2009/1/8

ろうそく再利用  暮らしの楽しみ
お正月も終わり再び計画停電が始まることでしょう。

電気が消える夜11時までには寝支度をして布団に入ってはいるものの、
眠れない日だってあります。


そんなときは、

ろうそく大活躍!


一番使い勝手がよいのは真っ白な細いろうそく。
そう仏壇に使うあのようなタイプのものが一番効率よく燃えてお値段も経済的。

空き缶詰めなどを受け皿にしていつでも点けられるように部屋の至る所に用意してあります。

前に香りつきの見た目かわいいろうそくを買って使っていたものの
燃える効率が悪く、
ムードより明るいか役に立つかが問題なため
少々厄介者扱いになっていたお飾りきゃんどるたち。
今では燃え残ったロウだけがかんかんのなかに残ってどうしようもなく・・・・といった有様で、、、

しかし、捨ててしまうのはもったいないと思い、
ちょっと試しに湯銭で溶かしてみました。

部屋にあった麻紐をオリーブオイルに漬け込んで、溶けたロウを
ヨーグルトの容器に流し込み、、、、
ベランダは寒いので置いておけば瞬間冷蔵のような固まりよう。

一晩放置して翌朝容器から出してみたら、おおお、ろうそくなっているじゃないの!

あとはちゃんと紐が燃えるかどうか・・・・・

しかしちゃんと燃えました。
リサイクル成功!

あまり照明のためにはならなさそうですが、
気分転換にはなるかも。

日本ではろうそくに親しむ時間がなかったけれど
ゆらゆら揺れるろうそくの炎をぼんやりみているのもなかなか気持ちが和んでいいものです。


写真1・・・ろうそくの残骸

写真2・・・油はなんでもよかったけれど、なんとなくオリーブオイルに決定。

写真3・・・溶かしたロウを容器に流し込んで天然冷却

写真4・・・しっかり固まって羊羹みたい、、、色も、、ああ思い出しちゃった、食べたい。

写真5・・・ちゃんと火も灯りました。成功!
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2009/1/2

年越し  キルギス文化
ス・ノービム・ゴーダム!

年越しは自分のクバルティラで、、、と
思っていましたが結局また村へ行ってまいりました。

今回はカラコルから車で20分ほどの村(通称アクスー村)の先輩隊員まーやのところへお邪魔してきました。
初めはステイ先の大家さんが留守なので歩いてすぐのおばあちゃんの家で夕食をいただくことになっていました。
まーやのホストファミリーはロシア人なので、したがっておばあちゃんもロシア人・・・
しかし最近よくおじゃましているので会話は出来なくとも何とかコミュニケーションはとれるものです。(もちろんまーやの通訳つきで!)

おばあちゃんの手作りワインがとてもそれはそれは美味しいのです!!
キルギス人のお宅だったら、、、お酒は飲めませんといって逃げるのですが
ワインなら、何度も勧められてもハイいただきます!の有様でした。

そして22時頃、別のお宅へ移動して0時を迎えることとなりました。
次のお宅はウイグル系の旦那さんとドイツ人の奥さんとかわいい女の子たちがいるご家族です。
庭で焚き火を囲みながらシャシリク料理(お肉の串刺した炭火焼)をいただき、ゆらゆらと火を眺めながら、しばしゆっくりした時間を過ごしていました。

そして時間は午前0時間近・・・
恒例の花火がまた始まります。それも打ち上げ花火系の派手なタイプのあれです・・・・・
外灯なんてない村がいっせいにしばし明るくなります。
そして大人たちはシャンパンで乾杯となります。そのお宅の4歳の子供が‘私も乾杯する’といってジュースを入れてもらっていました。

こんなことしていて、ここは本当に途上国なのでしょうか?!と思うけれど
一年に一度の一番大きいお祝いなので、キルギスでは(たったの!)二度目ですが何度見ても楽しいものです。


そして元日
今年もこけました。
派手〜にこけました。 この冬まだ一度も転んでいなくて順調だったのに、、、、、、
まだ昨年のように水を汲んだバケツを両手に持っていなかっただけ幸いです。
今年の初ゴケはバレーボールの回転レシーブをした直後のように横向けにつりーんといきました。
みなさん、雪道は慣れたと思っても油断は禁物です・・・・



写真1 ・・ おばあちゃんの家での食卓
写真2 ・・ 二軒めのお宅にて。焚き火とろうそくの火がとてもきれいでした
写真3 ・・ シャシリク! 実は知人宅の羊ちゃんだったことが判明!食べていてせつなかった・・・・

写真4 ・・ ドイツでのクリスマス定番のお菓子シュト―レン。手作りは初めていただきました、それもここキルギスで!

