2012/1/24
シブようちえん 日記
昨年のこと… 調子の悪くなったラインカー(白線を引く車)を直していたところ、それを見ていた年長組の女の子二人。
A子「何してるの?」 私「んー? ちょっと古くて壊れたから直してるの」
A子「なんで壊れたの直してるの?」
B子「しょうがないじゃん、シブ幼稚園なんだから」
私 「シブ幼稚園?」
B子「そう、この幼稚園、なんでも渋いから。歌う歌も渋いし…」
ですって…


そうですね〜。だんだん《ひなまつり子ども会》も近づいてきて練習にも熱がこもってきました。
今年はどんな「渋い」歌が飛び出すか、楽しみにしていてくださいね

このブログで去年(2011年)10月30日に「タマズシ」先生が紹介していた新潟県村上市の「岩船大祭」でおしゃぎり(山車)に乗った子供たちが歌う数え歌を、《子ども会》で年長組が再現します。子供が歌うにしては一風変わった歌詞かもしれませんが、ご期待ください
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A子「何してるの?」 私「んー? ちょっと古くて壊れたから直してるの」
A子「なんで壊れたの直してるの?」
B子「しょうがないじゃん、シブ幼稚園なんだから」
私 「シブ幼稚園?」
B子「そう、この幼稚園、なんでも渋いから。歌う歌も渋いし…」
ですって…
そうですね〜。だんだん《ひなまつり子ども会》も近づいてきて練習にも熱がこもってきました。
今年はどんな「渋い」歌が飛び出すか、楽しみにしていてくださいね
このブログで去年(2011年)10月30日に「タマズシ」先生が紹介していた新潟県村上市の「岩船大祭」でおしゃぎり(山車)に乗った子供たちが歌う数え歌を、《子ども会》で年長組が再現します。子供が歌うにしては一風変わった歌詞かもしれませんが、ご期待ください
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2012/1/8
餅つき大会 in いわき 日記


お正月4日は、いわき市内のT地区第一応急仮設住宅にて餅つき大会を催しました。主催は、私も属する地元浄土宗寺院の若手僧侶による青年会。


前の日に研いだもち米は40s。餅つき機械2台と、昔ながらの臼・杵が両方フル稼働でした。大福餅にしたりお雑煮作りは、住宅にお住まいのお母さんたち女性陣がお手のもの。参加者は100人以上。
元気な子供たちも集まって、正月気分も吹き飛ぶ忙しさで、お正月の一日を過ごしました。
いわき市内では25箇所に仮設地区(団地)があり、このT地区も第1〜第10まで分かれています。
ペットのいる人たちがまとまったペット有り専用の仮設地区もあります。
ひとつの仮設地区には、キッチン・トイレ・倉庫のついた集会所がそれぞれ作られています。そこで健康相談、よろず相談、講演会、子供の集いなどが行なわれ、またボランティア活動の受け皿となっていて、社会福祉協議会の方々、様々なボランティア・グループ、地元の学校の生徒達の活躍があります。
私共の青年会も毎週1回、4、5箇所の仮設を順繰りにまわって、カフェを開いています。
挽きたてコーヒー、紅茶、日本茶とお菓子などを用意し、井戸端会議の場を作り出すのが目的。
今回の餅つき大会もカフェの特別編として行いました。
言うまでもなく、被災地は単にまるまるの被災地ではなく、地元の人同士、被災者同士が協力し合っています。
平成23年12月15日現在、仮設住宅は、福島県内だけで1万5779戸。3万771人が入居です(いわき市内では2,870戸、5,862人)。
ひとつの団体がやれることなど、被災した東北全体からみれば実に微々たるものですが、それぞれの足場で、無理なく地道な諸々の活動が結集されていることが、息の長い支援の力になるはずです。
仮設住宅を始め、福島県内で避難している人へ向けた、『絆』新聞という情報紙があり、事情のほんの一端を垣間見ることができます。Web版もあります↓
http://www.utsukushima-npo.jp/kizunashinbunweb/?page_id=80

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2012/1/4
ご報告◎ 日記
あけましておめでとうございます


本年も、よろしくお願いいたします
あっという間に三が日も過ぎてしまいました。
みなさんは、どのようなお正月を過ごされたでしょうか??
大変大変、遅くなりましたが、
昨年、永年勤続表彰の際に立派なお花束を頂戴しました。
ずっとずっとブログでお見せしたい!と思っていたのですが、ついに年を越してしまいました。。
こちらが、その立派なお花束です!!


