平和の現実性  理念

 最近,軍事や安全保障について考える機会が増えてきました。改憲派の人や抑止力を過剰に重視する人たちとの議論において,まったく平行線で終わるというのもなんだし,そもそも何も知らないと批判されても困るので足腰を強くするという意味合いなんですが。

 で,最近思いつつあるのは,大体どの分野でもそうなんですが,結局は知識を付けていくと同じ土俵(結論)に戻ってくるということ。
 最初言われた時は動揺したけど,なーんだ詰めて考えたら同じ結論じゃないかって感じ。まさにこれが足腰を鍛えるゆえんですね。

 ただ,平和を考えるということで言えば,安全保障だけを重視することは全くの見当違いになりかねないということは指摘しておきたい。
 有事の対応なんかを考えて潜在的危険を考えておくということが必要な場合もあるでしょう。でも,それは市民のするべき話(義務という意味)ではないのです。

 机の上で,あの装備がどうだとか,あの国からこのミサイルが飛んでくればこうなるとか,在日米軍がいなければこうなる,とかの議論は,突き詰めていけば現実性はない話なのです。なぜなら,どちらにせよ市民は徴兵されない限り,その武器を自分で操作することはできないし,自分の家の前に戦車や高射砲を配備できる訳ではないからです。
 どちらにせよ有事が起きれば,それだけで大きな被害を受けるのです。仮に緊張が高まり,居住地域に敵国が侵入したとなれば,おそらく家を接収されて移住せざるをえないし,自国のミサイルが落ちて被弾してもコラテラル・ダメージとして甘受せよ,と言われるでしょう。
 また,軍事優先になれば,日常生活も制約を受けることになるでしょう。防衛の名のもとで,生活は破壊され,個人の立てていた計画は灰燼に帰するでしょう。

 これが実は現実なのです。形式的に国が守られようが,守られまいが,市民感覚では一人の人命や一軒の家の方が大事なのです(これは,エゴだとか何とか言われそうですが,誰であろうと自分の身に降りかかるとなれば嫌なはずです。)。結局,平和とはここを前提にしないと実現しないのではないかと思います。
 戦争や内紛で被害を受けるのが市民であること,そしてこれは避けようがないこと,この現実をしっかり把握することに勝るものはないと最近特に思います。

 となると,どういう安全保障が考えられるか。結局は戦争を起こすのは政府(内戦であれば,政府類似の支配する機構)にほかなりません。とするなら,やれるかーと思っている市民で連帯するほかないのではないでしょうか。各国の市民が意見交換をし,現在行われている平穏な市民生活を維持するように働きかけていく。これしかないでしょう。
 いかにエネルギー問題が大きくなったからといって,あるいは食糧問題が厳しくなったからといって市民レベルで,じゃあ侵略しようぜ,という話にはなりっこありません(そもそもそんな実力組織,装備を有していないのが市民です)。
 とすれば,各国の市民が交流を深めお互いの平穏な生活状況を知り,どのような問題があるかの意見交換をし,市民サイドで協力できることがあれば草の根で協力していく(これは些細なことでもいいのです。例えば,病院にはこういう施設がないとか,日本のお茶を飲んでみたいとか,こういう問題が起こっているけれど日本ではどう対応しているかとか)。
 これなくして,真の安全保障の確立ができるでしょうか。

 地球市民運動って,今世紀において非常に重要なテーマになる気がします。とりあえず,各地に地球市民運動(国境を越えて,市民生活をエンジョイする交流運動)を作っていくこと。これが必要な気がします。
 政治性は必要ありません。必要なのは,この移動時間が短縮された環境の中で,遠く見える国が結構同じメンタリティーを持っているということを相互に確認し(例えば,ラマ一頭とってみたって,あれってかわいーよねとかいう感覚を共有するだけでもいい。あるいはボブ・マーリーいいよね,でもいい。),具体的な個人を知っていくこと。そして,各国がそれぞれ抱えている問題を一緒に考えてみる。地球市民として一緒に取り組まなければならないことを考えてみる。

 始めましょう,地球市民運動。
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2006/5/19  21:53

投稿者:dubdub

コウタさん こんにちは
 地球市民という視点は,国家の枠組みにとらわれないので,物事を柔軟に考えられる気がします。
 たとえば,拉致問題で北朝鮮の特集なんかがあると,なんだかなー憎悪をそこまで煽る必要あるのかなーなんて思うのですが,地球市民的には,ひどい政府だよなーあんなことしちゃうなんて,いくら冷戦下でも政府としてやっていいことと悪いことがあるよねーと国と市民を分けて考察することが可能になるわけです。

2006/5/19  7:28

投稿者:コウタ

こんにちは!
コメントを書き込むのが遅くなりましたが、オレも賛成です。
地球市民運動は『NoMDチーム』を創る前からオレも考えていました。
教育基本法も改定するならば、愛国心よりも地球愛、地球市民としての自覚などを盛り込んで欲しいですね。
『国家 1』の記事も解説が面白かったです。
市民感覚で発言することの大切さを改めて感じました。
それでは、また!

http://kuma46.blog46.fc2.com/

2006/5/18  23:16

投稿者:dubdub

ムックさん こんにちは

 ミクシィの地球市民運動にも加わってもらいありがとうございます。けっこうこういう視点って,自分でもいいかもしれないなーと思い始めています。
 愛国心教育なんかも言われていますが,やっぱり一国中心主義の道徳ではだめだろうと思います。やはり,徳は世界で共有すべきでしょう。こう考えていくと,市民感覚で変だなーと声を上げることが容易になる気がします。
 今までは,理想主義だとか何だとか攻撃されると,どちらかというとそっかなーと声が小さくなりがちだったのですが,やはり生活者の感覚の方が正常だろうと思います。
 ということで,今後も市民的感覚で開き直っていきましょう。

2006/5/18  22:11

投稿者:ムック

この記事を読んで、ひとつ、視点を増やすことができました。
確かに、私たち市民が、「市民だからできること」を考え、実行していくことって、有意義ですね。
戦争をするのは国家で、その被害を受けるのは市民ですもんね。
違う国の市民どおしが敵対しても意味がない、というか、それこそ、国家の思うツボですね(>_<)
自分にできるコトから、取り組んでみたいと思います。地球市民運動☆彡
とても参考になりました。どうもありがとうございます!

http://623.blog9.fc2.com/


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