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2008/12/31

おおみそか  暮らしの楽しみ
早いもので年の瀬です。
おおみそか

今年克服できたものがたくさんありました。
茄子が食べられるようになった。
日本で巻きずし巻いたことなかったのに日本の伝統料理だといって作った。
生魚裁いたことなかったのに裁いた。
ホットりんごが大好きになった。
興味がなかった漬物が恋しくなった。
白菜ばんざーいと思った。
村の牛乳を飲んでもおなかが痛くならなくなった。
羊の生首見ても驚かなくなった。
とにかくキルギス人のスケジュールの超ルーズさに腹を立てなくなった!


おかげでちょっといいこともありました。
こちらで季節折々の限られた食材で工夫して食事をしていたらいつの間にか痩せていた!
やった!
やった!
やった!!!!
夏は一時期体調が悪くなりやつれた感じのときもありましたが、現在はいたって健康!(たぶん)

2008年はいろいろありましたが、ここキルギスで貴重な体験を出来た年でもありました。
それもいろんな方々にお世話になったおかげです。
ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。


写真・おにぎりもって年越し行ってきます。
写真2・今年もお世話になりました!(あ、髪の毛がはねてる、、、)

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2008/12/27

私の名前は、、  キルギス文化
私にはキルギス名のニックネームがあります。
人によってはそれで私のことを呼ぶ人もいます。

以前、同期隊員のまどんなの配属先の施設に行ったときにロシア風のニックネームをみんなが考えてくれて
‘カヨ’にもじって‘かーちゃ’がいい!とつけてくれました。
それ以来、そこへ行けば
私は‘かーちゃさん’になります。

そんな‘かーちゃ’
ロシア名はもとの名前から規則的にニックネームがつくらしいのです。
日本だってそうですが、ロシアはもっとはっきりしているような、
そしてもとの名前がさっぱりわからないくらい変形しているのもニックネームの特徴です。

そしてたまたま知った‘かーちゃ’のもとの名前・・・・

それは

エカテェリ〜ナ

ぜんぜん違う!

高校時代の世界史でしかお会いしたことない名前!

またすごい名前をもらってしまったものです。
くれたのは彼女たち、、、(前ブログの写真)、、きっと全く何にも考えてないだろ!



写真・ そんなエカテェリ〜ナで盛り上がった欧米式クリスマスイヴ24日の風景
クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/12/20

正月事始め  暮らしの楽しみ
昨日は朝から空が鉛色でした。

ああ、、、、、雪が降るな、、、と思いながら夜には忘れて寝てしまいました。
今朝起きて窓から外を見てみるとやっぱり積もってる!
一面真っ白な風景が視界に広がりました。

しかし、意外と少ない??
そして寒くない、、よ。

寒くない原因は、アタプレーニャがあつあつに働いてくれていたおかげでした。
いつもはゆるくしかついてないので、触ってもほこっとしか暖かくありません。
しかし今朝はそばに近寄るだけで暖かい空気がもやもやと漂ってくるではありませんか。
やれば出来るじゃないか!マラジェス!!(えらい!)

こんなに部屋が暖かく、そして仕事もなく時間がある日は久しぶりだ!!

というわけで、始めたのは年末大掃除。
そうです、ただの掃除です。だから正しくは‘正月事始めっぽいこと‘なんです・・・
秋の2〜3ヶ月は急にイベントやらが続いて休日も自宅にいないことも多々。
見事に散らかった仕事の道具やらその他もろもろは数日前にやっと片付けておいたものの、
停電続きでまともに掃除機もかけることが出来なかった日が続いていました。
今日こそは全部屋くまなくかけてやる!
そう私の住まいはほんの3LDK。それも結構広い。後回しにしていたところも全部掃除だ!!
掃除機のあとはカーペットをめくっては雑巾でふきふき。まためくってはふきふき。
気分転換にソファの位置をかえてみたり、おかげで大きなホコリを見つけてしまった・・・
我が家には廊下がなく玄関スペースが4畳半ほどの空間になっているのですが、
そこを通らないと各部屋にも入れないためどうしてもカーペットは汚れ床にチリが、、そして靴の脱ぎ履きで汚れていたりと一番手ごわい空間なのです。そしてここ数ヶ月一番そうじの手抜きをしていた空間・・・・やっときれいになった。