ユリやカーネーションは、とっても長持ちしまして、我が家の華でした

生花はとっても綺麗ですが、いつかは枯れてしまうもの。。
そこで、バラやカスミソウをドライフラワーにしまして、今は私の部屋でこのように飾っています◎

バラがとっても立派なものでしたので、乾燥させても見事なサイズになりました。

また、OGの先生方からは素敵なアレンジメントを頂きました。
そして、個別にもお花を下さったお母様からのお花、それらを合わせて…

こちらは、リースにしてみました。
これでもうしばらくは、私と一緒にいてくれそうです◎
日が当たり、生花の間は玄関に居た花たちですが、今はずっと私の部屋にいます。
長いようであっという間だった5年間。
表彰のときの喜び、このお花を見るたびに思い出します。
園便りに書きそびれましたが、
寒い中、会場にまで足を運んでくださったお母様方、
幼稚園で出会い頭に「おめでとう」と声を掛けて下さったお母様、
本当にありがとうござまいした。
3学期のスタートまであと少し
お友達やお母様方のとびきりの笑顔にはやく逢いたいです!
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本年も、よろしくお願いいたします
あっという間に三が日も過ぎてしまいました。
みなさんは、どのようなお正月を過ごされたでしょうか??
大変大変、遅くなりましたが、
昨年、永年勤続表彰の際に立派なお花束を頂戴しました。
ずっとずっとブログでお見せしたい!と思っていたのですが、ついに年を越してしまいました。。
こちらが、その立派なお花束です!!


ユリやカーネーションは、とっても長持ちしまして、我が家の華でした
生花はとっても綺麗ですが、いつかは枯れてしまうもの。。
そこで、バラやカスミソウをドライフラワーにしまして、今は私の部屋でこのように飾っています◎

バラがとっても立派なものでしたので、乾燥させても見事なサイズになりました。

また、OGの先生方からは素敵なアレンジメントを頂きました。
そして、個別にもお花を下さったお母様からのお花、それらを合わせて…

こちらは、リースにしてみました。
これでもうしばらくは、私と一緒にいてくれそうです◎
日が当たり、生花の間は玄関に居た花たちですが、今はずっと私の部屋にいます。
長いようであっという間だった5年間。
表彰のときの喜び、このお花を見るたびに思い出します。
園便りに書きそびれましたが、
寒い中、会場にまで足を運んでくださったお母様方、
幼稚園で出会い頭に「おめでとう」と声を掛けて下さったお母様、
本当にありがとうござまいした。
3学期のスタートまであと少し
お友達やお母様方のとびきりの笑顔にはやく逢いたいです!
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2012/1/1
新年慶賀のご挨拶を申し上げます。 日記

笑顔で挨拶を交わし
小さなことにもよろこび
嘘を言わず
悪口も言わず
全てのことに感謝し
人のしあわせを祈る
一月一日の気持ちを
皆がみんな
十二月三十一日まで
持ち続けていられたら
美しい国になる
星野 富弘
『〈花の詩画集〉速さのちがう時計』《偕成社・刊》星野 富弘・著
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2011/12/27
トナカイ役は… 日記

12月の土曜保育は、雨で延期になっていた「ミニ運動会」。お話しの時間は、サンタさんになったY先生が、イエスさま誕生のクリスマスの正統な由来を素話で語りました。
トナカイ役の先生は、サンタさん以上に衣装に工夫を凝らしたのですが、登場時間が短かったためか…
期待していたより、あまり子供たちは興味を示してくれませんでした
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2011/12/23
歳末助けあい in いわき 日記

