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「ハードボイルドドラえもん」4【完結】  小説

 何はともあれ最終回。
 これにて終了です。


 今回も長くなりすぎたので、http://green.ap.teacup.com/genzaikouantyu/360.html とは別の記事にしました。



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 長くなってきたので、本文は「続きを読む」に格納。
 クリックして本文をどうぞ。


 URLなどをクリックしてきた方はそのまま読めるかと。


********************




「なんだあれ?」
 誰かの言ったその言葉が、あるいは事の始まりを告げる布令だったのかもしれない。
 学校の窓の外に見える集団。それはかろうじて保たれていた静寂を打ち破るには十分であった。


 校門前に集まってるの様々な人間だった。小学生くらいの者も居れば、中年をとっくに越えてる者まで。一種類で分類するのは難しい状態だった。ただ、手にバットや木刀、鉄パイプに柄の長い鉄槌などを手にしてるのは共通していた。
 いったい何事だ、と思う間もなく校門を乗り越えてそいつらは突入してきた。
「え!」
 校内にいる誰もが驚いた。次いで悲鳴が上がる。
 その中でのび太はすぐに教室を飛び出していった。腕を組んで鎮座してるジャイアンを横目に見ながら。


 突入してきたのは正門だけではなかった。裏門からもそいつらは突入してきた。
 それらは門をよじ登り、こじ開け、校内に突入していく。用務員や教師が対応しようにも無理があった。数に差がありすぎた。
 暴徒と言うしかないそいつらが校内に侵入してくる。階段を駆け下り、職員室に入ったのび太は手近にある電話を手に取り110番通報をする。
「もしもし!」
 電話にでた相手に状況と場所を伝え、受理されるのを待つ。
 その間にも押し寄せてくる暴徒に目を向ける。職員室の広い窓の外には手に様々な凶器を持った暴徒が迫ってきていた。そいつらは最初は昇降口から侵入してきていたが、やがて手にした得物で窓をたたき割りはじめた。
 特別な素材でも何でもないガラスはすぐに割れて室内に散らばっていく。そいつらに向けてのび太は躊躇うことなくショックガンを抜いた。すぐに侵入してきた者達が倒れていく。
 だが、あふれるほどいる暴徒はそれを踏みつけて中に入ってくる。
 さすがに全部を相手できないと悟ったのび太は、暴徒の侵入してくる割れた窓へと向かっていく。近づいて来る者達を倒しながらゆっくりと。あらかた片付いたところで一気に外に。暴徒が中に入ったぶんだけ外は手薄だった。
 そこから今度は校内に入った暴徒を鎮圧するべく昇降口に向かっていく。中に入ろうとしていた暴徒に狙いをつけて引き金を引いていく。百発百中の腕は確実に暴徒を鎮圧していく。
 それに気付いた何人かがのび太に向かってきた。
 そのほとんどがのび太に到達するまえに倒されていった。数は多いが飛び道具はない。距離を置いて対抗できるのび太相手には不利だった。のび太も距離をつめられないようにしていく。昇降口は倒れた人間だらけになっていく。
 足の踏み場もなくなってるので倒れてる人間を踏んで中に入ってく。中も相当酷い状況だった。ほとんどの連中が手にしたものでそこかしこを壊しまくっている。何が目的なのかも分からない。そんな連中を一人一人鎮圧していく。
 しかしそのほとんどが、衝撃から回復してきたら目を覚ましてしまう。所詮は衝撃を与えるだけ。気絶させるだけのショックガンである。殺傷能力がないかわりに、一定時間が過ぎればまた元に戻ってしまう。
 とはいえ、まさか殺すわけにもいかず。のび太にできるのは、無意味と思いつつも相手を気絶させ続ける事だった。問題なのは相手の数である。多すぎるのだ。どれだけやってきてるのか分からないが、100人程度ではあるまい。
 数えてる暇はないが、何百人といるのではないかと思えた。厄介である。一人でどうにか出来るような数ではない。
(警察が来てくれれば)
 そう思うも、通報からどれだけで来てくれるのかさっぱり分からない。
 他に被害がでないうちにさっさとやってきてもらいたかった。だが、状況は更に悪くなっていく。
「のび太あああああああ!」
 暴徒を撃退しつつ階段を昇っていたのび太の背後から誰かが襲いかかってきた。
 すぐに振り向いてショックガンを撃つ。相手はジャイアンとつるんでいた連中だった。手に掃除用の箒などをもっていた。
(こいつらもか)
 そう思いながらも、この暴動がなんで発生したのか理解した。
 おそらくジャイアンが扇動したのだろう。でなければこんなに大勢が押し寄せてくるわけがない。あらためてその影響力を知る。下は小学生くらいの者から、上は中年まで。様々な人間をここまで動かすとは。
 しかし、人を動かすのはび太も同じであった。
「このヤロオオオオオオオオ!」
 のび太に襲いかかった者達に掴みかかっていく者達がいる。それらは手に机や椅子をもってのび太を襲撃する者達に襲いかかっていった。
 のび太の協力者達である。日頃は大人しくしていたが、事ここに至ってついに爆発したらしい。その攻撃は容赦がなかった。
 何度も何度も振り下ろされる机や椅子は、相手の頭を打ち、腕に衝撃を走らせ、体に痣を作っていく。
 やられてる方は、普段やれらた事がないせいかされるがままになっている。ろくろく反撃もしない。
「うわあああああ!」
 悲鳴をあげてうずくまっている。やりすぎに見えなくもない。だが、今までやられて来た事を考えればこれも当然だろう。
 そういった流れを横目で見て、のび太は階段を昇ってくる者達に向き合う。背後を気にしなくて良くなったので正面だけを狙っていく。ただ、問題があった。
(バッテリーが……)
 ショックガンとて無限に使えるわけではない。
 予備のバッテリーは複数所持してるが、それを交換する間がどうしても手薄になる。今の調子ではとてもそんな余裕は無い。仲間がもっと集まってくれれば何とかなるが。さすがにそこまでは期待できない。
 のび太の協力者はそう多くはない。学校全部で数十人もいれば良い方である。それらが全員この場にいればどうにかしようもあるだろうが。残念ながらそうはいかない。今は近くの教室にいる者達が協力してくれているが。
 だが、他の教室にいる者達と合流する手段がない。連絡をつける方法もない。目の前の暴徒達を撃退するだけで手がいっぱいである。正直、ショックガンのバッテリーがまずい。そろそろ切れる頃合いだった。
 助けが入ったのはその時である。


