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「暴君とお姫様」2  小説

<平成24年11月23日追加>


<平成24年11月5日追加>


<平成24年11月3日追加>


<平成24年11月1日追加>


<平成24年10月31日初回投稿>


 以前掲載していた http://green.ap.teacup.com/genzaikouantyu/352.html が手狭になったのでこちらにて続きを掲載していきます。


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 長くなったので「続きを読む」の中に格納。
 URLなどのリンクから直接この記事にやってきた方はそのまま本文が読めるかと。


********************



 帰ってくる、と言って良いのだろうか?
 ここが暴君の部屋で、やってくるのが本人である以上それで間違いは無いはず。しかしそれを迎える姫様は常に悩む。自分の立場と暴君との関係を考えると。それでも執務から帰ってくる暴君を迎える時にはこの言葉を口にする。
「おかえりなさい」
 そのたびに疑問を抱く。側妾である以上これはこれで間違いではない。しかし男が皇帝で、なおかつ自分の親や一族を皆殺しにした原因であると思うと納得出来ない。それでも身についた貴族の教えが暴君の「地位」に頭を下げるよう求める。
 暴君も暴君でそんな姫様の事をどう思ってるのか。姫様の言葉に平然と「ただいま」と返してくる。暴君がいったい何を考えてるのか、姫様も掴みかねていた。ただ、この部屋に押し込められてる事から、それほど好意的でもない、とは考えていたが。
 しかし、ここを部屋というのはいささか問題があるだろう。渡り廊下で繋がっている別館そのものが部屋であり、その大きさは館や屋敷と呼ぶに相応しい。裕福な貴族の感覚からすれば小さいと言えるが、平均的な住居と比べれば十分大きなものだった。
 だが、姫様からすれば、これが皇帝の住居とは思えないほど質素なものであった。少なくとも先代までの皇帝と言えば、居室としてる館を幾つか保有し、それら一つ一つも今居る部屋より大きなものである。
 そういった疑問に暴君は「この程度の大きさがあれば十分だ」と答えた。姫様には思いもよらない言葉だった。そもそもこの部屋は、皇帝が執務をとる際に、一々住居としてる館に帰らずに住むよう作った宿直室である。そんな所に寝泊まりするのが信じられなかった。
 そういった所でも貴族の常識からかけ離れた事をしでかしてるこの暴君に、姫様は接し方を考えあぐねていた。いわゆる暴君という言葉から想像するような立ち居振る舞いや姿からかけ離れたのが目の前の暴君だった。
 おとぎ話や歴史の勉強で伝え聞く暴君とは、得てして横暴で豪勢生活を好み、他人に対して横柄なものである。そういうものに比べると目の前の男は違った。生活は質素で贅沢は好まない。部屋の使用人などにきつくあたったりしない。
 物腰が柔らかい、とまではいかないし、どこかとっつきにくい部分もあるが、横柄というわけではない。それは使用人達を見ていれば分かる。暴君に対して一定の距離や礼儀は守ってるが決して怯えたりしていない。
 むしろ使用人に厳しい執事やメイド長を叱ってるくらいだ。「そんな事で人が言うことを聞くと思ってるのか」と。それを聞いた時姫様は自分の耳を疑った。自分の家族を追い込んだのは誰なのか、と。
 だが、使用人達の噂話などから聞く暴君の政治における非情の手段と、部屋で見せる態度には大きな差があった。それが姫様を混乱させていた。いったい何が暴君の本当の姿なのだろうか、と。
 望んだわけではないが、暴君の一番近くにいる。にも関わらず暴君の本来の姿というものはさっぱり分からなかった。謎が深まるだけである。それが彼への興味を自然とかきたてた。


 その本人は帰宅するやすぐに風呂に向かい、軽く食事をとる。姫様の所に来るのはそれからになる。定型的なその行動はほとんど崩れる事は無い。姫様も決まり切った行動にあわせて暴君を迎え入れる。
 そして就寝するまで暴君はほとんど何もしない。姫様の膝に頭をのせているか、姫様を抱きしめて寝転んでるかである。もちろんそこで全てが終わるわけではないが。
 ただ、そう言った事も含めて、暴君は姫様の抱くイメージからかけ離れていた。こんな男が国を揺るがすほどの事をしてるとはとても思えない。見た目も、どちらかというと細身で、剛胆な人間には見えない。
 むしろ暴君は神経質というか学者タイプというか。あまり武張った印象がない。それとは反対方向にいるようにすら見えた。さすがに女の姫様などよりよっぽど力はあるが。
 様々な点で思い描く印象と異なる男であった。その男は口数も少ない。まれに口を開いてもボソッと喋る程度である。空気を震わす大音声などまったく縁のなさそうな人物であった。そんな男が珍しく声をだす。
「……まったく」
 ぼやき声。それがこの男の本音をわずかに覗かせる。苛立ち、焦り、不安。そういったものがにじんでいる。いったい何にそれほど、と思わせるほど男は苦悩にまみれていた。少なくとも姫様は、この部屋に戻ってきた男が心休めてる瞬間をほとんど見た事が無い。
 いったいどうして、と思う事はある。尋ねた事もある。だが、その返答はいつも決まっていた。「お前が知る必要は無い」確かにその通りである。姫様も自分が誰かの相談にのったりできる人間ではないのはわかっている。
 知識も経験も不足している。国を背負って立ってる暴君にそれらでかなうとは思わなかった。だが、それでも幾分不満はあった。相手が自分に頼ってくれないこと、自分がその程度の存在であること。そう思い知らされる気がした。
 人間の尊厳というものなのだろうか。誰かに必要とされ、誰かに頼られる。負担となるのは確かなはずなのに、人はそうされる事を望むものでもある。そうやって「自分はここにいてもいいんだ」と認められたいからかもしれない。
 姫様はそんな事を自覚してるわけでもないし、そういった事を知ってたわけでもない。だが、それでも何となく自分の意義というものを軽く見積もられてるような気がしてならなかった。自分はいったいどの程度の存在なのか、と。
 夜になれば求められる。それだけの存在なのか? そう思うと腹立たしくなる。その根底にある悲しみには気付いてなかったが。
 だからなのだろうか。膝の上に乗る暴君の額に手をやる。軽く添える程度に手を置き、それ以上何をするでもない。だが、子供をあやすようなその動きに、暴君は閉じていた目を開いた。


 訝しげに姫様を見上げる暴君は、何かを問いたげに下から姫様を見上げた。姫様はその目を静かに受け止め目を閉じた。静寂が訪れる。暴君はそんな姫様の様子に何を思ったのか。二人の間に何とも言えない空気が漂っていった。
 だが暴君は特に何をする事もなく、姫様の手を受け入れる。後には規則正しい息が続き、それは寝息へと変わっていく。しらずしらず落ち着いていった暴君はそれに気付いたかどうか。
 姫様はそんな暴君の頭を少し上げて足を外す。そして枕をとって暴君の頭の下に入れ、布団をとって体にかけていく。それから自分もその中に入り、暴君に身を寄せていった。