天皇誕生日の今日は、福島県いわき駅前で托鉢スタイルによる「歳末助け合い募金活動」に加わって参りました。参加者は、地元の真言宗・曹洞宗・浄土宗の寺々のジョイントによる僧侶13名。大震災でお寺が全壊したところの和尚さんも参加です。
肌を刺す冷たい北風で、とても寒かったのですが、
あの日…
人をさらっていった津波は、冬の冷たい海の水だったのだ… と初めて知ったかのように思い起こされました。
意味があったのは募金活動よりもむしろ、そうしたことを思い起こして改めて追悼の思いを新たにした我々にとっての「寒稽古」でした。
でも、お金を入れてくださるというのは本当にありがたいことで、
中には、合掌してから募金をして下さる方もあって、涙が出るほど心洗われました。
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2011/12/8
《子ども文庫》クリスマス会へ 日記

昨日の水曜日の午後、当園の先生方全員で、『かさこじぞう』の岩崎先生の主宰されるこども文庫のクリスマス会へお邪魔しました。会場は先生のご自宅である子ども文庫にほど近い都営住宅の集会所。参加人数は小学生〜中学生が50人以上、保護者の方も10名以上参加。
かつてこの「文庫」へ通っていて、今はプロのシンガーになったお兄さんのギター伴奏によるクリスマス・ソングのあと、岩崎先生が素話(すばなし=お話しの語り)をされました。
「むかし、むかし、あるところにじいさまとばあさまがありました。たいそう貧乏でその日、その日をやっと暮らしておりました…」 と切り出されたので、一瞬「お〜っ!
先生の自然な語り口が聴く人の心にしみじみと染みわたります。
その後、当園からもTo先生が代表して、パネルシアターで『こわがりやのうさぎ』というインドの昔話を披露しました。その「パネルシアター」が終わっても、「サンタさん
まごころのこもったクリスマス会に、私たちもとても温かい気持ちになって、暗くなるのが早い冬の帰路をたどりました
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2011/12/3
作品展初日御礼 日記

