2009/7/4
坂本城址から見る琵琶湖 徒然草
坂本城は、きっと琵琶湖に面した場所にあったであろうとの推測の元、今はもう姿を見ることの出来ない坂本の城の跡を探し歩きました。
やっと見つけた『坂本城址』の石碑。
↓

安土城に次ぐ豪華絢爛さを誇った坂本城がこの場所にあったことを信じるには納得できなくて、きっと、琵琶湖に面した場所にあるに違いないと、探すこと十分。
↓


↑
見つけました。
在りました。
ここが、坂本城のあった場所に違いありません。

↑
今は石垣を残すだけとなっていますが、ここからだと琵琶湖が臨めます。


↑
天守があったエリアの一隅に光秀の石像が建っています。

↑
光秀の業績が石に刻まれています。
歴史のまち坂本。
その昔、富と名誉と権力を競って人々の欲望が渦巻いた近江、比叡山を舞台として繰り広げられたドラマティックな歴史絵巻。
今も、その栄華をとどめている坂本。
かなたに銀色の沈黙を続ける琵琶湖を臨みちち、かつて、兵(つわもの)どもが急いだ歴史の要。
そんな言葉の似合う坂本を訪ねた今回の歴史乙女な土曜日。
『歴史』は『歴心』
そんなことをふと思う。
やっと見つけた『坂本城址』の石碑。
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安土城に次ぐ豪華絢爛さを誇った坂本城がこの場所にあったことを信じるには納得できなくて、きっと、琵琶湖に面した場所にあるに違いないと、探すこと十分。
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見つけました。
在りました。
ここが、坂本城のあった場所に違いありません。

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今は石垣を残すだけとなっていますが、ここからだと琵琶湖が臨めます。


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天守があったエリアの一隅に光秀の石像が建っています。

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光秀の業績が石に刻まれています。
歴史のまち坂本。
その昔、富と名誉と権力を競って人々の欲望が渦巻いた近江、比叡山を舞台として繰り広げられたドラマティックな歴史絵巻。
今も、その栄華をとどめている坂本。
かなたに銀色の沈黙を続ける琵琶湖を臨みちち、かつて、兵(つわもの)どもが急いだ歴史の要。
そんな言葉の似合う坂本を訪ねた今回の歴史乙女な土曜日。
『歴史』は『歴心』
そんなことをふと思う。
2009/7/4
西教寺にて 徒然草
聖徳太子によって創建されたと言われる西教寺(さいきょうじ)
元亀2年の兵乱で信長に焼き討ちされ多くの寺宝が失われたとのこと。
その後、明智光秀の努力により復興し、その不断念仏が受け継がれ、寄せていただいた今日も深閑とした境内に鉦の音が響いていました。

↑
この門から入り、両側に並ぶ宿坊を目の端に捉えつつ奥へと進んでいきます。

↑
この寺には、明智光秀をはじめとする明智一族の墓があり、その菩提寺としても知られています。



↑
観音堂の前にある首だけの龍。
きっと、深い意味があるのでしょうね。

↑
境内には、紫の紫陽花がひっそりと咲いています。
後方に並んでいるのは、石造り二十五菩薩さまです。
元亀2年の兵乱で信長に焼き討ちされ多くの寺宝が失われたとのこと。
その後、明智光秀の努力により復興し、その不断念仏が受け継がれ、寄せていただいた今日も深閑とした境内に鉦の音が響いていました。

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この門から入り、両側に並ぶ宿坊を目の端に捉えつつ奥へと進んでいきます。

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この寺には、明智光秀をはじめとする明智一族の墓があり、その菩提寺としても知られています。



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観音堂の前にある首だけの龍。
きっと、深い意味があるのでしょうね。

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境内には、紫の紫陽花がひっそりと咲いています。
後方に並んでいるのは、石造り二十五菩薩さまです。
2009/7/4
石垣と石畳 徒然草
道紀行のまちを標榜するだけに、伝統ある穴太(あのう)積みの石垣と、様々な表情を醸し出す石畳は素晴らしかったです。
いまむかいの言葉が示すように、古い建物が大切に保存されていて、尚且つ、その建物が住まいや店舗として使われているのは素晴らしいと思います。
↓

