、契約的基盤の上に立っているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からいかなる異論も受け付ない」という連合国最高司令官の権限に関するマッカーサー元帥への通達が行われた。
そして、今日の東京進駐。この日、東京・赤坂のアメリカ大使館には星条旗が翻り、連合軍に接収された建物は都内だけでも6百ヵ所以上にのぼり、全国の駅名・主要街路名はローマ字で表示するようにという占領軍の指示に基づき、都内の主要道路は、ABC等の符号で米軍用に表示され、東京の中心銀座は、横文字と米軍兵士であふれた。
翌日、マッカーサーは占領下日本の管理方針を声明して、形式的にも実質的にも日本の主権は、降伏条項実施のため最高司令官マッカーサーに従属することになった。しかし占領管理方式は、原則として間接統治の形式が採られ、最高司令官の命令の下に、日本政府が占領管理政策の遂行にあたった。