一年ぶりのご無沙汰でございます。皆々様には益々ご清祥の事とお慶び申し上げます。
作品展初日は朝から土砂降りの雨にたたられました。これでは今日のお客様はちらほらだろうと思いきや、早くから多くの皆様にお出でを賜り、篤く御礼を申し上げます。
《作品展》の妙味は何と申しましても、制作者である子どもの手を離れた集合的な展示によって、制作当時の一つ一つ個別の物とは、また別種の世界を生み出すことにあります。ちょうどお店のショーウィンドウの魔力と同じでございます。
是非とも、お子様の作品を含めた全体の世界をご堪能くだされれば、それにすぐる喜びはございません。
本日は、
「息子が二人いるが、息子の時にはこういう行事には一回も顔を出したことがなかったのに、孫になると毎回来てます」
とおっしゃる御祖父さまもいらっしゃいました。
過去の作品展では、ある御祖母さまが、
「自分の子どもの時には、子どもの作品の出来具合とか、よその子の比較とかの見方しか出来なかったけれど、こうして孫の時代になって、初めて本当に作品を感じることができました。我が子の時というのは、本当には見ていなかったんだと思います」と印象深いことを言われました。これも誠にうれしいお言葉でございます。
明日、2日目のご来園を心よりお待ち申し上げております。
隣りの柿の木に登っているエテ公は、わたくしめと同種の者ではございますが、私はこの者ほど悪い者ではございません。
このあと、この者には、因果応報の、完膚無きまでの重〜い重〜い罰がくだされるのでございます。
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2011/12/1
師走に入りました 日記
震災以後、先々のことを考える余裕を失っていましたが、そんな年ももう師走を迎えています。それより作品展がもう明後日とは!!
さて、毎年ご紹介していますが、「北アメリカ航空宇宙防衛司令部」というUSAとカナダとの共同軍事防衛組織〈略称ノーラッド(NORAD)〉が、クリスマス・イブになると宇宙防衛システムを駆使し、地球を駆けめぐるサンタクロースを追跡。そのデータをインターネット上、3D画像で生中継します。
1955年アメリカで、玩具会社の企画「サンタさんへの直通電話」へ掛けたつもりのある女の子が間違ってNORADへ電話してしまい「サンタさんは今どこにいるの?」。電話に出たW・シャウプ大佐は、レーダー上に「探知」されたサンタさんの現在地をきちんと知らせてあげたことから、
NORADが毎年、真剣にサンタクロース探査に乗り出しています。《このW・シャウブ大佐は一昨年(2009年)の3月14日、91歳で亡くなられました》
クリスマス・イブまでカウントダウンし、イブの日に追跡画面になります。トナカイの牽くソリに乗ったサンタさんが日本各地に寄っていくのは何時ごろになるか、ぜひお楽しみ下さい(日本語版で見られます)。↓
http://www.noradsanta.org/ja/index.html
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さて、毎年ご紹介していますが、「北アメリカ航空宇宙防衛司令部」というUSAとカナダとの共同軍事防衛組織〈略称ノーラッド(NORAD)〉が、クリスマス・イブになると宇宙防衛システムを駆使し、地球を駆けめぐるサンタクロースを追跡。そのデータをインターネット上、3D画像で生中継します。
1955年アメリカで、玩具会社の企画「サンタさんへの直通電話」へ掛けたつもりのある女の子が間違ってNORADへ電話してしまい「サンタさんは今どこにいるの?」。電話に出たW・シャウプ大佐は、レーダー上に「探知」されたサンタさんの現在地をきちんと知らせてあげたことから、
NORADが毎年、真剣にサンタクロース探査に乗り出しています。《このW・シャウブ大佐は一昨年(2009年)の3月14日、91歳で亡くなられました》
クリスマス・イブまでカウントダウンし、イブの日に追跡画面になります。トナカイの牽くソリに乗ったサンタさんが日本各地に寄っていくのは何時ごろになるか、ぜひお楽しみ下さい(日本語版で見られます)。↓
http://www.noradsanta.org/ja/index.html
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2011/11/22
完成しました! 日記
今日は、お友達が帰った後に、宮野先生が駆けつけて下さり、14日にご指導頂いた「文様切り遊び」の貼りあわせ作業を行いました
当初予定していたより、5枚多く183枚。
子ども達が折って切ったもの、好きな形に切ったもの、型紙に合わせて線通り切ったもの。。
様々な形になった折り紙を、新たに別の折り紙に張り合わせたものが183枚です。
それを1つの大きな台紙に貼り合わせ…1つひとつの折り紙からは想像できない見事な柄が仕上がりました!
完成して驚きましたのは、型紙に合わせて子ども達が丁寧に切った、型紙通りの文様柄も素敵なのですが、子ども達それぞれが思い思いに切った柄の素晴らしいこと!!
大人では、こういう柄作ろうと思っても作れないな。。。と思わず見とれてしまうほどです。
子ども達の見事な発想力、それから一生懸命に丁寧に切った文様、色の組み合わせと、
宮野先生のご指導と、素材として選んで頂いた特別な折り紙。
全てが相成って出来上がった作品となりました。
早く子ども達に見せたい!
お母様方にも見せたい!!
…けれど、子ども達には見せることがあっても、
お母様方には作品展までお預けです
残すところ、10日程となりました◎楽しみにしていてくださいね。
宮野先生、本日もお忙しい中長時間、ありがとうござました。
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当初予定していたより、5枚多く183枚。
子ども達が折って切ったもの、好きな形に切ったもの、型紙に合わせて線通り切ったもの。。
様々な形になった折り紙を、新たに別の折り紙に張り合わせたものが183枚です。
それを1つの大きな台紙に貼り合わせ…1つひとつの折り紙からは想像できない見事な柄が仕上がりました!
完成して驚きましたのは、型紙に合わせて子ども達が丁寧に切った、型紙通りの文様柄も素敵なのですが、子ども達それぞれが思い思いに切った柄の素晴らしいこと!!
大人では、こういう柄作ろうと思っても作れないな。。。と思わず見とれてしまうほどです。
子ども達の見事な発想力、それから一生懸命に丁寧に切った文様、色の組み合わせと、
宮野先生のご指導と、素材として選んで頂いた特別な折り紙。
全てが相成って出来上がった作品となりました。
早く子ども達に見せたい!
お母様方にも見せたい!!
…けれど、子ども達には見せることがあっても、
お母様方には作品展までお預けです
残すところ、10日程となりました◎楽しみにしていてくださいね。
宮野先生、本日もお忙しい中長時間、ありがとうござました。
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2011/11/16
《中西悟道と善福寺池》展 日記

