言葉のちから  林とこころ

身の回りの猥雑なものを排除して身ぎれいに整えると、心地よい空間が生まれ、

維持すれば、続く。言葉も、良いものを使い丁寧な言葉選びを心がけると、

内側から精進へ向かうようなチカラがあって、人生は変わっていく。

シャワーのように善良なメッセージを浴び続けると、私のような単純な人間は

天にも登る気がしてくる。7月、宮島の厳島神社でいただいた御御籤(おみくじ)

はまさにそれに近い。そのまま素直に心にとめて過ごしてもうすぐ明ける。


===白檮宮兆(かしはらのみやのちょう 大吉) 40===

これは末の子に生れても、そうりょうのやくを務むるうらかたにて、

上たる人は国を治め、下々の者は家をおさめ、すたれたるを起し、

絶えたるをつぎすえずえ栄ゆ、労して功あり、

めでたきことも数々。(略) 思うこと、願うこと、かなわずと言うことなし、

よき種をまきて豊年にあえるがごとし。

=============================


わたしは末っ子なのでまず冒頭の一言に注目。そして「下々の者」は

家をしっかりと保ち、下火になって衰えていくのを立て直して栄えさせる

という。それが無駄に終わらないと励ます。積極心の奨励だ。

これは当HPにおいでくださったみなさまにお贈りしたいほど普遍的な

意味がある。

胸膨らむメッセージというのが確かにある。
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タグ: 宮島 積極心

開墾の日々  土地の魂


森々と雪が降る北大構内。前後に聞こえる声は若いアジアの人たちのもの。

こうして北大という構造の中で見る雪景色はちょっとした冬を体験する

舞台装置になっている。異国の人はそれが格好の観光になっているようだ。

彼らが博物館に入ったので私も久々なので入ってみたら、幸運なことに

一角で坂本直行さんのスケッチブック展が開催中だった。観光客はここには

誰もおらず独占状態となり、下野塚の開墾生活に思いをはせた。

縦横が3間と4間程度の掘立小屋で、奥さんによると背筋が寒くなるような

貧しい暮らしをしたと語られていた。その寒さ、雪、はかどらない開墾。

人生の展望をどう立ててきたのか。

しかし残されている写真は、サムライのような凛とした姿勢がみえ、

山仲間を中心とした友人知人の来訪と交友も支えになったようにみえるが、

逆に来訪者が直行さんの原野生活に励まされたのではないかと感じた。

驚いたのは日高の山を描いた数枚の淡彩画スケッチ。数十年前に私が描いたポロシリ岳や

アポイ岳のイメージととても似ている。私はきっとそれほど入れ込んで直行さんの

筆致を真似たいと思っていたのも事実だった。それとも山で急いで大きく描くと

こうなるのか。きっと両方だろう。

23日、苫小牧も前夜からの大雪のあと雨が降った。山仕事のテントが

またもやつぶれそうになった。http://hayashi-kokoro.com/





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自伐型林業  林とこころ

高知県で産声を上げた「自伐型林業」、いよいよ北海道でも名前が

使われるようになりそうだ。協議会が設立されたようだ。


自伐林家という呼び名の方はもともとあって使われていたから、

それと何が違うかと言えば、既存の森林組合や委託の仕組みに依存せず、

むしろ批判的な立場で取り組むあたりか。



当たり前の話だから何が変なの?と聞かれそうだが、かつては自ら林業を

するという行為は下火だった。しかし、地方創生の声の前後に、

地域資源を見直した時に、塩漬けされている地域の宝は森だと

いう、これまた当たり前の結論になった(のだと思う)。



多額の資本投資はせずに林を地域経済に役立て、環境保全と

雇用と修景に寄与するスモールビジネス的林業はわたしたちにも

一部共通する当たり前の活動だと思うし、道内各地のそのような

活動がメジャーに取り上げられなかったことの方が不思議だ。



その隙間に視点を与えネットワーク化し賛同者を集めてきたN氏の

足取りをわたしは遠くから見てきた。成否も妥当さもよくわからないが、

確かに賛同者は東北まで来ていて、このたび本格化する旗揚げのイベントが

あったのだ。



林は、立地も取り組む人も多様でどこも特殊事例だ。

それをつなげる名前のようでもある。

つなげていけば政治的な声にもなるが、ひょっとしてそこがねらい

かもしれない。



わたしはコモンズ的な林業はこれと分けておこうと思う。あくまでせいぜい

セカンドビジネスでしかないし、元来、保全緑地や保安林など制限林で行う

林業だからだ。ただもっとエリアを拡大的にする選択肢もあることは自覚している。

その踏ん切りはなかなかつかない。
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鹿追で見る実現した「未来」  林とこころ