石垣と石畳の醸し出す雰囲気を感じます。
新しくお家を建てられても、その素晴らしさから石垣がちゃんと残されていましたよ。
↓



↑
「路上駐車」ならぬ「砂上駐車禁止」の高札です。
確かに、この場所は干そうされていない砂地ですから、駐車はご遠慮願いたいですよね。


いまむかいの言葉が示すように、古い建物が大切に保存されていて、尚且つ、その建物が住まいや店舗として使われているのは素晴らしいと思います。
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石垣と石畳の醸し出す雰囲気を感じます。
新しくお家を建てられても、その素晴らしさから石垣がちゃんと残されていましたよ。
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「路上駐車」ならぬ「砂上駐車禁止」の高札です。
確かに、この場所は干そうされていない砂地ですから、駐車はご遠慮願いたいですよね。


2009/7/4
鶴喜蕎麦 徒然草
享保初年創業。
実に280年と言う長い歴史を持つ鶴喜蕎麦を訪ねました。
↓

「そばは一番、電話は二番、店は角より三軒目」
坂本は、三塔十六谷、三千坊と言われる比叡山の台所を預かる門前町として賑わっていました。
比叡山で断食の行を終えた修行僧が弱った胃を慣らすために蕎麦を食したとも言われています。
脈々と受け継がれて来た伝統の味を楽しみにして来たのです。

↑
穴太積み(あのうづみ)を石垣が間近に見ることの出来る座敷です。

↑
老舗らしく、奥行きの深い店。
中庭も素晴らしいです。
↓

店の前で時代を感じさせる「叡山上がり口」の石碑を発見。
昔は、この道を通って比叡山に上がっていたのでしょうね。
↓

実に280年と言う長い歴史を持つ鶴喜蕎麦を訪ねました。
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「そばは一番、電話は二番、店は角より三軒目」
坂本は、三塔十六谷、三千坊と言われる比叡山の台所を預かる門前町として賑わっていました。
比叡山で断食の行を終えた修行僧が弱った胃を慣らすために蕎麦を食したとも言われています。
脈々と受け継がれて来た伝統の味を楽しみにして来たのです。

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穴太積み(あのうづみ)を石垣が間近に見ることの出来る座敷です。

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老舗らしく、奥行きの深い店。
中庭も素晴らしいです。
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店の前で時代を感じさせる「叡山上がり口」の石碑を発見。
昔は、この道を通って比叡山に上がっていたのでしょうね。
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2009/7/4
日吉大社にて 徒然草




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ずらりと並んだ赤い御神灯の中に、なんと、先週訪ねた引佐(いなさ)町の実時を見つけましたよ。

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京都に近いせいなのでしょうか。
『祇園』と言う名前をちらほら見ます。
この祇園石の窪みに溜まった水で目を洗うと、目が良くなると言う有難い石が、参道の端にありました。
↓

京都の平安神宮を彷彿させるような朱塗りが際立つ日吉大社でした。
本殿に狛犬一対が置かれているのも珍しいですよね。
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2009/7/4
道標、道しるべ 徒然草
坂本のまちには、様々な道しるべがあり、散策の目を楽しませてくれます。
1200年以上の歴史のあるまちだけに、苔むした道標、道しるべもあれば、観光に訪れる人のために設けられた案内板のような道しるべもあります。



↑
「逢の道、湖の道、山歩道」
これに
「あの道、この道、さんぽ道」の振り仮名とローマ字表記がありました。
なんとも、お洒落な言い回しに感心してしまいます。

↑
大きな絵馬をかたどった看板です。

↑
竹林院の表門の鬼瓦。
左右の鬼の表情が微妙に違っているように見えたのですが。
↓



↑
「いまむかし坂本通り道紀行」
まさしく、昔の佇まいの中に、現代の生活の営みがあるまちです。
どの筋を通っても新しい発見がある不思議なまち。
道紀行そのものです。
1200年以上の歴史のあるまちだけに、苔むした道標、道しるべもあれば、観光に訪れる人のために設けられた案内板のような道しるべもあります。



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「逢の道、湖の道、山歩道」
これに
「あの道、この道、さんぽ道」の振り仮名とローマ字表記がありました。
なんとも、お洒落な言い回しに感心してしまいます。

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大きな絵馬をかたどった看板です。

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竹林院の表門の鬼瓦。
左右の鬼の表情が微妙に違っているように見えたのですが。
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「いまむかし坂本通り道紀行」
まさしく、昔の佇まいの中に、現代の生活の営みがあるまちです。
どの筋を通っても新しい発見がある不思議なまち。
道紀行そのものです。
2009/7/4
川のせせらぎが聞こえる 徒然草
坂本と言う地名は、坂の多さから付けられたのかもしれないと思えるほどに、坂の多いまちです。
門前町を歩いていると、どこからとんもなく聞こえる川のせせらぎ。
坂本は、比叡山から流れて来る清流が幾筋もあるようです。