********************

<平成24年11月1日分>


「ん……」
 寝覚めは最高だった。起きると同時に意識がはっきりする。体も楽に動く。
 以前はどれほど睡眠をとっても疲れが抜けないものだったが。寄り添うように寝ている快眠の理由を起こさないようにゆっくりと布団から出る。
 外はまだ暗さが残っているが、室内での動きを妨げるほどではない。薄く浮かび上がる室内の調度の間をぬってタンスに。今日着る物を見繕っていく。
 普通、王侯貴族であればこういった事にも使用人を使うものだが、暴君の場合基本的に一人でやる。
 幼い頃の習慣だったし、これで不自由するわけでもない。
「身の回りのことくらい自分でできるようになっておかないと不便だ」
 祖父が言っていたその言葉に従ってるためでもある。
 祖父は続けてこんな事も言った。
「何も周囲に率先して自分がちゃんとやってる事を見せるためだけじゃない。不測の出来事が起こったときに、自分一人で何でも出来てないと困るもんだ」
 これが暴君の危機管理意識の発端ともなっている。以来暴君は祖父の言葉を忠実に守っていた。
 実際、自分一人であれこれできるだけで結構楽な事は多い。着替え程度に何人も雇う必要がないので経費が浮くし、人を多く入れる必要がないからその分間諜が入る可能性も少なくなる。そういった事を意識して述べたわけではなかろうが、祖父の言葉は暴君の周囲から危機を排除する一助になっていた
 ただ、さすがに全く人がいなくて大丈夫というわけでもない。暴君個人の家計や物の出入り、室内の整理、料理に繕い物に洗濯、そして警護のための人間は抱えておかねばならない。そのための出費はどうしても存在する。広い屋敷を使うのだからこればかりは仕方ない事と割り切った。
 そんなわけで一人で衣服を身につけていく暴君は、あらためて昨夜の事を思い出す。ここ最近では珍しく、娘に手を出してない。よっぽど疲れていたのだろうか、と自分を振り返る。
 確かに組合をはじめとする独占体制の排除と新規参入の自由化に向けて忙しくなりはじめてはいるが。
 自分では自覚が出来ないほどそれらの重圧におされていたのか? そう思うも釈然としない。忙しいのは今に始まった事では無いし、様々な圧力や思惑が押し寄せてくるのも珍しくもない。暴君にとってそれは日常的な事でしかなかった。
 だからこそ自覚症状がまるでないとも言えた。
 実際に暴君が背負っているものは大きく、目の前の問題も山積みである。普通の人間なら尻込みして当然なくらいに。それをやりこなそうと考えてる時点で暴君は普通ではなかった。本人はその事に全く気付いてなかったが。
 ただ、自覚のあるなしに関わらず体の方は現在一番必要なものを求めていた。
 そしてそれを得た事で一気に回復していった。休息、そのための安らぎ。似てるようで異質なそれを暴君は理解していなかった。
 休息は英気を回復する手段。それを手に入れる為には安らぎという安定・安寧・安息が必要だった。何でもいい、気晴らしになる物や事が必要である。酒、タバコ、博打、娯楽。それらは休息のために必要な手段である。
 暴君にもそれは必要だった。それが今ベッドで寝てる存在だった。自覚のないまま手に入れ、自覚のないまま求めている。様々な思惑があるのは確かだが、それらの一番奥にある最大の理由がこれだった。
 それに気付かぬまま暴君は部屋を後にする。今日もまた仕事が待っている。国の明日の為に、今日誰かを潰さねばならない。その事に躊躇いを持たないよう自分に言い聞かせながら廊下を歩いていく。
 部屋から一歩一歩遠ざかるごとに気分が重くなっていく。それが今日やるつもりの作業のせいであると暴君は理解していた。しかし、部屋から遠ざかる事が理由になってる事には気付きもしなかった。
 心の疲労は一日二日でとれるようなものではない。いまだ休息を求める体と心の働きが、部屋で娘に────連れ去ってきた元大貴族の姫様との時間を求めている。だが、暴君の理性と国の状況がそれを抑えつけていた。


 とはいえ執務に入るにはまだ早い時間である。
 すぐに仕事場には行かず台所に向かい、適当につまめるものを口にする。料理人はまだ起きてないから朝食というわけにはいかない。こういう時のために簡単に食べられる物を常に用意しておくように言いつけておいたのが役に立つ。
 クッキーなどを口にしてとりあえず腹をいなす。少し落ち着いたところで今日やる事を頭の中で整理する。こういう漏れや抜けがないか確かめつつよりよい方法がや手段、道筋がないかも考える。落ち着いて考える事ができる時にこういう事をやっておかないと、実施する時に色々と困る事になる。
 まだ誰も動いてないこの時間、暴君は久しぶりにゆっくりとした瞬間を味わっていた。
 その耳に静寂をやぶる音がとどいたのはそれから三十分ほどしてからか。パタパタと足音が響く。
(ん?)
 何事だ、と思ってると、台所のドアが開いた。姫様が立っていた。
 起きてそのままベッドから出て来たのだろう。一応上着を羽織っているが寝間着はそのままだ。表情も幾分強ばっている。それも暴君を見てなぜか緩む。
(なんだ?)
 疑問を抱くも尋ねる事もなく、ただ姫様を見つめる。
 自分に向けられる視線に姫様の方も今度は硬直していく。
「あ、あの……」
 何か言おうとするがそこから先は出て来ない。そのまま黙って俯いてしまう。暴君の方はそんな姫様をじっと見つめていたが、こうしてるのも何なのでクッキーを差し出す。
「食べるか?」
 特に何か考えてのことではない。ただ、食事まで時間があるし、黙って向かい合ってるのもどうかと思ったのでそう言っただけだった。沈黙が続くのも何となく気まずい。が、そんな暴君を姫様は驚いた顔で見つめる。
(なんだ?)
 表情の変化に驚く。
 何かとんでもない事でもしたのか? そう思うも答えはない。姫様の方は暫く呆然としていたが、暴君の方に近づくとクッキーを手に取る。
「……いただきます」
 そう言って一枚口に入れる。それを食べて意外そうな顔をする。
「味が……ないです」
 彼女がこれまで口にしてきたものに比べれば味がない。もっと甘いものを期待したのだが。暴君はそんな彼女に、「俺の好みに合わせてたるからな」と答えた。彼からすれば砂糖をまぶしすぎてるようなものはさすがに勘弁してもらいたいところだった。
だが、それでは姫様にはつらいのだろう、と思い直す。
「料理人に言っておく。もう少し甘いのも用意してくれと。好きな時につまんでおけ」
 そう言ってクッキーをもう一枚口にする。
 姫様はそんな暴君の言葉にまた驚いた。この男が誰かを気づかう発言をするなど予想だにしなかった。固まる彼女の前で、そんな事に気付かない暴君は、黙ってクッキーを口に運び続けた。


