2012/5/17

ベストを尽くして待つ  

アメリカで宣教報告と支援を求め始めて5ヶ月半・・・
予定ではあと2ヶ月でカンボジアに戻る事にしていて、航空券も期日変更できないものを購入。というか、そのチケットが一番安く、予算額内だったので有無を言わさず購入。

各宣教団体によって違いはあるものの、数年に一度宣教師たちは自分で宣教に使う必要を集めるもの・・・
これは、聖書の使徒の時代から続いている。

私たちの団体は必要の75%を超えなければ宣教地へ向かう事が許されない。
昨年末にひとつの大きなサポート教会から、財政上の都合で私たちへのサポートを終わりにしたいという手紙をもらっていて、当初から厳しいスタートとなった。

巡回も1/4を終え、徐々にサポートのパーセントが数字になって上がって来た・・・・

まだ、75%に達していない・・・

本当に7月にカンボジアに戻れるのか?という疑問が頭をよぎる。
同時に、あっちで待っている同僚たちや、ゴミ山のお母さんたちの顔が頭をよぎる。

「静まって私こそ神であることを知れ。」カンボジアで働き始めてから何度も心に浮かぶ聖句だ。

この10年、このミッションを始め、このミッションを導くのは神様だと、何度も何度も体験して来た。
そして、私は、体験してはすぐに忘れ、自分のミッションにしようとする。

必要が満たされ、予定どおりカンボジアに帰れれば、主に感謝。
満たされず、アメリカにとどめられるならば、それも、主に感謝。

残りの日々、その日に備えて、毎週の報告とカンボジア語の学びを変わらず続け今日出来る私のなすべきことをベストを尽くして続けよう。

後は、神様の時を待つのみだな。
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2012/5/11

カンボジア語に苦戦中  

アメリカに戻って、カンボジア語を忘れないように続けて勉強してるけどやはり苦戦中。

でも、語学ってただのツールだと感じる。
その言語の人と繋がる、友達になる、もっと相手を知るためのツールに過ぎない・・・と。

以前は英語もカンボジア語も、何か人と競争しているようでイライラしながら取り組んでいたけど・・・この10年で少し英語が形になって来て、会話や自分の意見を発表できるようになって来て、言葉って自分を表現したり、人を理解するためのツールなんだ、とわかって来た。

あのゴミ山で住んでいるお母さんたちと話したい、彼女の嘆きを聞いて一緒に祈りたいという思いから、カンボジア語に取り組み始めると・・・それまでのイライラがなくなり、リラックスして学べるようになった。

日本人って他の目を気にして、自分がどの位置にいるかを絶えず確かめたがる性質があると思う。
上がったり下がったりで、心も上がったり下がったりだ・・・

学びには苦労はつきもの・・・でも、ちょっとずつやればちょっとずつ前に進む。
苦戦中でも、今晩もちょっと進んだし・・・明日もちょっと進む。

人生ってこの連続なんだよね。
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2011/3/27

新婚さんいらっしゃーい。  

一月末に、以前3年間住んでいた、カンポンチャームの教会の女性の結婚式に行って来ました。
女性というと、なんだか変な気持ち・・・
なぜって、私達は彼女が14歳中学生の頃から知っているから・・・・

私達の英会話クラスに出席していて、教会へ来るようになり、クリスチャンになったかたです。

次男の出産の時アメリカへ戻り、また、カンボジアに戻ってくると彼女はすでに仕事を始めていて教会へは通っていませんでした。
残念に思いながらも、つかず離れずの距離を持ち続けるように、連絡をして来ました。

半年ほど前・・・その彼女から電話で「結婚する事になりました。ぜひ、式に来て下さい。」と招待を貰い1月末に結婚式に行って来ました。

カンポンチャームとう町。プノンペンから車で2時間半。遠い遠い町。

そして、あの地震の日3/11に彼女はご主人とともにプノンペンへ来て、ご主人のご両親へ結婚式の写真を持っていくとの事。そして、私たちにも会いたいとの事・・・
ご両親に礼を尽くす、カンボジア人の一面を見ました。