先日の日曜日、杉並区立郷土博物館・分室(荻窪駅北口から徒歩12分)へ、「中西悟堂と善福寺池」展を見に行ってきました。中西悟堂は日本野鳥の会の創始者。善福寺の地と深い所縁があります。
当日、会場で解説に当たられていた日本野鳥の会・前理事で悟堂研究家であるN.S先生に、ご挨拶したところ、私の話しが終わらないうちに、「あ、ホームページ見ましたよ。」とすぐに言われたので、とても驚きました。
悟堂は当園にも来られたことがあり、その思い出を5年前に石橋先生が書かれています。(【当園HP】→【思い出館】→【史料とエッセイ】ご参照)。さすがに悟堂研究家ですのでネット上の情報も渉猟してそれを覚えてらしたのです。
それとはまた別に、この中西悟堂の影響を受けて、野鳥の研究と細密画で国際的に活躍されている方の作品展も阿佐ヶ谷でこれから開かれます。
谷口高司作品展
しかもこの方、井草幼稚園の卒業生です!!
「中西悟堂と善福寺」展は12月11日まで。
郷土博物館・分室は…今回初めて行ったのですが…天沼弁天公園の中に建っています。住宅街の中の、木立に囲まれてあるこの公園がまたとても良い所でした。
荻窪・教会通りをお散歩しながら、どうぞお出かけになってみてください
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2011/10/30
岩船大祭 日記
新潟県村上市に岩船という港町があります。とてものどかで、潮風の吹く、素敵な町です