年越しと年始にお客さんが来るので(といっても隊員ですが)これで格好がつきます。
まあ、散らかっていてもお客さんはいつでも来るのですけれど、、、、

そうじはどんな国にいても日ごろからマメにしましょう。


写真・・・特にないので、、、
3時のおやつに食べたホットりんごwithはちみつ!
クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/12/12

そういえば師走ですね。  暮らしの楽しみ
ずいぶんとご無沙汰しています。
日本は師走ですか。こちらは12月です。最近新年を迎える雰囲気が少し漂ってきました。

ブログをさぼっている間に、
キルギスに来て9月で1年、任地に入って11月で1年が経ちました。
あっという間の1年間でした。
キルギスに来てちょうど1年のある日、夕暮れにオフィスの外で一人車椅子で迎えの車を待つ同期隊員あやんかの所属先のディレクターの姿が。
声を掛けに近寄って車がやってくるまで彼女のそばにいることに。
‘あやんかと私はちょうど去年の今日にキルギスに来て立ったのよ’(キルギス語・ロシア語ではこういう言い方をします)
彼女は車椅子の横にしゃがんでいる私の肩を抱いて‘あなたたちを抱きしめてあげたいわ’と言ってくれました。
‘日本が恋しくないの?’
‘いいえ、いつも日本のことは考えていますが、さみしくはないですよ’
なぜなら私はこのようにいろんな人にこうやって支えてもらってキルギスで生活しているからです。
そのあとは、ほぼ同時期にやってきたアメリカ人ボランティアの仲間たちと日米一緒に祝1周年を祝って食事会となりました。
実に見事に英語が口から出てこない。彼らと話すときはすっかりキルギス語のほうが意思疎通が早くなったことがうれしいような悲しいような複雑な気分であります、、、


そんなこんなでキルギスはすっかり冬です。
初雪は例年通り11月半ばに降りましたが、その後はとくに降ることもなく、
暖冬のようで、大変とても助かっています。
アタプレーニャ(セントラルヒーティング)も動き出しました。
まだ冬本番のコートを着ている人は街でもあまり見かけないほどです。
寒すぎた昨年は寝たまま凍死するのではないかと思いながら眠ったこと数知れず・・・
今年はさすがに1年住めば慣れる!すごい! 、、、私、寒くないわよ〜!!
しかし、暖冬とは言え、日暮れ17時には家に帰っておかないと、やはり凍死しそうなほど気温が一気に下がるのであります。だってここは標高ほんの1700m。

色鮮やかだった夏と黄色が映えて美しかった秋の出来事のお話はまた次回にします。
停電にもめげず、ブログ書けるとき書きます!

最近、、、日本語が少しおかしいかもしれません・・・・
あまり細かいことは気にせず読んでください。


写真・・・最近の私。とおまけ。

1枚目・・首都でのイベントで売り子
2枚目・・同期隊員まどんなの活動先にて、すっかり仲良くなった施設入所者さんたちと。
3枚目・・ロシア人のおばあさんたちに巻きずしの巻き方披露中。
4枚目・・活動先近所のロバ。自ら煙にあたって厄除け?健康祈願か、、、?
5枚目・・バルコニーからの眺め
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2008/8/1

モーダッシュ7月  暮らしの楽しみ
気が付けば、今日は8月1日。

7月は一度もブログを書き込むことができませんでした。どうもすみません!

この1ヶ月は6月よりもさらにスピードを上げて時間が過ぎるのが早かった、、、
ちょっと長いですが、1ヶ月の日記総括!

初旬
公務として首都に上がる。
久しぶりにJOCVバッチをつけたジャケット着用のボランティア全員がそろう。
久しぶりにTVのニュースで放映される。(私は映ってなかったけど)

日本人会主催の日帰りピクニックに参加。
山は毎日見てるからさほど感動ないくせにぃ〜と首都隊員に言われつつも自然の空気を満喫。

第2次大戦後ロシア軍の捕虜になって元ソ連だったここキルギスのタムガという町に2年間抑留されていた元兵士の方が後援者とともに来キされ、なんとか任地カラコルでお会いするチャンスをもらい貴重な体験話を聞かせてもらうことができた。

カラコルの中心地辺りを歩いていたら、日本の登録ナンバーをつけた日本車に遭遇した!
驚いてナンバーをガン見していたら、日本人ですか?って車の中から声をかけられてお互い日本人だとわかった。(ご夫婦みたいなカップルだったけど)
旅のルートを聞いて驚いたり、JICAボランティアであることを告白して、カラコル周辺の道案内をしてあげたりして名前も聞かずにお互いの無事を祈って別れた。一期一会である。

同期隊員でお隣の国ウズベキスタンで活動している仲間が旅行でやってきた。
訓練所でキルギス語教室の隣でウズベク語勉強していた彼女たち。
みんな元気そうでよかった。またいつか行くよウズへもね!