一昨日は鹿追町の役場で地方創生の取り組みをお聞きしました。

そのあと、牛の糞尿からバイオマスによって無臭化するプラントを見学。

発生する熱をマンゴーなどハウス栽培(写真上)とチョウザメ養殖に利用し、

残りのメタンで水素を作って水素ステーションを建設中でした。

市街地を酪農が取り囲んでいてどこから風が吹いても匂うという環境を改善しようと

したのが動機のようでした。確かにある時期、牧場に撒く牛の糞尿のにおいは、かなり

ガツンときます。深刻です。


で、種々、素晴らしい循環でした。経済もアクティブに動きます。若い人も女性も

のびのびと日常を送るさまが目に浮かぶ。また、若者がイベントをしたり

アイデアを語り合うピュアモルトクラブという素敵な木造施設(写真下・5億円)

が用意され、ヨソものも住みたくなるような場にはよだれが出ました。

近年、北欧などで創られてきたフューチャーセンターに当たるものだと思います。



理想をアイデアし、実現しよう・・・。こんなところに住みたいと思わせる

取り組みが現実にあることは心強い。夢を現実にする姿に触れることができたのは

今年の大きなできごとであり、収穫。


ちなみに私の勤める財団の研究所の公益事業で、でこの鹿追の高校生など全道の

高校生1755人にアンケートして集計し分析して

考察した「若者の地域志向とソーシャル・キャピタル」が出ました。

http://nakanishi-shuppan.co.jp

先日役場を訪問した折、一冊持参したところ、吉田町長はすでに所用の部分を

読んでおられ、この町の子供たちが、「大人になったらこの町に恩返しをしたい」

と述べているのをみて感激した、と言っていました。黒子として編集に関わってきた

ものとしては大変うれしい話であり、また大いに励まされたところです。


*画像はピュアモルトクラブの内部。

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若者が森をめざす  林とこころ

建築家でアーティスト、してまた自らはフリーの木こりと呼ぶJさんが

「この頃の若者が森を買いたがっている」、という。

自然派に限ったこととは思うが、森ガールなどという言葉も聞いて久しい。

住友林業の「森人」などという番組も森林をちょっと魅力的に描いている。

いや、そこで働いている人を美しく描いている、といってもいい。

全国に目を移せば、自治体の所有林に都会から若い地域おこし協力隊を招いて

林業を展開するところも多い。

先日のローカル・ベンチャー・スクールつまり、地域起業塾も農業や林業など

一次産業で、工夫して仕事をおこそう、と若者に語り掛けている。

そこに集まっている若者の半分以上は、なんと女性だった。


ひょっとして、ゆっくり、本当の森や林の時代がくるのだろうか。

いや、今こそ来させたいものだ。

わたしたちも新しい時代に向けてもっと研鑽する余地が残っていると思う。

*ホームページのアドレスが変更になります。
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先達の時代読み  林とこころ