 暴君があらためて執務に向かうのはそれから一時間後。
 それまでには姫様も着替え、使用人達も動き出す。いつも通りの毎日が再び始まっていく。
 が、この日いつもと違う時間にあった出来事は姫様の胸に残り続ける事となった。




********************

<平成24年11月3日分>


 押し寄せる陳情と、それへの対処。それに明け暮れる毎日である。
 陳情のほとんどは利権の確保とそのための恫喝でしかないし、それへの対処も言葉ではなく実力行使になっていた。いまだ暴君の姿勢を認識しない者達は数多く、その為に悲惨な末路へと踏み出していく姿は哀れとすら言えた。
 独占によって得ていた利益によって生活を成り立たせていたのだから、これの撤廃は即座に自分達の土台を崩す事になる。それが分かってるだけに抵抗は必死であった。
 それらに暴君は容赦のない制裁を加えていった。
 手荒な事をせずに互いに納得した上で事を進めるのが理想なのかもしれないが、暴君はその手段だけはとらないようにしていた。迂闊に対話に入れば相手のペースに持ち込まれるだろうし、そうなればやるべき事がぶれる可能性があった。
 そうなってしまえば何の為の強硬手段だったのかが分からなくなる。そもそも、対話や対談、互いの理解を深めて何とかなるならこんな酷い状況になってやしない。各自が己の利益に固執してるからこうなる。
 もちろん彼らが自分の生活と、自分を含めた配下や団体などの雇用を守るためであるのは分かってる。
 ただ、暴君も皇帝として国と国民を守らねばならなかった。その結果、一部団体の衰退によって出現する失業者の方が、国家崩壊によって溢れる難民よりましと判断しただけであった。
 そのために一部の人間を破滅させ、血を流してもいる。治安機関を使って暴君の行ってる事に反対する勢力を根こそぎ殲滅もしている。
 恐怖政治、と口にする者もいるが、こうでもしないと何も進まないのが現状だった。
 こんな状況では良心なんてものを抱く事はできなかった。抱けばやり方が甘くなる。反発・抵抗する者があらわれるならば、それらが根こそぎ殲滅するまで弾圧すればいいだけの事。今の暴君にそれを躊躇う理由はなかった。


 実際国内の関所や通行税の撤廃を進め、産業・商業への参入自由化を促すだけでも効果は上がってきている。
 実施してまだ日は浅いが、早くも問い合わせが各所から出て来た、という。
「本当に商売を自由にやっていいのか?」
「組合に入らなくていいのか?」
 などなどの声が各地の役所にやってきてるという。
 誰が事業を行うのか役所に届けるだけで良い、という返事をすると急いで帰るという。買い付け商人達が各地の工場や農場に出向いてるという話も聞く。こういった事になれてる皇帝領の者達が中心になってるようだ。
 まだそれらの効果は結果となるまでには至ってないが、少しずつ出てくるだろうと予想はしている。ただ、それがいつになるかまでは話からなかったが。
 難しいのは、それらが効果を上げるまで現状を継続しなくてはならない事だった。
 世の中には効果が出てない、と言ってすぐにやめさせようとする連中がいる。
 それらが出て来たらまた処分しなくてはならない。それが手間で面倒であった。経済、というより社会全体に影響が出るには時間がかかる、という事を知らないのかもしれない。
 あるいは知っていても、糾弾する口実としてそのような事を言ってくるのかもしれない。それはそれで処分せねばならない対象である。説明する時間も手間ももったいなかった。やらねばならない事は他にもある。
 ただ、そういった強硬手段を断固としておしすすめたせいで、最初の一ヶ月が過ぎ去る頃には反対派のほとんどは沈黙した。言っても無駄どころか、言えば命と資産を失うとあれば誰も何も言わなくなる。
 ましてそんな事をしてる間にも競合する業者が買い付けや販売に走り出してるのだ。ぼやぼやしてるわけにはいかない。普通に商売をするだけなら暴君も何も言わない、というのも誰もが理解しはじめていた。


 一方で暴君は度量衡などの単位の統一と、これらに違反した時の処罰も制定していった。
 裁判などの司法関係の強化も打ち出していったのは、あまり知られる事は無かったが。だが、裁判官の報酬をちゃんと出す事で裁判に公平性を出そうとしたのは大きな事であった。
 この時代、裁判官などの報酬は基本的に敗訴した者から没収した資産だけで賄われていた。当然ながら裁判官にとって収入の確保は、訴え出た者達からの資産でしかない。これを改善し、裁判官に報酬を出すようにした成果は大きかった。
 勅令・法律にもよるが、概ね裁判が公平になってきたのは暴君の時代からである。法律の整備もさることながら、裁判官の待遇の変更も大きかったのかもしれない。少なくとも没収資産が裁判官の収入にならなくなった事で、裁判官は訴訟の審議を優先するようになっていった。
 全てが上手くいっている、とはさすがに言えなかった。問題も改善点もやはり出てくる。
 だが、それでも全体の流れとしては良い方向に行っていた。


 国内の関所が廃止されていった事で物資運送の経費が削減され、その分だけ流通量が増える事になった。
 農家や職人などの生産者も、特定の業者だけを相手にする必要がなくなり、最も高値をつけた者に作った物を売るようになった。また、それらの最終的な買い手である一般大衆も、最も安い値段を付けた業者を見つける事ができるようになった。
 それまで独占業者によって、安く買い付け高く売る、という事が当たり前となっていたが、これが改善された。
 当然ながら業者が一回の売買で上げる利益は少なくなったが、売買の回数を増やす事でこれを補った。結果して国内のいたる所で製造された様々な物品の流通が増大していった。それが更なる利益を生みだし、一人一人の生活を豊かにしていった。
 流通が増えれば当然それを狙う強盗なども発生するようになるが、これらはこれまで通りに街道巡視員などが摘発していった。彼らは通行税などによって収入を得ていたが、新たに全員から一律に徴収する税によって賄われる事になった。
 そのため関所は街道巡視員達の詰め所へと変わっていく。税金の徴発などは一切不要となった。取り立てた者には厳罰が下されるようになった。そのため巡視員の詰め所の周囲は商人達が休止・休息・宿泊する場所になっていった。
 当然ながらそういう場所には、それを専門とする商売が発生する。かつては煙たがられていた街道巡視員だが、この変化により最も頼られる存在へと変貌していった。
 街道巡視員達も、この影響のせいか以前より職務熱心になっていったという。
 少なくとも、商売人から取り立てるよりも、商売人を守る方が自分達に都合がいいとは悟ったようである。
 これ以降汚職や横暴はめっきり少なくなっていったという。