『校内の諸君!』
 校内放送が流れてきた。全員がそちらに気を取られた。
『こんな事をしていいと思ってるのか! 今、警察に通報している。すみやかに退散しろ!』
 担任の声だった。いつの間に移動したのか分からないが、放送室にたどり着いたらしい。そこから全校に呼びかけている。誰もがそちらに気を引きつけられてる。
(ありがたい)
 その間にのび太はショックガンのバッテリーを交換した。
 これでまだしばらくは保つ。放送に耳を傾けていた連中に銃口を向ける。ただし、一応声をかけておく。
「放送の通りだ。警察が来る前に出ていけ。それとも全員捕まりたいのか!」
 これはそれなりの効果があった。
 聞いていた者達の何人かが顔を見合わせ、そして階段を下りていった。駆け足で外へと向かっていく者達は、おそらくそのまま学校の外まで向かってく事だろう。それに釣られて何人かが外へと向かっていく。
 連鎖反応的に逃げ出す者達が出て来た。
 それでもまだ残ってる連中の方が数は多いが、相手にする連中が減ったのは良い事だった。とりあえず残った連中をショックガンで狙っていく。何人かが崩れ落ちる。
『学校内の暴れてる生徒もすぐに教室に戻りなさい! 君達のやってる事は犯罪だ。今日の事は警察にしっかり報告し、親御さんにも言い渡す!』
 その声は学校内で悪さをしてる連中に効果があった。のび太に襲いかかろうとした者達が足を止める。
 のび太も
「先生の言ってるとおりだ。今教室に戻るならお前達の事は忘れるぞ」
と告げる。その声に何人かが尻込みする。が、こちらは外からやってきた連中ほど聞き分けが良くなかった。
「おい、ジャイアンに何されっかわからねえぞ!」
 その言葉が彼らの勇気を間違った方向に振り絞る。外からやってきた連中と違ってジャイアンと毎日顔をあわせるから逃げ場がない。今ここをやりすごしても、後でジャイアンに睨まれる事を考えれば逃げるわけにはいかないのだろう。
 やむなくのび太は銃口を向ける。
「おい」
 狙って撃つ前に声をかける。
「当たったらそのまま寝ておけ。効果が切れても起きるな。いいな」
 それを聞いて彼らは何の事か考えこんだ。が、すぐにその意図を察すると首を縦に振る。
「え? おい」
 勘の悪いやつが近くの奴に聞く。手近にいた奴がそいつの耳に意味を囁くと納得したような顔をした。そしてあらためて襲いかかってくる。そいつらに向けて引き金を引いて気絶させていく。
 あとは寝たふりをしてくれるだろう。後で追求されても、
「やられて動けなかった」
と言い訳をするに違いない。とりあえずこれで面倒な事から解放される。同じような事は他の連中にも言っていく。
 それを聞き入れてくれたのか、大半の者達はのび太の言う通りに床に倒れていく。ジャイアンに従ってはいるが忠誠心までは持ち合わせていないのだろう。助かりはするが、ジャイアンが哀れであった。
 放送による心理戦とのび太達による攻撃で、暴徒もジャイアンの手下も散り散りになっていく。かろうじて踏みとどまってる者達もいたが、それらもどんどんと切り崩されていく。
 のび太達とて無傷というわけではなかったが。さすがに数の多い敵を相手にするだけに、少しずつ後退していくしかない。いくらかは退散してくれてるとはいえ、数はまだ敵の方が上である。
 押し寄せてくる勢いにどうしても負けてしまう。もっとものび太もそれに対抗しようとは思わない。相手の勢いを削ぐ事ができればよい、と割り切っていた。
 やってくる敵を倒していけば数は減る。相変わらず続く担任の校内放送は敵の数を確実に減らしていってくれている。戦意も。のび太は最後のきっかけをショックガンで与えれば良かった。
 最上階まで上がる頃には、迫ってくる敵は数十人に減っていた。対してのび太達も同じくらいに膨れ上がっている。のび太が戦っている事を呼びかけた者達が各学年各教室しつから集まっていた。
 大人も混じってるジャイアン側に比べれば心許ないものはあるが、心強い援軍だった。少なくとものび太は孤独を感じることはなかった。これまでとは違い。
 決して仲間を求めていたわけでも同行者を欲していたわけでもない。協力者はありがたかったが巻き込むことをおそれていたし、自分一人でやらねばならぬとも思っていた。
 だからころこの危急の時に自ら集まってくれた彼らがうれしかった。また、中には一年二年の低学年と思える者達もいる。そんな者達もこの状況で立ち上がる勇気を持っていたのもうれしい。
 困難な状況で立ち上がる者こそ本当の勇気を持つ者である。また、つらいときに駆けつける者が真の仲間である。それを痛感した。今このときののび太は決して有利ではない。
 それにも関わらず駆けつけて肩を並べている。
(まったく……)
 こんな時だというのに笑顔が浮かんでしまいそうになる。
 もっとも、のび太はまだ気づいてはいない。


 彼らが立ち上がるきっかけを作ったのがのび太自身であることに。


 巨大な敵にたった一人で立ち向かっていく男の姿が彼らの中で勇気に変換されてることに。


────こいつを失うわけにはいかない。


 集った誰もの胸にある思いである。圧政や暴虐に堪えるしかないと思っていた時に得た唯一の希望である。それを失うわけにはいかなかった。どんな事があろうと立ち向かわねばならない。
 その必要性を言葉ではなく行動で示した男だった。彼らは、そう言うのは不適切であろうが、決して勇気を持っていたわけではない。のび太の存在が彼らに勇気をもたらしたのである。
 ショックガンとタケコプター、胸に一片の勇気と今はいない友との思い出。
 それだけを抱いて夜を駆け抜けた男は、数多くのものを手に入れた。
 今この時にその成果は形となってあらわれている。
 声が枯れようと続けられる校内放送もその一つだった。
 それは校内だけでなく、校外にも響きわたり、周囲の民家へと伝わっていく。昼のメロドラマを閲覧していた主婦がポツポツと学校をのぞく。
 そこで起こってる事を見聞きした者達はあわてて110番通報していく。暴徒達が来襲してからそれなりの時間は経ってるが、いまだ警察は到着してない。それに気づいてる者はごく少数であったが。
 それでも続けざまに入る通報に警察も対応せざるえなくなる。放送の効果は地味ではあるが確実に上がっていった。


「ここまでかな」
 状況を教室で静かに見守っていたジャイアンはついに席を立つ。それを見ていたスネ夫と目があう。頷きあった二人の男はそれぞれ別の出入り口から教室を出ていく。
 しずかはそんな二人を見つめるしかなかった。
 何がどうなってるのかわからないままにこんな事になってしまった。しかし事態が自分の手が届かないところにいってしまってるのは理解できていた。あとはすべてが終わるのを待つしかない、と。
 願うのはただ一つ。すべてが無事に終わってくれること。誰かが不幸になるようなものではなく、「めでたしめでたし」で終わるように。
 そんな事がおとぎ話でしかありえないとしても。


 教室を出たスネ夫は争いをよそに校外へと飛び出していく。非常階段から裏門を抜けて裏山に。そこで手下がすでに待機してるのを確認して森を抜けていく。そして待機させていた車に乗る。
 今回の事件、事が成功しようと失敗しようと、終わったら裏山から外に抜けるように指示を出してある。そしてスネ夫は、いち早くアジトに向かって事態の収拾をはかるのを任されていた。
 発車した車はそのままアジトへと向かっていく。ここまでやった以上それなりの後始末をせねばならない。
 事前に警察や議会、役所などに働きかけてはいるのである程度時間は稼げているはず。
 ただ、それでも人の口に戸はたてられない。それらが今回の事についてあれこれ言いたてるのは目に見えてる。それらが必然的に様々な事態を引き起こすだろう。それなりの損害もありえる。
 組織が今後も組織として成り立つにしても規模や活動の縮小は免れない。それを最小限におさえること。それがスネ夫がせねばならない事だった。そして。
(できるか?)
 その中でも最優先で、そして絶対にやらねばならない事があった。もっとも難しい事である。だがやらねばならない。組織というものの運営を任された者の責任として。
 なにより、自分にできうる最大限の事として。スネ夫の頭の中は、今そのことでいっぱいであった。