日本も世界も連日大きなニュースが駆け巡る。

日常的なテロ、政治的・武力的緊張、EU離脱、移民問題、中国の南シナ海に

おける軍事基地化と覇道、尖閣へのじわじわとした接近、そのかたやに

天皇の生前退位のお気持ち公表があり、オリンピックや高校野球もある。

先日は都知事選で政党と国民の顔が見えた。



評論家の日下公人氏は、一昨年、終戦70年にしていよいよ、日本の時代が

やってきたという意味の本を書き、その豊富な事例と分析に触れ、

なるほどと思った。今年2月、「こうして、2016年、日本の時代が

本格的に始まった!」を出した。比較文化史家・平川祐弘氏はこれまでの

世界にまたぐ経験から「日本にうまれて、まあよかった」や「日本の正論」

を出した。二人の縦横の時事評論と展望は目から鱗の思いで読んだ。



一方、文芸春秋の9月号で、石原慎太郎氏は移民受け入れについて肯定的な

意見を述べていて驚いた。まさか!である。

しかし論を読み込むと、日本が移民を受け入れても、腹黒い欧米のような

怨恨を生まず、和合して、移民たちが地域に溶け込んでコミュニティの祭りに

喜んで参加するような状態になる、という。この視点は、前2者の日本人観と

共通するものがある。そして世界における日本の位置と役割を彷彿とさせる。

日下氏は、日本はすでにその道を歩いている、というものだ。だから、周りが

振り向いて寄ってくる、と。



仏陀とキリストが時代を超えて日本にやってきて、立川で共同生活をする漫画

「聖(セイント)おにいさん」が世界的に読まれていることが示すように、

日本人は年末の一週間にキリストの儀式と仏教、神道の3つの宗教行事を

渡り歩く民族だ。宗教にこだわりがなく、仲良くやるのがモットーだ。

嘘はつかないで、他人には親切にするのが身についている。工夫する技術も

優れている。



80歳を超えた碩学たちの時代の読み方は、世界から見て独特の道を歩んできた

日本、そして歩むだろう日本を描き出していて大変興味深い。

なにか、ぼんやりとした文章になった。しかしオリンピックの戦い方にも

すでにその一端がぼんやりと顔をだしているようだ。そうみると、確かに

時代なんてものは凡人にはいつもぼんやりにしか見えないものだ、という気がする。

先達の時代読みから目が離せない。



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ハスカップは海から来た  林とこころ

5月末から細々とハスカップのフィールドに足を運んでいると、湿原や原野は土地の履歴の

においがプンプンする分だけ、土地からのメッセージが聞こえるように思う。

平坦な原野にも実は細かい起伏があり、小さなエリアだが植生が違うことも多い。

湿原は特に水位が数10センチ違うだけで植生が変わる。だから苫東の自然環境調査で

北大の故・伊藤浩司名誉教授は「ミズナラ・コナラ・ハンノキ林」を特に位置づけた。

現地は水平距離1000mで高さ1mの勾配の、途中に出てくる植生。

で、原野がわたしにささやくのだ。

「ハスカップは鳥が運んだりはしない。海流が砂やごみと一緒に東(釧路など)の

方から長い時間、(ひょっとして)1万年近くかけてやってきたのだ」。


原野を歩きながら、その声から表題のような仮説を立てていくのは我ながら身震いがする。




*図は「特産のくだもの ハスカップ、スグリ、キイチゴ」1996社団日本果樹種苗協会編クリックすると元のサイズで表示します
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代替展望  林とこころ

この広場の、このアングルは、林を展望する展望台の代替スポットではないかと

思い始める。通常、素敵なスポットは俯瞰する展望台が定番だが、あいにくここには

平地のためそれがない。それがあれば、いかにここが安息の場かがよりはっきり意識されるが、

平地は、見通しの良い遠望がこれに代わるのではないか。幸いここには緑の広場が

あった。先代所有者が身体をこわすほど難儀して開拓した畑地あとだ。

今朝、瞑想時にひらめいたこのアイデアを、今日は一日反芻してみていた。

緑はどんどん濃くなっていく。


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断捨離  林とこころ

この連休は、人生のクライマックスともいう「林住期」に向けて、特に書籍と書類を

対象にかつてない果敢な断捨離を行った。今日はその2日目。

溜めに溜めてきた品々を見納めしながら、自分が半世紀近くこだわってきたことの軌跡を

たどることとなった。

「やはり、これだったんだ」。思い切った断捨離ができたのは、この歳になって初めて

こだわりの現役時代は終わったという自覚があるのと、

これからの自分の残された役割みたいなものが、少しみえてきたから。

今後の伸び代の期待分、捨てられるわけ。植物図鑑や専門書のほとんどと、

さよなら。



捨ててしまったものは植物図鑑に代表されるかもしれない。残したものは、

生き物たちとヒトのつながりに関するもの。やや、スピリチャルなものになる。

そして山、フライフィッシング、薪、ヨガ・瞑想・仏教、日本の歴史に関するもの、

恩師から頂いたもの、など。貫いていたキーワードは「森林美学」だったような

気がする。



これも一段落。64歳7か月目の断捨離。かくも記念すべき行いになるとは

思ってもみなかった。                  合掌
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バリ島の余韻  社会