 その他様々な規制が撤廃されていき、物資の流通、そして製造・販売などの制限はかなり無くなっていった。それでも以前の習慣が完全に抜けきるわけではなかったが、時代の流れを読んだ一部は即座に行動を起こしていった。
 その一部の行動が全体に与える影響は大きかった。率先して動き出した彼らは様々な失敗をしつつも経験を積み重ねやり方を模索していった。そして利益を上げる頃には相当な資産を作りはじめた。競合する者が少ないのが功を奏した。
 この時期、独占事業者などが国内の流通を締めていたが、彼らよりほんの僅かでも高い値段を付ける事で新規参入者は大量の買い付けをする事ができた。そして独占事業者より僅かでも安い値段を付ける事で市場において独占的な立場を作る事が出来た。
 こんな状況では独占事業者など競争相手にすらならなかった。むろん独占事業者はすぐに新規参入者以上の安値を付けて対抗したが、そうなれば新規参入者も値段を下げてこれに応じた。当然買い取り価格は両者共につり上げていった。
 それは製造業者と一般消費者にとって良い結果を生み出した。今までより高い値段で買い取られ、今までより安い値段で売りに出される。流通の末端にいる両者にとって願ったりかなったりだった。
 もちろんこんな事を繰り返せるわけもなかった。買い取り価格を無限に上げる事もできないし、販売価格をゼロにするわけにもいかない。結局、利益が出せて相手が納得出来る値段を提示するところに落ち着いていく。
 ただ、値段は全体的に下がる事になり、一人一人の生活での負担は下がる事になった。それが結果として国の発展に繋がっていった。生活が楽になればそれだけ貯蓄や支出に回せる余裕が出てくる。
 それが様々な生活用具の購入などにも繋がっていった。結果として消費も増えたし、その為に作成される物品も増えていった。大量に作られ、大量に消費される。そんな時代の到来である。
 国内でだけの話であったが、それでも国民の生活は確実に向上していった。


 問題は国外である。


 資源の全てを国内で賄えるわけがないのはどの国でも同じである。帝国も例外ではない。その帝国にとって他国との交易は死活問題に直結する。特に帝国の場合鉱物資源と農産物については輸入に頼るしかなかった。
 国内にこれらがないわけではないが、海に面した平地にある帝国は、基本的に鉱物を北の山脈地にある小国群に。農産物を西にある内陸部の平原国に依存していた。農産物については国内でも当然作成されているが、国民全体に行き渡るほどではない。水産物を加えても、だ。
 足りない分は輸入で賄うしかなかった。
 平原国も帝国からの製品や水産物を導入して国内産業を賄っている。そしてその為の原料は北の小国群からのもので賄われている。理想的な相互補助関係であった。
 ただし、帝国と平原国との間にある国がこれに絡んできた。この国も帝国同様他国との交易で自国の足らざるを補っていた。そのため帝国とは対立関係にならざるをえず、特に平原国への輸送などには厳しい規制を布いていた。
 高い関税は言うに及ばず、そもそも物品の持ち込み禁止も珍しい事では無い。そのため平原国への輸出入で途中にあるこの国を通過する際にはとてつもない負担を強いられていた。
 それは帝国にとっても平原国にとっても大きな痛手となっていた。


 回避策として北の小国群を通る迂回路があったが、山がちな地形ゆえに輸送は難しく、加えて大きく迂回するので経費がかかった。それでも途中にある国を通るよりは割安になるのでこれまではこれで何とかするしかなかった。
 会議の席でもこれは問題として上がっていた。だが他国が相手では自国のようにやるわけにもいかず、様々な意見が出て来ては消えていった。これに対して暴君は極めて短い一言を発した。
「とりあえず、出来る所から手を着けていこう」
 その言葉に居並ぶ大臣達は驚いた。いったいどうやるつもりなのか、と。暴君はそんな彼らをよそに今後の方策について考えていた。それが実現できるかどうかを。


 その夜。
 自室に帰った暴君は、対外的な問題について頭を悩ませていた。考えがないでもないが、果たしてそれが上手くいくのかどうか。実現するためには何を実行してどれだけの時間が必要なのか。
 それを考えるときりがなかった。それが表情に出てる。自覚はまったくないが。しかし傍にいる者にはすぐに伝わる。同じ室内にいる姫様はそれを間近で見つめていた。
(何があったのかしら)
 だが尋ねるような事はしない。
 暴君が悩んでるのが国政に関わる事であるのは容易に想像がつく。それを聞いて良いのかどうかも分からない。何も知らない人間が政治に口を出して良いとは思えなかった。下手に口を挟めば命に関わる可能性もあった。
 だからこそ姫様はだまって暴君を見つめていた。
 暴君も、そんな何も言わない姫様の態度がありがたかった。変な気遣いをしないのもありがたい。よかれと思ってあれこれされる方が気が散って苛立ちがつのっていく。
 無意識に相手の欲する所をなしてる姫様であったが本人はその事に全く気付いていない。暴君もそんな相手を求めている事に気付いていない。それがこの危うい関係そのものを示しているようでもあった。


 やがて姫様を押し倒して床に就くまで、暴君は先々の事を考え続けていた。
 姫様もそんな暴君を黙って見つめていた。
 その間にある空気はあいも変わらず張り詰めたものである。だが、それでも二人は互いに求める事をしていた。
 心が通い合ってるわけでもないのに。





********************

<平成24年11月5日分>




「お前はどう思う?」
 そう尋ねたのは気まぐれだった。返事や答えを期待したわけではない。だがその時の暴君は、ふと誰かに考えを聞きたくなっていた。
 尋ねられた方は「え?」と答えるしかなかったが。


 いつもの寝室での事であった。
 執務を終えて帰宅した暴君は、いつも通り食事と風呂を済ませて寝室に。部屋に居た姫様を抱きしめながら寝転がっていた。姫様はと言えば、それが当たり前となっていたので抵抗せずにされるがままになっている。
 男と女が同じ部屋で床を共にする。そうなれば行き着く所は一つだが、そうなるまでにそれなりの時間がかかる時もある。この日も暴君は姫様を抱きしめながらも事に及ぶことなく、ぼーっと天井を眺めていた。


 煩わしいことが多かった。
 国内の整備も国外との関係も。ズタボロになってる国の立て直しのために手段を選んでられず奔走してるが、それでもまだまだ手が回りきらない部分が出てくる。やむを得ない事だが、そこにつけ込むバカがいるのが悩みどころだった。
 ことを起こせばどうしても波風が立つ。それがどんな良い事であっても。その波風によって何かを失う者が出てしまう。それも分かっている。だが、何かを失う者が抵抗するのは仕方ないと思うが、何も失わない者や、それどころか何かを得られる者まで反対してくる。
 それが暴君には解せなかった。
 それが学のない者達などであればまだ理解もできるが、学も経験もある者達がこぞって反対する。それもまた納得出来ないものがあった。これまでやってきた実績を示しても納得しようとしないでいるのを目前にした時には絶望すらした。
 なんでなのか?
 暴君には全く理解ができなかった。
 それがベッドでの質問となった。
「いったいどうしてなんだろうな」
 説明のない問いかけに答えることもできず、姫様はただ「陛下?」と問うしかなかった。


