田舎ではあったが県庁所在地だったのでシティホテルの最上階からの夜景はそれなりに綺麗だった。ちかちゃんはさっきまでの食事代もこの部屋の代金も全部自分で出していた。いや食事代はせめて自分の分だけでも出すよと言ったのだが、市と県の福祉課から一時金が出て潤ってるんだから素直に奢られなさいと言われた。
「・・・あのさー、女から誘われるのは苦手?」
「なにを?」
私は緊張していたのか、尋ね返してはいけないことを尋ね返してしまった。
「あー、もー。えーと、じゃーね、質問を変えるね」
ちかちゃんは一度下を向いて大きく深呼吸をしてから、夜景に目を落として尋ね直した。
「バージンの女の子から、誘われるのって苦手?」
ぴんと来た、と同時に、俺またやらかしちゃった、と2秒ほど軽く落ち込んだ。さてどう返事をするべきか。いやここは素直に。
「そういう経験はないなぁ。だから、これからいい思いをするかどうかで今後そういうことがあったときに好き嫌いがいえるようになるかも」
「うわプレッシャー。でもいいや。最初で最後のことだし」
ちかちゃんは車椅子を動かしてベッドの脇に生き、よいしょ、と体をベッドに移した。
「半年ぐらいだって、残り」
「・・・・・・!」
「それは、元気な期間が半年じゃないからね。病室で苦しんで戦う期間も入れての半年だから、結構私って残り時間少ないのよ」
私はちかちゃんの目をじっと見たまま何も言えなかった。
「ひーくんにお願いしたいのはね、私に、セックス・・・を教えて欲しいのね」
セックス、と言ったところで、ちかちゃんは(言っちゃった)という表情をした。
「・・・元気な期間って、長く見積もっても多分あと3ヶ月ぐらいだと思うんだ。苦しくなり出したらたぶんセックスどころじゃなくなるし、一人でもできなくなっちゃうように思うのね。でも、私は快感を知ってる。そのことをひーくんも知ってる、というか、ひーくんしか知らない。親だって知らない。だから、こういうことを頼めるのは、ひーくんだけなのね」
「それは理解できるけど・・・本当に俺でいいの? っていうか、何で俺?」
「理由なんてないよ。でも、女として・・・ううん、人間として生まれたからには、人間のことを一通り経験したいし、その相手って考えたときひーくん以外は頭の中に全く出てこなかった。あー、私はこの人とセックスするんだな、ってすっごく自然に思っちゃって、でもひーくんはこんなぐにゃぐにゃの体の女を抱くのは大変だろうから、だからせめての私の気持ちとして、こういう夜を用意したってわけ、でした」
「そっか・・・・・・」
それ以上何も言えなかったし、言う必要も無かった。長いキスを交わし、一緒にバスルームに入り(ちゃんと入浴介助用の椅子が用意されていた)、男の体を知りたいというちかちゃんのためにバスルームを明るくして好きなだけ触ってもらい、そのまま服を着ないでベッドに移り、お互いの体を確かめ合った。
「脳性麻痺の手じゃなかったら、手で一度満足してもらえたのかもな、でもいいよね、これでいいんだよね」
というちかちゃんがいとおしくて、涙を流しながら細いちかちゃんの体を抱きしめた。
いよいよちかちゃんとセックスをするというとき、ちかちゃんは避妊具を拒んだ。
「ゴムとはしたくない。ひーくんの生身の体を感じたい。そして、ちゃんと中で出して欲しい」
「ちゃんとって、万が一のことがあったらどうするの?」
「私あと半年しか生きてないんだよ、今日は多分大丈夫だけど、万が一受精したって母体が持たないから大丈夫」
「大丈夫って・・・」
「いいから。でね、本当に万が一受精して子供がもしできて、子供もろとも召されちゃったら、天国で二人で暮らすから。ひーくんの代わりって言ったら何だけど、二人だったらさびしくないから。でね、いずれ順番が来て、ひーくんがこっちに来たら、ちょっと挨拶だけさせて。認知してとかそういうこと言わないから。ひーくんはかんだ犬のことなんか考えないで、ひーくんの人生を生きてちょうだい。私はあの世で永遠に、ひーくんの面影と一緒に暮らせるの。私はそれで充分満足だから。だからちゃんと中に出してよね。お願いだからね」
人生に立ち入る、というのはそういう意味だったのか。しかしほかならぬちかちゃんの、多分人生最後の願いなのだ。それを私がかなえることができるのだ。
バージンのちかちゃんは相当痛がった。何かを掴んで痛みを逃がそうにも不自由な体がままならなかった。ちかちゃんの中に私の性器を納めきってしまうまでにどのぐらい時間がかかったかわからないぐらいの長い時間がかかった。しかし納まってしまったら、ちかちゃんはまっすぐ私を見て、満面の笑みを返してくれた。
私はちかちゃんの中におびただしい量の精液を射出し、ちかちゃんはまっすぐに抱きしめられない両手を強く私の背中に回した。
土曜日の朝、もう一度セックスした。痛みはもう無いようだった。もう一度全量中に出した。
「あのねひーくん、私とのセックスをね、セックスをした女の人数にカウントしないでね」
「え、なんで?」
「ひーくんにとってはセックスじゃなかったんじゃないの? ただのボランティア活動だから、だから、ね、ひーくんの人生を動かしたくないのよ」
「・・・・・・うん、わかった、カウントはしないでおく」
「やっぱり女の数をカウントしてたのね。そういう人だと思った」
「おいおいおいおい、それがいいたかったのかよ」
「へへーんだ、あっかんべーだ、しめっぽく終わってたまるかってば」
ちかちゃんは最後までこんな感じだった。
当初の予定よりも2ヶ月ほど長生きしたちかちゃんをみんなで見送った。ちかちゃんはみんなに1通ずつメッセージを書き残していた。私にも封筒が一つ手渡された。中にはみんなと同じ便箋に書かれた1通のメッセージと、もう一つ別の小さな封筒が入っていた。
帰り、一人電車の中でその小さな封筒を開いた。
「さすがに子供まで巻き込んであの世に行くのはまかりならないらしくって、受精はしなかったみたいです。ちょっと安心した?
私は・・・残念なようなほっとしたような、変な気持ち。
ひーくんがこれ読んでるときってもう私この世にいないんだなぁ・・・
変な気持ち。
かまれたことは忘れてね。大丈夫。かんだ方がしっかり覚えてるから。
人生の思い出を、ありがと。こっちに来たら挨拶ぐらいはしなさいよね。
ちかこ」
私は気持ちの整理ができず、電車の中で人目をはばからず大泣きした。喪服姿で手紙らしきものを見て泣いている私に周囲は暖かい無視をしてくれた。
セックスボランティアを立ち読みして思い返した、私のセックスボランティアの体験である。
(ちかちゃん、ごめんね、書いちゃった。でもちかちゃんだったら「しょーがないなーまったくー」と許してくれそうな気が、勝手に。)

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