先日、無事に終わりました秋の遠足後、私は幼稚園にお休みを頂き、車を走らせその岩船へ

なぜなら!年に一度の大イベント!!主人の実家である岩船で、岩船大祭が始まるからです!!!
公式観光サイト
新潟県無形民俗文化財である岩船大祭とは、海上の安全や大漁を願う「船霊祭(ふなだまさい)」で、巨大な山車(しゃぎり)に、子どもたちが乗り込み、太鼓や笛や鐘でお囃子を、一軒ごとに奏でていきます。大人には、山車を引っ張ったり、電線や信号にぶつからないよう、山車の上から笛で合図をしたりと、様々な役が割り振られます。
本祭りの前日には(宵祭り)、着物やスーツといった正装をして、神社へとお参りに(この地域では、祭りが正月のようなもの)。。。そして、本祭り当日は、日が昇らぬ明け方から、山車を運び出し、一日かけて、町を練り歩きます。途中、山車の上から、餅をまいたり、桜吹雪が舞ったり、また、疲れた時には、どこの家でも休めます。ただし、入る前に、「おめでとうございまーす!!」と、叫ぶこと
説明はこの位にして・・・。
その祭りの素晴らしいこと!!普段は穏やかな町の人々が、力強く、勇ましく、声を張り上げ、声を枯らしていく姿は、見ているだけで、鳥肌がたちました。夜中の3時過ぎ、最後のお囃子が町中に響き渡り、祭りの終わりを告げました。
しかし、一日耳にしていた笛の音太鼓の音、お囃子、山車の軋む音は、なかなか頭から離れません。そして、祭りを終えたくない人々が、提灯を持ち、町中を歩き続けます。
身に染みる寒さ、真っ暗に戻った町の静けさ、耳に残る笛太鼓の音、ボーっと浮かび上がる提灯の灯りは、なんとも幻想的でした。
ちなみに・・・
度々行われた餅まきの際、死ぬ気で餅を拾ったこと。
幼稚園に、お休みを頂いてまで祭りに行った私が、嫁として遂行できた任務は、これだけでした。。。
いよいよ明日で、10月も終わりです☆日に日に寒さも増してきましたね。
体調を崩さぬよう、皆様お過ごしくださいね
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先日、無事に終わりました秋の遠足後、私は幼稚園にお休みを頂き、車を走らせその岩船へ
なぜなら!年に一度の大イベント!!主人の実家である岩船で、岩船大祭が始まるからです!!!
新潟県無形民俗文化財である岩船大祭とは、海上の安全や大漁を願う「船霊祭(ふなだまさい)」で、巨大な山車(しゃぎり)に、子どもたちが乗り込み、太鼓や笛や鐘でお囃子を、一軒ごとに奏でていきます。大人には、山車を引っ張ったり、電線や信号にぶつからないよう、山車の上から笛で合図をしたりと、様々な役が割り振られます。
本祭りの前日には(宵祭り)、着物やスーツといった正装をして、神社へとお参りに(この地域では、祭りが正月のようなもの)。。。そして、本祭り当日は、日が昇らぬ明け方から、山車を運び出し、一日かけて、町を練り歩きます。途中、山車の上から、餅をまいたり、桜吹雪が舞ったり、また、疲れた時には、どこの家でも休めます。ただし、入る前に、「おめでとうございまーす!!」と、叫ぶこと
説明はこの位にして・・・。
その祭りの素晴らしいこと!!普段は穏やかな町の人々が、力強く、勇ましく、声を張り上げ、声を枯らしていく姿は、見ているだけで、鳥肌がたちました。夜中の3時過ぎ、最後のお囃子が町中に響き渡り、祭りの終わりを告げました。
しかし、一日耳にしていた笛の音太鼓の音、お囃子、山車の軋む音は、なかなか頭から離れません。そして、祭りを終えたくない人々が、提灯を持ち、町中を歩き続けます。
身に染みる寒さ、真っ暗に戻った町の静けさ、耳に残る笛太鼓の音、ボーっと浮かび上がる提灯の灯りは、なんとも幻想的でした。
ちなみに・・・
度々行われた餅まきの際、死ぬ気で餅を拾ったこと。
幼稚園に、お休みを頂いてまで祭りに行った私が、嫁として遂行できた任務は、これだけでした。。。
いよいよ明日で、10月も終わりです☆日に日に寒さも増してきましたね。
体調を崩さぬよう、皆様お過ごしくださいね
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2011/10/29
TBSテレビ『南極大陸』に寄せて 日記
現在TBSテレビで毎週日曜日21:00〜放映中のドラマ…日曜劇場『南極大陸』をご覧の方もいらっしゃるでしょう。
昭和31年、日本で初めて観測隊が探検船「宗谷」で南極大陸へ向かい、越冬を果たすという実話をベースにしたドラマです。
キャストがみんなカッコよすぎるのは別にして、ドラマではプロジェクトの成功を願う小学生たちが授業で「宗谷」や南極の絵を描くシーンが出てきます。
また、息子が描いた南極大陸でペンギンと手をつないで笑っている絵を賞状丸筒に入れ、「宗谷」の中で大事に持っている乗組員(鮫島)もいます。
当時の日本、もちろん井草幼稚園でも、宗谷と南極へ思いを寄せる雰囲気はまさにそうでした。
少し前の記事になりますが、石橋先生が当時の園の様子を当園ホームページ(→【思い出館】→)【史料とエッセイ】に書かれています。
このプロジェクトはまさに「単なる国家の事業ではなく、国民的事業」だったのです。
昨年、「国立極地研究所・南極北極科学館」にオーロラを観に行ったT先生のブログ記事内〈http://green.ap.teacup.com/igusa/358.html〉でも一度ご紹介しましたが、以下、ホームページの方から石橋先生の当該記事を転載いたします。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
〜第1次南極探検隊のころ 昭和31年〜
過日、板橋区にある「国立極地研究所」【注1】を見学してきました。日本発の南極探検は1956年(昭和31年)11月8日 第1次南極観測隊「宗谷」で出発。翌年、1月25日南極着。
1月29日に昭和基地を開設し、越冬観測が開始されました。
当時このプロジェクトは単なる国家の事業ではなく、国民的事業でした。井草幼稚園ではその頃、ペンギンの歌≠毎日、大合唱して盛り上がっていました。
♪ペーンペーン ペンギン ペンギン ペンギン
ペーンペーン ペンギンさんは どこにいる
遠い南の寒い国 氷の国に 住んでいる…… (以下略)♪
保育室では黒板に「宗谷」の絵が描かれ、ペンギンさんは、大人気。「宗谷」は帰途氷に囲まれ、オビ号に助けられ無事4月24日帰国しました。日本国中みんなで心配しました。そして、南極越冬犬、タロ・ジロのこと。
2代目「ふじ」 現在の観測船「しらせ」は「宗谷」の4倍です。
さて先日、第1次から第15次まで計7回参加の 村山雅美隊長(88歳)【注2】が亡くなられたとの報を見ました。
南極への人類の情熱に感動。重ねての井草の園児たちとの想いでもよみがえった1日でした。