「みんな愚かなのかな?」
「…………」
「やらねばいずれ自分に降りかかってくるというのに」
 それは姫に語りかけるというより、この場にいない者達に語りかけてるようでもあった。その声を聞きながら姫様は何と答えようか考える。
 もっとも、暴君がそれを求めてるかどうかは分からなかったが。おそらく、誰へともなく、独り言のように呟いたのであろう。姫様にはそう思えた。姫様には政治が分からない。教養はあるがそれは政治などの実学などではない。
 歌舞音曲、とまではいかないがどちらかというと芸事の方が近い。
 読み書きと計算、それと国の成り立ちや最低限の科学知識など。
 それから一番大事な礼儀作法。
 そういったものが姫の身につけてる教養・素養の全てであった。
 実際貴族と言えども女が身につけるのはそういったものがほとんどである。家の中にあって家の中を守る。それが求められる全てである。外に出て働くのは男の役目であった。
 だが暴君は更に重ねて問うてきた。
「何でああも俺のやる事に反発するのかな」
 その言葉に姫様は何と応えたものか悩んでしまった。
「……陛下」
 かろうじて開いた口は、返答ではなく質問を呟いていた。
「いったいどうなさったのですか? 何をお悩みで」
 基本的な質問だった。何を悩んでるのか、何を問いかけられてるのか分からなければ答えようがない。それに気付いたのか暴君は笑いながら答える。
「貴族や商人共の事だ。あいつらは俺のやる事に反対と抵抗しかしない。なんでだろうかなあ、と思ってな」
 それで姫様にも少しは理由が分かってきた。だが、それだけでは足りない。
「いったい何に反対してるのでしょうか」
「さあ」
「さあ、とは?」
「本当に分からぬのだ。連中にとって不利な事は提示してないはずなのだがなあ」
 嘘、というわけではない。失うものがあるのは確かだが、中長期的に見れば得るものの方が大きい。
 あるいは現在の地位を保つ事はできなくなるかもしれないが、落ちぶれるほど失墜する事も無い。
 それを暴君は実例を踏まえて説明した。少なくとも説明したつもりではあった。
「なのになぜか連中は俺の言う事を聞こうとしない。いったいどうしてなのだか」
「それは、私に尋ねられても……」
「まあ、そうであろうが」
 暴君とて高望みしたわけではない。
「だが、俺の知ってる中で、お前は唯一身近にいる敵対してる人間だ。その立場から何か分かるかも、と思ってな」
「…………」
 あっさりととんでもない事を言ってのける。その事に姫様はびっくりした。
 確かに姫様は身内というわけではない。親兄弟に一族を根絶やしにされた者だ。暴君と対立してる立場というのは確かだろう。少なくとも好意を抱く理由は無い。せいぜい無関心・中立を保つのが限界と言える。
 だからと言ってこうもあっさりと口にするものだろうか。
「はっきりと仰いますね」
 多少の嫌味をこめてそう言った。
「嘘を吐いてもしかたあるまい」
 暴君も素っ気なく返す。このあたりの切り返しは日頃のやりとりでさんざん鍛えたものであった。
「お前と俺の間に、何か良いものでもあったか?」
「……いえ」
「だろう?」
 正直に答える姫様に、暴君も素直に返す。
「けどな、だからこそ知りたい。お前達はいったいなんでああも意固地になる。そんなに失うものが大きいのか?」
「…………」
「それとも、それ以外の何かがあるのか? だからああも反対し抵抗するのか? 邪魔ばかりするのか?」
「…………」
 どう答えて良いのか分からなかった。だが、暴君は言葉を続ける。
「国を傾けてまで」
 その言葉にさすがに息が詰まった。


「そこまで行けば誰もが悲惨なめにあう。自分の生きてる基盤を失う。利権も何もあったもんじゃない。それでも遮る必要があるのか?」
 なんと答えていいのか分からなかった。暴君の言葉には現実に国を見据えた事実が背後にあった。
「それは……」
 それでも答えを求めて姫様は考える。それだけ聞けば暴君の言ってる事は正しい。おそらく正論だろう。詳しい事情は分からないが、間違ってるとは思えない。だが、だからといってそれで頷いていいのかも分からない。
 そもそも暴君が成そうとしてる事がなんであり、今いったい何を為してるのかも分からない。それがどのように展開し、どれほどの問題と成果を出してるのかも。迂闊に答えられる事では無かった。
「……わかりません」
 考えに考えて出て来たのはその一言だった。
 それについての暴君の答えも「そうか」の一言であった。彼とて明確な答えを求めていたわけではない。それに姫様に答えがだせるわけがないとも思っていた。
 ただ、どうしても聞いておきたかった。
 他人が何をどのように思うのか。
 どのように受け止めるのか。
 どのように考えるのか。
 それを暴君は知りたかった。知ったところで自分のやってる事を止めるつもりはなかったが。よりよく、より加速を付けられるなら採用するつもりではあったが。
 そう思ってると姫様が声をあげてくる。
「……ですが」
「ん?」
「強引に事を進めすぎればついていけない人も出るのでは」
「なるほど」
 それはもっともな話であった。
「だが説き伏せてる時間もない。もう限界まできている」
「言葉を尽くす事もできないと?」
「ああ、無理だ。それに、一応は説明した。だが受け入れられなかった」
「それで……一族・一門を丸ごと……その……」
「ああそうだ、潰した」
 はっきりと答えた。
「責任者だけ潰したら遺族に遺恨が残る。遺恨が残れば報復がくる。報復が来ればそれだけ手間が増える。最初に全員潰しておいた方が後腐れ無い。親兄弟に親戚一同。その辺りを潰せばたいてい静かになる」
 とんでもない言葉だった。
「それにそこまでやればたいていの者が黙る。そっちの方が都合がいい。最初に少し手間をかけるだけで、後は楽にいける」
「その為に人の命を奪ってもですか」
 さすがにそれは聞かずにはおれなかった。
 命を失う危険はあったが、黙ってるわけにはいかない。そんな姫様の声に暴君は事も無げに答えた。
「当たり前だ」
 姫様は息を呑んだ。暴君は更に言葉を続ける。
「それでより多くの命と生活が救える」
「え?」
 何を言ってるのか分からなかった。
「邪魔する連中が騒いで時間を無駄にするだけで、生活に苦しんでる者達の地獄が続く。無駄にして良い時間など一秒とてない。
 それに処分する連中は全体からすれば一握りだ。そいつらを潰して全員が助かるならそっちの方がマシだ」
「それでは、少数はそのために犠牲になれと」
「犠牲にならないで済んだかもしれん。さっきも言ったと思うが、以前ほどの豊かさはなくてもそれなりのところは保てる。それを選ぼうとしなかった」
 だから潰した。暴君は言外にそう言った。
 姫様は呆然とするしかなかった。ただ、真っ白になった頭をよそに、口は質問を紡いでいた。
「だから……だから父を、兄を処分したのですか」
「ああ、その通りだ」
 これまた平然と暴君は答えた。
「お前の父は利権にしがみついた。だから地位を剥奪した。お前の兄は同じような境遇の連中とつるんで俺に喧嘩を売ってきた。だから潰した。お前の父も、生かしておくと面倒になりそうだったから同じように処分した。
 一族の者達を処分したのもそれが理由だ。
 さすがに効果があったな。大貴族の一族一門を潰したせいで、貴族の大半は黙って言う事を聞くようになったよ」
 以前聞いた通りの内容であった。だが、事を為した張本人から聞いたせいか、重みが違った。
「その後だが」
 解説するように暴君は言葉を続けた。
「おかげで各地の貴族領を楽に再編する事ができた。自治権を剥奪して中央に権限を纏める事ができた。あちこちにある利権もだいぶ減った。そのおかげで国民の負担を減らす事ができた」
「負担?」
「税金や賦役だ。これが結構バカにならなくてな。貴族共から取り上げるのに苦労した」
 それがどれだけ負担になってるのか姫様には分からなかった。暴君も特別説明はしない。ただ、それが理由であるのだけは姫様にも伝わった。