 学校に残ったジャイアンは、教室のすぐ外で行われている戦いの場へと赴いた。
 のび太と自分の手勢がぶつかりあってる。ショックガンを持ってるのび太のほうが有利に見えた。
 ここまでやりあえるほどの相手であったか。ジャイアンは素直にのび太をそう評価した。
 自分が数百人の人間を動かす組織作ったように、のび太もこうやって多くの人間を動かす人間であったのかと。
 だが、だからこそ放っておけなかった。天辺に立つのは一人のみ。それもまたジャイアニズムであった。
「そこまで!」
 大音声が廊下に響きわたる。
「ここまででいい。裏山にいけ!」
 その声を聞いてジャイアンの手下たちは顔を見合わせる。
「警察もくる。早くいけ」
 二度目のその声に手下たちは納得したようだ。近くの階段や非常階段から外へ向かっていく。のび太とその周りの者達は何が起こったのかと疑問を抱いた。
 それも長くは続かない。
「のび太ああああああ!」
名指しで叫ぶジャイアンにのび太は真っ正面からの視線で応えた。
「決着をつけようぜ」
 そういってジャイアンは顎で階段を示す。
 意図するところを察してのび太はうなづいた。周囲の者達が二人に注目するが誰も口をはさめない。にらみ合う二人の間に誰も入れないでいた。そのまま二人は黙って階段を上っていく。


 誰もいない屋上に立った二人は互いににらみあう。
 遠くからパトカーのサイレンと、いまだに続く校内放送だけが静寂を阻害している。
 だが、そんなもの二人にはどうでもよかった。
「のび太あああああ!」
 叫ぶジャイアン。のび太は無言でそれを迎えうつ。かつては震え上がった怒声である。しかし今はなにも感じない。それだけの胆力をつけた自分に驚いてしまう。
 手にしたショックガンを床に投げ、のび太はあらためてジャイアンの前にたった。
「どういうつもりだ?」
「べつに」
 問いただすジャイアンにのび太は静かに返した。
 銃の腕前はともかく、素手の殴りあいでジャイアンと対等な者などいない。ましてのび太はこれまでジャイアンに連戦連敗という有様である。唯一の勝機であるショックガンを捨てる事の意味がジャイアンにはわからなかった。
 勝機とともに正気も捨てたのかとおもわれた。
 だが、のび太はいたって冷静だった。気負いもなければ退いてるところもない。
 ジャイアンの勢に対して、のび太は静でもって相対している。
 その気配にジャイアンはのび太を見謝っていたのか、と思った。もしかしたら素手でも相当にやるのではないか、と。だがそれで迷ってるわけにはいかなかった。たとえそうだとしてももう退くわけにはいかない。
「うおおおおおおおおおお!」
 叫び声と同時にジャイアンは殴りかかっていく。のび太はそれを半身になって立ち、当たる直前で足を引いて体をさばいた。勢いにまかせたジャイアンの体が前につんのめる。
 意外な動作であった。勢いから立ち直ったジャイアンがあらためてのび太に向かい合う。
「…………」
「…………」
 無言のにらみ合い。あらためてジャイアンはのび太を見据えた。
(こいつ)
 以前だったら簡単に当たったパンチである。だが、のび太はそれを簡単にかわした。それがのび太の力量を示していた。今ののび太は確実に以前ののび太と違うとはっきり理解する。
「おまえ…………何かやってるのか?」
「少し、ね」
 のび太はそれ以上語らない。だが、それで充分だった。
「そうか」
 ジャイアンはそれであらためて構えをつくっていく。腰を低くした独自の姿勢。
 強いていうならば相撲の姿勢に近いだろうか。
「……コマンド・サンボ?」
「おう。組織の関係で教えてくれる人が見つかってな」
 ロシア軍の格闘術である。
(そんなものを学んでいたのか)
 ジャイアンもただ腕力にまかせてるだけではないだった事を知り、のび太はあらためて半歩だけ足を前に出す。構えというほどではない。だが、それだけで立派に構えになっていた。
 事実ジャイアンは、無造作に見えるのび太に隙を見いだせない。
「古流か?」
「まあね」
 こちらは日本古来よりのものらしかった。
「助けた人が教えてくれてね」
「なるほど」
 両者ともにこの半年でそれなりの経験と鍛錬を重ねてきた事を確認しあう。少なくとも、力任せの無軌道さや、活きがいいだけの貧弱というわけではない。お互い相手が以前の相手と違うのをしっかりと理解した。
 無言のにらみ合いが続く。だが、少しずつ二人は間合いをつめていく。鍛錬で得た成果と実践で培った経験が融合していた。そのまま互いの間合いに入っていく。気がぶつかりあう。
 その衝突が限界に達した時、二人は動き出した。ジャイアンの巨体がのび太に襲いかかる。それをのび太は避けるのえはなく一歩踏み込んで迎えうつ。同時に拳を突き出しながら。
 勢いと体重をのせた一撃だった。身長・体重において上回るジャイアンの勢いを殺すほどの。だがジャイアンもそれで終わるようなタマではない。打ち込まれた腕を掴んで投げの体勢に入る。
 関節を極めながらの投げは、相手に逆らう事をゆるさずに地面にたたきつける。打撃系の敵を何度も劇はしてきた必勝の戦術であった。打撃を繰り出した直後の、ほんのわずかに崩れた体勢を利用した技である。
 だがのび太は微動だにしなかった。まっすぐ立ったままである。完全に重心が安定している。むしろジャイアンの方が、投げるために体を動かした分体を傾けてしまっている。
 まずいと思うより先に体を立て直す。間一髪、のび太が打ち込んできた掌底……張り手を受けきる。打撃よりも、相手の体を崩すことを目的としたものらしいそれは、威力はさほどでもなかった。
 だが、危うく体を崩しそうになる。体格差を考えれば相当な腕前であろう。喧嘩慣れしてるジャイアンにも危ない攻撃だった。だが、ジャイアンの危機が去ったわけではない。
 体勢を保つことに集中したしまったせいで、のび太の手刀を食らう羽目になってしまう。肩の、鎖骨の部分に衝撃が走る。
「ぐっ……!」
 痛みよりも衝撃が体の中に沈んできた。
 浸透する、というべきだろうか。降りおろした威力がしっかり体の中に入ってくる。こんな攻撃を出せるほどの腕になってるとは思わなかった。だがジャイアンも負けてはいない。
 がしっ、と手刀を打ち込んだ腕をかかえると、あいた腕で殴りつける。逃げ場のないのび太はそれを避けることができない。どすん、と音を立ててパンチが横っ面に入る。めがねの縁が拳に当たった。
 だが、眼鏡がわずかにずれただけでのび太のほうはさほど衝撃を受けてない。それもそうだろう。感触でジャイアンもわかった。当たる直前でのび太は、拳の方に踏み込んだのだ。
 相打ちになるのは覚悟だったのだろう。だが、ぶつかる衝撃を逃げることではなく自分からうって出る事で殺そうとしたのはたいしたものだった。一番威力ののった状態は避ける事ができる。
 だが普通はこんな事できない。被害を小さくできるとしても攻撃に向かっていく事なんて普通はしない。それをやるにはそれなりの気構えが必要となる。のび太にそれがあったという事なのだろう。
 だけではない。拳に向かっていった姿勢のままのび太は体を独楽のように回す。ジャイアンが掴んでいた腕がその勢いではずれる。そのまま両者は距離をとり再びにらみ合いに入っていった。
 ずれた眼鏡を戻すのび太。
 再び腰を落とすジャイアン。
 両者ともにまったく隙を見せない。それどころか、相手に向かっていく気勢を放っている。
「のび太あ……」
 地の底から絞り出すような声をジャイアンがあげる。
「おまえが、おまえがこっちにきてれば……」
 それは恨み言でもあり悔いをあらわにしてるようでもあった。
「おまえが俺たちについてれば、昔のように一緒にいられたもんを……」
 ひどく勝手な言い分であるように思えた。だがそれはジャイアンの本音なのだろう。のび太にはそう感じられた。
 答える声はどうしても素っ気なく冷たいものにならざるえなかった。
「無理だよ……それは絶対無理だよ」
 そこにどんな理由があろうと、悪さには手を貸せない。貸せるわけがない。
 そんな事をしたらこの時代にいない友達を悲しませる事になる。それだけではない。どんな理由があろうとも、それだけは絶対にできない。そういう何かが、そう言わせる何かがのび太にあった。
 正義、道徳、義務……。
 言葉にすればそういったものになるだろう。今時どうでもいいようなものばかりである。だが、そんな古くさいものがのび太を縛り、のび太を動かしていた。
 誰のためとか、何かのためといった理由ではない。周囲がどうあろうと、時代や状況がどうあろうと、自分がどの位置にいてどんな立場であろうと決して変えてはいけないもの。
 それがのび太を動かしていた。それはジャイアンのやってる事と決してあいいれないものであった。それもまた、もしかしたら自分勝手の一形態であるのかもしれない。
 のび太もまた、のび太なりのジャイアニズム────自己中心主義を持っていたのかもしれない。
 しかしのび太はその事について何一つ恥じることも悔やむ事もなかった。
 その思いが、その意志がのび太を動かした。


