久々の投稿となる。途中、サイトに繋がらなくなって、メンテナンスをかけるだけで精一杯で、夏の暑さですっかりぼけてしまったのか。とりあえず、やっと復活してブログをあげられることになった。
それなりに、あれこれブログネタはあるものの、適当な内容ではいけないからともう一度検証しようとか余計なことばかり思うと、ついつい書くのが億劫になってしまい。結局何も書けずに書くのを止めてしまう日々つれづれなる?日村である。
今年も毎年のように実家の里、和歌山に行ってきた。実家の墓は、祖母の夢をかなえ、両親が高野山にお墓を持っているが、父の出生である那賀郡粉河町に今年も行ってきた。
私が鑑定士になったきっかけは以前のブログに書いたので省略するが、鑑定士になって以来、私は先祖の墓参は欠かさず行っている。
今年は長年寝たきりになってしまった父の代わりに母が毎年高野山には行っているが、今年はその母も昨年から骨折などがあって10ヶ月もの間、歩く事もままならず、なかなか高野山におまいりできるかもわからない状況だった。
何とか、母も動けるようになったので、今年も無事に高野山におまいりに行く事ができた。帰りに、恒例の粉河寺のほうに出向き、粉河寺からつながっている十禅律院にも行ってきた。十禅律院の入り口には今年も糸瓜が植えてあり大きな実を実らせていた。昨年は修復中の本殿をお参りできなかったが、今年は、無事におまいりする事も出来た。
私の師匠である「金澤光叡」日本易学院学院長に、やっと鑑定士として独り立ちできそうだと報告に伺った時、私自身の先祖の墓は粉河にあって粉河寺にはとても深い思い出があるのだという話をしたことがあった。学院長が和歌山の出身であることは知っていたがそれ以上の事は当時はなにもしらなかった。
学院長の話では、金澤一族は、仙台、金澤城主で在ったらしいが、お家は断絶、全ての一族は切腹し、その女、子供の生き残りが、和歌山で住み着いたその末裔である事を教えてくれた。学院長は幼少の頃、粉河の町で育ち、粉河寺ではよく遊んだという話を聴いた。粉河寺の正面の宿の主人とはとても仲のいい友達だったのだという話を聴いた。そしてやっぱり貴女とは縁があったのですねとおっしゃった。
私の父も戦争中、家族は満州に移住し、幼かった五男の父は疎開させられ、幼少は家族と離れ、粉河寺に預けられていた。昨年十禅律院に出向いたとき、たまたま、お寺の若い住職さんが私達に気が付いて、話しかけられてきた。
昨年、十禅律院では学徒動員で亡くなった戦没者の慰霊碑を建て、お参りに来られる方も皆、高齢化してきたのでと記念慰霊碑を作り、毎年行っていた合同慰霊祭は昨年の慰霊碑の建立と共に打ち切りとなったと聞いた。昨年5月の慰霊祭にこれなかった母が、昨年、どうしても行ってみたいと昨年のお盆に粉河にある先祖の墓参りを終えた後、尋ねたのが十禅律院だった。
住職のお母様が私の父の名前をしっかりと覚えていてくださり、当時の住職様もすでに他界されていたのだが、その時の思い出話をしてくださった。その話の中に、粉河寺の正面にある旅館の主人とは昔からの友人で、私の父の事もよく知っているそうだが、その旅館の主人も3年前に他界されていたと聞かされた。
私の恩師の学院長も昨年ついに他界された。粉河の思い出を語れる人たちは皆他界され、皮肉にも言葉が一切しゃべれない父のみが昔の思い出を語れるのだということが本当に皮肉な気がする。学院長、十禅律院の住職、旅館の主人、父は全て顔見知りだったという現実だけが私の頭の中でつながった。
何故私がこのような縁に導かれていくのだろうと・・・。
鑑定の現場にいて感じる事は、何らかの縁が必ずあるという事。私を鑑定士にスカウトしてくれた令龍先生の実家のご先祖のお里も和歌山だったという現実。
別にそれを知ったからと言ってなんだということは無いのだが。なんらか、自分が1ヶ月以上住んだ場所、ご縁のあった職場、父先祖、母の先祖、が関わった場所、また私に関わった事のある人達の思い出のある場所が関わっていることが長く付き合っている縁のあるリピーターさんの殆どであることにも驚きを隠せない。
私は運命学鑑定士ではあるが、自分の事を占う事は殆どない。修行が足らないのだと思うが、悪いと解っている場所に知って出向く事も出来ないが拒否できない事だってある。それだけに何かどうも1日さえなかった日だけ今日はどういう日でどのような方向に行って何が起こったかを検証をする時ぐらいは運命学での自分を見るぐらいだろう。
宿命は変えられないという現実は、そのことで成長させてもらえるのだと。まったく辛い事の無い人などいないのだが、それなりに順調で幸せな人ほど、不平不満が多く、辛い経験がある人ほど、人間らしく、魅力のある老後を生きているように思う。
一言で語れることでは無いけれど、宿命は変えられないけれど、運命は捕らえ方1つで大きな幸せを感じる事が出来る人になっていけるという事は間違いの無いことだと身を持って思う。