 実際には国が徴収する税金と、貴族が貴族領のために徴収する税金のために貴族領の領民は相当な負担を強いられていた。加えて領民は領土の外に出るのが制限される。もし逃げたら懲罰を食らうし、捕らえられなければ家族が犠牲になった。
 天涯孤独にでもならなければ、あるいは家族を顧みるつもりがなければ領民が貴族領から出る事はまず無理であった。それに加えて、税金を納められない領民には無報酬の労働である賦役が課せられる。
 税金を労働で払う形になるが、如何なる労働にどれくらいの期間就くのか決まって無いので、事実上奴隷のような扱いになる事がほとんどだった。それを狙って無茶苦茶な税を課す事もあった。
 なので暴君による貴族領取り上げを喜ぶ領民は多かった。これらは姫様の知らぬ事であったが。


「他にも色々と問題があってな。それが国をダメにしてた。だからそういうのを潰す必要があった」
「…………父や兄も、ですか」
「そうだ」
 躊躇いのない返答である。姫様はどう反応していいのか分からなくなっていく。
「けど、貴族の中にも俺のやり方を認める連中はいる。そういう連中を処分はしてない。貴族としての仕事を任せてある。それはそれなりに上手くやってる」
 実際その通りだった。領地という形ではなく私有地として。
 荘園という形ではなく事業体(企業)として貴族の所有物はそのまま認めてやっている。土地とそこからあがってくる利益は貴族にもたらされる。ただ、その利益からかつて領民だった者達に給料を払う必要はでてきている。
 また、領民だった者達はあらためて貴族領ではなく帝国の国民になっていった。そのため貴族領以外への転出も可能になっている。それを妨げる事はできない。やったら刑罰の対象になる。だから貴族も以前ような無茶は出来なくなった。
 必然的に貴族の生活水準は下がる事となった。とはいえ土地を基盤とした収入が失われたわけではないので、やりくりが出来れば生活は可能だった。この改変で落ちぶれたものも確かにいる。それは否定出来ない。
 だが、以前より生活水準は落ちても、平均的な国民からすれば十分裕福な暮らしはできてる貴族が大半だった。中には才覚を発揮して以前より裕福な生活をしてる者もいる。
 改変が決して貴族の生活を崩壊させるわけではなかったのはこれで明かであった。
 それらもまた姫様の知る事では無い。だが、姫様は知らない、だが暴君は実際に結果として出してるそれらを元に尋ねる。


「それでも俺は悪いのか?」
 その問いかけに姫様は答える事が出来なかった。
 だが、いやでも考える。もし暴君の言う通りであるとするならば。全ての事情を聞く事が出来たならば。その時自分はどうするのだろう、と。自分は何を考え、どのような答えを出すのだろうと。
 その時、こうして自分を抱いてる暴君にどのように接するのだろう、と。答えはまだ見えなかったが。







********************

<平成24年11月23日追加>


「ふう………」
 本から目を上げた姫様は溜息を吐いた。そうしているのも本日何度目なのかわからない。
 自由に使って良い、と言われた暴君の部屋の書棚。そこから適当なものを手にしては挫折する。
「こんなものを……」
 呆然と書棚を眺める。それらのうち幾つかを手にとってみたが、内容がほとんど理解出来なかった。本を読むことはあるが、ここにあるような政治・経済・哲学と言ったものに目を通すのは初めてである。
 そういった物の基本的な素養がないからどうしても理解が進まない。
 姫様とて本を読んだ事がないわけではない。どちらかと言えば読書は好きな方だ。だが、ここにある物は今まで読んできたものと内容が違いすぎる。
「同じ本なのに……」
 体裁が同じだけで中身は全く別物だった。それをあらためて思い知る。とはいえ、貴族と言えども男と女では学ぶ事が違ってくる。その違いがこういうところにあらわれたのだろう。決して姫様の学識や教養が劣ってるというわけではない。
 だが、ここにある物を読みこなしたのであれば。それはやはり凄い事だった。そこに思い至った姫様は本を適当に取り出してページをめくる。何ページが指で開いてから次の本に。同じように中身を開いて次の本に。
 棚を一つ終えれば次の段に。一つの本棚が終われば隣の本棚に。読むためではなく、確かめるために本を開いていく。文字ではなく、本の状態の方に注意をはらう。
 そこにある痕跡は、姫様の疑問を解消していく。
「やっぱり……」
 あらかた見終えた姫様は確信する。
「これ、ほとんど読んだんだ」
 物によって程度の差はあるが、どの本にもページを開いた形跡があった。読み込んでるものならばページをめくったり表面になんらかの歪みが発生する。
 それらがたいての本にあった。まったく手を着けてないならでてこないものである。権威付けや自慢のために揃えた本ではない。印刷技術が向上し、大量生産が可能になったとはいえ、紙もインクも製本された書物もまだまだ高価だ。
 これらを揃える事は、自分の財力を示す手段の一つにも使われる。また、単純に書物を読んでる事にして知識をひけらかす、という誇示の場合もある。しかし、そうではなく本当に読むために書物を求める者もいる。
 読む理由は様々だろう。好きだから、あるいは必要に迫られて。事情は人それぞれだろう。だが、そこに記されてる物事を自分のものにするためであるのに変わりはない。
 ここにある本はその為に読まれたものなのは確かに思えた。
 本棚にある物の全てを手に取ったわけではない、半分くらいは手つかずのままだ。しかし、おそらくその半分も何らかの形でページをめくった事があるだろう。
(すごい)
 素直にそう思えた。伊達に一国を背負ってるわけではないのがそこからも伺えた。
 あらためてそれらの本を手に取る。一番読み込まれたと思われる本を。よれよれになったページが本を全体に分厚くさせている。経済の本だった。最初の一ページを読むのだけでも苦労しそうだった。だが、そんなものを何度も読み返している。
 これらがあるから今の暴君がるのかもしれないと感じた。別の本も手に取る。そちらは本というより資料というべきであったろう。図表がほとんどだった。並んだそれらが何を意味してるのか、把握するのに時間がかかりそうだった。
 そして報告書。
 関係省庁がまとめた年次報告である白書。
 くわえて商工会や様々な機関・団体が出してるもの。
 それらが揃ってる。ものによるが過去三十年くらいはさかのぼれそうである。このあたりは為政者らしいといえた。
 これらを元にして国政を担っているのだろう。そう考えると、暴君のやってくる事を否定するのも難しくなる。
(陛下は……)
 これらを読み、何を読み取り、何を考えたのか。やってる事の強引さも、これらを見てのものなのか、と思ってしまう。
 ここから何を見いだしたのか。それが気になった。きっかけは以前暴君が述べた言葉。


