改めて林住期からのデザイン  林とこころ

古代インドの男の人生の区分「四住期」が世間離れしていながら、

かねてから興味深いと思っていました。五木寛之氏が「林住期」という本でも、

軽く書いていたものです。師につい(バラモン教の聖典を学ぶという「学生期」、

自立して一家の主としての「家住期」、孫の生まれるころすべてを捨てて

森に棲む「林住期」、これは自然と向き合って自分を見つめ直すらしい。

そして最後の「遊行期」は執着を捨て解脱に向かえ、と教える。人生80年時代の

わたしの今を当てはめれば、長い林住期から遊行期に移行するあたりか。

このごろ、自分の人生後半のデザインをどうするか、つらつら考えていたところ、

このものさしがやや無責任ながら羅針盤になると思えてきた。で、風土と歴史などに

もっと深く付き合いたいという願望が素直ににじみ出てきた。そしてその延長に

やはり薪のある暮らしが浮かんできた。山小屋だけでの実践にとどめてきたのは、

広葉樹保育のボランティアでもあるため、他人には提供するが実は自らには封印

しておく必要があったからだ。そうしないと、お手盛りの、薪欲しさの活動に

受け止められかねない。

しかし積極的な解決方法も思い当たるから、この際、この封印を解こうという

気になってきた。こうなるとまた、目の前が開けてきて新しい世界が見えて

くるから不思議だ。林住期から遊行期に移るころ、自分で手掛けた薪を焚いて、

その炎を眺めながら解脱し、恍惚となっていくのでありましょうか。なんと、

世俗的な願望であることか。

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雑木林&庭づくり研究室
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タグ:  雑木林 暮らし



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