4/1の夕方、インドネシアから苫小牧に戻りました。
インドネシアの印象は冥想したい場所が随所にあり、特にバリ島はヒンズーの人々が
神々と先祖に祈りをささげつつ生きているところ、という感じでした。

食事もおいしく、異国情緒大。日本が太平洋戦争を戦った命綱の資源の多くはインドネシアにあったこと、天皇陛下が昨年慰霊に行かれたパラオなどのカロリン諸島がその経路にあることなどを思い起こすと感慨もひとしおでした。

また初めて本物のスコールを体験しました。毎日です。インドネシアのジョグジャカルタやバリは南半球なので3月まで雨季。朝は晴れ、午後から数回スコールというリズムでした。

棚田の水管理システム「スバック」がコモンズとして世界遺産になっており、これも単に眺めただけですがいい見分になりました。

パワースポットを地で行く感じと人々の祈りの感覚。やはり大きな余韻が残ります。

(写真はジョグジャカルタのシェラトンホテル。豪華な庭は植民地時代の贅もかくなるものかと想像させた。パティオと外部との境界には、確か off security(ここから先は安全は保証しない?)というような警告板がたててあった。gated community である)

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わたしのソウルフード  土地の魂


映画「かもめ食堂」で主人公役の小林聡美が「だっておにぎりは日本人のソウルフードでしょ」と語ったのを印象深く思っている人は割と多い。

わたしは時々、ハスカップの塩漬けを真ん中に入れたおにぎりを、自分で作ったり作ってもらったり、買って食べたりしていますが、ハスカップのおにぎりは、どうも勇払原野のそばに長く住んでいる人にとっての、まがいのないソウルフードではないかと思っています。

なんというか、ハスカップは毎年待ち望んで食する人だけの「文化」に昇格していて、そのシンプルさと味に感動するのであります。そしてそれを感じる人々の間の静かな人気。

今日の昼は家内に作ってもらったそれを一個、楚々と食しました。

2月20日のハスカップを語る座談会記録(苫小牧民報)がとてもよくまとまっていて、読みながらつい、ソウルフードのことを書きたくなりました。

http://seinen-kishukusha.com/280310zadan-tomamin.pdf



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アイヌの人の世界観  林とこころ

広報誌「開発こうほう」の連載記事で、「子供たちと担うアイヌ文化」を
読みました。阿寒の郷右近富貴子さんがインタビューに答えたもの。
http://www.hkk.or.jp/kouhou/file/no631_series-ainu.pdf

これが不思議なトーンで、数少ない私のアイヌの人との対面に
共通する、あるものを感じます。それは、他者との関係性への
尊崇と、世界観みたいなもの。

関係性の尊崇というのは、なんというのか、謙虚さみたいなもの、
アイヌの人がいう「オリパク」みたいなもの。そして限りなくやさしい。

something great につながっているという世界観も、私などにやってくる
小悟はすぐマヒしてしまうはかないものですが、彼らはどうも
生まれつき備わっているような気がします。


郷右近さんは、アイヌ文化を発信することの心構えを聞かれて
こんな風に答えています。

=====

「なんだろう、難しいね。発信・・・、やっぱり丁寧に、謙虚になることかな。謙虚さってすごく大事だなと思う。なんだかどこかで、もしかしたらアイヌということが得と感じていないか。今、特にオリンピックとかで。しかも、国や道は、”アイヌ、アイヌ”とこの頃ちやほやしている気もするんだけど。何かあるごとにアイヌ文化を持ち出して、アイヌであることが偉いことのように勘違いしがちな部分もあるかなと思っています。・・」

====


平易な言葉選びの中に、意外に真実が自律的に語られているような
気がしてアンダーラインをひきましたが、それがなになのか、自分でも
よく理由がわかりません。(^_^)v