一緒にお昼ご飯を食べました。

なんと、カンポンチャームからバイクでしかもたくさんの荷物(ご両親へのお土産)とともにやって来たのだそうです。
あさ、5時に出て、プノンペンに着いたのは10時過ぎ・・・ざっと、5時間はバイクに二人乗りして来た計算になります。

若いからできるのか、新婚だからできるのか・・・カンボジア人だからできるのか・・・

でも、とても良い時間を持つことができました。
(彼女、イスに座る時、お尻が痛そうでした。)

また、カンボンチャームへ行く時には彼女たちをたずねるつもりです。
いつまでも仲良くね・・・

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2011/3/16

祈る・・・  

震災のあと、被害状況がわかって来て、しかも、100人、1000人単位の犠牲者、被災者、行方不明者の数字を見ると、言葉が詰まる・・・

同時進行で、福島第一原発も、一つ、一つと深刻な状態が続き・・・胃が痛むような苦しい思いだ・・・
緊迫している状態で、様々な情報をTVやネットでその様子を見聞きすると、かえって心が騒ぎ何にも手がつかない。

そんな中、夜中にTVを消して、祈った。
この震災後はじめて、自分の言葉で祈った。
決して言わなかった言葉。

「なぜですか?」
「いつまでですか?」
「どこにおられるのですか?」
「こわいです」
「心配です」

そして、「助けて下さい」と・・・

人の力でなんとか押さえ込める、解決できると、考えていた私の頭が、ガラガラと崩れ落ちた。瞬間だったのかもしれない。

そして、「苦難の日に私を呼び求めよ」「あなたがたはなぜ私を呼び求めないのか」という思いが与えられ、この数日祈りの中で、せめてここカンボジアにいるクリスチャンだけでも、共に集まり祈る時を持つべきだと、立ち上がったのだった。
そこには、カソリックの人もプロテスタントの人も共に祈る。

今日と明日の二日間、日本のために祈る・・・
静かに謙虚に主の前に、こうべをたれ、「日本を救って下さい」「日本を助けて下さい」と祈る・・・

主を呼び求めるために、時間と心をあわせて祈る・・・

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2011/3/15

日の出とともに・・・日の入りとともに・・・  

毎日私達の家にカンボジア語を教えに来てくれる先生が、ニュースで日本の地震のことを知り様々な質問をしてくる。

昨日の質問は、
「なぜ、今、日本は寒い季節なのに、原発は止まらないのか?」
「水を注入する発電気はないのか?」
「風力発電や、火力発電はないのか?」

一つ一つ知っている範囲で答えた。

そして、今日の質問は・・・

「なぜ、たくさんの電気が必要なのか?」
「なぜ、人は夜暗くなっても起きていたいのか?」
「なぜ、家族が一つの部屋で一つの電気やエアコンを共有しないのか?」

彼は、本気で疑問に思っている様子だった。
これはもう・・・ライプスタイルの違いとしか言いようがない・・・

そして、彼は「朝日の出とともに起きて、日が暮れたら寝る。」という昔々のライフスタイルを失った、先進国の人々をかわいそうだと感じているようだった。

「昔の人ができて、現在もそのように暮らせる人が(自分も含めて)いるのだから、日本人もできるはず。思い切ってライフスタイルを変えられれば・・・」と言った。

何となく、事の神髄を突いている言葉に感心した。
できなくはない、ただ不便さに慣れるのに時間がかかるだけの事なのかもしれない。

こうやって、パソコンをタイプしている我が家にも、必要のない電気がどんどん浪費されている。
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2011/3/14

心を配る、暖かい気持ち・・・  

この、未曾有の大地震から数日たって、徐々に被害が大きく、また、深刻になって来ていますね。

私は、遠い南国から、日本を想って心をよせています。

昨晩カンボジアで唯一の日本語のTV放送NHKを見ていて、本当にいたたまれない思いになりました。
揺れた時間は5分間、最初の津波はわずか、9分で到着、政府の放送では2mほどの津波が実際には10m以上・・・

