2012/2/9

幸福のスピルオーバー  社会

稲葉陽三著「ソーシャル・キャピタル入門」を読んでいましたら、
幸福の伝播に関する項が出てきました。信頼はより強い信頼へ、喪失は一層の信頼
喪失へ。規範も同様。以下、引用。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
…社会関係資本には幸せを運ぶスピル・オーバー効果もある。自分が幸福だと
周りの人も幸福になるというものだ。アメリカでは1983年から2003年まで
4739人を追跡調査したデータを用いて、幸福は人びとの間に伝播するという研究
結果が2008年に発表された。幸せな友人が半径800m以内にいると、本人も
幸せに感じる確率は、そうでない場合と比べて42%高まり、距離が1.6kmに
伸びても幸せになる確率は25%高い。この幸せの伝播は3次の隔たり、つまり友人の
友人のそのまた友人まで有効で、逆に不幸は幸福ほど他人に広がらないという。
つまり、幸せは人のネットワークのなかで増殖力があり、かつ不幸と幸福の広がりは
非対称的だという。また、ネットワークの中心にいる人のほうが、ネットワークの端に
いる人より幸福だという。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

幸せ、などというとなんだか浮世離れした甘っちょろいように受け止めがちだが、
どっこい、社会の真ん中にあるキーワードだ。経済や成長豊かさも、結局、この幸せに
向かっている。

しかし、ほんとかい、とつっこみたくなるような話でもある。その一方で、恨み辛みを
ぶちまけて周りを不幸にしていく姿を見たことのある人も少なくないはず。幸せも
不幸せもスパイラルに、昇り、下る。その実感は、ある程度長い人生をくぐった人なら
共感が持てる。

幸せな人を冥想する人に置き換えた話を、もとソニー役員の天外伺朗氏はする。
100人に一人の割合で冥想する人がいるコミュニティは、それ自身が
プラスへ進化していく、という趣旨だったと思う。冥想は、つまるところ、
菩薩のような成就を願うから、願い・祈りがすでに一つの規範を示していく行動に
現れるからだろうか。それとも積極心を養うからか。

ネットワークの中心にいる人のほうが効果が高い、と言うのも積極心とつなげると
ムベなるかなと思える。各々がつながりの主人公になる社会、本来そうあるべき
ところがそう行かないのも個性だ。太陽のような人ばかりでなくてもいい。はしっこに
いたほうが心落ち着くし、幸せと言うこともある。それを認める社会であればいい。
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2012/1/31

森林の懐の深さと誤謬と不作為  社会


先週末、10年前に開催された森林フォーラムの同窓会がありました。その席でなんとなく
標題のような乱暴な話を口走っていまいました。しかし、思いは十分伝える時間も
整理も抽象化もできていませんでした。それで、その乱暴な話の筋(試論)をもう一度
なぞって記録しておこうと思った次第。以下。

というのも、森林林業の再生を今さらながら声高に取り組まざるを得ない現状が
象徴するように、造林の技術はある程度確立されたと見える一方で、地元材(少なくとも
北海道)で家を建てることは難しいし、里山や沿道は決して入りたくなるような林況でない。
むしろ荒れ放題で醜悪で、もっぱら木材は輸入に頼る。当然、業としての林業はGDP比で
0.1%を下回る。しかし、行政は施策をどんどん打っているかに見えて、「実」がない。
木材の生産を止めて公益的機能と環境教育に軸足を置いてしまった…。早い話が森林の扱い
論議ばかりが栄えて、林業は明らかに失敗したのではないか。

で、森林林業は構造的に間違った組み立てになっているのではないか。要するに、森林の扱いや業は根本的に間違っていたのではないのか。ほとんど雇用効果もないといわれるが、しかし、しっかり雇用している関連部門が実はあった。行政と研究機関である。ここはしっかり、森林で食っている。

そうなっている要因は、森林の多面性と一口に言えるのではないか。懐が深いのである。森林の外部性に臨機応変に寄りかかるのである。当面、材は安いところから輸入すればいいし、幸い、今の日本では森林は放置していてもなくはならない。公益的機能という存在理由もとても便利である。このバランスはいくらでもいじることができる。

森林はもともとそういうものであったと思えば割り切れる。森林地帯を拓いて宅地を造り不動産を生み出してきたことが、益々森林の経済評価を替え本来の生産物の経済循環から外れてきた。しかし、誰も困らない。中国資本が日本の森林を投資先と考え、余ったマネーが水資源と森林資源を虎視眈々と狙っても、まあいいじゃないか、仕方ないじゃないかと言う声は少なくない。

