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ベトナム反戦直接行動委員会(べ反委)の行動とは、1966年10月

19日に東京田無の日特金属工業、同11月15日に名古屋市外の豊和工業に対して、兵器生産

停止を求めて直接抗議をしたものである。この件で、当時26歳を最年長とした未成年を含む

10人の若者が逮捕・起訴されている。日特金は機関銃を、豊和工業は迫撃砲、戦車砲などを

自衛隊に納品しているメーカーであった。

前年の65年は米軍がベトナムの北爆を開始し、同年、日本では「ベトナムに平和を!市民連

合」(ベ平連)が結成されている。ベトナム反戦の闘いは日本国内でも大きく拡がり、盛り上が

りを見せていたが、それは集会とデモ行進、国会への抗議行動という形で進められていた。ベ

平連を始め、各大学自治会や労働組合など、新旧左翼諸党派の影響下にある組織、また当

時は、まだ多数ではなかったが無党派の人々が参加するベトナム反戦の闘いのほとんどが、

政府や既成政党に対する抗議で、代議制民主主義を前提とするものだった。

べ反委のステッカーには、「国会に行くな 工場と死の商人へデモれ!」と明記されていて、彼

らはその通りに行動した。日本の運動史上、稀有の直接行動の実践だった。それが、「現代日

本の逆鱗にふれるもの」(高橋和巳)だったからこそ、彼らへの弾圧は大きかった。国家権力

からだけでなく、反体制を自称する新旧左翼からの非難も強かった。実行後、間もなく表明さ

れた高橋和巳や埴谷雄高などのごく少数の肯定的評価もほんの数年で顧みられることもなく

なり、問題にされることも、ほとんど無くなってしまった。

それに対し、党=軍建設から革命へという路線は、国家の枠組みに似ているから問題にしや

すいのだろう。アラブ赤軍、「よど号」赤軍、連合赤軍などが今でも時折、検証されるのは、彼

らが国家の解体まで視野を拡げていなかったからではないのか。べ反委は、国家が、権力が

隠蔽しようとしているものに対し、直接、撃ったからこそ、国家だけでなく、権力としてのメディ

アも忘却の方へ追い払おうとしてきたのだ。

だからこそ、彼らの先駆的・始原的な直接行動は今でも十分に権力を撃ち続けているといえる

はずだ。

べ反委の行動から50年、本格的な検討の契機となるように、私たち実行委員会は、この会を

設定した。べ反委メンバーで連絡がつく人が二人になってしまっている。今後、こういう機会

は、何回もないだろう。

関心のある人のご参集を、ぜひ、お待ちするものである。

         
            「ベトナム反戦直接行動委員会50周年シンポジウム」実行委員会


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 ※アナキズム叢書【発売・『アナキズム』誌編集委員会】
『死の商人への挑戦――1966/ベトナム反戦直接行動委員会の闘い』[ベトナム反戦直接行動委員会発行]
四六判変型・232頁
定価1500円(税込)
ISBN 978-4-9906230-8-1

【新版発行の序に代えて】
久保隆「喚起する抵抗――国家の暗部へ」
※声明/はじめに/死の商人群像/べ反委への招待/十月一九日の闘争/
波紋と連帯T/十一月一五日の闘争/波紋と連帯U/バリケードの内と外から
【新版発行への編集者あとがき】
松本勲「『水脈』の分岐と連結について」

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