2006/3/17
なんとか発表会に間に合いました。
ほんとは馬に乗せるつもりだったけど馬は間に合わず。
「日出処の天子」(山岸涼子不朽の名作漫画)のイメージ
で作ってみたのですが
いかんせん勉強不足で、コスチュームがデタラメですが。
時代モノ(今回の私の場合は飛鳥時代)の人形を作る場合、
時代考証が必要なわけで、しかしつきつめるとキリが無く、
飛鳥時代の布なんか再現困難で、
つきつめるあまりにがんじがらめになって
自分の作りたいイメージのものが作れなくなってしまう人も
多く、そうなっては元も子もないですが、自由に作るには
最低限でも、着物の基本構造を理解していないと、
おかしなものになるから、人から指摘され恥をかかされる前
にそこらへんは気をつけながら勉強しなさいね、
という先生の教え。
実際に恥をかいたらしき人の逸話を交えていろいろ聞いたら
時代モノやるの怖くなったよ。次は現代モノにしよう。
基本知識が無いと、たとえば着物の合わせ【エリのとこ】が
反対になってたり【「左前」と呼ぶ】という間違いが平気で
起こるわけですが、
実は養老3年(西暦719年頃・飛鳥時代末期?奈良時代?)の
「襟を右にせしむ」という命令以前は左前に着るのが当たり前でした。
私は最近それを知って、
「ヤベエ!右前で作っちゃったよ」と…。
今更直す気力が無い。まあいっか、山岸涼子さんのマンガも右前になってたし、ってことで。
儒教の影響?で右尊左卑になった中国(唐様式)にならって右前にしたようです。
その右尊左卑思想は現在に至るまで続いており…
なので、私が子供の頃も何でも右が正しいかんじで、
左利きに産まれた私は小学校にあがる際ムリヤリ鉛筆や箸
を右手で使うことを強要され苦労しました。字を書いてると利き手でないので人より板書の遅れることが多かった。
(今思うと随分な迫害だ)
しかも右に慣らされた今では左手だと字が書けないという中途半端な有り様。
でも絵筆とか針とかスプーンとか消しゴムは左の方が使いやすいんだこれが。消しゴム左で持って鉛筆右で持って同時に使えるのが私の普通になってたので、わざわざ鉛筆を置いて消しゴムを持ち直してる右利きの子が非効率に思えたものです。
結果的に両利きになったということで、良かったのか。
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古代日本は左尊右卑だったらしく、出土する埴輪の服装はことごとく左前だし、
左大臣と右大臣では左大臣の方が位が上なのも当時の左尊右卑の名残です。
古代文化の色濃い所になればなるほど左が尊ばれていたことが窺える。
最近は左利きの人に著名な芸術家が多いことから、右脳発達がどうとか左利き天才説とかで左利き容認、親が左利きっ子自慢っぽくなってきて、左利き人も以前ほど生きにくい世の中ではなくなってきた。かも。
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