毎日の活動の合間に、夜はご近所に住むアメリカ人ボランティア(通称ピースコー)のご招待でメキシコ料理のタコスをご馳走になった。アメリカ西岸に住む人は食事でよく食べるらしい。
手土産におにぎりを作って持参したら大好評だった。
おにぎりでこんなに感動してくれるなんて☆

以前から約束していた知り合いのオーストリア人2人の髪を切ってあげたら、ルームシェアしてるドイツ人と彼女の2歳の子供も切ってあげることになった。
私のお客さんの国籍はますます国際色豊かになってきた。
金髪のくりんくりんカールの2歳の男の子は、いったい何が始まるの?といった様子だった。
切り終わって、母である彼女が、この子の人生初めての散髪よ(祝)と言ってさっさとほうきで掃いている。切っちゃってよかったの??

中旬
またまた活動の合間に、夜は誰かと外食ばかりしている。重なるとはこういうことか。
カラコルに新しくできた外国の援助が入っているカフェ(レストラン)のロシア人ウエイターの笑顔にびっくりした!(キルギスでは基本的に誰も客に微笑んだりなんかしない。)
ロシア人の美少年は美しいなぁと思いつつ食事を楽しんだ。

先日のおにぎりがよほど印象に残ったのか、またリクエストがあがった。
じゃ、次はウチにおいでよ、とアメリカ人友達を招待した。
結果、、人を呼びすぎて14+子供1. アメリカ・ドイツ・オーストリア・チェコ・日本のすべて外国人。先に来てもらったアメリカの友達数人にまず用意しておいた巻きずしの材料で具のトッピングは好きなように巻かせて作ってもらった。
初めは巻くコツが難しいといっていたけれど楽しそうに巻いていた。
おにぎりは意外と難しいかなと思って結局ろーざさんに全部握ってもらった。
あとは手巻き風に好きに食べてもらって、ワイワイガヤガヤ楽しかった。
お蕎麦もみんな箸を上手につかって食べてくれていた。
例の髪を切ってあげた男の子は蕎麦が気に入ったらしく、お母さんにお箸に巻きつけてもらった蕎麦をちゅるちゅると一生懸命食べている姿がかわいかった。

ドイツ・オーストリア・チェコの人たちは旅行者ではないけれど、短期滞在の身でもうすぐお別れする日が迫っていたので、どうしても招待したかったのだ。自国には日本料理のレストランはあるけれど高くて入ったことがなかったという彼らは、日本食を食べる機会をくれてホントにありがとうと言ってくれてこちらのほうがうれしくなった。

ちょっと意外なこの国キルギスでこんなにも国籍豊かにいろんな人々と出会えて私はとてもうれしい体験をしている。


下旬
その数日後、活動をちょっとお休みして誘われていたイシククリ湖キャンプへ出発。
人があまりいない静かな湖畔でテントを張ってのキャンプ。湖はすぐ目の前。
水着を着た姿の私を仲間が見て、
カヨ、手だけ真っ黒でほか真っ白で気持ち悪いから早く焼け!と言われ、
もう開き直って全身焼きました。
あまり焼きすぎると日差しがきついのでヤケドっぽくなると怖いのですが、
今ではこんがりキツネ色になりました。
日本人からは年齢考えての行動か?と言われ我に返るが時すでに遅し。。。。
しかし、太陽の浮き沈みだけで時間を考えるのんびりしたキャンプを過ごすことができた。
主催者に感謝!ありがとう!

その後用事があって急きょ首都へ。
久しぶりにあった人とまたまた外食。トルコ料理。これで胃炎のスイッチがどうも入ったようだ。
カラコルへトンボ帰りするはずの予定が胃炎で動けなくなってしまった。
この1ヶ月、素食だった日は数えるほど、、、、、疲れが胃にどっと来てしまったのだろう。痛みの場所からして盲腸かと思って冷や汗がでたけど、そうではなかった様子。とりあえず反省。

少し休んでまた活動再開せねば!夏場しかあちこち動き回ることができない村落隊員!時間がない!