しかし、あまり困る人はいない。

〜〜〜〜〜〜〜

言ってしまってから、暴論だなあ、と思った。その一方で、そうか、行政と研究機関は森林の懐深さにおんぶしていたのかもしれないなあ、と妙にわかったような気分になった。林業に携わる民間が、市場についていけなかったのが悪い、ビジネス条件が最初から悪すぎたんだ、などという反論もあろうが、それでは業を誘導する施策はどうだったのか、となるだろう。

司馬遼太郎の「土地と日本人」を読みながら、このなんとも出口のない曖昧感を、一種の「不作為」としてちょっとメモしておこうと思った。


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2012/1/24

玄有宗久訳の『方丈記』  社会

北海道の地域SNS実験サイト「どっとねっと」の5周年を記念する座談会1/22では、ローカルな現実社会に軸足をおいて、つながりと理解を深めることと、グラーバルなソーシャルメディア活用は二者択一ではなく相互補完的ではないかという議論がでました。その土地その土地の現実社会こそもっと向き合って深めたい、という意見もでました。

この話を伺いながらわたしは、玄有宗久氏の新刊「無常という力」を思い出しました。玄有さんは福島県三春町に居を構え、ナニカで読んだところでは、たしか父親の介護をしながらここ三春で全うする、というような言明をし居残ったように記憶しています。

その玄有さんはうちひしがれた原発後の日々に、ひょんなことから鴨長明の「方丈記」を読みます。そしてこの本の後半に自ら訳した「方丈記」を載せています。800年前に書かれた方丈記は、意外なことに400字詰め原稿用紙でわずか25枚という実に簡素な作品。現代語訳の巧みさの故か、遙か昔の天災や人災が、今そこで起きているかのような錯覚を覚えます。

玄有さんは、福島の住まいの原発後と鴨長明が描く800年前の火事や飢饉や地震という災害を重ね合わせ、今昔の無常を語り、災害と戦乱について時空を越えた知恵と覚悟について、行ったり来たりしながら書いています。言葉は平易でありながら、しかし理解はかなり難しい。

玄有さんが言いたい主題は、グローバルな市場に一本化されないコンパクトな自治ではないかと思います。もっとコンパクトな暮らしをすればいい、人間は本来コンパクトな暮らしをしたいのだ、と述べます。「そんなに甘くはない、逆戻りはできない」と言う声が聞こえてきそうですが、もうコンパクトな自治を考え始める時期かもしれない、という理解はわたしにも受け入れられます。

話はもどって、地域SNSはどこへいくのか、どのようなソーシャルメディアを選択するのか、というのが座談会の大事なテーマでしたが、その答えとしては、洪水のように流れて消費される大量の人とのつながりと情報のもう一方に、地域という現実のなかで関係を深めるあり方、無常の地域社会の現実を突き抜けていく生き方というのがある、という少数意見がグググともたげてきました。大震災と原発事故が、そろそろめざめよ、というなんらかの問題提起だとする意見は、実はいろいろな人が言っていたのを思い出します。

理解は広さを求めると自ずと深くなる、という議論もありました。しかし、ものの理解と関係性は同列には語れないでしょう。事実、人の話を聞く、地域の課題に取り組んで解決の道を探る、などという営みは、そこに腰を落ち着けて深掘りしなければ始まらない。

「すべてを受け入れて揺らぎ続ける。それが自由になること、強くなること、そして未来を楽しむことである」とあります。時には引きこもって折に触れ反芻するしかありません。クリックすると元のサイズで表示します
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2012/1/20

クワの木の気  林とこころ

掌に樹木の気を感じるようになりたい、という一念で、随分いろいろな樹木に
手をかざしていた頃がありました。最初はまったく何も感じることができません
でしたが、やがて、ある樹種に限って感じるものがあり、同時に自分で掌を
合わせるようにすると、ちいさなゴムマリのようなものをはっきり感じるように
なりました。

ただ掌に気のようなものを感じるのは、どういうわけか、ヤマグワ、ニセカシヤという
ような、樹木としてはあまり重宝がられないものばかりでした。これとカラマツ。
このほか、本州では、ケヤキとクスノキでした。もっといろいろチャレンジすれば
もっとあるかもしれません。特にケヤキはムクの板に寝そべると呼吸が深くなる
ことを発見しました。