 ジャイアンとの距離が縮まる。


 ジャイアンも動き出す。


 二人の拳が交差する。


 互いにそれが相手の頭のぶつかる。


 蹴りが放たれる。


 胸ぐらを掴んだ腕が、相手の体を投げ飛ばす。


 振りあげた拳が相手の顎をとらえる。


 タックルで抱えた相手の体を持ち上げ、コンクリートの床に叩きつける。


 関節を極めた腕をねじって相手を投げたおす。


 肘が相手の顔面をとらえる。


 膝が相手の腹に打ち込まれる。


 双方知りうる限りの技を繰り出していく。双方だし尽くせるだけの意地を出していく。


 果てのないと思われる殴りあいが続く。


 その行き着いた果てに。


 ドガッ


 のび太の手刀がジャイアンの頭をうった。


 よろけたジャイアンがなおも体を立て直してのび太に挑みかかろうとする。が、そこまでだった。


 一歩二歩と進んだジャイアンは、そこで倒れた。


 いつの間にか屋上にやってきていた警察官や担任、ほかの学生達、保健の先生の前で、のび太は呆然と倒れるジャイアンを見下ろした。


 そして。


 意識が遠のく。


 勝利を確信して気がゆるんだのか足の踏んばりがきかなくなった。もうとっくに体の感覚はほとんどなくなっていたが、それでもまだ意志がかろうじて体を支えていたのだが。


 倒れていく自分を感じながらのび太は何かを聞いた気がした。


「のび太さん……!」


 優しく柔らかい、自分にとって一番大事な女(ひと)の声だった。
(気のせいかな)
 そう意識する間もなくのび太はコンクリートの上に転がっていった。


 それからの後始末はそれなりに面倒な事になった。
 突然の襲撃による小学校壊滅は町内のみならず新聞の地方欄や地方テレビの話題となった。
 平和でのどかなはずの住宅街での出来事は、平和をむさぼるその他大勢の国民に最高の話題を提供する事となった。警察もこの事件についての調査を開始し、全貌の解明に取り組むことになる。
 が、それは意外なほど呆気なく集結していもいくことになる。捜査開始から一ヶ月ほどした時期に、十数人の人間が警察に出頭、事件の首謀者であると自首してきた。
 取り調べにたいして男達は、行き場のない怒りをぶつけたかった、むしゃくしゃしていた、などというのを理由としてはなしていた。その背後に会社からの解雇などの理由もあったが。
 実際彼らの周辺事情は自供の内容を裏付けるようなものばかりであった。同じような境遇の人間と話をするうちに話が膨れ上がり、たまったストレスを発散するために、平和な学校をねらったという。
 信じられないような自供であったが、本人達が言ってるので警察もそれで話を進めるしかない。そして取り調べが終わった後の裁判で、この首謀者達は一様に自分達の行った事を認めた。
 その結果彼らには相応の罰が下った。



 だが、その一方で事件はこれにて収束する事になっていく。
 首謀者が真相を話したのだからこれ以上捜査のしようがない。世間を、少なくともご町内をにぎわせた事件はこうして終わっていく事になる。
 もっとも、噂の域を出ない都市伝説はこの後も増えていく事になる。刑務所にいるもの達以外にも犯人はいて、そいつらは今も周囲の学校をねらってる、とか。
 どこかのカルト集団の人間で、神の啓示や悪魔のささやきとかいって事件を起こしたのだ、とか。
 自首した連中は生け贄で、本当の犯人は今も地下に潜伏してる、だとか。
 そのほとんどが根も葉もない噂であった。だが、その中には一抹の真実も含まれていたし、噂を流した出所はそういう風説で世間がにぎわう事をねらってもいた。
 真相が明らかになったあとの噂話というのは一種の娯楽である。「本当はそんな事ないから」という前提で語られる怖い話は、恐怖を楽しむ人間心理の求めるところである。
 それによって「実際は違う」という事を再確認して安堵を得る。そのためだけの息抜きのようなものであろう。その一方で、嘘を拡散することで真実を隠蔽するという作用もある。
 今回噂を流した者はそれをねらっていた。
「読みが当たってくれて助かる」
 どこともしれない場所にある一室でスネ夫はそうつぶやいた。


 これだけの大騒ぎを起こしたのだ、そう簡単に引っ込みはつかない。普通にやっていれば自分やジャイアンにも追求は向かうだろう。それだけはなんとしても阻止せねばならなかった。
 そこで。スネ夫は考えうる最善の方策を展開する事にした。
 まず、学校襲撃については、首謀者としてそれなりの人数の人間を警察に出頭させる事にした。当然ながらこれらの人間には刑務所にて相当つらい年月を過ごさせる事になる。
 だからこそスネ夫は人選を慎重にした。家族がいる者、借金がある者など。そういった者達に罪をかぶせた。刑務所に入るかわりに、借金などを肩代わり家族の面倒を見ることを。
 放っておけばどこにも身の置き所のない者達である。この条件と引き替えに警察への出頭を選んだ。そのために組織はもてる資金のほとんどを費やす事となった。
 同時に議会・警察・裁判所などへの圧力もかけた。金だけではない。弱みを握ってる者達に捜査と裁判が有利になるよう働きかけた。
 ここでの有利とは、出頭した者達だけを取り調べる事である。それ以外に波及しない事が求められた。それなりにいい思いをして、それなりに後ろぐらいところを抱える彼らは素直に応じた。
 それでも世間は事の真相を欲する。世の人間にとって、調査された公開情報は意味がない。「知られてない真相がきっとある」というのが誰もが思う事である。
 だからスネ夫はそれを噂という形でまき散らした。全てが嘘であった。もちろん中には本当の事も混ぜてある。「犯人は別にいる」「本当の首謀者は別にいる」などなど。だが、そんなものも全て噂にしておけばよい。
 噂はおもしろおかしく誰もが騒ぎ立てる。それで誰もが満足する。「本当かどうかわかんないけどねー」の言葉とともにおしまいになる。それが人間というものだった。
 今回もそれでうまくいった。真相は一部の人間だけの胸に秘められたまま誰もが省みなくなる。そして世間はいつも通りの日常を取り戻していく。全てが元通りでなくても。
(しかし……)
 さすがにスネ夫はこの状況を「めでたしめでたし」で締めくくるのには抵抗があった。今回の件で組織は壊滅状態に陥った。建て直しはほとんど不可能だろう。
 そういう意味では、ジャイアンの言うとおりにのび太を叩きのめしにいったのは失敗である。放っておけば、多少の伸縮はあったとしてもおおむね順調に拡大していけたと思うが。
(これは、やっぱり……)
 そう考えずにはいられない。今回の件で誰が勝利をしたのかを。様々な見方・要素によってそれはいろいろ変わる。だが、それでもあえて一人を選ぶなら決まっている。