黒板に描かれた南極観測船・宗谷丸。右側に「なんきょくたんけん」の文字が見えます。絵の見事な出来栄えと子供たちの得意気な表情にご注目! 昭和32年の卒業アルバムです。
【注1】国立極地研究所 URL http://www.nipr.ac.jp/
【注2】村山雅美(まさよし)さん:1968年に日本人として初めて南極点に到達した元南極観測隊隊長。平成18年11月5日 88歳にてご逝去。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
※記事が書かれた当時、国立研究所は板橋区加賀にありましたが、2009年から立川市緑町に移転されました。
ご参照
南極・北極科学館
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昭和31年、日本で初めて観測隊が探検船「宗谷」で南極大陸へ向かい、越冬を果たすという実話をベースにしたドラマです。
キャストがみんなカッコよすぎるのは別にして、ドラマではプロジェクトの成功を願う小学生たちが授業で「宗谷」や南極の絵を描くシーンが出てきます。
また、息子が描いた南極大陸でペンギンと手をつないで笑っている絵を賞状丸筒に入れ、「宗谷」の中で大事に持っている乗組員(鮫島)もいます。
当時の日本、もちろん井草幼稚園でも、宗谷と南極へ思いを寄せる雰囲気はまさにそうでした。
少し前の記事になりますが、石橋先生が当時の園の様子を当園ホームページ(→【思い出館】→)【史料とエッセイ】に書かれています。
このプロジェクトはまさに「単なる国家の事業ではなく、国民的事業」だったのです。
昨年、「国立極地研究所・南極北極科学館」にオーロラを観に行ったT先生のブログ記事内〈http://green.ap.teacup.com/igusa/358.html〉でも一度ご紹介しましたが、以下、ホームページの方から石橋先生の当該記事を転載いたします。
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〜第1次南極探検隊のころ 昭和31年〜
過日、板橋区にある「国立極地研究所」【注1】を見学してきました。日本発の南極探検は1956年(昭和31年)11月8日 第1次南極観測隊「宗谷」で出発。翌年、1月25日南極着。
1月29日に昭和基地を開設し、越冬観測が開始されました。
当時このプロジェクトは単なる国家の事業ではなく、国民的事業でした。井草幼稚園ではその頃、ペンギンの歌≠毎日、大合唱して盛り上がっていました。
♪ペーンペーン ペンギン ペンギン ペンギン
ペーンペーン ペンギンさんは どこにいる
遠い南の寒い国 氷の国に 住んでいる…… (以下略)♪
保育室では黒板に「宗谷」の絵が描かれ、ペンギンさんは、大人気。「宗谷」は帰途氷に囲まれ、オビ号に助けられ無事4月24日帰国しました。日本国中みんなで心配しました。そして、南極越冬犬、タロ・ジロのこと。
2代目「ふじ」 現在の観測船「しらせ」は「宗谷」の4倍です。
さて先日、第1次から第15次まで計7回参加の 村山雅美隊長(88歳)【注2】が亡くなられたとの報を見ました。
南極への人類の情熱に感動。重ねての井草の園児たちとの想いでもよみがえった1日でした。