ところで、なぜ、ヤマグワなのか、まったく想像もつきませんでした。
が、玄有宗久氏の「無常という力」を読んでいましたらヒントがありました。
鴨長明が後鳥羽上皇にも認められるほどの琵琶の腕前だった、と言うその下り。

「琵琶という楽器は主に桑の木で作られます。お釈迦様がお座りになった菩提樹も
 桑科の木です。いい「気」を発している樹木だと言われています。…」

なるほど、そうでしたか。

なんだか、10年以上も前の話で、かつ、誰にもわかってもらえそうな話でないので、
そっと胸にしまっていたことなのですが、やはりうれしい。もっと探してみることに
します。もちろん、わたしの「てかざし」で、なにか感じて頂くこともできるよう
ですから、こちらの能力開発もあわせて。(笑い

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2012/1/15

地域SNSとfacebook  社会

地域の課題解決とコミュニケーションのために、とスタートしたmixi型の地域SNS「どっとねっと」が昨年9月で5周年になり、越し方を振り返ってみることの多いこの頃。
http://www.hokkaido-sns.net/OpenPNE2/public_html/

mixiが2400万人の客数を誇ったのはいつだったでしょうか。そのあと、twitterが誕生し、facebookが今はブームで、かたやにはgoogle+があって、無料のネット会話が進んでいますが、そこではて、と考えてしまいます。

これは、ある機能の進化なのか、機能分担なのか。

実際のところ、かつて地域SNSといえば、mixi型を指していましたが、今般、行政の事業仕分けなどで予算が付かなくなり各地で官製地域SNSが廃止に追い込まれています。

地域のコミュケーションの必要性は落ちてはいないし課題解決のツールとして、mixi型はとても有用だと個人的に思っていますが、わたしを含む「どっとねっと」のメンバーも何人かは、facebookを含むほかのツールもてがけて、それぞれの特徴を駆使して自在な交流を進めています。

地域SNSの概念も、mixi型だけでなくtwitterもfacebookなども包括したもの、という拡大をみせているようです。事実上、ユーザーが多様なツールでコミュニケーションをしているわけですから、カテゴリーの変化は自明のこととなりました。

で、この先です。各種併用するのか、あるいは単一のあるもので済ますようになるのか。地域SNSの運営に関わる人舘にとって、この趨勢は見落とせない、大事な分かれ目です。しかし、まだ良くみえません。

先日、ファンが多いブロガーKさんと電話でお話したら、氏はfacebookに収束するのではないか、と見ていました。mixiの日記のような部分は、「グループ」で代用できるという考えです。また、mixi型は閉塞しかねないが、fcは、新しい関係を作りやすい、という差も明示しましたが、これはわたしも同感です。fcは関係を市場のように求めます。

それでも、わたしは、地域の課題解決のツールとしてfacebookはmixi型を代用できないと見ます。むしろ、開けっぴろげの世界は疲れます、休まりません。だから人は早晩、秘密結社を作りたがります。隠れ家といってもいいかもしれません。facebookにはこの隠れ家的な空間がありません。mixi型はしらずしらず隠れ家的な安心が満ちてきて安住してしまいます。

人は往々にして、田舎が代表する閉鎖的な、結合型の関係もどこかに残しながら生きたいのではないか、どうもそんな気がして仕方ありません。


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2011/12/25

アジールのような没我空間  林とこころ

下のような文を書いているうちに、そんな没我、いや没社会の状況
を創るのはまさにアジールではないか、などと妄想が湧いてきました。いや、
逃げではないのです。むしろ一般の方が気にならない「醜」の世界のケアなんですが、
その改変の現実が我と社会を忘れさせる…。

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■ホームページのトップで

「(12/24は)山仕事で一日を終えましたが、山仕事というのはそれだけでも満足する不思議な作業で、言ってみれば、ドツボにはまるようなもの、と思う。他の事が見えない洞穴、軽い浦島太郎状態。今年は311の大震災があり、放射能汚染がひろがり、政治も迷走、世界も事件、異変がタップリ、経済グラグラという年でしたが、そんなことをカラッと忘れさせてしまう。チェンソーを置いたこれから数日、世界と友人と地域と親戚のことなども、ゆっくり捉まえなおそう。」