どれをとっても、その渦中に巻き込まれた人々の恐ろしさをおもいます。どんなに怖かっただろうと・・・

そして、番組は被災した人たちを追い始めます。
家族と別れ別れになり、避難所を探しまわる人々・・・
20時間後に助けられた人を、涙を持って介抱する看護士。
高台から、自分の家のあった方角を見つめ続ける人々。

津波が押し寄せてくる映像も、心が痛みましたが、人々の実際の表情や声、言葉はもっと心を捉え、涙があふれました。

そして、もっと私の心を捉えて離さなかったのは、被災した人たち同士がお互いに助け合い、励ましあっている様子でした。

関西の震災の時もそうでしたが、人が人を思いやり、助ける光景はとても美しく、賞賛される価値のあるものです。
しかも、被災し大変な中にある状況のもの同士が、自分の事だけでなく他を心配する光景は、聞くだけでも心が震えます。

私は、主人がアメリカ人で、職場はカンボジアという事もあってか、アメリカやアジアを中心に世界中にたくさんの知り合いがいます。

金曜日、村での仕事を終えて、家で地震のテレビに見入っていると、携帯に電話がありました。
見ると国外から・・・
それは、私達の団体のアメリカ本部の方で、日本の地震をニュースで知って、私の家族の状況と、今後何の支援ができるか?という問い合わせでした。

彼らは、去年のハイチの地震の時も、一週間以内に現地に人を送り、現地の教会と協力して、支援をしていました。
今回も、同じように支援をしたいとの申しでだったのです。
時間を見ると、午後4:45という事は、東部アメリカ時間では午前4:45・・・
朝起きてすぐに電話をして下さった事だと思いました。

また、地震の翌日から私と、主人の両方にいろいろな国の人からメールをいただきました。
私達が日本に住んでいる、もしくは一時帰国していると思って、安否を尋ねるものから、私の家族、日本の教会の人々についてなど、様々でした。

おそらく一度その方の教会を訪問してただけで、個人的に離した事もない人からのものもありました。

メールを開けるたびに、数個の新着メールが届いていて、それに加えて、FBなどのソーシャルネットワークもあり、どとんどまる一日、パソコンの前でタイプしっぱなしでした。

最初は、全部無視して、後日改めてニュースレターでも・・・と思ったのですが、きっと、本当に心配して下さってのメールだと思い、一つずつ(つたない英語で、だから余計に時間がかかる!)返信しました。

返信を書きながら、会ったこともない私達の事を気にかけて下さっている事に、とても、とても、心が温かくなってゆきました。

「私達の写真を冷蔵庫に貼っていつも祈ってました。」「教会で毎週祈っていました。」など、私の知らないところで、私の知らない人が祈っていて下さったのかと・・・心が暖かくなりました。

そして、ほとんど全部のメールに、「日本の人たちのために祈ります」とありました。

その後もメールやFBなどで、今日は時間を取って日本のために祈ります。というメッセージが、世界中のあちらこちらから届いています。

さらに、カンボジア人たちの中にも、日本のニュースを見て、「先生の家族は大丈夫?」「祈ります。」と私に電話をして来てくれる人たちがありました。

人が人を思い遣る、心を配ることは、何と人を励まし、心を温め、力を与える事だろうと思いました。

私は、ここにいて、何ができるのかを考えています。
何もできないけれど、心を配って行けたらと・・・

日本の皆さん、どうか不便でしょうけど、がんばって下さい。 お祈りしています。
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2011/3/12

村の仲良しの女性たち  カンボジア

私のカンボジアでの仕事の一つは、村の女性たちに縫い物などを教えて、彼女たちの収入を助ける事です。
できた製品は、カンボジア国内でも売っているが、多くは海外で売っています。

今は、二つの村が私の担当。
毎週金曜日はプノンペンから南へ1時間40分、さらに船と徒歩で30分離れた、川の中州の村で教えています。

1月からこの場所で、クロスステッチング(刺繍)を教えています。

最初は、本当に本当に悪戦苦闘の日々でした。
ステッチの記号の読み方。いくつ縫うかなどの数の数え方、果ては、製品が汚れないように手を洗ってから作業するようにという指導も・・・・