 のび太である。


 組織の壊滅、平穏な日常の奪還。それをのび太は成し遂げた。多分に組織の自滅的な行動によるものだとしても、組織をそちらに動かしたのはのび太の行動である。
 こればかりは認めないわけにはいかない。
「まったく……」
 やってくれる、と続けそうになったが、出てくるのは笑い声だった。押し殺した、小さな、クククク、という声が口から漏れる。
 望んだ何かを手に入れたのは結局のび太である。その事が悔しいはずなのだが。なぜか笑えてきた。人間本当に困ったことがあると笑うしかないと聞いたことがある。それだろうかと思った。
 どっちでもいいと思った。今、スネ夫は全てを失ったのだ。今更なにをどうしたところで仕方ない。ただ、それでもこれ以上失うものがないのは喜ぶべきだろうけれども。
 組織が崩壊したと言っても、手にした有力者の泣き所が失われたわけでもない。当分の間はこれを使って身の安全をはかることができる。それだけでよしとするべきなのかもしれない。
 とはいえこれを使って何かを仕掛けてやろうとはおもえなかった。下手に欲をかくととんでもない事になる。いずれ有利に使える日がくるにしても、それまではおとなしくしていようと思った。
 それがこの半年間必死になって作り上げたものを失った直後にえた教訓である。ずいぶん高い学習費用だと思った。



────その後の事をあらためて語る必要もあるだろう。



 結局のところ、剛田商店は有利な土地に拡大展開することになった。今更ジャイアンに脅されて買い物にくる者はいなかったが、この商店が客の要求にあった物を揃えていったのは確かである。
 また、多額の借り入れも用地の買収もしてしまっている。今更引き返すわけにもいかなかった。幹線道路の建設計画も進んでいる事だし、渡りに船だ、と剛田家の父と母は考えた。
 その幹線道路もジャイアン達が議会を動かして建設させたものである。だが、それは遅かれ早かれ必要になったものだし、今更取りやめにする必要もなかったので進められた。
 新たに開店する剛田商店は「スーパーゴウダ」として新しい第一歩を踏み出すことになる。近隣で一番の品ぞろえおいう事と、無理を承知で駐車場を確保したことが大きかった。
 従業員には、現在刑務所に服役してる小学校襲撃事件の首謀者とされた物達の家族が従事している。これはジャイアンが父と母に「このままではかわいそうだ」と力説した事による。
 口より先の手が出る血の気の多い両親であるが、その分義理人情にもあつい。また、息子の必死の嘆願にも心動かされ、「それならば」と大量に採用したという。置かれた立場が立場なので、従業員として作用された者達も身を粉にして働いた。
 それが功を奏したのか、スーパーゴウダは数年で第二店舗を計画するにいたった。
 刑務所を出所した者達も家族の伝手でスーパーゴウダに入社し、その後の店の発展に尽力していく。もっともこれは先の話である。


 当面ののび太達の周囲は、多少の混乱があったもののいつも通りに推移していった。
 はれて学業に専念できるようになったのび太は、成績を順調に伸ばし、出来杉に迫る成績を示していった。また、あのジャイアンに勝ったという伝説がさらなる人気を集める事にもなる。
 もっとも本人はそんな事関係なく何かを求めているようではあったが。


 ジャイアンはその後も喧嘩でならす事になる。
 もっともそれは以前とは少しばかり意味合いが違ったものになる。裏に回って悪さをしてる連中を締め上げていった事は今まで通りである。
 だが、自分の配下においた者達に不要な悪さをさせないのが今までとの違いであろうか。表だって悪さをした連中には容赦はないが。そうやって町の裏側をしめるようにはなった。


 スネ夫はスネ夫で今まで通りの生活に戻った。
 ただこの半年の経験が何かのきっかけを与えたのかしきりに経営や運営について学ぶようになる。実践で得たものだけでは満足できなかったのだろう。
 スネ夫なりに反省もある。もっとよくできなかったのか、あの時もっとやりようはなかったのか。そんな自問自答を繰り返す日々だとか。
 後にスーパーゴウダの経営で様々な助言をするようになり、それがこの店の発展に寄与する事にもなるのだが、これもまた後の話である。


 しずかにはさしたる変化もみられない。騒ぎがおさまるにつれてまた以前のように友人達と触れ合う機会も増え、笑顔が戻っていった。ただ、その視線の先には常にとある少年をとらえるようにはなったが。
 それが他の多くの少年達を落胆させてるとも知らずに。


 そんなこんなで数ヶ月が過ぎ去り、季節はめぐっていく。波乱に満ちた日々も時間が少しずついやしていった。冬が終わり暖かな時期が迫ってきた頃、のび太達は一つの区切りを迎えようとしていた。


「野比のび太」
「はい」
 名前を呼ばれたのび太が壇上に上がっていく。桜が芽吹くにはまだ早い時期、のび太達は卒業式を迎えていた。今、卒業証書の授与が行われてる最中である。中学校の制服に身を包んだ卒業生達が今まさに門出を迎えようとしていた。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
 定型通りの言葉を交わす担任とのび太。だが、それでも互いに幾らかの感情は交えていた。あの日々の最後の最後で担任は担任としての責務を果たし、のび太はそんな担任に尊敬の念を抱いていた。
 証書を受け取ったところで振り返り一礼する。それから右に向いて歩いていき、階段を下りる。
 次々に呼ばれていく卒業生の名前を聞きながら段を下りていく。途中で正装した保健の先生が目に止まる。
 のび太の視線に気付いたのか、軽く笑顔を浮かべてくれた。それを見て少しだけ頬がゆるむ。なんだかんだでそれなりに世話になった人であった。もっとも、今では随分と縁遠くなってしまったが。
 その理由については喜ぶべき事であるし、素直に祝福したいところではあった。ただ、素敵な女性とのやりとりが失われるのはそれなりの寂しさを抱いてしまう。その原因を作った存在への軽い嫉妬と共に。
 それでものび太は何かと協力してくれた人よりももっと大事な誰かのためにこれから頑張らねばならない。その者の名前が呼ばれる。「源しずか」返事と共に立ち上がり壇上に上がっていく少女の姿を見つめ、のび太は式が終了した後の事に思いをはせた。