■雑木林だより70で

「ずっと独りで山仕事をしてきたから、安全にはいつも細心の注意を払っていたがそれだけでは臆病にもなりかねない。お祈りのひとつもしてエイヤッと奮い立つことも少なくないが、実はそこで必要なのは祈りではなく、経験と知識に裏打ちされた技術だとは知りつつ、。それがなかなかで、進歩がとまったままだ。」

「独りの山仕事を思い出すと、その時、人は詩人になるのではないかと思う。五感がフル回転する。二人以上はそこにタレント風味が混じってくる。そうして大勢の時は詩人は消えてタレント性だけが残るか、あるいは「ひきこもり」になる。

============================

没我や没社会の気分になるのは、何かに打ち込んでいるとき、大方の人が程度の差こそあれ
経験するものです。それをあえて林のアジールとして再認識したいのか、自分でもよくは
わからないのですが、少なくとも、時間だけでなく、それは広い空間である、ということしか今はいえません。そしてその空間は誰でも受け入れ、やりようによっては我を忘れる、ではなく「我と出会う」、そういう空間だと言うことのようです。

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2011/12/18

里山の底力をみる  林とこころ

3年前に、精神科医のTさんと始めたこのフォーラム11/26が、なんと6回目になりました。フォーラムの初回からのテーマを列記しますと、
■第1回  2008/11/29 sat @北大苫小牧研究林
『身近な森の中に自分の居場所がある』
■第2回  2009/06/22 sat @北大研究林
『林と繋がるメソッドを学ぶ』
■第3回  2009/11/08 sun @錦大沼
『山・森・湖の「息」を聴く』
■第4回 2010/07/03  @白老ポロト休養林
『花鳥風月に白老の「気」を探して』
■第5回 2010/11/06 @安平町大島山林
『神々の棲む林が子供のこころ&体を育む』

となります。眺めてみると、一見して普段言い慣わされた科学的な言葉遣いから、ちょっと逸脱しているのを感じられるかも知れません。が、それこそ、わたし達がもっとも目指したかった核心部になります。つまり、森林とのメンタルなつきあいを柱に、感性をフルに動かしてつきあおうとか、自然が発する気と自分の気を同期させるにはどうするのかとか、花鳥風月を情緒で感じ取ろうとか、ともすると霊感まで援用するようなとにかく森林や自然を既成のオブラートではなく、感覚を開放してピカピカの感性で向かい合ってみよう、そんなメッセージをずっと出し続けてきたつもりです。

 今回11/26は、今までのような、その道のメンターをお呼びする方法を止めました。講演のような形は、人と森林の橋渡し役が介在し、結局「ガラス窓の外の森」とつきあうことになりかねません。講演ではなくて、参加者お互いが、雑木林で感じたことをつぶやきのようにトークする、言い換えれば、雑木林と里山的雰囲気そのものを主役としたライブ、そこで直に感じる接触感が大事ではないのか。どうもそれで十分ではないのか、と個人的に思い始めていたのでした。

そこで出てきたのがこのようなシナリオ。『〜 歩く、風の音を聞く、焚き火する、食べる… 〜 ただただ、林を感じる新里山の過ごし方』でした。古い時代のよき想い出として語られる「里山」や「雑木林」とは、実際、どんな風情でどんな風に営まれていたのか。それが、わたしたちのこころや体に知らず知らずにどんな風に効いていたのか…。今回のフォーラムは、その環境にただ身を置いてみること、そこにフォーカスをあてることにしたのでした。

定員を10名近くオーバーした総勢30名のいぶりの雑木林ライフは、そんな思いを下地にして、苫東のわたしたちNPOのフィールドである小屋周辺で展開されました。ゆるやかに集合(10時ころ)して、適当に三々五々散会するという風にしましたところ、乳児を含む5人家族のIさんは、余市から11時頃にみえました。そのころは、おおかたが散策から戻り、札幌からの参加者を含めもう小屋周辺のあちこちで、思い思いの手仕事とおしゃべりが始まっていました。そんなゆるさがここのいつもの流儀です。
今回は、T先生とわたしというフォーラム実行委員会(いつもたった二人)に、NPOの3人に応援を頼みガイド兼ホスト役になってもらい、下記の8つの過ごし方メニューを用意しました。

 ■フットパス散策(草苅)
 ■枝オブジェ制作(inaba)
 ■薪割り、薪積み(oyama)
 ■森療時間(瀧澤)
 ■落ち葉のプール(安保)
 ■焚き火(草苅)
 ■薪ピザ(inaba、草苅)
 ■枝クラフト(oyama)