【注1】国立極地研究所 URL http://www.nipr.ac.jp/
【注2】村山雅美(まさよし)さん:1968年に日本人として初めて南極点に到達した元南極観測隊隊長。平成18年11月5日 88歳にてご逝去。
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※記事が書かれた当時、国立研究所は板橋区加賀にありましたが、2009年から立川市緑町に移転されました。
ご参照
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2011/10/28
ちょっとだけ。。。 日記
再来月の作品展に向けて、幼稚園では毎日のように制作活動に励んでいます
そんな中、外やお部屋で思いっきり楽しく遊んでいれば、トラブルもあり。。
間に入って、話を聞いてみると…
「○○ちゃんがやったの。」
「○○ちゃんがやったって言ってるけど。。?」
「やってないよ。」
最近、お母様方からも
「時々、ウソをつくことがあって、やってても、やってないって言ったりするんです。」
とお話を伺うことがしばしばあります。
ウソを誉めてはいけませんが、それも成長のうち。
大きくなったなぁと思う一方で、やっぱりそこは真実を話す勇気も持ってもらわなければなりません。
けれど、がむしゃらに問い詰めても話してくれないので、こんなふうに聞き直して見ます。
「ちょっとだけやっちゃった?」「ちょっとだけ間違えちゃった?」
目を見て頷く子どもの目は、すごく素直なまっすぐした目です。
ちょっとだけ勇気を出して、真実を話せたんですね。
『ちょっとだけ。。』
ちょっとの言葉なのに、子どもの心の扉を開く、ちょっとした魔法の言葉かもしれません
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そんな中、外やお部屋で思いっきり楽しく遊んでいれば、トラブルもあり。。
間に入って、話を聞いてみると…
最近、お母様方からも
「時々、ウソをつくことがあって、やってても、やってないって言ったりするんです。」
とお話を伺うことがしばしばあります。
ウソを誉めてはいけませんが、それも成長のうち。
大きくなったなぁと思う一方で、やっぱりそこは真実を話す勇気も持ってもらわなければなりません。
けれど、がむしゃらに問い詰めても話してくれないので、こんなふうに聞き直して見ます。
目を見て頷く子どもの目は、すごく素直なまっすぐした目です。
ちょっとだけ勇気を出して、真実を話せたんですね。
『ちょっとだけ。。』
ちょっとの言葉なのに、子どもの心の扉を開く、ちょっとした魔法の言葉かもしれません
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2011/10/22
母の会「お楽しみ会」!! 日記
昨夜は冷たい雨も降る中、夜7時近くまでの役員・お手伝いの方々による「お楽しみ会」の準備。
《森の音楽会》をテーマに催された「お楽しみ会」当日の今日は、園児達にとって充実の一日だったと思います。
ホールでのオペラ・コンサート
は、本物の「声楽」というものに特に園児は初めて触れました。こういう日常空間の中のしかもこんな間近で接せられる機会は今後も、まずめったに無いことと思います。
そして、お母様方の心尽くしのコーナーの数々、本当に有難うございました
。
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《森の音楽会》をテーマに催された「お楽しみ会」当日の今日は、園児達にとって充実の一日だったと思います。
ホールでのオペラ・コンサート
そして、お母様方の心尽くしのコーナーの数々、本当に有難うございました
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