 それから一時間。
 それなりに色々あった後で屋上に出て来たのび太は、相手がやってくるのを今か今かと待っていた。その相手はのび太がやってきてから十分ほどして到着した。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
 しずかの声に少し顔を強ばらせながら振り返る。
「そんな事ないよ」
 そうは言ったものの声が固くなってるのは否めなかった。これからする事を考えればそれもやむをえないが。
 やってきたしずかも幾分緊張してるようだ。「式が終わったら屋上にお願い」と言って呼び出されたのだから当然かもしれないが。
「どうしたの、こんな所に」
「うん、ちょっとね」
 そう言ってのび太はしずかを見据える。
 この数ヶ月でしずかは更に髪を伸ばした。以前よりも女っぽくなった気がする。もともと可愛いのは確かだが、それに磨きがかかったようだ。あらためて前にすると胸が高鳴ってしまう。それでも気合いを入れて声を出す。
「しずかちゃん」
「うん」
「…………好きだ」
 それだけ告げただけで頭が沸騰し、体から力が抜けていく。ジャイアンと殴り合った時ですらもっと気が楽だったと思う程に。あとは返事をまつだけだった。
 酷い話しだが、勝算はかなりある。以前放課後の保健室でのやりとりを聞いていたのび太は、その時聞いたしずかの気持ちにかけていた。しかし返事は遅い。
(どうしたのかな?)
 そう思いつつしずかを見つめる。
 言われたしずかは最初ぽかんとしていたが、それから俯いて床を見ている。顔をのび太にあわせようとしない。何かまずかったかな、と心配するも尋ねるのが難しい。のび太としては返事が来るまで待つしかなかった。
 そして。ようやく顔を上げた静かは目にうっすらと涙をにじませて小さく何回か頷いた。それから、「うん」とようやく答えた。
「私も、のび太さんが好き」
 その言葉に、のび太は全身から力が抜けていくのを感じた。
「び、びっくりした…………」
 大げさに思える程大きく息を吐く。しずかはそれを見て笑うしかなかった。
「どうしたのよ。あんな大きな事をした人が」
「だって、もしダメだったらって思うと」
「何言ってるのよ」
 クスッと笑ってしずかは驚くべき事を口にする。
「もうとっくに知ってるでしょ。あの保健室で」
「え……?」
 それにはのび太がびっくりした。あれは自分と保健の先生だけが知ってる事と思っていたので。
「どうしてそれを?」
「この前先生が教えてくれたから」
「…………」
 思わず天を仰いだ。
「うわあ……」
「何よ、もう」
 珍しく膨れるしずかが抗議の声をあげる。
「知ってたなんて酷いわよ」
「ごめん。でも、あの時あそこにいたのは」
「いつもの事だったんでしょ」
「……はい」
 そう言われると何も言い返せない。
「なのに何も言ってくれないなんて。私、凄く不安だったんだから」
「ああ、そう…………その、ごめん」
 あやまりながらもある事に気付く。
「じゃあ、ずっと待っててくれたの?」
 聞くまでもない事である。しずかは赤くなりながらコクと頷いた。
「あちゃあ……」
 のび太は更に頭を抱えた。
「それ、いつ聞いたの?」
「あの事件から一ヶ月経ったくらいかな。冬休みに入る前」
 という事は三ヶ月以上も放ったらかしにしてるという事である。
「それは、本当にごめん」
「私、てっきり嫌われてるのかと思ったわよ」
「そんな事ないよ」
 これだけは断言出来た。
「ずっと好きだったよ、本当に」
 あらためて言うと恥ずかしい言葉だった。だが、今更引っ込むわけにはいかない。
「ずっと、ずっと好きだったんだ。ずっと前から」
「…………うん」
 はっきりと思いを告げられてしずかも赤くなる。
 そのまま二人は落ち着くまで真っ赤になって向かいあっていた。


 ようやく落ち着いた二人は、並んで屋上から町を見下ろした。
「ここから眺めるのも今日で最後だね」
「そうね」
「なんだか、色々あった小学校だったよ」
「本当に」
 その思い出があの猫型ロボットのおかげであるのは二人の共通認識だった。
「どうしてるかしらドラちゃん」
「さあ。でも、たぶんこうしてるのを眺めてると思うよ」
「タイムテレビで?」
「うん」
 頷いて想像する。今頃居間かどこかでタイムテレビを眺めてる相棒の事を。
「どう思ってるかしら?」
「たぶん、喜んでくれてると思う」
「本当に?」
「うん」
 断言出来た。
「だって、目的がかなったんだから」
「え?」
 疑問を浮かべるしずかに、のび太はドラえもんがはじめてやってきた日の事を伝える。
「その日ね、ドラえもんに聞いたんだ。僕は将来誰と結婚するのって」
「うん」
「しずかちゃんだったらいいなあ、って言ったんだ」
「まあ……」
「でもね、最初は全然違う別の人だったんだよ」
「え……」
「だから、そんな未来を変えたくて。ドラえもんは僕と一緒にがんばってくれたんだ」
「そうなの……」
「それだけじゃない。僕が落第生じゃなくて、もっとちゃんとした大人になれるようにね」
 その部分はよく聞いていた。だが、自分と結婚するためというのは初耳だった。
「じゃあ、のび太さんはその頃から私の事を?」
「うん。好きだったよ、ずっと」
「もう…………」
 言われてしずかはまた顔を赤くする。
 だが悪い気分ではなかった。そんな昔からずっと好きで、自分のためにそこまで努力してくれて。思われる事は悪い気分ではない。まして好きな相手からである。いや、好きにさせられた、というべきなのだろうか。
「じゃあ、私はそんなのび太さんに落とされちゃったって事なのかな」
「どうだろ? 落とせたなんてとても思えないけど」
「そう?」
「うん。僕よりいい男なんて他にいくらでもいるしね」
 その言葉はのび太の本心なのであろう。あれだけジャイアン達とわたりあい、それでいて成績を上げるだけの努力をして。それでも自分が優れてると自惚れるわけではない。それなりに自信はついてるだろうが、傲慢にならないのは偉いと思った。
「でも」
 しずかはそれでも少し意地悪をしたくなった。
「私だって心配だったんだから」
「なにが?」
「のび太さんが保健の先生と……仲良くなってないかって」
「え? あ、ああ……」
 言わんとしてる事を理解して慌てる。
「いや、先生には協力してもらってただけだから、本当だよ」
「本当に?」
「本当だよ!」
 必死に抗弁するのび太。しずかは黙ってじーっと見つめて、それから笑顔になる。
「うん、分かってる」
「よかった……」
 胸を撫でおろすのび太は保健の先生のその後の事を思い出す。
 あの事件の後で担任と共にのび太達を守るために奔走してくれたらしい。そのかいがあったのか、のび太やジャイアンにお咎めはなしとなった。
 それから何がどうなったのか。先生には恋人が出来て、その後結婚、退職が決まったという。相手は、なんでも小学校の頃好きだった相手だとか。
「凄いよなあ」
「凄いわよね」
 ずっとずっと好きだった相手だったらしい。
 二人の事を知ってたしずかは素直におめでとうと告げに保健室に向かった。
「もの凄く遠回りしたのよね、保健の先生」
「うん。もの凄く。でも、一緒になれて良かったよ」
「残念じゃない?」
「うーん、ちょっと残念かも」
「まあ」
「でも、今は本当におめでとう、って思えるよ」
「そう……良かった」
 その言葉に嘘がない事を感じ、しずかはほっとした。
「まだ先生が好きだったらどうしようって思ってた」
「何か、いっぱい心配させちゃってたみたいだね」
「本当よ」
 少し拗ねたような口になってしまう。
「保健の先生みたいにずーっと待たされたらどうしようって思っちゃったんだから」
「ごめんごめん」
 そういってあやまるも、ふとある事に気付く。
「でも、もの凄い遠回りしたのは僕も一緒だよ」
「え?」
「遠い未来までいって、ようやくやり直せたんだもの。百年二百年も遠回りだ」
「ああ……」
 言われてみればその通りかもしれなかった。
「でも、やっとここまでこれたよ」
 そう言って手すりの上のしずかの手に自分の手を重ねる。
「もう絶対に迷ったりしない」
 言いながらその手を握る。
 しずかも、その手に指をからめた。
「うん…………お願いよ」
 言いながらしずかはのび太を見つめる。気がつけば自分より背が大きくなっていた。たしか154センチだっただろうか。同年代の男子より高い。
 それに声も幾分低くなっている。そういう時期なのだろう。
 急に大人っぽく、男っぽくなっていくようでドキドキする。
 それはのび太も同じだった。しずかも随分と女ぽくなった気がする。
 髪が伸びただけではなく、全体の雰囲気とかが。あまり凝視しては失礼と思うが、胸のあたりにも膨らみが目立ち初めて来てる気がする。
 そんな互いの変化を見つけていく。あらためて相手が、そして自分達が大人になっていくのを感じた。まだまだ子供ではあるが、いずれそうなるだろう、と。
「しずかちゃん」
 言いながらのび太はしずかを抱き寄せる。相手も拒んだりしない。自然にのび太の腕の中におさまってくる。抱きしめたしずかはとても華奢で柔らかくて温かかった。
 しずかも抱かれながら感じていた。意外とたくましく骨張ってるのを感じる。武骨でいながら安心感を感じさせた。
 それを感じながら互いに思う。これから先、まだまだ様々な問題もあるだろう。だけど、絶対に乗り越えてみせる。のび太もしずかもそう思いながら相手を見つめた。顔が近づいていく。


