2012/5/29

お引越し  

こちらに引っ越しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/job_transit
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2012/5/18

今日の単語(1) slam  英語の勉強

「その英語、ネイティヴが笑ってますよ」的な本を借りてくる。

こちらは一生懸命に英語を勉強しているのにそれを笑うとは。
でも私もよく外国人の変な日本語を笑っている。それも腹を抱えて激しく。

笑って、笑われて…そしてお互いに成長していくのだろう。

■ 今日の単語

SLAM
非難する(だめじゃないかぁ!)

Japan, US leaders slam N. Korea's missile launch

過去形や進行形などではslammed, slammingのようにmが重なる。
ネイティブの人は、教わることなく自然と「m重ね」をするのだろうか?
我々と同じように意識して学習するのだろうか?

そういえばtransferも過去形の場合、transferredとrを重ねるとのこと。

slam(非難)は主に新聞で使われるらしい。…新聞で主に使われる?日本語の単語にそんなものがあるか?

スラムといえばバスケットボールのスラムダンク(ダンクシュート)。
「勝手にスラム街で生まれたシュート・スタイル」なのでこう呼ばれているものと思っていたが、スラム街はslum。

slam 叩きつける dunk (パンを牛乳等に)浸す

この言葉の組み合わせだそうだ。牛乳が激しく跳ね返る、そんな絵しか浮かんでこない。


スペースアルク
Mainichi Weekly
を参考にさせていただいております
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2012/5/10

ボス美でブギー  浮世徒然

今日の午前はハロワの失業認定日。
その帰りに上野の国立博物館にて「ボストン美術館 日本美術の至宝」を鑑賞。

仏像や仏画、まき絵に掛軸、襖絵に屏風…正直どれもあまり興味がないけれど、「幻の国宝」というフレーズに惹かれて出向いてしまった。美術品ミーハーというかネタ作りというか暇つぶしというか…。

予想通りながら、平日の午前中にもかかわらず結構な混み具合。それぞれの作品の前に人垣が幾重にもできている。

その来館者のほとんどは定年を迎えられたご夫婦と見受けられる。時間帯にもよるが、テーマが渋すぎたのだろうか、そこにはダヴィンチの時のようなため息交じりの有閑マダムやラファエロの時のような目元がキリリとした女子美術大生の姿は殆ど見られない。

仏画や仏像を「美術品」として対峙すると、現代人の自分にとってはどれもありきたりに思えて特に新たな感動はなかったが、ふとこれらの作品が造られた本来の意味を考えると「手をあわせなくてもいいのだろうか」という敬虔な気持ちになってくる。

ただ武家社会や山水、庶民向けモチーフ等が描かれた作品はそれなりに楽しめたが、感動するまでには至らなかった。美術品というか博物の域を出ない。「あっ!これ切手で見たことある」という作品があればもう少し盛り上がったと思うが。

今回の展示の目玉は曽我蕭白(←ちゃんと変換された)。

特に雲龍図がいちおし。

順路最後に曽我蕭白コーナーが設けられていて、その奥にその雲龍図が展示されている。大胆で勢いがある筆遣い、そして何よりもそのスケールの遠慮が無いまでのでかさ…。

確かにそう感じたけれど龍の目が上目の寄り目で(狙ったのか)滑稽な感じがする。鼻にネコジャラシしかなんか突っ込んだらクシャミをしてその勢いで屏風から飛び出す、とかいう仕掛けがほしくなった。

そう、絵巻物は平置きで展示されていたので、鑑賞者は(誰が決めたわけでもないが必然と)一列になっていた、が…その列がなかなか前に進まない。目線の高さで展示することはできなかったのだろうか?それと絵巻物の醍醐味はその絵巻が広げられるその「瞬間の連続」なので、日に何度かそんなパフォーマンスがあってもいいような…作品が痛むから無理な話だが。

あと、乳幼児連れの若いお母さんが何名かいたけれど、子供にとって薄暗い中での仏画・仏像はホラー以外の何物でもなく、みんな泣き出していた。託児所かなんかあればそんなお母さんもゆっくり鑑賞ができて、周りの人も迷惑に思わないのだが。

外に出ると午前中の晴天が嘘のように、濃いグレーの空模様に代わっていた。程なくして激しい雨と雷鳴、それにあわせて龍が舞い降りてこなかったことは言うまでもない。
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2012/5/5

"冷やし"始めました。  浮世徒然

浅草まで徒歩徒歩

GWと絵にかいたような五月晴れに恵まれたためか、浅草は人で溢れていてまるで年末年始ようだ。

こうなるとお参りは難しいので、浅草寺近辺にあるチェーン格安中華店で少し遅めのランチをとる。おひとり様なので、カウンターへ。私の隣は空席を一つ置いて70風情のオヤジが餃子を肴に緑茶ハイを飲んでいる。ここのお店の注文のやり方はそばにある「コールボタン」を押して席まで店員を呼ぶ方式だが、その緑茶ハイのオヤジはカウンター越しに注文をしている。酔いのせいか「ろれつ」が怪しい。

そんなことはさておき、私は、初夏のような陽気に誘われて冷やし中華(490円)を注文。ほどなく今年初めての冷やし中華が運ばれてくる\(^o^)/。

それと時を同じにして先ほどのオヤジがそばを通りかかった店員に「冷やし中華があるのかぁ?」ときいたが、中国人らしき若い女性店員はろれつが回っていないその日本語を聞き取れなかったのか「ナイデス」と答えてしまった。