写真1・・・日本人会ピクニック、首都から来るまで30〜40分ほどなのにこの景色、標高も1700m軽くいってます。すぐ奥に氷山もあるそうです。

写真2、3・・・おにぎりパーティ 巻きずしの具は全部和風に味付けしたけど、みんな食べてくれました。
おにぎり・巻きずし・ワイン、、ほんの少しでパーティ成立っていいな。

写真4,5・・・イシククリ湖畔 有名なポイントは人が多いので避けました。ここは静かでよかったです。
4枚目は日中
5枚目は夕暮れ20時ごろ。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2008/6/29

ちょっとほかの街 〜カラ・バルタ〜  自然・景色
6月があっという間に過ぎました。
そんななか、時間をつくり同期隊員ドーキーの任地である、カラバルタ市へ2日間行って来ました。

カラバルタは首都を通り越え、さらに西へマルシュルツカで1時間ほどの所にあります。
ソ連時代はウラン製造のロシア直轄下の地図にも載っていない秘密都市だったそうです。
(ちなみに元・秘密都市という街はほかにもいくつかあります)
逆をいうと、その街にはロシアの品物がなんでも手に入ったので、みな買い物によく来ていたとか、、とも聞きました。

だから、現在でもロシア人が大勢住んでいて、キルギス人の影は少し薄いような気がしました。

今回、カラバルタに来た目的は、ドーキーの活動配属先となるある施設へ訪問することでした。

そこは、体もしくは知的に障害を持ち、家族と一緒に住めないもしくは家族がいない、18歳以上の女性が人生を終えるまでそこで暮らす場所です。(18歳以下や男性用施設は別の街にあるそうです。年齢が到達したら施設を移動するとこのこと)

彼女はそこで入居者の人たちに歌を教えています。

市街地を抜け、住居がまったくない広い郊外に向かうと元ウラン製造工場があった思われる一帯を通り抜け、そしてさらに進むとその施設があります。

そのなかでも、以前会ったことがある入居者に髪の毛を切ってあげることになっていました。


私がキルギス語しか話せないので、みんな普段使わないキルギス語をつかって話をしてくれたり、ドーキーにロシア語通訳をしてもらったりしながら、施設のベランダでワイワイガヤガヤ散髪大会です。

しばらく切れないからばっさり切ってあげて!というドーキーのオファーも受けつつ、
でも女性なんだら、ばっさりちょっきん!はかわいそうだよ、おしゃれしなきゃ!施設にいたって女性はおしゃれする楽しみがなきゃ!とか言いながら、最後のオチは、カヨはのどが痛いからスカーフしてるのかと思ってた、、というみんなの発言、、、(涙)
これはモーダ(ファッションのこと)です!!と強調、おしゃれ概念の道は遠きかな、、、、、


そんな会話をしていて、この人の何が障害なのだろうと思い、ドーキーにたずねてみたら、実は健常者でも孤児としてこの施設で暮らしている女性たちが(もう成人しているが)数人いるとのことでした。

生き方を選択できる大人になった今でも彼女たちには人生を自分で選ぶチャンスはめぐってこないのでしょうか・・・・・


隔離されて生活している彼女たちは、ちっとも自分の境遇などを恨んだり悔やんだりしていない風に見え、贅沢にどっぷり浸かっている自分はなんなんだろう・・・・と考えさせられました。


バスの時間の都合でほんの数時間の滞在でしたが、切ってあげた人たちがほんとにうれしそうにしていた顔を見て、私もうれしくなりました。

カヨは発音しにくいので、ロシア風にカーチャだね、新しい名前までつけていただき楽しい時間があっという間に過ぎました。

そして、こんな私でも大歓迎してくれて生活の楽しみになってくれるのならと、、、また必ず来るねと言って帰りました。

その後、街に戻り、街一番、いや、キルギスで一番美味しい店と言っても過言ではない、パン屋で数種類のパンを買い込み、ドーキーのアパートで昼食タイムとなりました。
ナンじゃないパンを食べるのは久しぶりでした、、、、おいしかった!!


また行くよ!出張カラバルタ!




