さて、今日は仕事の帰りに私の勤務する所から車で2,3分のところにある「国指定史跡・魚見岳台場跡」に行ってきた。ここは、長崎の新名所・女神大橋に隣接するところにある。
まず、この付近には駐車場がないので女神大橋の駐車場に車を止めた。そこからしばらく歩き、交差点から国道を左に入ると下水処理場がある。その先に、行き先案内板がある。
そこを曲がると、すぐに山道に入る。国指定の史跡にしては道はあまり整備されていない。足元は注意が必要である。しばらく、山道を歩くと石垣が見えてきた。少し上ると平坦に整地された場所がある。ここが、三の増台場である。
この三の増台場の下の畦道には案内板がある。
案内板にはこう書いてあった。
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国指定史跡 長崎台場跡 魚見岳台場跡
昭和61年1月31日指定
鎖国時代長崎警備のため数次にわたり,長崎港の内外に台場が設けられた。これはその一つ。承応2年(1653)太多越[おおたお](太田尾)(一番)・女神[めがみ](2番)・神崎[こうさき](3番)・白崎[しらさき](4番)・高鉾[たかほこ](5番)・長刀岩[なぎなたいわ](6番)・陰の尾[かげ(の)お](7番)の7ヵ所にまず新設され(古台場),文化5年(1808)2・3・5・7に隣接した台場と砂崩[すずれ]台場が築かれ(新台場)さらに文化7年(1810)3・5・6番と新たに魚見岳の4ヵ所に増設された。(増台場)この魚見岳台場は対岸の神崎台場と相対して幅500mの港口を押さえる要地で,弾丸火薬貯蔵の石蔵や一の増[まし]台場・二の増台場・三の増台場などの石垣がよく残っている。
文部省 長崎市教育委員会
(昭和62年3月設置)
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この三の増台場跡からの眺めはすばらしい。ここは、長崎港を入出港する船を撮る撮影のポイントとして知られているそうだ。
さらに、上に山道を上に登ると二の増台場跡が見えてくる。まるで城跡を思わせるような石垣が見事である。
さらに、道を登ると一の増台場が見えてくる。
その横には、弾丸火薬貯蔵庫の石倉が残っている。この石倉は「御石蔵」と呼ばれているそうだ。画像の真ん中付近の建造物がそれである。
魚見岳台場跡は、鎖国時代の長崎港防衛のために築かれた台場である。鎖国時代は唯一外国に開かれた出島の近くに位置するこの場所は、日本でも重要な防衛施設であったことだろう。
管理人は実はこんなに近いところに居りながら魚見山台場跡に行ったのは初めてである。前から存在自体は知っていたのだが、なかなか、足を伸ばさなかった。国指定の史跡にしては道が悪く、特に今の時期は草が生い茂っている。女神大橋も完成したことだし、もう少し、周辺を整備していただけるとありがたいのだが・・・。
女神大橋のすぐそばにあるので時間に余裕があれば、訪れてみてはいかがであろうか。ただし、マムシ注意という看板があり、今の時期は、虫が多く、雑草が生い茂っているので、夏場はできれば避けたほうがよいかもしれない。
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