そのオヤジ「あるじゃないか!」と私の冷やし中華を指さした。「隣の人が食べているのは冷やし中華だろう?」と執拗に指をさしてくる。

さらに指をさしながら私に向かって「それって冷やし中華ですよね」ときいてきた。

「他人がひとの食べ物を指さす」は私のマナー違反レベル10のうち、7,8の無礼行為。声を荒げそうになったが、先輩の「浅草では喧嘩を買わない、売らない」という格言を思い出して「ハイ、そうです」と答えると、オヤジは先ほどの店員と厨房内の店長らしき男性に向かい「ほらみろ」「俺の話をちゃんと聞け」と絡みだした。めんどくさい、なんとも嫌な客だ。

私はそんなことは無視して感動の一口目、麺を口に運ぶ。

のど越しよくつるっ!・・・おや?ぼそっとしている\(◎o◎)/!。

完全に茹でが足りていない。
まるでベビースターラーメンがふやけたような食感だ。麺がほつれない。ちくしょー!

いつもならここで店員を呼んでクレームを言うところだが、先のオヤジも絡んできそうだ。

考えあぐねいていると、先のオヤジが俺に訊いた。

「おいしいですか?」

なんというタイミング。

「まずいよ!!」とまたも声を荒げそうになったが、お店の手前もある。いっそのこと「おいしいよ」とそのオヤジにもぼそぼそ麺を食らわせてやろうかと思ったが、色々なことがこの麺のように複雑に絡みだして気持ちが萎えてしまい、トッピングの具だけを食べてそそくさと店を後にした。

「やすかろう、うまかろう」は無理な注文なのかもしれないが、デフレが進む昨今そうでもない。

先月、友人のSさんと赤坂にある300円均一中華居酒屋「三百宴」で食事をした。見事なまでに(一部を除いて)一品300円以下に設定されている。
ふつう、このような料金均一料理は小盛で大味だが、1.5人前くらいのヴォリュームと繊細な味付けがされていて少し感動した。そのためか富士そばのカレーライス420円が高く思えるようになってしまったが。

今まで、業界全体の粗利が不当に高かったのか、そのお店の企業努力なのかはわからないけれども、三百宴のようにデフレであってもやはりギリギリの商品の品質は保ってほしい。

教訓。
浅草で食事をする際は必ず観音様を手を合わせてからにしましょう。
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2012/4/22

コンガ叩きまくりぃ  音楽のいい話

ジミヘンの「Live At WoodStock」(MVBE-1…短縮版?)を鑑賞する。
(五反田のツタヤでは旧作DVDの1週間レンタル料金が一律100円になっていた。ゲオへの対抗だろうか?)

ライヴの内容の詳細は専門の文献やサイトに任せるが、私がこのライヴDVDを観ていつも気になるのがジミの後ろで一心不乱にコンガを演奏している若者。

映像で見る限りそのコンガの演奏は、マイクでは拾われているが、DVDのサウンド・トラック編集の際にフェーダーを下げられたのか音はほとんど(全く?)聴こえてこない。おそらく演奏前に何かをキメているのだろうか、演奏時のイキっぷりは一見の価値があるが、それでも音は聴こえてこない。
(CD版「Live At Woodstock」でもそのコンガ演奏は聴こえてこない。映画「WoodStock…」では聴こえていたような。ちなみにもう一人の黒人のパーカッションの演奏も聞こえてこない。)

コンガは基本的な奏法が確立している伝統的なキューバのパーカッションだが、その若もんはそんな基本は身に着けていない様子で、ジミの演奏に合わせてまさに勝手気ままに演奏している。「基本なんて知るかぁ!」それがロックだが、リズムに乗り切れていないような感じもするし、映像では時折ジミに演奏を止められている様子もうかがえる。(さらに映像では、演奏再開の際はジミから"Play"の指令が出されている様子が確認できる)

一番の疑問が「何故にそんな彼(コンガ奏者)がジミのコンボに参加できた」のだろうか?ということ。当時のジミと言えば、かのマイルス・ディヴィスも注目していた存在で、だれもが共演したがるまさにトップ中のトップ。

ははーーーん。これは縁故のコネによる雇用だな。きっとコンガ奏者とジミは幼馴染。彼の母親から「息子が部屋に閉じこもってあんたのレコードに合わせてなんか物を叩いてる。何とかしてほしい」。と懇願されたのだろう。心優しいジミはそんな彼の母親からの要望を邪険にできず、「じゃ、新しいバンドで雇います」・・・軍隊経験のあるジミは目上からの要望に弱いのだ。

余りの身勝手な演奏に彼はすぐにバンドから外されるが、あのウッドストックのステージで共演ができて、それが映画や録音メディアとしてこれからも後世に受け継がれていかれることは羨ましい?限りだ。

ウッドストックでのジミヘンの演奏はまさにロック史に残る一大パフォーマンスだったが、時は既に月曜になっていて、多くの観客はお勤めに行かなければとばかりに帰路についていた。ウッドストックの会場にいた多くのヒッピーの大多数はサラリーマンだったのだ。

確かに映像によってその時の総観客数がステージ前に陣取る一群、凡そ1000人程度しかいないことがわかる。これじゃまるでウドー・ロック・フェスティバルだ。

今にして思えるのは会社を休んででもこのステージは観るべきだった。早々と引き上げた人たちはきっとそう思っているはず。

歴史的なロックフェスティバルはジミの演奏を最後に"Thank you so very much"のMCと共に閉幕する。
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