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歴史の正体  社会

遅まきながらの歴史の勉強が少しずつ進み、目から鱗の日々。
とりわけ今、学ぶべきと痛感するのはやはり大東亜戦争とそこに至る明治以降の日本、
そしてアメリカの「指導」よろしく仕組まれたプログラムに恭順してきた戦後史。
自虐史を正義とみる周辺の流れに抗い、歴史を正視するのは自分の殻を飛び出すような
行為に似ていることに気が付きもしました。

先日、清水馨八郎著「大東亜戦争の正体 〜それはアメリカの侵略戦争だった〜」を
読みました。いろいろわかりかけてきた大東亜戦争ですが、米国の出した洗脳プログラムと
メディアと教育の連携で染められた誤解を、敵国人が、これほど簡明に逆の真実を述べ、表現
したものは2度目。(一度目はマッカーサーの26年の米国の委員会での、日本の戦争は侵略でなく自衛だった、という証言でした。)

以下、引用。(ただし、文中、サンティン市長の名前に過誤があるようです)

================

アムステルダム市長による日本擁護論 祥伝社黄金文庫 202p〜

 平成三年、日本の傷痍(しょうい)軍人会代表団が、大東亜戦争の対戦国であったオランダを訪問した折、同国の傷痍軍人代表とともに、首都アムステルダム市長主催の親善パーティに招待された。その時、同市のサンティン市長は歓迎の挨拶で、実に良心的に大東亜戦争の真実を語った。思いもよらぬ話に、日本の代表団は感激した。

「あなた方日本は、先の大戦で負けて、私どもオランダは勝ったのに、大敗しました。今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。私たちオランダは、その間屈辱の連続でした。すなわち、勝ったはずなのに、貧乏国になりました。戦前はアジアに本国の三六倍もの面積の植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で、本国は栄耀栄華を極めていました。

 今のオランダは、日本の九州と同じ広さの本国だけになりました。あなた方日本は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑(さげず)み、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。

 あなた方こそ、自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。なぜなら、あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要があるでしょう。

 本当は私たち白人が悪いのです。一〇〇年も二〇〇年も前から、競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて、永い問奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大にして崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。

 本当に悪いのは、侵略して、権力を振るっていた西欧人のほうです。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを、東亜から追放して終わりました。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。

 日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑むのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです」


 参加者全員、思いがけない市長の発言に感動したのは言うまでもない。この市長のように、ヨーロッパの文化人や識者は、あの戦争は日本のほうが勝ち、攻めた白人たちのはうが負けて、虎の子の植民地から追い出され、西洋の古巣に戻されてしまったことを知っているからである。
 世界史的に大観すると、大東亜戦争はアジアが西洋に勝ったいくさであり、それはこの戦いをリードした唯一のアジア独立国・日本の功績にはかならない。「日本は負けて勝った」のである。アムステルダム市長のサンティン氏のように、ヨーロッパ人は東洋の日本に、謝罪し、反省し、感謝しなければならない。このような良心的な正論を吐く市長だから、彼はやがて、全国民に推されてオランダの国務大臣に選ばれたのである。

=======================

いろいろな方にぜひお勧めしたい一冊でした。
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デリケートな日本の観光  北海道と自然

週の後半、観光庁が主催するDMOのシンポジウムに出てきました。

インバウンド関係施策は今、バブルっぽい規模の予算がついていますが、参加者の多くは30から40代であることもその辺に関係がありそう。
つまり、伸びしろの産業。

さてそのなかで注目した点がふたつ。

一つはハワイのDMOの原資と日本、特に注目の阿寒のDMO的
予算、原資の違い。年間1000万人前後をよぶハワイは実は20年ほど前からDMOによるち密な市場対策によるみたいで、その原資は、
宿泊税。(海外客の?)宿泊費の9%を表示なしで徴収し、年間
400億円の収益を出す。職員約30名で仕事する。調査は外注、
理事は無給のボラ、ただしCEOは年収4000万円程度らしい。