『お前はどう思う?』


 求められたのは意見だった。何を考え、どう思ってるのか。暴君がやってる事について。それを判断出来るほどの情報を持たない姫様には答えようがなかった。何か手がかりがあるかと思ってこうして書棚を眺めてみたが、やはり分からない事はそのままだ。
 だが、それでも一つだけ確かに言える事はある。暴君の求める答えではないだろうが。だが、彼の求める『意見』にはなるだろう。そう思えた。




「おかえりなさい」
 いつもの言葉が口から出る。もう当たり前のようになってしまったセリフだった。暴君も「ただいま」といつもの通りに返す。ただ、いつもと違っていたのは、姫様が食堂にて待っていた事だろうか。
 今までは部屋で暴君の帰りを待ってるのが常だった。それだめに食事を風呂をすませておく暴君からすれば、姫様に会うのはもっと後の事になる。
「どうした?」
 そんな質問が出てくるのも当然であろう。
 暴君の戸惑いをよそに、姫様はじっと見つめくる。皇帝に即位して以来これほど真っ正面から見つめてきた相手は初めてかもしれない。旧知の者達であっても、もう少し距離を保ってた気がする。
 元々皇族と臣下の違いはある。それもやむを得ないものであるのは暴君とて承知している。それを踏まえた上での『親しい間柄』が周囲の人間のとる態度だった。余所余所しいとは言わないが、どうしても互いの立場を踏まえたものになってしまう。
 そういった態度をとらないのは同じ皇族くらいなものである。今は無き祖父はその典型だった。一般的な家族というものと比べる事は出来ないが、遠慮なく接し、時には叱り、拳骨まで飛ばしてくるのは後にも先にも祖父だけだった。
 不思議と今の姫様はそれに近い何かを感じる。
(どうしたんだ?)
 不思議に思うも、とりあえず席に着く。自然と姫様と向かいあう形だ。無駄に大きな食卓を用意する貴族や富裕層と違い暴君の所ではそれなりの大きさの食卓である。
 居室の大きさのために極端に大きな食堂や部屋を用意できないためでもあるが、こうして接すると意外と距離が近くなる。これまで一人で食べる事が多かった暴君は、姫様との距離にも戸惑ってしまう。そもそも家族と一緒に食事をする機会も今までなかった。
(妙なもんだな)
 向かいあって誰かと食事をする事そのものは初めてではない。仕事中はたいていこんな調子だ。時間が惜しくて執務室に食事を運ばせる事もあるし、みんなで連れ立って食事をする事もある。
 場合によっては外交や政治の席で食事を共にする事だってある。当然ながらそういった場合と今の状況は全く違っていた。気の張るようなやりとりは一切無い。いつもとは違った雰囲気にどう対処して良いのか分からなくなりそうだった。
 勝手が違うと言うのだろうか。今で経験した事のない状況に暴君が戸惑っている。
「何かあったのか?」
 思わずそんな事を聞いてしまった。
「何か?」
「ああ。お前が部屋から出てくるなんて初めてじゃないのか?」
 姫様をほとんで寝室で見てるだけなのでそう思えてしまう。
「あら」
 姫様は意外そうな顔をした。
「昼はもう少し出歩いてます。この居室の中くらいですけど」
「そうなのか」
 知らない事であった。その時間は仕事中なので当然だが。
「外まで出られませんけど」
「そりゃそうだろうな」
 それは暴君が禁止している。中庭くらいまでなら大丈夫とは思うのだが、迂闊な事をしたら何が起こるか分からない。それを警戒していた。どこに敵がいて何をしてくるのか分からない状況はまだ続いてるのだ。
「けど、なんでまたここに?」
「お食事のためです」
 何を当たり前の事を、といわんばかりの声だった。
「他にどんな用事があるんですか、食堂に」
「まあ、そうだろうけど」
 確かにその通りであるが、問いたいのはそういう事ではない。
 あらためて暴君は言葉にする。「わざわざ俺と一緒の時間に食事ってのが珍しいんだが」気にしすぎか、とも思ったがそれでも率直に言った。遠回しの言い方をする必要もない。その疑問に姫様は理由を正直に答える。
「色々と見てみました」
「見た?」
「お部屋にある本とかを」
「ああ……」
 そう言えば、と思い出す。この居室の中にあるものならば好きにしてよい、と言った事があった。特に書棚になるものならば好きなだけ目を通せ、とも。
 それによって国がどういう状況なのか、世の中がどういう風に動いてるのかを知るきっかけになるだろうと思って。それだけの資料や、政治・経済・哲学・思想などについての本も揃ってる。図表などの資料も。
 それらを読みこなせるとは思わなかったが、触れれば何かを知るきっかけにはなろうと思った。
「読んだのか?」
 多少の期待を込めて尋ねる。
「いいえ」
 即座にそれを潰えた。残念に思ったのはやむをえない。
「ですが」
「ん?」
「陛下があれだけのものに目を通したのだけは分かりました」
「ほう……」
 面白い言い方だった。
「ああいった本は今まで読んだ事がないので、最初の一冊で……その最初の一ページも読み切る事ができませんでした」
「そうか」
 いったい何を手にしたのか分からないが、それほど難しいものだったろうか、と思う。下地がなければ理解するのは難しいだろうが、それほど難解なものばかりというわけではなかったはずだ。少なくとも暴君の記憶の中ではそうなってる。
「何を読んだんだ?」
「ええっと。確か、一番手前の棚にあった、確かヒュームという人の……」
「ああ、なるほど」
 それで納得した。
「読み込めばさほど難しくはないが、一番最初に読むのはきついな」
「はあ……」
 あっさりと断言した暴君の言葉にきょとんとする。ここまではっきりと言われるとは思わなかった。ただ、それも相手をバカにしてるような物言いではない。もっと読みやすいものがあったろうに、という意味合いが感じられた。
「そんなのより、奥の方にあるのでも読んでろ。お伽噺とか物語がおいてあるはずだ。そっちの方がまだマシだろ」
「そちらも、その、私の興味のあるものとは違うものでして」
「なんと……」
 それは少し残念だった。だが、女が好むようなものではないのは暴君にもわかる。怪奇物や英雄物などがほとんどなのだから。これが恋愛物とかだったら話は別かもしれないが。
「で、結局読んだのは一冊だけか?」
「いえ、他の物にも目を通そうと思ったんですが」