 で、雑木林ライブはどうだったのでしょうか。アンケートなどをしなかったので真相はわかりませんが、聞こえてきた感想を総合すると、「十分楽しめた」「葉っぱの落ちた雑木林の魅力を発見した」「里山の潜在力を感じた」など。主催者としてふり返れば、NPOになる前も含めてこの一帯はこれまで多くの子供を受け入れてきましたが、子供たちと雑木林が本来、こんなに親密だったかと改めて思わせる光景が一杯でした。枝を削るクラフトに没頭する子供には感動しましたが、その子供にカッターを黙って使わせてくれる母親も立派です。帰り際、その子はきれいに皮をむいた枝を手に持っていました。以前、5歳ほどの女の子がアマガエルを引き裂く(ムゴイ!)のを停めないでやらせていたお母さんもおいででした。まさに、そんなながれがあちこちで進んでいきました。落ち葉のプール、おがくずのシャーベット、木登りなど。

子供たちだけではなく、普段、もっと緊張感のある大人も、林の中では目じりが下がっていました。こころメーター(アミラーゼモニター)などつかわずとも、入林前と1時間後の顔写真を撮って目尻の下がり工合など表情を比較するという原始的な比較方法も面白いと思わせます。一方、男女を問わず、薪割りは見てる方が実は冷や冷やです。そんなこんな、里山的暮らしがたくさんの手仕事を待っている、その真ん中で里山を疑似体験した形になります。それは「身近で快適な雑木林」「手自然の里山的雰囲気」であり、そして迎える林と人々との間に誕生する「つながるスポット」のようなものがありました。

もういちど、それでどうだったのでしょうか。
ケアを開始して20年ほどになるこの雑木林では、里山の雰囲気が主役になれること、講師がいらない自然体験であること、そして忘れてはならない大事なこと、そのひとつは、子供達は里山的素材の中で天衣無縫の振る舞いをすることです。森の幼稚園をみた時の感動とそっくりと言って良いかもしれません。「そうか、子供は里山を待っていたんだ!」。そんな気すらします。

そしてもうひとつ大事なことは「焚き火」。陰の主役は焚き火になるのではないか、と予想していましたが、案の定、焚き火はにわか作りコミュニティのずっと中心でした。そこはたいてい、人生の知恵袋である長老達の居場所で、若い者が外遊しては戻ってくるたまり場です。

これらをトータルしてふり返ってみるに、雑木林そのものをメンターに切り替えた今回のフォーラムは、わたしたちの里山日常そのものが人びとに提供できる(もてなすことができる)潜在的で魅力的な雰囲気を持っている場であることをはっきり意識することができました。また「こころのフォーラム」はこれからこのパターンを基本にしよう、という決心もつきました。そういう意味で、2011年11月26日は「新しい里山記念日」になったように思います。あえて次の一手を述べさせてもらえば、この場を生み出すのは、人のケアであること、そして地域の林は、誰の所有であれ、大なり小なり人のケアを待っていること、そして「業」が成り立たないのであれば、「新しい公」の旗を挙げるなどして住民自らが担い手になるしかない、ということです。

加えて、都市にあって身近に作られた都市公園ではなく、より自然度が高くかつ安全な里山的自然がよりリラックスができ老若男女の心身の健康にとてもいいから、これからの高齢社会における意味はそれだけでも大きい意味を持つはずです。さらに生意気なことを言えば、そうして地域に軸足がつながると、自分がグローバリゼーションの対極に位置しているのではないかという不思議な幸福感に気付きます。地域に住むプライドというものがそこで滲(にじ)んでくる、とわたしは考えるようなりました。 クリックすると元のサイズで表示します
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2011/12/11

森林と人の時間スケール  林とこころ

先週中日は、年休をとってNPOの立場でコモンズフィールドや造林の現場を
土地所有者と巡りました。

それらはわたしが30年前に手がけた、台風の復旧造林地などで、当時、台風
被害は150haほどありました。それを激甚災害の指定を受け、補助金で
風倒木処理から造林まで行ったのでした。

現場検討というのは、それらの造林地をどう手入れするのか、という方針について
の意見交換です。保安林のために間伐できる割合は20%なのでもとよりさほど
選択肢があるわけではないのですが、収穫と将来の姿のイメージは大事です。


