「六月の蛇」の話を構成するものは、ガラクタである。
それは「鉄男」が鉄屑、廃品を使って作られたのと同じだ。
平凡な、どちらかといえば恵まれた暮らしをしている主婦が、隠し撮りをネタに脅迫される。
このネタはエロビデオの発端としてかなり使い古されているのではないか。(エロビデオは観た事があまりないが)
この発端で名作を撮るのは至難のわざである。しかし、塚本監督の美学は、ガラクタやくだらないものを寄せ集めて美を形作るという、いつもの疾走感で物語を回す。
そして、登場するものはカントクが「エロイ」と認識しているものをとにかくつめこんではいるものの、仕掛けとして使われている感じがある。
つまり、どんなにエロイ場面を撮っても、なんとなく滲み出る知的な感じがあるのだ。かなり振り切って撮っているが、下品さがない。女性でも安心して観ていられる。
この監督さんは実に女性に対して優しい。
サディズムとマゾヒズムを極めると「優しさ」に到達するという仕掛けなのか。
写真家の行動の切なさとヒロインの覚醒がこの映画を他の映画とちがう物にしている。同じような展開の作品がこの世に存在したとしても、このようには撮れなかっただろう。
それは、仕掛けが確信犯的だからだ。使い古された、手あかの付いた材料を使っているのに、出来上がったものは他のものとは違う。
それは、似たような材料を使っているのに、ある店のラーメンは味がぜんぜん違う、というようなものだ。
「鉄男」の女バージョンというのもうなずける。
スクラップの中の美。
サイバーパンクを極めてます!

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