平成19年(行ウ)第648号 開発許可処分差止等請求事件
平成20年(行ウ)第105号、118号 訴えの追加的併合申立事件
原 告 氏名省略 外
被 告 渋谷区、東京都
第22準備書面
平成21年9月29日
東京地方裁判所民事第38部A1係 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 斉 藤 驍 外
第1 はじめに
1 平成16年成立の改正行政事件訴訟法が平成17年4月1日から施行されてから約4年半の月日が経過しようとしている。同改正の附則第50条が「政府は、この法律の施行後5年を経過した場合において、新法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」と規定する「施行後5年」の検討時期が近づいているのである。
本件の重要な争点との関係で言えば、行訴法9条の原告適格にかかる裁判状況は勿論、同条の「法律上の利益」と同じ文言が用いられる同法10条1項の主張制限にかかる裁判状況についても、当然にその検討対象となるものである。
そして、その検討に際して政府に求められる姿勢は、改正に際しての、
・ 「司法の行政に対するチェック機能の強化」(司法制度改革審議会意見書)
・ 「国民の権利利益のより実効的な救済」(司法制度改革推進本部行政訴訟検討会・行政訴訟制度見直しのための考え方)
・ 「政府及び最高裁判所は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
・・・二 第三者の原告適格の拡大については、行政による多様な国民の利益調整のあり方を十分に考慮しつつ、これまでの運用にとらわれることなく、国民の権利利益の救済を拡大する趣旨であることに留意しつつ周知徹底に努めること。・・・」(行政事件訴訟法の一部を改正する法律案に対する附帯決議・衆議院)
・ 「政府及び最高裁判所は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。 一 本法については、憲法で保障された裁判を受ける権利を広く実質的に保障する観点から、訴訟要件を緩和した今回の改正の趣旨を生かした柔軟な運用がされるよう、また、行政訴訟において適用される諸法規の解釈においても、憲法及び法令において保護された諸権利・諸価値が保障されるよう周知徹底に努めること。
二 第三者の原告適格の拡大については、公益と私益に単純に二分することが困難な現代行政における多様な利益調整の在り方に配慮して、これまでの運用にとらわれることなく、国民の権利利益の救済を拡大する趣旨であることについて周知徹底に努めること。・・・」(行政事件訴訟法の一部を改正する法律案に対する附帯決議・参議院)
と意見、決議等である。
2 前記検討時期が近づくにつれ、行訴法改正前の裁判例状況、改正の経緯、経過及び内容等、並びに平成17年の小田急大法廷判決の意義およびその後の下級審の批判的分析が広くなされるようになり、実務及び学会の状況が俄に慌ただしくなってきた。
その象徴が、判例時報2040号、2041号、2043号及び2044号に「取消訴訟における周辺住民の原告適格−小田急最高裁大法廷判決以後における下級審判例の動向と解釈上の問題点」と題して連載された小澤道一国士舘大学法学部教授の論文である。同論文は行訴法9条にかかる小田急判決後の多数の下級審裁判例を採り上げ、細かな分析に基づき問題点を指摘するものであって、判例時報に合計4号にもわたって連載された同論文が実務等に与える影響は極めて大きく、同論文の論評に対して裁判所は自覚的に取り組むべきであり、またそうならざるを得ないであろう。
また、平成16年改正前には議論されることの少なかった行訴法10条1項をめぐる問題についても、議論が活発化してきた。行訴法9条と同法10条1項は、前者の原告適格の範囲が拡大されても、後者の主張制限が厳しく適用されるようであれば、「司法の行政に対するチェック機能の強化」や「国民の権利利益の実効的な救済」の実現には程遠く、その意味で両者は車の両輪の関係にある。そのため、同法9条の原告適格に関する論評の広がりとともに同法10条1項の主張制限に関する議論が活発化したのは必然の流れと言える。この点に関しては、産業廃棄物処理施設設置許可処分取消請求事件(平成19年8月21日千葉地方裁判所判決、平成21年5月20日東京高等裁判所判決)において意見書を提出し、裁判所の判断に直接かつ確実に大きな影響を与えた福井秀夫政策研究大学院大学教授の意見がある。
3 加えて、先般の衆議院選挙により政権交代が実現した。これにより従前の官僚行政に対する政府の姿勢は既に大きな転換を始めており、そのような政府が平成16年行訴法改正第50条に基づき行う検討及び措置の方向性は自ずと明らかである。
4 裁判所には、以上のような諸般の状況を踏まえた判断が求められているのである。
