なでしこジャパン、日本女子サッカーチームがワールドカップの舞台で見事世界一に輝いた 。本当にすばらしい事だ。東日本大震災以来、明るい話題はほとんどなく、辛い悲しい負の連鎖ばかりが報道されていた日本に、大きな夢と誇りと諦めない勇気を与えてくれた。
おめでとう。そしてありがとうと感謝の気持ちでいっぱいになる。チームをまとめていた監督の終始絶やさない笑顔。選手の謙虚な姿勢。誰一人自分の自慢をする人もなく、皆がチームのおかげという言葉を口にしていたことがとても印象的だった。
どうして日本という国は女性というだけで、以前男性の競技人口が多かった事や物事に対しては、とても閉鎖的で、それなりに現在の風潮で、それなりに認めはしても、何をするにしてもあまり市民権がなく、適当にあしらわれていることはとても多いと思う。
ある民放のニュースで、なでしこジャパン試合観戦を、銭湯の男湯から中継していたニュースがあったが、少々むっときた。選手が汗水たらして頑張っている試合をそんな場所から、ゆっくりお風呂に入りながら裸でいる人達が応援している風景はあまりにも、女性を馬鹿にしているような気がして選手たちを侮辱しているのではないかと勝手に怒りを感じていたのは私だけだったのだろうか。どうせ流すのならば、お風呂から上がって休憩室で観戦している中継にしてほしかったと。
これが、男子のワールドカップで女子の銭湯から中継するだろうか?こんな時、とても保守的な日本という国の考え方に疑問を感じることがある。女性が強くなったとはいえ、精神的な考え方の本質は、今も昔もそれほど変わっていないのだという気がしたのも私だけかもしれないが。
優勝の立て役者である、背番号10番澤選手のコメントにもその気持ちが見え隠れしていた気がした。彼女は優勝に浮かれる事もなく冷静に次の試合の事、オリンピックのメダルを取っていない事、またこの状況を持続していくことへの今後の緊張感が見えていた。
試合を観戦していて感じたことは、選手が皆、勝たなければならないと言う思いより、ここまで来たから、勝てたら凄い事だよねと言う、勝てたらラッキーと言うようなそんな気持ちの余裕が選手皆さんにあったように思えてならない。その結果が、優勝につながったそんな気がしていた。そのような状況に心を持っていけるよう配慮された監督もすばらしい人に違いないと確信した。
他の番組では「奇跡の優勝」と言う言い方もされていたが、それは奇跡だとは思えない。今までの長い間の苦節をもろともせず、ただ、大好きなサッカーを真摯に受け止めて来る日も来る日も長い月日をかけて一生懸命をやり続けた成果が呼んだ結果だろう。
連日、澤選手はじめ選手の皆さんのインタビューが流れるが、やはり澤選手がここまで来るのに流した汗と涙が、監督はじめ皆に伝わって一丸となったのではないかと感じている。優勝は一つの結果。結果を出さないと意味がない。と言っていた澤選手。
また、オリンピックのメダルは持っていないと謙虚に次の目標を視野に入れ、日本女子サッカーをこのまま、持続してファンがついて同じ姿勢と夢を持つ世代へつないでいく使命を自分自身の中で分析していた澤選手の言葉にとても強い思いやりの心を見た気がした。
大和撫子という言葉があった。最近聞くこともあまりなくなったが、撫子は小さくて可憐な花をひっそり咲かせるが、侘びた野原の景色に似合いとても暖かな心を洗うような雰囲気をかもし出す花でもある。茶室に一輪添えて挿されているだけで何か良いことに出会った気持ちになる花でもある。大輪の優雅な派手な花とはほど遠い花だが、野山で小さな花がさくすがたは本当に愛らしく、何でもない日常が楽しく心が和む草花だ。
菫、撫子、蛍袋、月見草、私が幼少期大好きだった花だ。母に買って貰った植物図鑑に丸をつけて囲んでいた花だ。なでしこの絵が上手く書けなくて何度も何度も書き直した遠い記憶を思いだした。
日本の古くからの女性の心が花開いた気がする。これが日本人女性の心だと。
園芸品種の花が増え、野山の撫子のようにすぐ忘れ去られてしまわないように。小さなことだけれど、これからも楽しく自分のやりたい事を続けていける本物を追求している人達を応援していこうと。
目先の美しさを求めることより、本物の美しさを感じている女性を何かできることで応援していきたいと、また自分もそのような頂点すらまだ遠い自分に、もっともっと自分にしかできないことがあるんだからとたまに出てくる怠け心に言い聞かせ、楽しく運命学を学び続けて人との縁を大切にしてきたいとまた改めて背筋を伸ばしてやりたいことを続ける意味を教えて貰った気がする。
これからも活気のない日本に日本人の心を思い出させてくれてありがとう。
なでしこジャパンの皆様、ワールドカップ優勝おめでとうございます。(拝)