巡り終わってからシミジミ気付きました。わたしはあれから、サラリーマン
生活の濃厚な部分をくぐり、還暦を迎え、やがてリタイヤするところ
ですが、樹木等は、まさにこれからゆっくり成人を迎えます。手入れ不足で、成長が
止まったままのアカエゾマツも多かった。わたしの数十年など、まるで目じゃない、
という感じ。

この時間スケールの違いは、あらためて驚きです。1年2年のタームで森林を見ていても、
森林の流れは見えてこない。今回のように30年というような区切でみてはじめて林の
進もうとしている将来像が見えてきます。こちら側にそのような尺度が埋め込まれて
いないと林の相手ができません。

そしてサラリーマン生活で見届けることのできる森林は1世代のそのまた一部だけで、
これを継続して誰かが交代でケアするという仕組みがどうしても必要なわけです。
これが上手く伝達できるのか。人間の生きている間が短いのか、樹木が長いのか、
ちょっと立ち止まったことでした。

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2011/11/28

担い手の不均衡  社会

先週の中日、札幌で行われた有料で参加するフォーラムの、最後のワークショップでファシリテータをして気づいたこと。
(フォーラムは環境・森林系で全道から行政含め80人が参加)

1.地方には森をつくるという現場NPOはほとんどいない
2.だが、こんなNPOを支援する中間組織が札幌にたくさんある
3.中間組織がまだ各地の担い手をつなげていない

札幌の中間組織は、つまるところ、ソーシャル・キャピタルのように都市に
蓄積された特典にも見えますが、情報やネットワークに恵まれた都市だからこそ、
とも言えましょう。

各種助成などにしっかり反応したグループがいち早くNPOなどを立ち上げ、
時にはそのマネージメントは事業型NPOの足しにもなるのかもしれません。

一方、手仕事の現場は、人気がない、というより人数の絶対数が足りない。
嗜好の多様性ゆえ、でありましょうか。現場こそ手応え十分なフィールドなのに
残念なことです。住んでいる地域の足しになるアクションを起こす満足は、
格別なものがあると言いますし、事実わたしもそう感じてきました。

都市でも地方の各地でも、身近な自然、たとえば町内の裏山などとなると
改善の糸口が見えない。地方の「豊かな自然」は、量だけで、名ばかりになって
しまっている。林業がないからで、また木材を利用する工夫もできていないから
です。その点、下川町は隣地の残材を100kg500円で買い取っていることを聞き、
ちょっと驚きました。

なにか、現場と中間支援のつなぎ手の構図を考えさせるフォーラムでした。

英国のBTCVが、担い手の教育、職業訓練を、このような欠如を補うシステムとして機能していることを知ったのは20年前。北海道の環境ボランティアの出口は、こんなところ、つまり教育プログラムを行政よりてっとりばやく作ってしまう、というあたりにもあるのではないか、という気もしました。

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2011/11/20

札幌の厚別モデル  林とこころ

先週の金曜日18日は、午後、計画行政学会の支部会の発表会があって、「人とつながりのアンケート」結果について30分発表しました。アンケートは盛りだくさんなので、一言では言えないのですが、土地への愛着、生活満足、定住の意志はとても関心の高いところ。道内10箇所で、約1200件の回収、回収の率は55%、昨年夏の実施です。
http://hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_20110301.pdf

発表する際に、個人的に大変興味を持っていたのは、札幌青葉です。お気に入りトップの「交通の便」と3番の「生活の利便」の間の2番目に、「豊かな自然環境」が挙げられているのですが、ここで指摘、想定されている自然環境というのは、恐らく面積2000haの身近な野幌森林公園ではないかと推測したのです。

ヨーロッパの都市を魅力的に見せている要素に約2000haから5000haに及ぶ大規模な都市林(ウィーンの森は12万haと別格ですが)があってこれが市民に高く支持されている訳です。アメニティの元にもなっている。その同じ構図が、実は札幌青葉のお気に入り、に現れているのではないか。

さらに、そこでいう森林というのは、実は手つかずの、放置された緑、つまり「あればいい」という存在効果ではなく、野幌森林公園あるいは欧州のような、管理されて美的で、かつ人を呼び込むソフトもある都市林だ、という点が見え隠れしている、とわたしは考えています。