第2 行訴法9条と小澤道一論文
1 判例時報に連載された前記小澤道一論文は、取消訴訟における処分の名宛人以外の者(第三者)の種別として分類される@周辺住民、A競業者・既存同業者、B消費者、C公共用物の利用者のうち、@周辺住民に限定して小田急判決後の下級審判例の動向を示し、問題点を指摘するものである。
2 2つの東京地裁判決に対する指摘
行政訴訟において東京地方裁判所行政部の判断が及ぼす影響が大きいことは言うまでもない。
小澤道一論文では4件の東京地方裁判所判決に触れられているが、ここではそのうちの2件を採り上げ、小澤氏の批判的姿勢を中心に示す。このような批判を正面から受け止め、十分に応える判断が裁判所には求められている。
(1) 東京地判平成20・1・29
東京地方裁判所民事第2部(裁判長裁判官大門匡)による小田急鉄道施設変更工事完成検査合格処分取消請求等事件判決(判例時報2000号27頁)についてのものである。
同判決について、小澤氏は、「鉄道営業法1条の規定に基づく前記技術基準省令は、工事施行認可及び工事計画変更認可の基準とされ(鉄道事業法8条2項、9条2項)、工事完成検査・鉄道施設検査・鉄道施設変更検査の合格基準とされている(同法10条2項、11条2項、12条4項)ので、騒音防止について定める技術基準省令6条は、行訴法9条2項後段の「目的を共通にする関係法令」ではなく、同項前段の「処分・・・・・・の根拠となる法理の規定」そのものである(この点、本判決には誤解があるようである。判旨A末尾参照)。
したがって、本判決のように技術基準省令の「趣旨、目的を参酌」する(判旨A末尾)のをもって足りるものではなく、「法律上の利益」の有無を判断するに当たっては、技術基準省令6条の「規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮」し(同項前段)、さらには、違法処分がされた場合における被侵害利益の内容・性質及び被害の態様・程度をも勘案し(同項末尾)なければならないのであって、こうした解釈をとるならば、鉄道事業法に、周辺住民の健康上・生活環境上の利益(著しい騒音を受けないという利益)を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を読むべきことになると思われる。
この6条の規定自体は、文言上は、本判決がいうように、「基準としては抽象的、一般的」であり、また、努力規定にとどまる。
しかし、この規定に関する行政の解釈基準(平成14年3月8日鉄道局長通達)では、新設と大規模改良に係る努力義務達成目標の指針として一定の騒音レベル(昼間60デシベル以下、夜間55デシベル以下)が具体的に定められており、この義務が果たされていない場合には、鉄道事業者は、不合格処分を受けることになるであろう。
このように考えると、この6条と上記行政解釈基準により新設・大規模改良に係る鉄道騒音を一定のレベルに抑制するよう努力するという明確な行政指針があるというべきで、この行政指針の目的は、一に、周辺住民の健康上・生活環境上の利益を保護するところにあるわけであるから、この点からも、判旨Aは疑問である。」(判例時報2043号32乃至34頁)とする。
小澤氏の指摘が強烈な判決批判であることは明らかである。
(2) 東京地判平成20・5・29
東京地方裁判所民事第38部(裁判長裁判官杉原則彦)による三井グラウンド土地区画整理事業施行認可処分等取消等請求事件判決(判例時報2015号24頁)についてのものである。
ア 小田急判決を踏まえないことに対する批判
同判決について、小澤氏は、「本判決の原告適格に関する判決理由は、小田急判決を踏襲したものとなっている。」としつつ、小田急判決と詳細に比較して、「・・・・・・3) 原告適格を根拠づける個別的保護利益は、小田急判決では「騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害から免れる利益」であるのに対して、本判決では「震災時に拡大する火災等によって生命又は身体に受けるおそれのある被害から免れる利益」である。
前者は、鉄道車両走行による日常的な被害から免れる利益であるのに対し、後者は、経験上数十年に一度と考えられる大震災時において受けるかも知れない被害から免れる利益であり、両判決における保護利益の性質・態様は大きく異なる。・・・・・・前記3)の点を考慮すると、本判決の原告適格についての解釈は、実質的には、生命又は身体の安全を原告適格根拠づけの個別的保護利益として扱う一連の最高裁判例(川崎市がけ崩れ事件判決(平9・1・28民集51巻1号250頁)、千代田生命総合設計許可事件判決(前掲)、さらには原発判決など)を勘案した結果のものと思われる。」と指摘する(判例時報2043号37及び38頁)。