和歌山に一人で住んでいる叔父は、八十八歳になるが、いまだ、足腰は弱ってきたものの、いまだに自転車を自分でこいで、あちこちで講演をしたり、老人会の具合の悪くなった友人のお見舞いに奔走して、自宅は大変綺麗に掃除整頓が行き届いていて、とても一人暮らしであるとは思えない。私の知らない漢字を思い出せないといいながらも、すらすらと書く事が出来ること自体も驚きだ。今年も逢えて仏壇を守っている伯父に逢えてよかったと思っている。
たった一つの悩みは、知り合いが殆ど他界してしまって話し相手が年々減ってきたのが寂しいといっていた。自分より一回り近く若い弟である私の父のお見舞いにも毎年来てくれている伯父に頭が下がる。
福井に住む母方の叔母もそうだが、同じく八十八歳を迎えるが、足腰はかなり弱って来てはいるものの、とてもしっかりと生きている。どちらも共通して、自分の事は人を頼らす、また人の為にと一生懸命尽くして生きてきられている。長生きを楽しく過ごすコツは、やはり人に頼らす、自分の事がきちんと自分で出来る人なのかもしれない。
お盆になると終戦の時の映像が流れ、広島・長崎の原爆被爆者と共に戦争の残した不幸の傷と被害を知る機会がある。生きたくても生きる事も許されないまま命を落とした若者達があふれていた。
今の世の中、何でもあって、何でも揃う世の中なのに、何を信じて何を生きがいにして生きればいいのかを見失った人達が沢山いる。生きれるのに自ら生きる事を放棄してしまう夢を断たれていく若者達。
どちらも不幸な事だが、何とか自分だからこそ、自分らしく生き延びて行く人たちに出会えて夢は自分で作れる機会に出会うヒントを伝えていけたらと願う。
虐待される自分で生きていく事が出来ない子供に、唯一の便りである親が自分の子を放棄する身勝手な人達が新聞をにぎわしているがおそらく氷山の一角なのだと思う。
人として生きる生き方を教える教育というものが、単純に学問さえ出来れば、出来ない人間はクズ扱いにする成績本位主義が起こした問題でもあるように思う。
占いは運命を知る学問であって、不幸を当てるものではない。どうやって自分らしく生きていく道を探れる可能性を引き出すものである。鑑定料金が高額で予約が取れない先生が100パーセント当るのでもない。
ご縁が合って今お世話になっている呉服屋さんの社長さんに、以前とても親切にしてくれた鑑定士の方から、少し気分の乗らない時に大変高額の印鑑を買うことで運命は好転しますよと勧められたお話を伺った。それも顔見知りだから特別価格にさせていただきますよと。
印鑑も確かに自分の代わりをしてくれるものであるから、良い印鑑を持つのも開運方法の1つではある。しかし、この社長さんのように一本180万円の印鑑を5本買いなさいなどという占い師から印鑑を作ってもらっても人生が良くなるとはとても思えない。
どうせお金を出すのなら、印相学の本を買うなり自分で学ぶなりしてそれから、自分で手彫りで特別注文して作ってもらう方がよっぽど人生が良くなるはずだ。幸い社長さんは900万円はちょっと法外だと感じ、印鑑は購入せず、とりあえずの鑑定のお礼をした後、それっきり縁は切れているとおっしゃっていた。
どんなに良い腕の職人さんの儲けを入れても、そんな高額になることはありえない。勘違いをして努力は一切せずに、単純にお金で幸運は買えるものでは絶対にありえないことを知っていて欲しいと思う。命式が良いのに不幸な人もいれば、良くない命式であっても幸せな人は沢山いる。そのときどう行動をお越し、自分自身がどう関わるかが、未来を変えていくことなのだ。
全て、結果を悔やむ前に全ての原因は我にあり。と素直に思えるかどうかが全てだ。人にこうしたほうが貴方のためと、とてもいい人だと自分の事を過大評価しているほど、人に忠告という名の指図する。それは余計なお世話と言うものだろう。小さな親切大きなお世話と言うキャッチコピーがあったがまさにそのことだとおもうと苦笑する。
自分は完璧と思っている人ほど素直に人の忠告など全く聞かない。私は、このタイプの方と付き合うのが本当に苦手だ。何も人の話は聞かないで、一生懸命ご自身を正当化する言い訳ばかりする。ひどい時は、こちらの非を一生懸命さがして誤れと強要してくる。私の方が偉いといわんばかりに。
方向性を見失いそうな時こそ、占いを参考にしてみる事も1つの方法では無いのかと私は思う。今回も日村恒例の話がそれてしまったが、自分の出来る範囲を逸脱してまで欲で動いた結果は当然それ以上の何らかの大きな負債を背負う事になりかねないことを知っていて欲しいと思う。
求めていれば必ずである良縁というものを信じて欲しいと願う日村である。マイナス発想の方がよりマイナス発想を叶えてしまう力がある事を知っていて欲しい。運気の強い人はそれだけマイナスを叶えてしまうのだから。
鑑定にこられた方にいつも必ず言うことだが、何でも叶ったらLUCKYと常に思うこと。また出来たら声に出して言うことだ。叶うまでは叶えると断言しているわけではない。叶うまでの自分自身の行動をどうすればいいのかを考えればいいのだから。
何でもプラスに考える癖をつけることが簡単で大きな開運方法である事も大切な日々の過ごし方なのだと。大金をかけなくても夢は、持ち続けてそうなりたいと願うことをやめないことが叶うことのスタートだから。