写真1・・・カラバルタのバザール(市場)にてドーキー買い物中。ここらではジャガイモがこんなに脇役なのね!!
写真2・・・ウラン製造工場があったあたり
写真3・・・入居者のジルグス、やっと会えました。
写真4・・・みんなでしゃべりながら。
写真5・・・切り終わったアクサーナと。彼女はスリランカ人で孤児として入居したそうです。
写真6・・・ダミーラ(左)とスビエータ(右)。二人も孤児
写真7・・・食後のデザートのアイスクリーム。はい、やらせのあ〜ん。
写真8・・・いろんなところから入居者みんなに名前を呼ばれるドーキー、人気者です。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2008/6/14

日焼け  キルギス文化
キルギスは標高が高いため、日差しがきつく

キルギス人の肌ももちろん黒めの人が多いです。

私たちはなるべく日焼けしないように対策に必死です。

それでも焼けます。

両手は手袋をはめているかのようにすっかり茶色で、腕時計の型もくっきりついてしまいました。

現在住んでいるカラコル市の名前の意味は、

カラ(黒い)・コウ(手)という意味で、まさに地でいく私の手・・・・

こちらの女性はもともと帽子をかぶる習慣がないようで、つばの広い帽子をかぶっている私やほかの隊員はすぐ外国人だとバレてしまいます。

キルギスの女性は結婚するとスカーフを頭に巻いたりかぶったりするのが慣わしです。
ですから、夏場は日差しを直接顔に受けることになります。
冬場でも積もった雪の反射で日焼けしているようなので、子供の頃から年中きつい陽を浴び続けていることになります。

しかし、カラ・クズ(黒い娘)という言葉や地名もあるくらいなので、よく日焼けした女性は健康的でよい、という受け止め方をされているのかもしれません。

バザールには中国製ですが、麦わら帽子風のかわいいものも売っていますが、村でかぶっている人を見かけるのは稀です。

みんなサングラスはしっかり愛用していますが、帽子は文化的に歴史がないせいか抵抗があるのでしょうか・・?
女子学生はノートで顔への日差しをさえぎって歩いていたりしますが、それでも帽子はまずかぶっていません。

ムリにかぶれとは言わないけれど、、、
皮膚への影響などを考えると日光を浴び続けるは心配です。

文化であるスカーフと帽子をうまく使い分けて皆が使い始めたら誰も恥ずかしくはないのに、、、と思うのですが。
、、、そんなことを思いつつ、私は毎日帽子をかぶり、サングラスをかけ、首に日よけスカーフをしっかり巻き、それでも‘カヨちゃんが一番日焼けしてない??完璧なのにねぇ〜。’と同期隊員に言われます、、、、、、(涙)

いいのだ、村隊員はフィールドが職場だ!焼けてナンボだ!と、言いつつ、なぐさめに日焼け止めクリームを塗る毎日なのです。

ああ、色の白いロシア人がうらやましい・・・・



写真・・・先月の知り合いのジャガイモ農家勉強会に参加。
私は帽子をかぶっていてもジリジリ焼けていくのがわかるようなくらい日差しを浴び続けていました。お天気は快晴だったのですが、、、
女性たちは普段着用のスカーフを頭に巻いています。
一緒にいた4歳くらいの女の子は今まで帽子をかぶったことがないのか、すでに日焼けで真っ黒な肌をしていました。(小さい子供にちゃんと帽子をかぶらせている人もいます。)
クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/6/7

計画停電  キルギス文化
春になってから計画停電が始まった。
1日の中で一定の時間帯停電してしまうのだ。
村や団地の建物によって時間帯は異なるが、
みな共通しているのは、深夜の23時ごろから朝の6時ごろまで毎日。
例外に祝日の日などはサービスなのか停電はなかった。


私のアパートはその深夜のみだったが、
ほかの隊員のアパートは夕方の17時〜20時までも停電があったりと
料理などの生活面で不自由していたそうだ。

私は停電になる前に寝てしまっていたりして、気にならないといえば気にならなかったけれど、
冷蔵庫が唯一気になるので、食料の買いだめはできなかった。

あと昼間にも単発的に停電があったりするので、そのたびにラジオのコードが死んだり、
ウチにはガスがないので電気がないとお湯も沸かせないし、料理もできないなどと
いろいろやっかいなこともあった。

まさに日暮れとともに寝て、夜明けとともに起きる。そんな生活が送れる。

先週1週間ほど、首都に滞在してもどってきたら、めでたく計画停電は終わっていた。
夜の9時ごろまで明るいので、前もっていろいろ準備しておけば、そう困難な生活ではないが、
聞けば、電力をカザフスタンに売っているとのことで、、、、、
国内の電気は???
国民は後回しなのね・・・・・(私、国民じゃないけれど)
と思う実情、、、、、



写真・・・これは計画ではなくほんとの停電中。(首都の元ステイ先)ろうそくの明かりのもと夕食の準備。


クリックすると元のサイズで表示します
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