ここでの小澤氏の表現は上記のとおり「・・・と思われる」として断定的表現はされていない。しかしながら、小澤氏の「両判決における保護利益の性質・態様は大きく異なる。」との指摘、及び「実質的には、生命又は身体の安全を原告適格根拠づけの個別的保護利益として扱う一連の最高裁判例を勘案した結果のもの」との指摘をみれば、その真意は明らかである。つまり、小澤氏は、本判決が形式的には小田急判決を踏まえたように見せかけながらも、実質的には小田急判決が切り開いた日常的な生活環境被害を原告適格を根拠づける個別的保護利益として採り上げる途を閉ざしたことを批判しているのである。
このような小澤氏の見解が、本訴訟において原告らが主張するところの小田急判決による「実体法解釈の転換」や「生活環境被害が法律上保護されるべき対象とされるに至ったこと」に通じるものであることは明らかである。
イ 都市計画法に基づく事業であることへの着目
同判決について、小澤氏は、「本判決が小田急判決を引用した上で、同判決に沿った法解釈を行っているのは、対象事業が都市計画法に基づき計画決定されたものであり、この点では小田急判決と同じであるからであろう。」と指摘する。
この指摘は、原告らが先の原告第21準備書面において平成20年9月10日最高裁大法廷判決(浜松市土地区画整理事業決定取消訴訟)の泉徳治判事の補足意見に着目し、園部逸夫氏(元最高裁判所判事)及び小早川光郎氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)のヒアリングメモも踏まえて主張したところを、小澤氏は東京地判平成20・5・29の中に既に見出したものと言え、これも本訴訟における原告らの主張に通じるものである。
そして、開発行為の代表が土地区画整理であり、土地区画整理が「都市計画の母」と呼ばれる位置を有することからすれば、これが都市計画事業という形式をとると否とにかかわらず、土地区画整理事業に関して日常的な生活環境被害を原告適格を根拠づける個別的保護利益として採り上げるべきとする小澤氏の批判は、開発許可にかかる行為が行われようとしている羽澤ガーデン周辺の原告ら住民にも日常的な生活環境被害という原告適格が存在することを既に論証しているというべきである。なお、この点についてはさらに詳述する。
3 平成19年8月21日千葉地方裁判所判決を踏まえた指摘
小澤氏は、産業廃棄物処理施設設置許可処分取消請求事件(平成19年8月21日千葉地方裁判所判決)について、同判決が「「原告適格の有無は訴訟要件であり、訴訟の入り口の段階で行われるべきものであることからすれば、その判断は社会通念による概括的な程度で足りる」と述べていること(判旨A1))は、重要である。
この判断が厳格・細密なものでなければならないとするならば、訴訟要件の審査と本案審査の差がなくなってしまうからである。」と分析し、「もんじゅ判決(最判平4・9・22民集46巻6号571頁)についての調査官解説では、『原告適格の有無の判断が、本来、訴訟の入り口の段階で行われるものであることにかんがみると、・・・・・・想定される原子炉事故の規模、右事故による放射性物質の排出量及びこれによりどの程度の健康被害を当該原告が受けるか等についての当事者双方の詳細な主張、立証、鑑定等を経た上で、原告適格の有無を判定するというような判断の方法は、適切なものとは言えないように思われる。』とある(高橋利文・曹時45巻3号986頁)。小田急判決の調査官解説にも、同旨の記述が見られる(森英明・曹時60巻2号671頁)。」と指摘している(判例時報2041号・28頁)。
羽澤ガーデンに近接して居住する原告らについて、開発行為による生活環境被害が生じることは社会通念により概括的に当然に認められるところであって、原告らの原告適格を認めた上で、速やか、かつ、十分な証拠に基づく本案審理が求められるところである。
4 属性
ところで、小澤氏は京都大学法学部を卒業後に、建設省や東京都庁に公務員として勤務経験があり、法令の立案・解釈・運用、土地収用等の業務に従事してきた経歴の持ち主である。
このような小澤氏の前記指摘は「官の内部からの批判」であって、これを「外部からの批判」として切り捨てることは到底出来ないものである。
第3 行訴法10条1項と福井秀夫意見書
1 司法制度改革推進本部の行政訴訟検討会の委員で座長を務めた塩野宏東京大学名誉教授は、行訴法10条1項に関し、「改正法9条2項において原告適格判定に際しての考慮要素が明らかにされたことが参照される。すなわち、10条1項が働くのは、9条2項の要件が充足された第三者の主張に対してであるが、当該第三者は、処分に際して考慮されるべき利益を有しているものである。逆にいえば、当該処分が処分要件を充足している限りにおいて、利益の侵害を甘受すべき地位に置かれているのである。したがって、原告としては、事故に対する不利益を甘受するについては、基本的には、あらゆる違法事由を主張することができるのは、不利益処分に対する場合と同様であることになる。」(塩野宏・行政法U(第4版)156頁)としてその基本的姿勢を明らかにしている。