阿寒の大西社長らも息の長いDMOを立ち上げていますが、
入湯税を150円から100円アップしてその収入が5000万円とのこと。
この差は、ハワイの担当者は笑い話のような差だといいましたが、
これは簡単に良しあし評価できない現実。わたしはその努力と成果は
各々たいしたものだと思います。

二つ目は、JTBのUさんがふと漏らしたひとこと。「だいたい、
デリケートな日本の観光地が、そんな大量なインバウンドを
受け入れてはいけない」。こういう冷めた視点もだいじではないか、
と思います。

そこで思ったもうひとつ。昨年、歌登にお邪魔して、なにが
アジアの人に受けたのか、その片鱗を見たような気がしましたのが、
日本人の異文化への好奇心ともてなしのスピリットです。

これは明治のイザベラ・バードなどが指摘した日本人の天然の
好奇心と民度の高さとおなじ。(そのあたりは、渡辺京二著
「逝きし日の面影?」にくわしい)

日本の津々浦々にはつまりそれがあり、北大の留学生関連
セクションで今、その辺のアプローチが始まりました。
ちょっと関わってみたいと思います。

(2枚目の写真は、ハワイの島ごとの平和カラー。面白いと思いました)クリックすると元のサイズで表示します
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地方に住むとはどういうことか  林とこころ

今、地方創生が叫ばれており、専門の担当相までいる。地方は地方の努力で
活性化すべし、という国の施策である。やる気のある自治体には国の予算で
応援しよう、ということのようである。全国の自治体は27年度末まで、
総合戦略というレポートを国に提出することになっており、北海道は10月末頃、
40%が提出済みとなっていた。

わたしは、かつて国の施策の実施部隊として中間組織に身を置き
自治体と国の間の調整をした経験から、そんなことしても自治体は動かない、
いや時に動けないだろうと思う。空の上を掛け声だけが飛んでいき、仕方
なく付き合わされている、というのが実情だろう。

一見もっともな地方創生という掛け声は、実は昔からいわれてきた地域振興
とか地域おこしに同義で、それを国が音頭を取ってむし返すねらいは、別の
ところにあるのではないか、と思う。

その根拠に、この呼び声が増田寛也元総務大臣の地方消滅だったかの本で、人口減少
によって自治体がなくなるという警鐘のころに始まったことが挙げられる。
これでいけば「このままでは自治体(地方)がなくなってしまうがいいのか」という
明確なメッセージだ。

もうひとつは人口問題まで地方に対策を採れというがごとき文脈であることだ。
思うに国全体の出生率を上げるためには、フランスのように、子供を産んでも
経済的負担が増えないようないくつかの施策がサポートしないと成功しないこと
が多くの学識経験者に指摘され、近年の事実経過もその見方がただしいように
見える。

しかし地方創生の掛け声は、国がそのような子供を産むことによって人生が不利には
ならないように手立てするよ、予算を確保するよ、ということでなく、地方よ、
知恵を絞ってガンバレ、地域のアイデアを絞って出せ、といっているのである。

つまり、人口減少による地方消滅は国費の積極的利用はしないというように
見える。ねらいはそこにあるのか、と疑う。28年度の予算98兆円に占める社会保障費は
31兆円だそうだが、この増大になんとか歯止めをかけたいのはわかる。しかし、
責任転嫁では困る。優先順位をもっと見極めて見ないといけない。


ちょっと話題を変えてみよう。
自治体がなくなる、地方が消えるという背景にあることの中に、実は興味深い
現象があり、人間のサガの鏡と思える部分があって、わたしはそれを地方の魅力、
地方で生きる意味、都市では味わえない地方のライフスタイル、という点に
かなりの興味を持ってきた。社会関係資本の蓄積によって、趨勢にさおさすこともできる、
と見てきた。

地方に住むことは様々な意味で、都市の暮らしに比べ自己確立が求められ、
自覚的な選択が必要である。2年前に全道の高校生1700人余りにアンケートした
結果(未発表)を見ながら、しかし、若い人の地域への愛着や地域にとどまって仕事をし、
家庭を持ちたいという願望がとても高いことを知って正直驚いた。であれば、大人は
次世代に何を用意してあげればいいのか。