「結局読めなかったのか?」
「はい。どれもこれも難しいものばかりで」
「そうか」
 残念な事だった。
「一冊もか?」
「一冊も、です」
「…………」
 これは予想外だった。
「そんなに難しいものはないはずなんだけど」
 少なくとも暴君にとってはそれほど難しいものではない。
「参考までに聞いておきたいんだが。今までどんな本を読んできた?」
「ええっと。ノーマンやシュワッツジェルドとかです」
「ああ、なるほど」
 名前は聞いた事がある。女好みの甘ったるい話を書く文筆家だ。暴君の趣味にはあわないので読んだ事はなかったが。
「それじゃあ本棚にあるようなものは面白くないだろうな」
「申し訳ありません」
「いや、あやまるな」
 暴君は姫様を制した。
「こればかりはしょうがない。お前さんが悪いわけでもなんでもない」
 どちらかというと興味や趣味の方向、そして必要性の問題だった。
 好きならば放っておいても目を通していくし、必要ならば嫌いでも接していかねばならない。姫様には暴君の持ってるような本が必要なかったというだけの事である。
「でも、ああいった物を読まねばならないのでしょう?」
 姫様はそう言って暴君を見つめる。
「やはり一国の上に立つという事はそういう事なのでしょうか」
「さあ」
 それは暴君にも返答しかねる疑問だった。
「読んでそれができるなら、学者はみんな名君だ。そうじゃないんだから、これだけが必要ってわけじゃないだろう」
「はあ」
「ま、知らないより知ってた方がいいのは確かだけどな」
 少なくとも暴君の経験では。何も知らないでいる事で損をしてたかもしれない事が数多くあっただろう、とは思っていた。
 と、そこまで考えてふと思いつく。
「もしかして」
「はい?」
「わざわざここにいるのは、それを言うためか?」
「そう……いう事になりますね」
「そうか」
 暴君は姫様の少しばかり呆れて驚いた。
「本が難しくてほとんど読めなかった、と?」
「ええ、まあ」
 さすがに姫様も少しばつが悪そうではある。
「ただ」
「うん?」
「陛下が、色々と努力してるのだけは分かりました」
「ほう……」意外な言葉である。
「あれだけ難しい本を読み、色々なものに目を通され。その上で何をなしてると」
「おう」
「それだけは分かりました。……分かったつもりです」
「そうか」
 嘘が感じられない言葉である。率直に思った事を伝えてるのだろう。
「尋ねられた事への返答にはなってないかもしれませんが」
「尋ねた? そんな事あったか?」
「『お前はどう思う』と。陛下のなさってる事が良いか悪いか尋ねられたと思いますが」
「ああ、そう言えば」
 自分の発言を思い出す。
「うっかり忘れてた。で、その答えが、それか?」
「はい」
 しっかりと頷かれる。
「私には何をなさってるのか、どうお考えなのか分かりません」
「ほう」
「ですが、陛下が色々考えて悩んだ末に何かをなさってるのは分かります」
「そうか」
「はい。それが正しい事であれば、と思いました」
「分かった」
 それを聞いて暴君は珍しく笑顔を浮かべた。そうと分からないくらいにかすかに。
「そう言ったのはお前が初めてかもしれんな」
「そうなんですか」
「ああ。どいつもこいつも、理解するまで何も言わないか、反発するかのどちらかだったからな。『分からなくても、何かあっての事だろう』なんて言ったのはお前くらいだ」
 それは中途半端な理解をされるよりはよっぽど良い事だった。何も知らないのも困りものだが、中途半端に知ってる事も問題だ。一番良いのは『分からない事は分からない』としてしっかり受け止める事。その上でわきまえて行動すること。
 それが出来るのは姫様の良い所と思えた。
(聡い娘なのかもしれんな)
 暴君の姫様への評価があがった。
「その事、大事にしていけよ」
 心よりそう思った。そして、暴君はようやくここに来た理由を思い出す。
「それはそうと、食事がまだだったな」
 うっかり喋りこんだ事でその事を忘れてしまっていた。
「おーい、飯を頼む」
「はいはい」
 外で控えていた給仕が中に入ってくる。
「それじゃお邪魔しますよ」
「おう」
 並べられていく料理を前に、暴君の腹が鳴る。
「だいぶお待ちかねだったようですね」
 給仕が茶化す。
「こら」
「まあまあ。話し込んでたようですからこちらも遠慮を、と思いまして」
「気を利かせすぎだ」
「考え無しよりはマシでしょうに」
「いや、それはそうかもしれんが…………」
 軽く切り返してくる使用人達に、暴君が顔をしかめる。暴君と言う言葉からは想像出来ない姿であった。
 姫様は親兄弟を壊滅においやった男が目の前で示す姿との落差に驚く。
「それじゃあ、どうぞごゆっくり。終わったら片付けますので」
「ああ、頼む」
「では」
 そういって給仕達が下がっていく。そこであらためて食事に手を着けようとして、暴君はとある事に気付いた。


「そういえば」
 姫様の前にも食事が並んでいる。
「お前もか?」
「はい?」
「いや、お前も食べるのか?」
「ええ。私もまだいただいてませんから」
「そうか」
 そう聞いたらあれこれ言うわけにもいかない。
「あの、席を一緒にするのは問題ですか?」
 姫様からすればそれも当然の質問である。身分によっては同席するのもはばかれる立場である。礼儀作法の問題ではあるが、それならば姫様は別の部屋に移動するつもりだった。
 暴君は「まさか」と一蹴した。
「そんなわけないだろ。別にかまわんよ、食事くらい」
 一々気にかける事でもない。暴君からすれば同じ席で飯を食べる事くらいどうという事もなかった。有力者や外交使節を相手にしてるわけでもないのだし。緊張しながらの食事というわけではない。
「冷めないうちにさっさと食っちまおう。それに、放っておくと後片付けも面倒だ」
 思わずざっくばらんな言葉になっていく。部屋に帰ってまでかしこまるのも手間だった。姫様もその言葉使いにつられたのか笑みを浮かべる。
「それでは、お言葉に甘えて」
 こうして二人は食事を進めていく。交わす言葉もない、ただ食べるだけのものであったが。
 それでもこれが、二人が初めて同じ席に着いた記念すべき日になった。





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