 晴れ渡る空の下、一組の恋人が誕生していく。
 その二人は、初めての触れあいを終えてから空を見上げた。


 これから先、まだまだ様々な問題もあるだろう。だけど、絶対に乗り越えてみせる。そう思いながらのび太は空を見上げた。
 まだ寒さの残る、しかしこれから温かくなる季節の空は、どこまでどこまでも青かった。
 かつての友の色のように。



『ハードボイルドドラえもん』【完結】





********************




「さて、と」
「どうしたの?」
「いや、これから頑張らないと」
「なに?」
「僕のやりたい事。やらなきゃいけない事」
「のび太さんの?」
「うん、僕の……」
 それを見上げながらのび太は言う。
「やらなきゃいけない義務を」


【ハードボイルドドラえもん 最終章】



 中学校に進学したところでやる事に変化はない。
 通う学校が変わった事と、授業の内容が変わったくらいである。その点では小学校と何も変わらないし、これまで通りのやり方を踏襲すれば良いのはありがたかった。
 ただ、何かが変化したようで結局何も変わってないのは、何かしら面白みに欠けるのは確かである。それでも多少の変化があるとすれば、部活があるのと不良がいる事くらいだろうか。
 リーゼントにそり込みにボンタンに長ラン・短ラン。
 そんな格好をした連中が学校にいるのはかなり驚く部分である。そしてそんな連中がのび太とジャイアンを入学早々呼び出したのも驚くべきことであった。今後の事を考えてしめるつもりだったのだろう。
 残念な事にくぐった修羅場が違い過ぎた。
 体格的には不利な二人であったが、中学程度でいきがってる連中などにびびるようなタマではない。この時ばかりは背中合わせになって相手を叩きのめし、冒険を共にした頃の呼吸を示した。
 そのままジャイアンは不良達を締め上げて裏で睨みをきかせてるらしい。おかげで学校は実に静かになった。のび太もショックガンを使わずに済んで助かっている。この点はジャイアンに感謝をするべきかと思った。
 もっとも、また何かあれば行動する事になろうが。そのために、相変わらず稽古は続けている。
 古流の稽古は勉強でとかく籠もりがちになるのび太にとって適度な刺激になっていた。また、他の運動より性に合っていたようだ。
 どういうわけか体育やスポーツでやる運動より抵抗がない。むしろすすんでこれに時間を費やしたくなっている。師匠の教え方が良いのだろう。組織絡みの出来事で出会った師匠は、その後様々な経緯を経て道場を開いている。
 その出資にスネ夫が絡んでいるというが。まあ、組織の金をこういう形で使うのはよい事だろう。あれ以来スネ夫もこれといって目立った行動はしてない。組織をその後どうしたのか分からないが、まあなんとか上手く始末したのだろう。
 そちらの方面については目立った話しも聞かない。全てが終わったとは思えないが、それでもとりあえずは何とかなってるのだろう。そう思う事にしていた。気にはなるがこれ以上どうこうできるものでもない。
 それにジャイアンもそうそう派手な動きはしないだろう。実家のスーパーがあらためて開店し、連日忙しいらしい。そちらの手伝いにかり出されてるという。それに加えて学校の裏側をしめてるのだ。そうそう暇にはなるまい。
(そう言えば)
 ふと思い出す。のび太の父がこの地域の担当になった事に。正確にはスーパーゴウダの担当になった事に。商社としては新しい店に注意をはらってるのだろう。これが吉と出るか凶と出るかは分からないが。
 だが、それらは流れにまかせるしかない。この先どうなるとしても。それよりものび太はは自分のやるべき事の方に力を注がなくてはならなかった。それは長く険しい道になるだろう、とは思っていた。
 それでも、それを諦めるつもりはなかった。道がどれだけ険しくても、それに邁進していこうと思った。


 そして。
 のび太は手紙を書いた。いつか届くであろう、未来へのたよりを。
『やあドラえもん。元気かい?』
 手紙の書き出しはそんなありふれた言葉だった。



『それじゃあ、また書くよ。そっちでは何枚も溜まってるだろうけど。でもまた言うよ。じゃあね!』
 そう締めくくられる手紙を手にしながらタイムテレビを眺める。
 画面には、今まさにこの手紙を書いてるのび太が映っていた。
「のび太くん……」
 立派になったなあ、とつくづく思う。手にした手紙を書いてるのは中学一年の頃。その頃から書き始めた手紙はたまりにたまってかなりの量になる。それが代々伝わってドラえもんにまで伝わっている。
 未来から過去に行く前にはその存在すら知らなかった。野比家に保管はされていたようだが、ドラえもんが帰還するまでは表に出ないようになっていたらしい。タイムパトロールも絡んでいるようであったが。
 湿気などにやられないように梱包されていたそれを受け取ったドラえもんはびっくりした。結構な量だったので。そして中から出て来た数々の手紙を手にとって静かに涙を浮かべていった。そこに綴られた言葉のために。
 そして、自分の行動がどれほどの変化をもたらしたのかを直に見る事になる。それほど過去から帰還した直後の変化は大きかった。


 それまでも何度か未来に帰ってきた事はあったが、それらの時にはさほど変化はなかった。生活レベルが上がっていってるのは感じていたが、それでも一般的な生活レベルの範疇であった。
 だが、今回の帰還はそんなものではなかった。
 雰囲気がまるで変わっていた。これまでとは完全に違う。生活レベルというか、科学レベルがそもそも違っていた。一世紀くらい時代が違うというところであろうか。いったいどうしたのだろう、と思ってるところにタイムパトロールがあらわれた。
 何かあったのか、と驚いたドラえもんであるが、懸念はすぐに払拭された。タイムパトロールはドラえもんに状況の説明をしにきたとの事だった。
 それによると、ドラえもんによって大きく変わったのび太は、その後科学者として成長。ドラえもんが少しでも早く開発されるよう基礎研究などに尽力したという。その結果、人類の科学は加速的に発展したという。
 もちろんのび太だけの功績ではない。その後押しをした者達もいる。そういった研究の資金援助として、スーパーゴウダを元とする物流・流通大手のゴウダ商社の存在も大きい。それらの援助がなければとうていここまでの発展はなかっただろう。
 タイムパトロールがドラえもんの過去への派遣を容認した最大の理由がこれだった。
「今まで黙っていてすまなかった」
 そう述べるパトロールの高官に、ドラえもんはただただ呆然とするだけだった。
「でも、未来が大幅に変わったんですよ。それはいいんですか?」
 当然の疑問をドラえもんは口にした。タイムパトロールは時代の変化を許さない存在だと思っていたので。
 だが、それに対して高官は首を横に振った。
「そうとも言い切れない」
 彼の言うには、結果がよりよいならば歴史の改変になろうとも容認する、というのがタイムパトロールの立場であるという。ただ、そうなる可能性は通常は極めて低いので、時間を逆行した者を取り締まってるという。
「結果として、本来生まれるべきだった人物が消える事もある。だが、それで文明が発展し、より多くの人間が生きながらえ、幸せになる者が多くなるならば。それで失われる尊い人命が減少するならば。我らはそちらを選択する」
 そうやって未来……言ってしまえば現代も、であるが、これが変更された事はこれまで何度もあるらしい。それによって多くの人々が地位や親しい者達を失う事もあったという。だが、そうなったとしてもそれを認識する事もない、というのが普通である。
「だからこそ我々は最善に至るならば物事を容認してきた」
 そう述べる高官には苦渋がにじんでいる。それはそうだろう。結果としてそちらが最善であるとしても、失われる物事は有るのだから。
「私とて、本来ならここにこうしているのかどうかも分からない。そもそも誕生してるのかすら分からないくらいだからな」
「はあ……」
 話が壮大すぎて何と応じれば良いのか分からなかった。だが、自分がとりあえず良い方向に物事を進めたのは分かった。
 ただ、さすがにきつい事もあった。
「ともかく、これで野比のび太についての歴史改変は終了と判断する。残念だがこれ以上の過去への介入は禁止する。申し訳ないが分かってくれ」
「そうですか……」
 こればかりはどうしようもないのだろう。それについてドラえもんが言えるのはそれだけだった。
「君にとってつらい事になるのは分かってるが、分かってほしい。これ以上介入した場合、これが良い結果をもたらすのかどうか判断がつかないのだ」
「分かってます。むしろ今までの過去滞在を認めてくれただけでもありがたいです」
「そう言ってもらえると助かる」
 そう告げると高官は立ち上がって退室していった。今後、のび太に介入する時間移動者にはタイムパトロールが対応する事を約束して。