それでも、継続は力なり。

一人二人と、記号を理解して、紙を見ながら一人で縫い上げる事ができる人も増えて来ました。

一人二人とできる人が現れると・・・もう、こっちのもの。
だって、私のつたないカンボジア語で他の人に教えるよりは、カンボジア人からカンボジア人へ教える方が、何倍も速いから。

みんな子だくさんのいいお母さんたち。
そして、私と同年代。
いつも、私達の作業は子育て、年の話、老眼の話しなとで話に花が咲きます。
お母さんは万国共通。通ずるものがあります。
みんな、同じ、子どもを食べさせるために日々がんばっている、同士です。

カンボジアでの働きは日本で働くより、不便な事も多く大変ですが、心は軽い。
口喧嘩をしても、みんな仲良しです。

お腹のすいた、子どもが大きな自転車に乗ってお母さんを向かえに来ました。

村から戻り、テレビを見て日本の地震を知り、とてもびっくりしました。




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2011/3/8

夕焼け  

カンボジアで好きな風景の一つは、「夕焼け」です。
空全体がオレンジなり、その後ピンクになり、そして、むらさきになる日があります。

きっと世界中のどこででも見れる、夕焼けなのでしょうが、忙しくてかビルに阻まれて、あまり見た事がありません。

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虹のかかった夕焼け空。

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雨上がりの夕焼け

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ピンクの夕焼け

でも、カンボジアに来て、8年まだ、アンコールワットの夕焼けを見た事がないのでした。(行った事も・・・)



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2011/3/5

押し売りーーカンボジア版「道の駅」  

カンボジアで田舎へ行く道路、日本の道の駅のようなスポットがある。

わりときれいな(わたし的にはきれいな)トイレがあり、食堂とちょっとしたスナックが売っている場所。
このカンボジア版「道の駅」には、大抵の長距離バスがトイレ休憩に止まるので、いつもたくさんの人がいる。

そして、たくさんの物売りの女の子達もいる。
物売りというか押し売り・・・

彼女達、少し英語ができる。といっても、値段・何を売っているか・後は、ゴリ押しの「OK?」・・・・

くるまず止まるか止まらないうちに、車の周りにわぁーっと集まって来て「パイナッフル、$1,OK? OK?」と押し売りを始める。

トイレに行くのにもついて来て、「OK?OK?」を繰り返す。

カンボジアに来たての頃は、圧倒されて車から降りられないこともあったが、今では「NO Thank you!」と断る事にしている。
出ないと、トイレに行けないから・・・

売っているものも、様々・・・
マンゴー・バナナ・パイナップル。ゆで卵に、チマキのようなカンボジアのお菓子。ウズラの丸焼きに、イナゴの佃に、そしてタランチュラの佃煮も・・・

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2011/3/3

聖子ちゃん?  カンボジア

先月、知り合いの人の妹さんの結婚式におよばれして、行って来ました。
カンボジア語では結婚式に行く事を「結婚式へ食べに行く」「タウ(行く)ニャム(食べる)・カー(結婚)」と言います。

式そのものはたいてい、朝早く終わっていて、午後から呼ばれるのは披露宴です。
今回私たちは披露宴におよばれしました。

席は決まってなくて、着いた人から順に丸テーブルに座り、席が一杯になったら料理が運ばれて来ます。
運ばれて来て、運ばれて来て、食べきれないほど運ばれて来ます。

最後に、甘いものが出たら終わりのサインです。
披露宴のプログラム等はなく、食べたら挨拶をして帰ります。

全く知らない人たちと同じテーブルで黙々と食べるものアリです。

今回の私たちのテーブルは全員知り合いでした。(良かったー。知らない人だと気まずい・・・)

女性達にとって結婚式のおよばれは、晴れの日。
みんな衣装も化粧も気合いが入っています。
大抵は貸衣装で、好きなドレスを着れるから楽しみな日。なのてす。

同じテーブルに座った知り合いの30代の女性。
誰かににてるナァーと思ったら、松田聖子お思わせるような服と化粧。

どうです? 似てませんか?
白い方は私です。スミマセン気合い入ってなくて・・・
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