2 そして、同じく行政訴訟検討会の委員を務め、建設省での勤務経験のある福井秀夫政策研究大学院大学教授は、産業廃棄物処理施設設置許可処分取消請求事件(平成19年8月21日千葉地方裁判所判決、平成21年5月20日東京高等裁判所判決)に意見書を提出して個別具体的な事件にも積極的にかかわっている。
福井氏の意見の骨子は、「改正行訴法を踏まえて10条1項を解釈するならば、原告適格が主観訴訟にふさわしい個別の具体的な利害侵害で根拠付けられるものであることを前提としつつも、10条1項はそれに対応した必要十分な範囲での違法性に関する主張制限について、当然の確認的な規定を定めたものであると解される。10条1項における違法主張の制限の解釈に際しては、「法律上の利益」について9条2項の趣旨を踏まえて解釈しなければならないのである。原告適格と本案における違法性主張制限の解釈は、改正法によってきわめて整合的に行うことが可能となった。どのような不利益を受けたときに、どのような要件の下で原告適格が認められるのか、という判断は、結局のところ、法の趣旨、目的、内容、構造等に依存する。10条1項の違法の主張制限については、広がった原告適格に対応した整合的な解釈を行わなければならない。実質的な権利救済を阻まず、主観訴訟としての意義を貫徹しながらも合理的に解釈するためには、処分要件の文言自体の探求ではなく、個別の行政処分を定めた法令全体の趣旨の探求が必要なのである。その際には、法の趣旨が、仮に処分要件のすべてが満たされていてもなお一定の者に対して一定の不利益を受忍せしめようとするものであるのか、それとも何らかの処分要件違反があったときにのみその違反を是正するためだけの取消訴訟の提起を許すものであるのか、という点の考察が特に不可欠である。」とし、環境利益を侵害されるものとして原告適格が認められる者は、それを回避するために処分要件の全てについて争い得るというところにある。
そして、このような点こそ改正行訴法および小田急大法廷判決が期待しているところであり、これに適う判例として、従前指摘した東京高裁涌井判決等の判例が存在する。そこで、比較的最近の判例を指摘しておく。
上記平成19年8月21日千葉地方裁判所判決は、「10条1項の「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは、一般的・抽象的には、処分行政庁の処分に存する違法のうち、原告らの権利・利益を保護する趣旨で設けられたのではない法規に違反したにすぎない違法と解するのが相当であって、ここにいう法律とは当該処分の根拠規定である行政実体法規を意味するものというべきである。もっとも、このことは原告らが行政実体法規による処分の名あて人であることを要するものではなく、また、原告らの権利・利益を保護する趣旨で設けられた規定であるかどうか、当該行政実体法規の立法趣旨、同法規と目的を共通する関連法規の関係規定との関係等を考慮して判断すべきである」、「人体に有害な物質を含む産業廃棄物の処理施設である管理型最終処分場については、設置者の経理的な基礎が不十分であることにより不適正な産業廃棄物の処分や同処分場の設置及び維持管理が行われた場合には、有害な物質が許容限度を超えて排出され、その周辺に居住等をする者の生命、身体に重大な危害を及ぼすなどの災害を引き起こすことがありうる。そうすると、経理的基礎は、単に健全な経営の維持に止まらず、施設の安全面をも資金的観点から担保する機能を果たす」、「同処分場の適正な設置及び維持管理が困難であるとか、不適正な産業廃棄物が行われるおそれが著しく高いなど、管理型最終処分場の周辺住民が生命又は身体等に係る重大な被害を直接に受けるおそれがある災害等が想定される程度に経理的基礎を欠くような場合において、平成12年法15条の2第1項3号、平成12年規則12条の2の3第2号の規定が、前記被害が想定される住民の生命又は身体等の安全を保護する趣旨を含まないものとまでいうことはできない」として、周辺住民がした事業者の経理的基礎にかかる違法主張を制限しなかった。
3 以上のような塩野宏東京大学名誉教授の見解を踏まえれば勿論、福井秀夫政策研究大学院大学教授の意見も踏まえても、小田急判決により生活環境被害が個別的保護利益の対象として認められ、さらには緑や文化に対する社会的意識の高まり、景観法その他法令や条例の実定法化が進む今日、本訴訟における原告らの東京都自然保護条例や渋谷区みどりの確保条例に関する違法主張は行訴法10条1項によって制限されるものでは決してない。
以上

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