 そしてドラえもんは今もタイムテレビに向かう。
 もう何度目になるか分からない。
 手紙も何度読み返したか分からない。
 だが、そのたびに涙が浮かび、画面にみいってしまう。そこで動くのび太は見違えるように立派になっていた。
 目的の一つであったしずかちゃんとの結婚も果たし、社会的にも成功した。個人としても幸せそうであった。ただ、時折自分と一緒に写ってる写真を眺めては寂しそうにしてる事もあった。
 その写真は手紙と共にドラえもんに伝わっている。
 別れの前に撮影した時は新しいものだったが、時間と共に色褪せていった。
 保存状態は良いはずなのだが、それでも時の流れは容赦なく記録を消耗していく。だが、すり切れたそれには確かにあの時一緒に写した記憶が刻み込まれていた。
 かつてのび太がこれを見つめ、そして今は自分がこれを見つめて思い出を蘇らせる。
 画面の中ののび太にその事を何度伝えようと思った事か。叶わぬ願いと知りつつも、手元の写真を同時に眺める。
 だが、それ以外ではのび太は着実に成長していっている。結婚し、子供も生まれ、家庭と仕事に忙しい毎日をおくっている。妻であるしずかはよく家庭を守り、のび太は研究に勤しんでいた。
 ジャイアン達もそんなのび太の研究への資金援助などをしている。のび太の父が商社マンとしてスーパーゴウダに尽力した事も手伝ってるのだろう。その勤め先は、後年巨大化したスーパーゴウダに吸収されている。


 その頃には父も定年退職し、優雅な老後を過ごしている。妻と一緒に、のび太としずかの間に生まれた五人の孫達に囲まれて幸せそうだった。子供の数が増えてるのは、それだけのび太が成功してるからだろうか。


 のび太ものび太で、科学者として様々な業績を残している。個人としても有能な人物になったようだ。だがそれ以上に大きな功績は、優秀な弟子を多数輩出した事だろう。その事が研究者の増大と研究の躍進に大きく貢献した。
 ある意味自分の限界を知っていたのかもしれない。どれほど優秀でも一人で出来る事は高が知れてる、と。だからこそ自分だけが頑張るのではなく、多くの人間を育てる事に没頭したようだ。どちらかというと教育者としての仕事が多い。
 それもあってか、科学者としての第一線を退く時には多くの弟子達から惜別の声を送られていた。老いて白髪と皺が増えた姿を見るのは寂しいものがった。だが、それもまた貴重なのび太の生き様であった。
 それでものび太はドラえもんへの手紙を欠かさなかった。何年何十年経ってもそれは変わらなかった。常に自分との絆をおぼえているのび太にドラえもんは感動を禁じえない。


 そして最後の時。
 息を引き取ろうとするその寸前に、のび太は語りかけてくる。
『ドラえもん、そこにいるのかな? ここを眺めてるのかな?』
 いつものようにドラえもんは答える
「うん、ここにいるよ」
 届かない声。それに応じる返事もない。だが、のび太の声はそんなドラえもんの声を聞いてのもののようであった。
『どうやら僕はここまでらしい。もう少しがんばれば君に出会えたかもしれないけど』
 事実、その時点でドラえもんと同型のロボットはほぼ完成しようとしていた。本来の歴史より早く。しかし、それでものび太の寿命に間に合う程ではない。
『残念だよ。君のプロトタイプくらいとは顔合わせしたかったけど』
 そう言いながらも顔には穏やかな表情が浮かんでいる。
『でも、君の誕生が早まったならばこんなに嬉しい事はないよ。あとは君が僕を助けにくるのを待つだけだ』
「うん、そうだね。行かなきゃね」
『あとは、全てを終えた君が楽しく未来での時間を過ごしてるよう願ってるよ』
「ああ、分かったよ」
 それじゃあ、そう言ってのび太は目を閉じた。
 それが最後になる。
 これもまた何度も見た場面だった。


 それでもドラえもんは繰り返しのび太の人生を眺める。自分が関わる前も、自分と一緒にいた頃も、自分が帰還した後も。変わる事のない映像を眺めながら、何でも読み返した手紙をなぞりながら。
 未来に帰ってきてからだってやる事はある。対人用玩具ロボットであるドラえもんには、子供の相手などをつとめるのが役目である。だが、その必要がない時はいつだってこうやってタイムテレビを眺めていた。
 どんな時よりもずっと輝いていたその時期を。かけがえのない存在と過ごした日々と、そんな相手のその後を。決して触れあえない相手のたどった軌跡をなぞる事を。それをドラえもんは続けていく。
 やがてドラえもんも消耗し、摩耗していくだろう。ロボットであるから人間より寿命は長いが、いずれ壊れる日もやってくる。だが、その日が来るまで続いていくだろう。こうやって大事な人が何をしていたのかを眺める事を。
 発展性のない事である。意味もないだろう。だが、損得や意義といったものでははかれない何かがそこにあった。だからドラえもんは続ける。いつか壊れて動かなくなるその日まで。


 大事な大事な友達を思いながら。


【ハードボイルドドラえもん 最終章 完結】




********************





 というわけで、ハードボイルドドラえもんは完結です。
 おつきあいいただきありがとうございました。


 意外と評判がよかったのでしあわせです。
 今後の何かを書いていく予定ですが、それらも同じようにご愛顧頂けるようがんばります。


 しかし書いてて思いましたが。
 ドラえもんというのは本当に良く出来た話です。
 書いていてやりやすかった。
 やはり多くの人が楽しむものには優れた何かがいっぱいつまってるんでしょう。
 そんな作品をこの世にのこしてくれた藤子・F・不二雄先生に感謝を。





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2012/11/17  13:57

投稿者:東亞重工製合成人間rock69型

自分の「ジャイ子観」と考案中さんのそれが
無茶苦茶一致してて、とても嬉しく思ったですよ。
彼女を大事な「語り手」として登場させてくれ
俺は感無量ッス。

彼女の原作の当初のイメージからの成長。
これが、時の流れだなぁ…と。


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