↑
川沿いに坂を上がっていくと。
高校野球の大会でも時折、耳にする学校『比叡山高校』の前に着いたりしましたよ。

↑
日吉神社境内にある滝。
昨日の雨のせいなのでしょう、水量は多く、勢いのよい飛沫が。
水のよいところは早くから栄えるのが通例ですが、この坂本もその通例通りの地域なのかも知れません。
門前町を歩いていると、どこからとんもなく聞こえる川のせせらぎ。
坂本は、比叡山から流れて来る清流が幾筋もあるようです。



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川沿いに坂を上がっていくと。
高校野球の大会でも時折、耳にする学校『比叡山高校』の前に着いたりしましたよ。

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日吉神社境内にある滝。
昨日の雨のせいなのでしょう、水量は多く、勢いのよい飛沫が。
水のよいところは早くから栄えるのが通例ですが、この坂本もその通例通りの地域なのかも知れません。
2009/7/4
穴太(あのう)積みのまち 徒然草
坂本の大字「穴太(あのう)」には、古来より居住し、比叡山の山門の土木営繕御用を勤めていた「穴太衆」の技術を駆使した石垣が、日吉大社参道に並ぶ里坊や、門前町のあちこちに残されています。
加工していない自然のままの石面を巧みに用いているのが特長だそうです。
彦根城の石垣の一部にも、穴太衆の手がけたものがあるのですよ。


↑
ここにも、ありました。
顔出し看板。

↑
民間の持ち物である芙蓉園。
その名前は、庭に咲く芙蓉の花からのことでしょうね。


門前町の景観の重要な役割を果たす石垣。
この一帯は大津市の指定文化財になっています。
加工していない自然のままの石面を巧みに用いているのが特長だそうです。
彦根城の石垣の一部にも、穴太衆の手がけたものがあるのですよ。


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ここにも、ありました。
顔出し看板。

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民間の持ち物である芙蓉園。
その名前は、庭に咲く芙蓉の花からのことでしょうね。


門前町の景観の重要な役割を果たす石垣。
この一帯は大津市の指定文化財になっています。
2009/7/4
大津坂本へ 徒然草
歴史乙女な土曜日。
明智光秀の夢の跡を辿りたくて、大津坂本へと行って来ました。
今日は高速道路割引の日。
その割引制度を最大限利用すべく、彦根インターを出発。
↓



↑
1000円のはずが、何故か950円???






彦根を出発してから、約一時間。
目的の地、坂本へと到着しました。
明智光秀の夢の跡を辿りたくて、大津坂本へと行って来ました。
今日は高速道路割引の日。
その割引制度を最大限利用すべく、彦根インターを出発。
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1000円のはずが、何故か950円???






彦根を出発してから、約一時間。
目的の地、坂本へと到着しました。
2009/7/3
和田会館にて わかば会
毎月第一金曜日に開かせていただいている『花金トーク』
お近くへ寄せていただいて、住民の真菜さんの生の声をお聞かせいただくとともの、市政全般や議会での報告をさせていただいていますが、その『花金トーク』も回を重ねること今回で50回目の節目を迎えました。
今夜は和田会館をお借りしての開催。
↓

先日、下見のために訪問した井伊谷でのあれこれに始まり、現在取り組んでいる直心会のこと『大江戸吹雪広げ隊』のこと。
そして、中盤からは副市長二人制についてや、定住自立圏構想について、後半は、和田町の抱える懸案事項についての、地域の皆さんの生の声を聞かせていただく機会を得たことは大変有意義なことでした。
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今夜の『花金トーク』で三つの宿題をいただきました。
いただいた宿題を整理して、関係部局の門を叩きたいと思っています。
お近くへ寄せていただいて、住民の真菜さんの生の声をお聞かせいただくとともの、市政全般や議会での報告をさせていただいていますが、その『花金トーク』も回を重ねること今回で50回目の節目を迎えました。
今夜は和田会館をお借りしての開催。
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先日、下見のために訪問した井伊谷でのあれこれに始まり、現在取り組んでいる直心会のこと『大江戸吹雪広げ隊』のこと。
そして、中盤からは副市長二人制についてや、定住自立圏構想について、後半は、和田町の抱える懸案事項についての、地域の皆さんの生の声を聞かせていただく機会を得たことは大変有意義なことでした。
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今夜の『花金トーク』で三つの宿題をいただきました。
いただいた宿題を整理して、関係部局の門を叩きたいと思っています。




