2009/9/15

アメリカの民主政治 4  読書

アメリカの民主政治〈上〉 (講談社学術文庫)
 「アメリカの民主政治」 アレクシス・ドゥ・トクヴィル著,井伊玄太郎訳(講談社学術文庫)。

 もうレビューは終わったのかと思った人もいるかもしれませんが,散発的に続けていきます。選挙報道には,候補者が感銘を受けた本とか,好きな本などが挙げられることもありましたが,ぼくの場合は,文句なくこの本ですね。そういう訳で,粘着質にゆっくりとレビューしたい訳です(それを十分成し遂げる能力があるかどうかは別として)。

 今回は,共同体の話に入っていきます。トクヴィルが共同体と述べるのは,コミュニティーで,小規模なもの(2〜3千人くらいを想定)です。
 中央集権型か地方分権型の社会かという議論ですね。彼の母国フランスは中央集権的で,他方で建国当時のアメリカは各種コミュニティーを中心とする社会であったというのは想像しやすいと思います。

 まず共同体自体については,下記のように独立性を維持するのが困難となるであろうことを指摘します。

 「共同体は,しばしば立法者の活動を拒絶する粗野な諸要素から構成されている。共同体の独立を強固にすることの困難は,諸国民が啓蒙されるにしたがって減ずるどころか,啓蒙開化とともにふえるばかりである。」(上123頁以下) 

 地域のエゴだとか,全体の利益だとかいうことで批判され独立性が侵害される事態というのは,基地問題や地位協定の見直しの議論における沖縄の例なんかでも想像がつきますね。

 その確立については,やや長文ですが下記のように述べます。

 「すべての自由のうちで,共同体の自由は極めて確立されにくいものであるが,また権力の侵害を最もうけ易いものである。共同体的な諸制度は,それ自体に放任されたままでは,意図的で強力な政府に対抗して闘うことはできないのである。これらの共同体的な諸制度が自衛してこれに成功するためには,それら自らの諸制度のすべてが発展をとげていて,国民的な諸観念と諸習慣と不可分にいりまじっていなければならない。
 そのようなわけで,共同体的な自由は風習の中にはいりこんでいない限り,これをぶちこわすことはやさしいことなのである。そして共同体的な自由は,長い間法律の中に存続したあとで,始めて風習の中にはいりこむことができるのである。」
(上124頁)

 トクヴィルの考えの特徴として,制度を維持するのに重要なのは風習だという点があります。共同体については、法律で規定してこそ初めてそういう風習は生まれてくるのだという指摘です。このように,確立の困難な共同体の自由ですが,その必要性については,下記のように述べます。

 「自由な民族力が内在しているのは,共同体においてである。」,「共同体的な諸制度は,自由を人民の手のとどくところにおく」,「国民は,共同体的な諸制度をもっていなくても,自由な政治をもつことはできる。けれどもそのような国民は,自由な精神をもっていない。」(125頁)

 こういう視点からすると,いわゆる地方分権の発想も重要だとは思いますが,より重要なのは政治が身近に感じられ,自ら関与ができる,小規模のコミュニティーを形成していくことだということが分かります。その意味では,行政効率から進めた市町村合併は,自由の確立という意味では規模が大きすぎて役立たないものだったといえるでしょう。

 国民の政治的無関心が言われますが,政治に関心を持つような制度作りという視点も重要です。そういう意味では隣組制度的な監視体制を敷いて違った意味でのコミュニティーを作ったという戦前とは逆の方向での小規模コミュニティーへの権限委譲が重要かと思います。

 共同体についてのレビューは次回も続きます。

(つづく)
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