答えは28年中に刊行が予定されている出版物の全体を読みながら、改めて議論したい。
これは今もこれからも容易に結論が用意される課題ではないから、個人的には
地方で生きるライフスタイルの提案とか、問題の整理とか、そんなものに耳目を
そばだてている。


そんな折、長崎の畏友のHP「まつを」に氏の見解が述べられていた。かなり
相通じるところがあり、さすがに言葉遣いがうまく機知に富んだ切り口なので
いかに引用した。2015年2月ごろのログである。


===「まつを」さんのブログから===

なぜ都市に人口が集中するのでしょう? それは経済成長に伴い、第一次産業から、
第二次・第三次産業へとシフトしていくから。
都市化が進むと、都市では地代や家賃の劇的上昇が起こり、階級ごとの住み分けが
起こりやすいわけです。TV番組『月曜から夜ふかし』でマツコ・デラックスが地域ごとに
差別的発言を繰り返しているのはこの状況を表しています。

そんな都市を抜け出ないのはなぜでしょう。私は、よく言われるように、仕事が地方に
少ないからというだけではないと思っています。都市生活では地方での生活に比べ、
脳の多面的利用が少ないように感じています。たとえば植物の名前や特性を知らないことや、
自然との接し方、食の多面性への理解、DIY的技能ばかりでなく、他者や地域コミュニティ
との接し方まで、脳の領域を使わないままに長年経過してしまっています。地方は縁(えん)
の世界であり、自然を活用していく世界です。こうして都市生活者は適用性に不安を
覚えられる方が多いのではないかと思っています。

(上記記事に関わりのある記事を2月14日に次のように書いています。)

アメリカの科学雑誌ディスカバーに発表された研究によると、人類の脳の大きさは
過去3万年で縮小しているとのこと。発掘される頭がい骨を測定すると、たとえば
ネアンデルタール人の脳は現代の人類の脳よりも大きく、現生人類の脳の平均サイズは
約10%縮小しているらしいのです。

分かる気がします。昔、山野を開拓し茶園を切り開いた人生をおくってこられた方と
お話した時、その活きた知識の広さと思考の広範囲さに驚いたことがあります。農業、
料理、気象、化学、生物、土木、建築、その上に乗った哲学的理念。自然に対して少数で
立ち向かう時、分業組織の一員として生きる人よりも、はるかに頭を使われているのだなと。
長崎インターネットラジオで多くのクリエイターにお話をお聴きしてもその傾向を感じます。
組織の中でルーチンワーク的に生きている人よりも、クリエイターの問題とする視野の
範囲と脳の活動領域は広いことを多くの方から実感しています。

これらの方々に比べると、流行を追うカタログくんたちの脆弱なこと。
前者たちが一度つかんだ知識が一生涯利用可能なことであるのに、カタログくんたちが日々
追い続ける情報は消費されていくたわいもないこと。結局、前者は生産者・クリエイターであるのに対し、後者は哀れな消費者に過ぎないわけです。

この植物は食えるか、どんな環境条件で生息するか。そんなことを遍く身に付けていたかつての人類は、スマホをいじりまわして喜んでいる輩よりもずっと脳は使っていると思います。口を半開きにしている若者が多くなっていることが話題になっていましたが、そういうことでしょう。

========(引用、おわり)


まつをさんの伝で行けば、都市に住むことは「楽」であり、退化の一途にあるとも
いえそう。それに安全で一見快適という側面もある。事実、60歳を超えるころから、
かつて自然児を辞任した自分でも、どっぷり自然の中に住むのはいやだな、と感じる
ようになった。

それでも地域の産土の感触も感じながら生きることに幸せ、土地とつながる喜びを
しることは、地面も自然もそのままの土地を目の前にし、そこに包まれているという
感覚でないと感取できないから、そのために人工より自然がはるかに多い地域に
素みたい。本当はそれだけで勝負はあったというべきなのだが、そんな幸せは
要らないよ、という人も多いだろう。これはわからない人に永遠にわからない。

結論は地方の幸せを知る人、求める人のみ地方に住めばいい、ということになる。
なんだか投げやりな終わり方になってしまった。

例年と変わらず実り多かった2015年が終わるにあたり、感謝して合掌。




雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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タグ: 地方創生 仕事 都市




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