青葉地区の地域の環境は「自然と交通利便のミックスタイプ」というモデルじゃないかということができますが、いみじくも、作家の村上龍が10年ほど前に描いた『希望の国のエクソダス』では、若者たちが地域通貨などを駆使した理想的なエコタウンを建設していくのです。その想定地が野幌の周辺だった、というのも今になってみると、偶然にしてはできすぎている…。思い出して、ちょっと驚きました。

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2011/11/6

マスコミと地域活動  林とこころ

ホームページの「雑木林だより69」では、些細な1 馬力でも、
十分意味があることに思いをいたした。おとといの11/4、当NPOのことが
地元紙の結構いい場所に紹介され、その際にまた、決して華々しくない天邪鬼な
感想を抱いた。すなわち、
「新聞などに取り上げられなくても十分満足な営みは存在する」
「お金が上手く循環するNPOでありたい」

http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-69.html

そうなのだ、マスコミなどの評価を活動の価値尺度にしてしまうと、
たいていの地味な活動はネガティブな気分になってしまうほど報道などされないのだ。
だから、マスコミに取り上げられず、大きな事業収入などないけれど
身の丈で上手く回っている…、そうでないといけない。

新聞や雑誌、レポートに結構取り扱ってもらってきた当方の雑木林の手入れだが、
わずか数人がどこかでしっかり評価していてくれている、という実感の方が力になる。
かりそめに、よそから褒め言葉めいたことが全く届かなくても
山仕事は、したたかに風景に現れる。そして関わった人とのつながりが記憶される。

それでいいのではないか、という気がする。
それだけで、十分な気がする。
(画像は、コミュティ・フォレストの新しい路づくり)
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2011/10/23

自分をブランドにする  コミュニティ

ミクシィ型地域SNS、twitter、フェイスブックと使ってきているうちに、この
奇妙な手ごたえと違和感はナンなんだろうと思うようになっています。そこへ
google+が登場して、テレビ会議や半オフ会の飲み会をするようになって、
これが今もっとも新しいソーシャルメディアだといわれるに及んで、今度は
どこまで進化し、人々はついていくのか、と心配になる始末。

わたしの場合、違和感は特にfacebookに強くありましたけれど、それは、
自分を押し出し売り込む姿勢に、自分にはない高いエネルギーが見て取れたからでした。
ぼそぼそと仲間内の会話が異質に思うほど、新しい仲間を求めて拡散しようとします。

でも、何となくわかりました。やはり、自分をブランドしている方、しつつある方、
ビジネスや研究などでネットワークを拡大する指向を目指す方に、かなり向いている
ということです。反面、自分を売り込んでいったり、積極的に交友関係を拡大しようという
動機の少ない方、これらの方にはちょっとまぶしすぎる。わたしは後者に入りそう。

でもさらに考えてみると、押し出しの強さ、強弱は程度差であって、人は本来、
自分というアイデンテティを定番商品=ブランドととして「慈しんで」いるのではないのか。世界中に二つないブランド、オンリーワンを、日々生活を重ねることが結局そこへ
つながっていくのではないのか。オレはブランドなんかじゃない、といいながら。

華やかな交流には引っ込み思案な自分ではあっても、死ぬまでひっそりと自分というブランドを磨いているんだ、と思えば、なんかほっとするのです。木彫りを掘り込んで完成して
ぽっくりあの世にいくような。

わたしのfacebookは、大勢の人がセルフブランディングする光景を見させてもらう、
そんな場になっているようです。


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2011/10/13

雁とお月さま  林とこころ

昨日は満月、今日はもう十六夜。十四夜は小望月(こもちづき)と呼ぶようですが、
その夜遅く、南中にさしかかった頃、ベランダで椅子に座っていると、ガンの群れが月を
南西に横断していきました。

夜更けや朝方、布団の中で聞こえてくるハクチョウやガンの渡りのときの鳴き声は、時に悲しげ、またあるときには勇気に満ちたものに感じます。どちらかといえば、悲しげに聞こえるといっていいでしょうか。

万葉集をみると、夜や朝まだきのガンの声にはかように反応しています。


  さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空ゆ月渡る見ゆ

  我が宿に鳴きし雁がね雲の上に今夜鳴くなり国へかも行く

  朝に行く雁の鳴く音は我がごとく物思へれかも声の悲しき


花札模様が象徴する花鳥風月をみて、かつ万葉の歌を見ていると、のどかな
光景に見え、万葉人がいかにもゆっくりズムの平穏な日々を送っていたのだろうかと
推察もできます。

しかし、恐らくは、花鳥風月というのは、自然界と人をつなぐ窓のようなもので、
人々は全身全霊で自然を気候の情報、芸術、療養などなどさまざまなヒントを
そこから得ていたのではないか。花鳥風月との付き合いはのどかさではなく
緊張にも近かったのではないか。

忙しく立ち振る舞う現代のわたしたちが、なにか進歩、進化の形にあるかどうかは、
軽々には全くいえないんだ、と思っています。
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2011/10/9

都市が排除したもの  北海道と自然

昨日は、久々の小春日和みたいな、からっとした天気でした。
きっと、生きとし生けるものすべてが快適と感じるような、そんな空気。

そんな日には、結構、カナヘビ君が出てきます。昨日、今季初めて
彼(彼女)と会いました。尻尾が切れておなかがぷっくりの、チェンソーの音にも
ひるまないで冥想テラスの枕木の間を出たり入ったり。

驚くことに、昨日は今年5本目のヘビちゃんの抜け殻を発見。2,3匹は
いるとしても、今年、かなりの成長があったのでしょうか。やはり、成長が
よければ複数回脱皮するといいますから。

思えば、これらハ虫類やコウモリなどは、都市の内部ではほとんど見かけなくなった
ものの典型ではないか。住み場所がない。住み場所とはまとまった植物的自然とすき間。
これらを徹底的に追い出した都市は、ついでに自然とともにいるアメニティを
排除し、揚句、アメニティを感じる感性も失いつつある。現実は、都市の環境を
息苦しいと思う人は、そのつど、観光やレクで直接現場へ出向け!、と。

========

以上のような日記を「どっとねっと」にアップしたら、年配のYさんから
下のようなコメントがきました。

>昔よく見た風景です。今、こういう小動物をみると、懐かしく、
>何となくほっとするような。(^^)

そうなんですよね。昔はみんな、多様な生き物と一緒に住んでいたんです
よねえ。
今は、便利優先の都会に住みますから、考えてみると、
ただただ徹底的に、人とペットだけにした世界ですね。養老猛さんは
「よせばいいのに、体の自然まで追い出しちゃった」という意味のことを
言っています。これは意味深です。

体の自然といえば、人間の身体こそ、宇宙の法則と相通じた仕組みで
動いているのではないか。人間は科学を自慢するが、まだ生命を作ることは
できない。与えられた生命をせいぜい生き切るだけです。

都市と自然、都市と人間、人間と自然。
これに対して、ひとつの理想は、適度な都市と適度な自然。わたしなら、
野生生物もすむ本格的な都市林を夢見ます。3000〜5000ヘクタール。
前述した300ヘクタール程度のセントラルパークではわたしは物足りない。



ところで、札幌のヒグマはどうしたのでしょう。三越のそばでみかけたり、今朝の新聞では南16西10の石山通を横断したというじゃありませんか。確かに、ドングリはあまりなっていないようです。





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2011/10/2

加齢のほうび  林とこころ

10月に入った途端、ぐんと冷え始めて早速石油ストーブをオンにしました。
先週あたりから夏物の半そでシャツなどを片付けだして、今朝はもうフリースを着ようかと
迷うほどでした。

この頃、加齢のおかげか人生が随分楽になった、と思うことがよくあります。大きなことは、心配や不安、取り越し苦労がなくなってきたこと。

たいていはなんとかなる、今心配しているのは妄想であることを、こころと体が学習して、
少しもあわてず、前向きにやろうよ、と結論をだすのです。これは大助かりです。理性が
そういうメッセージを出している、というのでもなく、体が、こころが、そうしているとしかおもえない状態です。

他人を否定したり、攻撃的になったりということも少なくなりました。自分自身が許せる存在であると同様、周囲の方々にもナマイキのことを言わず、OKのメッセージがだせるのです。こんな楽なことはありません。

これらは人間的に成長したのか、ボケたのか、感性が鈍っただけなのか。それも詮索しないで置こうと思います。ただ、いずれも少しずつ当たっているような気もします。

話は元にもどって、昨日は、もう晩秋のキノコである「エノキタケ」(写真)が出始めていました。なにか、冬の覚悟をもっとも象徴する光景でした。

で、こんなことを書き連ねる安らかさを、今日は喜びたいと思います。外はにわか雨が止んで、青空が広がってきました。



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